129 二紋の鳥真似3
―――魔人と相対する緊張感の中、私は前世との違いを寂しく思い浮かべていた。
前世において、魔人と戦う際には必ず精霊が力を貸してくれたものだけれど、あの子はもういないのだわ。
それとも、昔のように名前を呼んだら、再び私の前に現れてくれるのかしら。
魔王の右腕に聖女の存在を気取られないため、精霊を呼べるはずはないと分かっていながら、詮無いことを考える。
そして、おまじない代わりに、上げていた片手を唇に当てると、魔人との戦闘時に必ず口にしていた精霊の名前を心の中でつぶやいた。
……≪セ……≫、私に力を貸してちょうだい。
すると、心の中がふわりと温かい気持ちになった。
その温かさは、前世で私の精霊が与えてくれた多くの思い出のおかげだと理解した私は、心の中で精霊にお礼を言う。
それから、気持ちを切り替えるかのように、鳥真似とカーティス、グリーン、ブルーに視線をやった。
カーティスの誘導のおかげで、鳥真似を取り囲むかのような布陣が形成されており、3人は連携することで攻撃を防いでいた。
カーティス同様、グリーンとブルーも魔人の髪を撥ね返していたため、驚いて見つめると、彼らが手に持っている得物が滅多にないほど上質で、魔法付与がかけられている逸品であることに気付く。
……まあ、凄いわね。あれほどの武器なんて、王侯貴族でもなかなか手にできないでしょうに、2人とも素晴らしいものを所持しているわ。
そう驚きながら、鳥真似に視線を移す。
すると、魔人は余裕の表情で、3方からの攻撃を全て防いでいた。
それどころか、鳥真似は防御の合間に攻撃を仕掛けては、カーティスの腕に、グリーンの額に、そして、ブルーの両足に傷を負わせていた。
視界いっぱいに赤い血がぱっと飛び散り、瞬間的に回復魔法を発動させそうになったけれど、唇を噛み締めて堪える。
……まだ、ダメよ。
鳥真似は聖女がいることに気付いていないのだから、このタイミングで聖女だと明かしてしまったら、戦い方を変えられて、戦闘が長引くだけだわ。
そして、私の役割は最小の犠牲で戦闘を終わらせることなのだから、ここで動くのは早計だ。
私の前世での最期を知っているカーティスは、魔人と戦わせまいとして、助力なしに鳥真似を倒すと宣言したけれど、相手は紋付きの魔人だ。
回復魔法なしで相手を追い詰め、封じることはほとんど不可能だし、仮に実行できたとしても、カーティスは酷い怪我を負うだろう。
そのことを理解しながらも、彼は私を気遣ってくれたのだ。
そんな忠義者のカーティスに対して、私ができる最上のことは、一手も間違えずに、正しく魔人を追い詰めることだ。
そう自分に言い聞かせると、まずは相手の強さを測ろうと魔人を注視する。
「……鳥真似の生命力は12,200で、残存生命力は100%。……強いわね」
私はぎゅっと両手を握りしめると、頭の中に導き出された数値をつぶやいた。
一般的に、強いと言われるAランクの魔物の生命力は1,000程度だ。
Aランクの上にはSランクの魔物が存在するけれど、同列に並ぶのは紋なしの魔人だ。
そして、「Sランクの魔物」と「紋なしの魔人」は、それ以下の魔物とは一線を画す強さだけれど、―――相手のおおよその強さをランクで測れるのがこのレベルまでだった。
なぜなら、Sランクのさらに上、―――「SSランクの魔物」と「紋付きの魔人」は、底なしの存在なのだから。
彼らは「規格外」という括りの中にあり、その括りには下限値しか存在しないのだ。
そのため、どれだけでも化け物が存在する。
あるいは、化け物しか存在しないというべきか。
カーティスは強い。
グリーンとブルーも、間違いなく強い。
それでも、種としての生まれ持った肉体の差異や、寿命の長さの違いにより獲得された狡猾さや戦闘スキルの差異は、簡単に埋められるものではないのだ。
―――紋付きの魔人は、完全に生物としてのレベルが異なっている。
肉体的にも能力的にも突出している上、特殊な構造や仕組みを持っており、知識がなければ倒すことは難しいからだ。
その上、紋付きの魔人は個体ごとに異なる構造を持っているため、まずは冷静に相手の特徴を見極める必要がある。
鳥真似がカーティスたち3人を見下しているのも、その優位性を自覚しているからだろう。
そして、実際、魔人の肉体の卓越した強靭さのせいで、カーティスたちは苦戦しているように見えた。
3人ともに踏み込みがいいし、武器に乗せる力の移動もスムーズで、持てるもの全てを攻撃力に変換しているのに、それでも鳥真似に傷が入らないのだ。
カーティスは肉体を強化することで、グリーンとブルーは魔法付与された武器を使用することで力を底上げしているのに、それでも鳥真似の防御力の方が上回っている。
そして逆に、踏み込むことをせず、その場からほとんど動いていない鳥真似の攻撃が、3人にダメージを与えていた。
その事実に対し、グリーンが腹立たし気な声を上げる。
「はっ! 驚くほどかてえな! これだけ全力で打ち込んでも傷一つ入らないなんて、恐れ入るわ」
