131 二紋の鳥真似5
魔法を発動した瞬間、グリーンとブルーは心底信じられないといった表情で目を見開いた。
「は? 闇属性を下げられるのか!?」
「フィーア、さすがにそれはやり過ぎだよ! もう完全に聖女の域を超えてしまっているからね!!」
2人の声に、はっとする。
……あ、そうよね。
『私は一時的に聖女の力を使えるようになった』との設定にしていたけれど、一般的に聖女の能力と考えられている範疇を超えているわよね。
でも、こうしないと魔人は倒せないし……。
よし。どうしても魔人を倒したいと言い張ったカーティスが原因だから、言い訳は彼に考えてもらおう。
心の中でカーティスに押し付けることに決めた私は、逸らしていた顔を戻し、正面に立つ魔人に視線を定める。
すると、鳥真似は自分の見ているものが信じられないといった様子で、無言のまま立ちつくしていた。
……あ、そうよね。
この魔法を発動させる度に、全ての魔人が同じ反応を示すのだから、彼らにとっても驚くべきものなのよね。
魔人にとって人間は下位の種族で、あくまで捕食対象だから、自分たちの能力に干渉できるなんて考えもしないのだろう。
『闇属性は最上位の属性で、何者も関与することはできない』
―――それが、闇属性に関する常識なのだから。
より正確に表現するならば、光属性が闇属性に関与できることは知られているのだけれど、光属性は元々回復に特化しているから、魔人の攻撃力や防御力に直接影響を与えるものではない、というのが共通認識だ。
そして、その共通認識を信じていたからこそ、目にした魔法が信じられないとばかりに、鳥真似が棒立ちになっているのだろう。
実際には、私は闇属性に干渉できるのだけれど、―――この魔法を発動させた場合には必ず、相手の魔人を封じ込めていたため、闇属性に直接影響を与える魔法の存在について一切外に漏れていなかったに違いない。
それに、魔人たちが『闇属性には何者も関与できない』と誤解していた気持ちだって、理解できなくはない。
なぜなら、闇属性に関与する魔法は、その他の属性に関与する魔法よりも際立って難しいのだから。
だからこそ、呪文の詠唱が必要となるし、通常の何倍も魔力を消費するのだ。
―――今だってそうだ。
闇属性の弱体化魔法を掛けているため、物凄く魔力を喰われ続けている状態だ。
いくら私が通常よりも多くの魔力を持っているとしても、これほどの量を喰われ続けていれば、じきに枯渇してしまうに違いない。
というか、精霊の助力がない状態でこの魔法を発動させるのは初めてなので、どれくらいの時間保てるのかすら不明だ……いくらザビリアが魔力を分けてくれるとしても。
そう心配になったけれど、鳥真似の前で弱みを見せるわけにはいかない。
私はあえて何でもない表情を作ると、さあどうぞ、とばかりにカーティスたち3人に向かって片手を広げて微笑んでみせた。
こう見えても元王女ですからね。
感情を読ませないポーカーフェイスはお手の物ですよ。
だというのに、私の表情を確認したカーティスはなぜだか真剣な表情になると、両手で剣を握り直した。
……あ、あれ? カーティスが剣を両手持ちする時は、短期決戦に切り替えた時だけれど……あれえ、どうして彼は私の魔力がそう長くは持たないと気付いたのかしら。
後ろでは、ザビリアが動いたような気配がするのと同時に、小さな唸り声が上がる。
「グゥウウウウウ!」
ザビリアは私と繋がっているため、魔力が刻一刻と消費されているのを感じ取っているのだろう。
だからこそ、大きく吠えて魔人を威嚇したいだろうに、竜の咆哮は人間の聴覚をずたずたにするからと、唸り声に留めている。賢い竜だわ。
いえ、そもそも魔物の本能で強い相手と戦いたいだろうに、因縁があることを理解して、カーティスに戦いを譲ったところから既に賢い竜なのだけど。
そして、唸り声を上げるだけで、ザビリアは十分役割を果たしていた。
鳥真似の焦ったような表情からも、闇属性の恩恵を失った今、自分が不利な状況に陥ったことを理解しているはずだ。
そんな状況下で、ザビリアは黒竜である自分が後ろに控えていることを示しているのだ。
まあ、ザビリアったら追い込むのが上手ね。
そう感心している間に、カーティスが鋭い踏み込みとともに、鳥真似に斬りかかっていった。
先ほどとは異なり、カーティスの一撃は魔人の体に入り、確実にダメージを与える。
カーティスが鳥真似の体から剣を引き抜くと同時に、その腹部から黒い液体が飛び散った。
鳥真似は信じられないといった表情で、斬られた腹部に手を当てる。
「体を斬られただと? この私が!?」
