122 霊峰黒嶽10
翌朝、私はすっきりとした気分で目が覚めた。
勢いよく体を起こそうとしたけれど、お腹の上に小さくなったザビリアが乗っていることに気が付き、頭を上げただけの姿勢で停止する。
……ザビリアのこの絶妙の重さが心地いいのよね、おかげでぐっすり眠れたのかしらと思いながら見つめていると、ザビリアはすぐに目を覚まし、すりすりと頭をすり寄せてきた。
まあ、可愛らしいわね、と思わず笑みがこぼれる。
「あらあら、竜の王様ったら甘えん坊ですのね! いいですよ、この甘え癖は私たちだけの秘密にして差し上げます」
いたずら心が出て、黒竜王とその侍女設定にした会話を始めると、ザビリアは可笑しそうにくすりと笑った。
「うむ、苦しゅうない。予は今日一日、小さいままフィーアの肩で過ごすぞよ」
「えええ! それは、他の竜たちの手前、どうなのかしら?」
ザビリアのたった一言で、私は自分の役どころを忘れると、困ったようにザビリアを見つめた。
「王様ってのは、威厳に満ちた存在であるべきじゃないのかしら? 小さくなって私の肩にとまっていては台無しだわ」
「ふふ、たったそれくらいの見かけで僕を見下すような竜は、ここにはいないよ。いたとしても、その竜が見る目がなさすぎるというだけだし」
「うーん、でも、突然誰よりも大きかったザビリアが小さくなって、私の肩に止まっていたら、一体何が起こったのかしらと誰もが驚くと思うけど?」
「よし、試してみようか」
そんな簡単な会話で今日一日、ザビリアが小さいままで過ごすことが決まってしまう。
もう、ザビリアったら、後から困ったことになっても知らないからね。
私は不同意を示すようにちらりとザビリアを斜めに見たけれど、当のザビリアは素知らぬ様子で、着替え終わった私の肩にひょいっと飛び乗ってきた。
仕方がないので、そのまま洞窟を出て、開けた場所まで歩いて行く。
途中途中で色々な竜に会ったけれど、その全員が、私の肩に止まったザビリアを目にした途端、びくりと全身を硬直させて、動きを停止させていた。
……あら、本当にザビリアの言う通り、小さなザビリアでも十分迫力があるようね。
ザビリアの正しさを認めた私は、素直に敗北の弁を述べる。
「これはまいりましたわ、竜王様」
「うむ、許すぞよ。予はフィーアが好きだからな」
「あら、王様ったら。一介の侍女にそのようなことを簡単におっしゃるなんて、浮ついた感じのダメなタイプの王様だったんですね」
そんな風な会話を交わしながら、昨夜の夕食会場だった場所に到着すると、カーティス団長とグリーン、ブルーは既に起床していたようで、椅子代わりの丸太に座っていた。
「おはよう、フィー……アァ!?」
穏やかに挨拶を口にしかけたブルーだったけれど、肩の上のザビリアを目にすると、ぎょっとしたような表情に変わる。
「あ、あれ、黒竜は世界にたった1頭の古代種だって聞いていたけれど、こ、……黒竜殿の子どもさん?」
ブルーの発想が面白くて、思わず噴き出してしまう。
「ぷふっ、面白い発想ね、ブルー! まあまあ、王様かと思っていたこの黒き方は、王様ではなく赤子様だったんですね。それは、確かに、迫力に欠ける可愛らしいお姿ではありますが……ふふふ、やだわ、ザビリアったら赤ちゃんに間違われているわよ!」
我慢できずに笑い声を上げると、ザビリアはあくまで澄ました表情で答える。
「結構だぞよ。予の可愛らしいフィーアが楽しんでくれたのなら満足だ」
「ぷくくく、ザビリアったら、その浮ついた感じの王様役が上手ねぇ」
そう言い返し、ザビリアと一緒に笑い転げる。
唖然とした様子で私たちを凝視するグリーンとブルーとは異なり、カーティス団長は疲れたような様子で席を立った。
「おはようございます、フィー様、黒竜殿。お2人ともよく眠られたようで何よりです」
カーティス団長の言い回しに引っ掛かるものがあり、団長は違うのかしらと、その顔をまじまじと見つめると、目の下にうっすらとした隈が見えた。
「まあ、カーティスはあまり眠れなかったの? 場所が変わると寝つきが悪くなるような、繊細なタイプだったのね」
あるいは、カーティス団長が案内された洞窟が寝心地が悪かったのかしら?