グリーンの言葉通り、渾身の力を込めて打ち下ろした斬撃は、鳥真似の体に触れる前に彼女の髪に防がれていた。
鳥真似の攻撃を捌きながら、カーティスが冷静にグリーンに返す。
「武器を折られもせず、体ごと吹き飛ばされないだけ、大したものだ」
「いや、それは褒め言葉にはならないよね。分かって言っているのだろうけど、武器のおかげだから。やっと持ち出せるようになったから、『超黄金時代』の逸品を! 宝物庫から持ってきたおかげ! だか! ら!」
鳥真似の斬撃を受け続けているブルーが、顔を歪めながら叫んだ。
私はそんな3人を見つめながら、ぎゅっと両手を握りしめた。
……カーティスの言う通り、グリーンとブルーは大したものだわ。
カーティスには魔人戦の経験があるし、戦う理由がある。
けれど、グリーンとブルーが魔人に出遭ったのは偶然で、戦う理由などないのに、遥か格上の未知なる相手だと理解しながら、怯えることなく一歩踏み出して向かって行くなんて。
……いえ、思い出したわ。この2人は出会った時からそうだったわね。
初めて出逢った時に倒した魔物も、遥かに格上だったけれど、レッドを含めた兄弟3人で倒したのだったわ。
元々勇気がある兄弟だったわねと考えていると、不意に鳥真似の笑い声が響いた。
「ぴぴぴぴぴ、人間にしては悪くない動きだね。……でも、私に傷をつけることはできないようだし、ここが限界のようだね。攻撃を防がれたから驚いたけど、まあ、300年に3人くらいは、少し強い者がいるんだと、納得することにするよ」
それから、鳥真似は自在に操っていた髪の動きをぴたりと止めると、カーティスの方に顔を向ける。
「色々と考えるのが面倒になっちゃったな。そこのお兄さんはちょっとばかし魔人について詳しいようだけれど、なぜ知っているのとか、どうしてとか尋ねても答えてくれそうにないしね。いや、答えられたら、発言内容を検証しないといけなくなるんで、もっと面倒か。……ぴぴぴぴぴ、じゃあ、お終いにしようか―――ね」
鳥真似はそう言いながら上半身を折り曲げた。
すると、その背中部分がぐっと盛り上がり、肩甲骨部分の服が破れると同時に、2枚の大きな羽が現れる。
鳥真似はちらりと視線を上げると、得意気な表情で3人を見つめたまま、現れた羽を大きく広げようとした。
その瞬間、わずかな時間だけれど、鳥真似の攻撃の手が止まる。
―――今だわ!
私は鳥真似に向かって躊躇なく向かって行くカーティス、グリーン、ブルーの3人に対して呪文を唱えた。
「≪身体強化≫攻撃力2倍! 速度2倍!」
すると、素早く踏み込んだカーティスが、力を倍化された瞬間に剣を振り下ろし、鳥真似の背中に生えた羽の1枚を根本から切り落とした。
「は?」
何が起こったのか分からず、間が抜けた声を上げる鳥真似の反対側に移動したグリーンが、残ったもう1枚の羽を根元から切り落とす。
「……は?」
想定外の事態に、未だ何が起こったかを把握できていない様子の鳥真似だったけれど、無意識に防御しようとしているのか、再びその髪先が持ち上がり、威嚇するかのようにぴんと水平に伸びた。
それから、一瞬遅れて事態を把握したようで、鳥真似は驚愕の叫び声を上げる。
「私の……羽がああああああ!!?」
切断された羽の根本からは黒い液体がごぽごぽと零れ落ち、鳥真似の足元に溜まっていた。
そんな魔人に視線を定めたまま、私は3人に向かって声を上げた。
「3人とも! 魔人の急所は、切り落とした羽の付け根部分よ!」
カーティスにとっては既知の情報だけれど―――紋付きの魔人は紋なしの魔人と異なり、複数の心臓を持っている。
そして、紋付きの魔人の心臓の数は、紋の数と同数だ。
心臓がある場所は魔人によって異なるけれど、その多くは最も力を必要とする場所に埋め込まれている。
つまり、多くの魔人は変態するため、その変形する部位の近くに心臓が存在しており、羽を生やした鳥真似の場合は、その付け根部分に心臓があるはずだ。
けれど、それは個々の魔人にとって何よりも大事な秘密のため、絶対に漏らさないように万全の注意を払って秘匿されているものだ。
そのため、私の言葉を聞いた瞬間、鳥真似はその全身にぶわりと殺気を乗せた。
「お前! どこでそれを!!」
それから、鳥真似の髪がばさりと広がり、急所を庇うかのように背中全体を覆う。
その間に、私は回復魔法を発動させると、3人の怪我をきれいさっぱり跡形もなく治癒した。
「……フィーア、お前はマジで、毎回すげえな。どうやったら一瞬にして全ての怪我が治るんだ? そして、どうやったらオレの力が上昇するんだ? 全く仕組みがわからねぇな!」
傷跡が消失した部位を見ながら、鳥真似の羽を切り落とした斧を振りながら、グリーンが感心したようにつぶやいた。
「兄さん、女神仕様なのだから、理解できると考える方が不敬だよ!」
ブルーが高揚した様子で、兄に意味不明な言葉を返している。
その2人の間に立ったカーティスが、静かに剣を構えた。
「フィー様、お力添えいただき感謝します」