130 二紋の鳥真似4
……カーティスは、体に力が入り過ぎているわね。
全く余裕のないカーティスの表情を見て、心の中でそう思う。
まるで個人的な恨みでもあるかのように鳥真似を睨みつけているけれど、恐らくカーティスとこの魔人は初対面のはずだ。
にもかかわらず、これほどまでに憎々し気に鳥真似を睨みつけているのは、前世で私を守り切れなかったことを悔いていて、魔人全般に敵愾心を燃やしているのではないだろうか。
前世で魔王と対峙した際、カーティスは魔王城にいなかったのだから、責任を感じる必要はないというのに、忠義者の彼らしいわと申し訳なく思う。
それから、そんなカーティスに報いるためにもできるだけ助力しようと、対峙している魔人に視線を移した。
鳥真似は両足を踏みしめ、両腕を突き出すような体勢で、取り囲むカーティスたち3人を睨みつけていた。
けれど、視線を感じたのか、素早く頭をめぐらすと、憎々し気な表情で私を見つめてきた。
「赤髪、お前は何者だ!? なぜ、失われた魔法を使える?」
……至極真っ当な質問だ。
前世では数多くの聖女がいたけれど、身体強化や防御魔法を行使できたのは私だけだったため、大聖女の死とともに全ては失われてしまったと誰もが思っていたはずだ。
それなのに、失われたはずの魔法を次々に行使する私を目にすれば、疑問に思うのは当然だろう。
どう答えたものかしら、と迷っている間に、カーティスが冷え切った声音で、鳥真似の質問を切り捨てた。
「無礼だな。魔人ごときが口をきける相手ではない、言葉を慎め」
……あ、そうよね。尋ねられたからといって、必ずしも答えなくてもいいのよね。
危なかったわ、余計なことを話してしまうところだったと反省していると、カーティスが剣を構え、鳥真似に向かって行くのが見えた。
鳥真似は先程と同様に髪を束にして、カーティスの攻撃を防ごうとしたけれど、きんっという高い音とともに、その髪が切り落とされていた。
「なっ!?」
鳥真似は驚いたようにカーティスを振り仰いだけれど、彼は無表情のまま剣を横に払うと、新たな髪の一束を切り落とした。
その思いきりの良さと、剣技の鋭さに感心する。
……実際のところ、聖女としての立ち回りの難易度は、敵の強さ以上に仲間の戦闘スキルによって変化する。
攻撃職が不慣れであれば、思ってもみない動きをされ、敵の攻撃に巻き込まれたりするからだ。
けれど、その点では、カーティスは物凄く戦い易い仲間だった。
なぜなら前世で護衛騎士だった彼は、誰よりも長い時間を私と共に過ごした上、私が参加した戦闘にほとんど加わっていたのだから、これほど分かり合える相手は他にいないのだ。
……いや、1人だけいたけど、そもそも彼は強すぎるから例外だわ。
銀髪白銀眼の前世の近衛騎士団長を思い出した私は、あんな規格外の騎士は参考にならないわ、と頭を振ってその姿を追い出す。
それから、目の前の戦闘に集中した。
鳥真似の羽をもぐことはできたけれど、それでもこの魔人が恐ろしく強いことは間違いない。
それを証するように、切り落とされた髪の半分は既に再生しているし、髪以外の部位にはほとんど傷が入っていない。
カーティスは勿論、グリーンやブルーも明らかに一流の攻撃職で、相手が紋付きの魔人でなければ、すぐにでも決着が付いただろうに、今回ばかりは相手が悪いのだ。
なぜなら紋付きの魔人は、そもそも3人程度で倒せる相手ではないのだから。
だというのに、3人とも全く委縮している様子はなく、冷静に少しずつ鳥真似の生命力を削っていた。
慎重に鳥真似の攻撃を防ぎ、隙を見ては重くキレのある一撃を叩き込んでいる。
「……本当に強いわね」
私は戦っている3人を感心して見つめた。
命のかかったこの局面で引かない勇気、冷静に状況を判断できる洞察力、攻撃職としての高い技量、全てがハイクラスだ。
けれど、―――それでも鳥真似に決定打を打ち込むための、あと一歩が足りていなかった。