だとしたら、ザビリアの寝床は快適だったから、代わってあげるべきだったかしらと考えていると、カーティス団長は否定するかのように首を横に振った。
「いえ、ご心配には及びません。昨晩は色々と思い出されることがあって、寝るタイミングを逸しただけです」
「ふうん?」
カーティス団長は何かあっても心配させまいと隠したりするから、本人が大丈夫だと口にしても、本当かどうかは分からないのよね……
そう思いながらも、物凄く具合が悪そうには見えなかったので、それ以上追及することもできずに、空いている丸太に腰を下ろす。
私は何ともなしに出されたお水を飲みながら、ずっと気になっていたことをザビリアに質問した。
「ところで、その、ザビリアは竜たちにどんな訓練を行っているのかしら?」
本当は、ザビリアがこの山でやりたいことは何で、それはいつ終わって、私の側にいつ帰ってくるのかしらということを知りたかったのだけれど、ストレートに聞くと気持ちを押し付け過ぎるように思われたため、さり気なさを装って順番に尋ねることにする。
ザビリアは小さく笑うと、嬉しそうな声を出した。
「ふふ、フィーアが僕に興味を持ってくれるんだ。そうだね、竜と一口にいっても色んな種別があるからね。そして、種別毎に得意なことが異なるから、まずは色々な種別の竜を集めて、集団行動の中で彼らの特性を生かすことを教えているところだよ」
「そうなのね。でも、色々な場所から集まってきたにしては、皆とても仲が良いのね」
昨日、それぞれの種別によって棲む場所が異なると教えられ、竜たちの棲み処を案内された情景を思い出しながら言葉を続ける。
赤竜や青竜が一緒に水浴びをしたり、ねぐらが心地よくなるように環境を整えたりしている様子を見て、不思議な光景だわと思ったからだ。
ザビリアは私の言葉に同意するように頷いた。
「元々、竜種は群れを作る習性があるから、種別が異なってもそう忌避感はないようだね。食料となる魔物を一緒に狩ることで、連携することを自然と学習しているようだし。……そもそも、僕が竜王になろうと思ったのは、群れる魔物も多いから、それらの魔物に数の力で負けないためだからね。連携を覚えることが1番かな」
確かに群れる魔物は多いわよね、とザビリアの言葉に納得する。
難しいのは、普段から一緒に行動をしている同種の魔物が群れで襲ってくる場合だけではなく、バラバラに生活している別種の魔物が戦闘の時だけ連携してくることよね。
「連携して攻撃してくる魔物は、確かに厄介だと思うわ。ところで、戦闘訓練をする場合、特定の魔物を敵役として想定するの?」
「そうだね、フェンリルのような大きな群れを作る、特に厄介な魔物については、あらかじめ戦い方を想定しているかな。その他、上位種については、群れるかどうかにかかわらず戦闘方法を想定しているよね。まあ、でも、魔物の中で1番厄介な存在と言えば、……間違いなく、魔人だよね」
ザビリアの口からするりと、1つの単語が零れ落ちる。
それは何の底意もなく口に出されたザビリアの一言だったというのに。
「……っ!」
「魔人」という単語を聞いた瞬間、私の全身は恐怖で凍り付いたのだった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
大変申し訳ありませんが、少々忙しくなりますので、1か月ほど更新をお休みさせてください。
出来るだけ早く戻ってきますので、引き続きよろしくお願いします。