124 霊峰黒嶽12
「聞きたい……」
驚くほどするりと、私の口から言葉が零れ落ちた。
そして、口にした途端、その言葉は正しく心情を表しているわ、と気付かされた。
グリーンがどこまで知っているか分からないし、そのことが真実なのかも分からないけれど、聞けることはできるだけ聞きたいと思ったのだ。
「分かった」
グリーンは頷くと、言葉を選ぼうとするかのように中空に視線をさまよわせた。
そのわずかな沈黙の間に、ザビリアは私の肩から降りると、膝の上に乗ってくる。
そして、すりすりと私のお腹に頭をすり寄せた。
まあ、ザビリアは私を勇気づけようとしてくれているのねと気付き、嬉しくなって腕の中にぎゅっと抱き込む。
それから、話を促すかのようにグリーンに顔を向けると、彼は気遣う様子を見せながら口を開いた。
「『はじまりの書』にあるのはこうだ。『世界に33紋の魔人あり』―――と。フィーア、お前が知っていることと重複するかもしれないが、……魔物の中には人型をとる『魔人』と呼ばれる存在がいる。そして、その中でも特に強力な魔人は、例外なく体に紋が刻まれているため、『紋持ちの魔人』と呼ばれている」
「ええ……」
私は300年前のおさらいをするような気持でグリーンの話を聞いていた。
前世では王女だった私。大聖女という立場にもあったため、どんな秘匿情報でも私の下にはもたらされていて、『はじまりの書』についても聞き覚えがあった。
そのため、過去の知識と照らし合わせながら話を聞いていく。
「魔人の強さは紋の数に比例する。そして、その身に持つ紋の数は、魔人によってバラバラだ。1紋の魔人もいれば、3紋の魔人もいる。しかしながら、それら全ての紋の数を合わせれば33紋だと『はじまりの書』にはある」
ええ、その通りだ。300年前にも同じ話を聞いたことがあった……と、そこまで考えたところで、不自然に呼吸が乱れ始めた。
……ああ、まただわ、と慌てて胸元を押さえつけ、息を整えようと努力する。
いつだって、こうだ。魔人のことを考えると、すぐに心臓が早鐘を打ち始める。
落ち着くために深い呼吸をしていると、ブルーが心配そうな表情で手を伸ばしてきた。
「フィーア、大丈夫?」
私は胸元を押さえていた手でブルーの手を掴むと、安心させるかのように微笑んだ。
「……大丈夫」
片手ではザビリアを、片手ではブルーを掴んでいるんだもの。守られている気がして、恐怖も吹き飛ぶというものだわ。
グリーンはブルー同様心配そうな表情をしたけれど、話を終わらせることが先だと判断したようで言葉を続けた。
「大聖女様が『十三紋の魔王』を封じた後、市井の噂話通り、魔人は全て封じられた、……と言いたいが、魔王が封じられて劣勢になったと感じたのか、300年前に魔人たちは突然、世界から姿を消した」
「……えっ?」
思ってもみない話を聞いて、落ち着きかけていた心臓が、どくり、と再び跳ねた。
目を大きく見開いた私を、これ以上刺激しないようにとでもいうかのように、グリーンが静かな声で続ける。
「『紋持ちの魔人』は一紋でも強力だから、300年前の魔人たちは全員、森や丘に専用の城を建てて住んでいた。ところが、大聖女様が魔王を封じた途端、魔人たちは城を捨て、姿を消し始めたんだ」
「それは……」
どうしてなのかしら?
私の予想と異なり、魔王は封じられたままなのかしら? だからこそ、グリーンの言うように、劣勢になったと感じて魔人たちは姿を隠したの?