―――闇属性の弱体化。
ただそれだけで、目の前の魔人は一段下の生物になったかのように強度が弱まったのだ。
そして、身をもってそのことを理解したカーティス、グリーン、ブルーの3人は一気に畳みかけてきた。
彼らの攻撃で、鳥真似の髪が次々に切り落とされていく。
3人はあっという間に、防御が弱まった鳥真似を追い込んでいった。
相手は何倍も長く生きて、戦うことに長けた魔人だというのに、その経験差をものともしないなんてこの3人は本当に強いわと目を見張りながら、ちらりとカーティスに視線をやる。
勝負が決まりかけた今、カーティスはどうするつもりなのかが気になったからだ。
最大の問題は、魔人を封じ込める箱を持っていないことだろう。
箱に封じ込めなければ、魔人を倒した瞬間、全ての魔人が鳥真似の消滅に気付いてしまい、魔人を倒せるほどの存在がいることを彼らに知らしめてしまう。
そのため、300年前は必ず、魔人を弱らせたうえで封じていたのだけれど、魔人を封じる箱は希少で貴重だから、限られた者しか入手することができない。
そもそも大聖堂でしか作ることができない特殊仕様のため、作製数が少ないのだ。
そう心配している間に、ブルーが鳥真似の片方の肩甲骨部分に―――もがれた羽の生え際部分に、剣を突き入れた。
「ぐっ!」
苦し気な声を漏らしながら、地面に膝を落とす鳥真似を前に、ブルーは剣を刺したままの状態でカーティスを振り返った。
「カーティス!」
あと1か所。
そう考えるのと同時に、カーティスが鳥真似のもう片方の肩甲骨部分に剣を突き入れる。
「よし!」
声もなく地面にしゃがみ込んだ鳥真似を目にしたグリーンが、高揚した声を上げた。
一方、カーティスは冷静な様子で、まだ終わりではないとばかりに、鳥真似の頭上に片手を差し出す。
開いた手の上には、複雑な模様が刻まれた箱が載っていた。
「えっ!? 魔人封じの箱?」
300年ぶりに目にしたその存在に驚き、思わず声が零れる。
え? カーティスは箱を持っていたの!?
驚愕で見開いた視界の中、封じの箱は、ぱかりぱかりと音を立てながらどんどんと展開していき、正しい形を取り始めた。
箱に込められた力がその場に漲り出し、周りの空気が変化する。
―――ああ、寂しがり屋の箱が、仲間を取り込むわよ。
そう考えた正にその瞬間、カーティスは冷静な声で呪文を紡いだ。
「捕縛の箱よ、同胞を封じろ!」
その言葉とともに、カーティスとブルーが示し合わせたように、鳥真似に刺さっていた剣を抜く。
同時に、カーティスの手の上に載るほどの小ささだった封じの箱は、呪文に呼応して大きく膨らむと、まるで蕾だった花が咲き開くように分かれ、魔人をばくりと飲み込んだ。
それから、魔人を包み込むようにしながら、ぎゅるぎゅると箱自体がねじれるように回転すると、再び小さくなっていく。
そして、あっという間に封じの箱は元の大きさに戻ると、開いていた口を閉じようとしたけれど、なぜだか一部が閉じきれないままの状態になっていた。
「くっ、塞がり切れないのか!?」
箱の状態に気付いたカーティスは一瞬にして顔を歪めると、焦慮に駆られた表情で吐き捨てた。
……ああ、封じ込めた魔人と箱の相性がよくなかったのだろう。
運が悪いことに、ごくまれに双方の相性が悪くて、箱が閉じ切れない時があるのだ。
焦ったカーティスは決意した表情で剣を構えると、自らの腹部を傷付けようとしたため、慌てて声を上げる。
「カーティス! 止めてちょうだい」
何が何でも箱を閉じたいカーティスは、自分の血を媒介にしようとしているようだけれど、いくらカーティスの体が大きくて、たくさんの血液が流れているとしても無理な話だ。
体中の血を使用しても、封じの箱は閉まらないだろう。
「適材適所って言葉があるでしょう!」
私の言葉に従って停止したカーティスの元まで、私はできるだけ急いで走り込むと、彼が持っていた剣を手首に当て、えいっとばかりに横に引いた。
「フィー様!」
カーティスが驚いて声を上げた時は既に遅く、私の手首には一筋の傷が入っていた。
そして、その傷から封じの箱の上にぼとぼとと血が垂れた瞬間、―――ばくりと音を立て、箱が勢いよく閉じた。
「媒介にするなら、聖女の血であるべきだわ」
そう言いながら、私はさり気なく怪我をしていない方の手で傷口を押さえると、自分に回復魔法をかける。
「回復!」
すると、きらきらとした輝きが生まれ、あっという間に傷が消えてなくなった。
「はい、おしまい」
私は両手を合わせると、これで終わったわねとばかりに、笑顔で皆を見回したけれど、……なぜだか誰からも同じ表情は返ってこなかった。