そして、そのことを理解したがゆえの焦りが生じたのか、あるいは、疲労が蓄積されてきたのか、グリーンとブルーにミスが出始め、鳥真似からの攻撃が入り始めた。
勿論、2人が負った傷は即座に私が治していたけれど、あまりよくない状況だと思う。
ここで保てなければ、差が広がっていくだけだからだ。
そして、長らく生きている魔人がその好機を見逃すはずもなく、鳥真似は両腕を剣のように硬化させて踏み込んでくると、グリーンの脇腹に、ブルーの腿にと傷を負わせた。
2人の傷は深く、鮮血がぱっと飛び散る。
「回復!」
即座に治癒したものの、2人が体感した体を抉られる感触は消せるはずもなく、精神的ダメージとして積み重ねられていく。
そして、攻撃が入る度に、その疲労は蓄積されていくようだった。
対する鳥真似は全く疲労した様子もなく、戦闘開始時と同じ俊敏さで攻撃を続けている。
その表情は、勝ち誇っているようにも、余裕があるようにも見えた。
―――鳥真似の絶対的な自信の裏付けは、属性からの恩恵だろう。
魔物はそれぞれ土や水といった属性を持っていて、己の属性の影響を受けるものだけれど、魔人は全て闇属性だ。
この闇属性が食わせ者で、光属性には極端に弱いものの、それ以外には強さを発揮する。
だからこそ、3人の攻撃が弱められていて、ダメージがあまり入らないのだ。
この状況を打開するためには、魔人の属性を下げてやればいいのだけれど、……戦う相手の属性を下げることは可能だけれど、闇属性だけはテクニックが必要だ。
相手が大量に魔力を使用した瞬間―――たとえば、大きな技を発動させようとした瞬間に合わせないと、上手く効果が現れないのだ。
……困ったわね。
誘導はあまり上手くないんだけれどな……、と思いながらも、他に人手がないから仕方ないと諦めた私は、すっと片手を上げた。
要するに、隙があると思わせればいいのよね。
「あれえっ!? 手を上げたら、なぜだか伸ばした手が木に引っ掛かって―――、転んじゃったわ!!」
大きな声で説明的な言葉を発しながら、前のめりに転んでみせる。
すると、困惑したようなグリーンとブルーの声が聞こえた。
「「……フィーア?」」
攻撃の音が止んだので、地面に伏せていた顔を少しだけ上げて確認すると、鳥真似から距離を取ったグリーンとブルーが、戸惑った様子でこちらを見ていた。
カーティスを確認する勇気はなかったけれど、じとりと見つめられているような強い視線を感じる。
後ろからは、ザビリアの呆れたような溜息が聞こえた。
……やっぱりね。
渾身の演技のつもりだったけれど、誰一人驚いた声を出さないことから、私がわざと転んだことに気付かれているのだろう。
うーん、普段であれば、私の演技は悪くないのだけれど、今回は誘導役をやらなければと思ったことで変な力が入り、ちょっとだけ棒読みっぽくなってしまったんだわ。
けれど、カーティスたちには演技だと見抜かれたとしても、人間のことをよく理解していない魔人には演技だと思われるはずがないから、引っ掛かるに違いないと、地面に倒れたままでいる。
すると、案の定、おかしな魔法を次々にかける私が地面に倒れ、カーティスたち3人が鳥真似から距離を取ったことで、時間的余裕が生まれたと思った魔人は背中を丸めると、その背から再び羽を生やそうとした。
そして、魔人の背中部分から、羽の一部が盛り上がってきた瞬間、私はがばりと起き上がると、得意気に口を開いた。
「引っ掛かったわね、魔人! 転んだのは、演技でした!!」
「「え!?」」
グリーンとブルーが、私の演技を魔人が信じたと思ったのか、とばかりに驚愕した様子で目を見開く。
い、いや、お言葉ですが、実際に魔人は騙されているからね。
魔人は人間のことなんてちっとも分かっていないから、2人にはわざとらしく思われた演技にだって、簡単に引っ掛かるんだから。
そう心の中で言い返しながら、私は私の役割を果たそうと、魔人に向かって両手を広げた。
「沈め、その身に属する富なる力よ。――― 『≪身体弱化≫闇属性30%減』!」