―――分からない。
限られた情報しか持たないため、魔人たちが姿を消した理由は分からないけれど、……現実は私の予想を悪く上回り、幾人かの魔人がまだこの世界にいるのだという。
「……まじん、が……」
まだこの世界のどこかに何人も残っている。
目に見えて青ざめた私を前に、グリーンは両手を広げると、落ち着かせようとでもするかのように動かした。
「フィーア、魔人を恐れるお前の感情はまっとうだ。300年前に魔人は全て姿を消した。だから、誰もが魔人の恐ろしさを忘れ去り、言うことを聞かない子どもへの脅し文句にしか使用しないようになったが……、魔人は意図的に姿を消したのであって、いなくなったわけではないからな。恐怖心を忘れないお前の感情は生物として正しい」
グリーンの言い回しは独特だったけれど、その表情から私を慰めようとしているのだと理解する。
……グリーンは優しいのね。それから、よく私を見ているわ。
そして、小さい頃から聞かされた話は、真実とは少し異なっていたのね。
姉さんの話では、大聖女が魔王を討伐した後、魔人たちは次々と封じられ、全ていなくなってしまったとのことだった。
なのに、実際には幾人もの魔人が逃げおおせていたなんて。
何てことだろうと顔をしかめていると、どくりどくりと不自然に心臓が拍動し始め、魔人のことを考える時に起こる気持ち悪さが体中に広がっていった。
私はザビリアを抱きしめている腕に力を入れると、震えるようなため息を吐いた。
ブルーは元気付けるかのように隣に座ってくれている。
ザビリアが腕の中にいるためか、あるいは、一緒に旅をしてきたグリーンやブルー、カーティスに囲まれているためか、今までとは異なり、倒れ込むほどの気分の悪さは感じなかった。
私は顔を上げると、グリーンの話を聞く態勢を継続する。
その様子を見たグリーンは小さく頷いて、言葉を続けた。
「人民をいたずらに不安がらせる必要はないからな。表向きには、魔人は全て封じられたことになっている。だが、実際は……、大聖女様の死後に封じられた魔人はごくわずかだ。『二紋の月乙女』、『五紋の渦裂き』の2人だけだ」
「二紋の……月乙女」
その名前にひやりとしたものを感じ、小声で繰り返す。
すると、グリーンは力付けるかのように、大きく頷いた。
「心配するな、フィーア。それらの魔人は既に封じられている。そのうえ、大聖女様は生前、『十三紋の魔王』を合わせると、20紋もの魔人を封じられている。つまり、これまでに封じられた魔人の紋を合計すると、27紋になる」
……その通りだ。前世の私は、魔王も含めて20紋の魔人を封じている。
「魔人の紋は全て合わせて33紋だからな。世の中に隠れおおせている魔人は、残り6紋しかない」
当然の事実であるかのように、グリーンは口にしたけれど……
そこで初めて、グリーンの言葉を疑う気持ちが湧き起こった。
……本当にそうだろうか?
私はやはり、魔王は封じられた箱から逃げおおせていると思う。
だから、現在、この世界には、合計6紋の魔人たちに加えて、『十三紋の魔王』が存在するのではないだろうか。
それから、合計6紋の魔人たちの中に、私を殺した『魔王の右腕』が含まれているはずで……
私の考えを読み取った訳でもないだろうに、グリーンはさらりと重要な言葉を口にした。
「逃げおおせている6紋の魔人のうち、1紋は分かっている。『一紋の右腕』と呼ばれた、魔王の側近だ」
その言葉を聞いた瞬間、びくりと体が硬直したけれど、―――同時にああ、と納得する。
……ほら、やっぱり右腕は逃げおおせていた。そして……
―――そうだ。『魔王の右腕』は、一紋の魔人だった。
(そうだったかな? もっとたくさん体中に……)
一瞬、思考が分かれかけたけれど、前世で死ぬ直前に見た『魔王の右腕』には、1紋しか刻まれていなかったことを思い出す。
―――ええ、1紋だったわね。
私はなぜだか自分の思考に安心して、ほっと息を吐いた。
すると、私の思考を読み取ったらしいザビリアが、安心させるかのように、甘えるかのように全身をぴたりとくっつけてきた。
私はザビリアを抱きしめたまま、その背中をゆっくりと撫でた。
すると、不思議なことに、どくりどくりと早鐘を打っていた鼓動が少しずつ落ち着いてくる。
大丈夫、大丈夫。
私にはザビリアも、カーティスも、グリーンやブルーもいてくれる。大丈夫よ。
心臓の鼓動が落ち着いてきたのを確認すると視線を上げ、ここが一歩踏み出すべき時だわと考えながらカーティス団長に質問した。
「カーティス、大聖堂に行って、魔王の箱の存在を確認することはできるかしら?」
―――大聖堂。
世界中の教会と聖女を束ねる、救いの総本山。
そして、世界中のどこよりも守りが固く、魔人たちを封じた箱が納められている場所だ。
カーティス団長ははっとしたように息を飲んだけれど、すぐに申し訳なさそうな表情で頭を振った。
「……難しいですね」
「そうよね」
分かり切っていた答えを聞いて、私は納得したように呟いた。
大聖堂は救いを求める多くの者に扉を開いているけれど、魔人たちを封じた箱が納められている最奥の部屋は限られた者しか入れない。
それこそ、一握りの聖職者と各国の国王・皇帝のみだと言い切れるくらいに、入室できる者は限られていた。
その部屋に入り、魔王の箱を確認することが出来るのは、……大陸の中でも大国といわれるナーヴ王国国王くらいじゃないかしら。あるいは、アルテアガ帝国の皇帝か。
「うん、無理ね!」
一介の騎士が国王陛下に頼みごとなんて出来るはずもないから、すっぱり諦めるべきだわ。
私は魔王の箱を確認することを断念すると、次善の策について考え始めた……ところで、グリーンが口を開いた。
「フィーア、オレにまかせてもらえないか?」
「へ?」
「……先程言ったように、オレにはちょっとしたお偉い知り合いがいる。魔王の箱の確認は、何とかなると思う」
驚く私を前に、グリーンは強い目をしてそう言い切った。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
今日はコミカライズのお知らせをさせてください。
最新話が更新されていて、「黒竜探索後始末」~「第六騎士団長主催査問会」が描かれています。
笑い話からのザカリー団長男前話です。個人的に面白いと思ったので、ご紹介します。
↓のリンクからコミカライズページに飛びますので、よかったら覗いてみてください。









