【挿話】魔王の右腕 後
ザビリアの質問はカーティス団長にとって全く予想外のものだったようで、団長は驚いたように目を見開くと絶句した。
けれど、ザビリアはそんな様子の団長に構うことなく、言葉を続ける。
「僕はフィーアとつながっているから、彼女が前世を回想した際に『右腕』が見えたんだけど、アレは一体何? 殺されるというのは物凄い恐怖だから、その恐怖心が悪作用して、事実よりも誇張された記憶が残っているのかなとも思ったけど、……『紋』の数をフィーアが見間違えるかな?」
「貴殿には、そこまで見えたのか……」
カーティス団長はさらに大きく目を見開くと、あえぐような声を上げた。
それから、彼は何か言葉を続けようとしたけれど、声にならなかったようで、ひゅっと喉を鳴らした。
ザビリアは冷静にその様子を見つめていたけれど、何かを見極めようとするように目を細め、疑うような声を上げる。
「……へえ、事実、なんだ。僕はずっと不思議だった。どうして魔王を封じたフィーアが、その部下を恐れるのだろうって。魔力がゼロになっていた前世の最期の場面ならともかく、今なら精霊こそいないものの、フィーアの能力は前世と変わらないし、それなりの騎士や僕が揃っているから。だから、たとえ『右腕』が現れても、前世とは異なる結果になるはずだから、恐れる理由なんてないと思っていた」
「…………」
カーティス団長は否定も肯定もすることなく、目を見開いたまま、ただごくりと唾を飲み込んだ。
そんな団長を、ザビリアは少しずつ追い込んでいく。
「殺されるというのは強烈な体験だから、そのせいでフィーアが必要以上にアレを恐れているのかなって、でも、それは仕方がないことだから、フィーアが思うままにさせておこうと始めのうちは思っていたんだよ。でも、ある日、疑問が湧いた。……フィーアって、戦闘に関しては冷静だよね。相手の力量を測り損ねるところを見たことがない」
「……その、通りだ。フィー様の聖女としての力は完璧だ」
とぎれとぎれの声で、カーティス団長がフィーアの能力を肯定した。
カーティス団長の発言内容に意味があるものはなかったけれど、その態度から、答えられるものには出来る限り答えようとしている誠実さが見えたように思われ、ザビリアはふっと微笑んだ。
「だよね、フィーアが相手の力量を間違うはずはないよね。だとしたら、『右腕』はフィーアが敵わないと思う程の相手だということだ」
「…………」
この質問にも、やはり返事ができない様子のカーティス団長を見て、ザビリアは納得したように頷いた。
「なるほど。沈黙という、消極的肯定だね」
ザビリアの言葉に顔を歪めるカーティス団長を見て、ザビリアは最悪の予想が当たっちゃったな、と心の中で呟いた。
けれど、口から出たのは、冷静な確認の言葉だった。
「……そうか、フィーアの『右腕』の記憶は正しいのか。だとしたら、アレは……、魔王よりも何倍も強いね?」
「…………」
声こそ出さなかったものの、とうとうカーティス団長は、観念したように小さく頷いた。
ザビリアは困ったなという風に翼を広げると、尻尾をぷるんと振った。
「そっか。ここから先は、本来ならば『はじまりの書』とかを持ち出さないといけないような小難しい話になるんだろうけれど、面倒くさいから単純な話にしてみると、……通常、魔人は他の魔物と同じく紋を持たないよね。けれど、時々、強力な魔人が現れることがあって、その体には例外なく紋があることから、『紋持ちの魔人』と呼ばれているよね」
ザビリアの言葉に同意するかのように、カーティス団長がゆっくりと頷く。
「……その通りだ。体に紋が刻まれている魔人はレアで強力だから、それ以外の魔人と区別され、特別な呼称が付いている」
「うん、そうだね。そして、魔人はその体に刻まれる紋の数に比例した強さを持つんだったよね。フィーアが封じた魔王は、『十三紋の魔王』と呼ばれていたのだっけ?」
「その通りだ。たとえ一紋であっても、体に紋が刻まれている魔人は人々から恐怖される存在なのだが、それが十三紋もあったがため、世界中から畏怖され、『十三紋の魔王』という呼称を与えられていた。だからこそ、大聖女セラフィーナ様が封じた時には、誰もが歓喜したものだけれど……」
カーティス団長が言い差した言葉を、ザビリアが引き取る。
「そうだね、通常はそこでめでたしめでたしとなるはずなのだけれど、なぜかその部下が現れたんだよね。そして、どういうわけか、その魔王の部下には、……20なのか、30なのか、体中に紋が刻まれていた。……おかしな話だよね? 魔王よりも紋の数が多い魔人なんて」
「……っ」
ぎりりと、カーティス団長は血がにじむほどに唇を噛み締める。
そんなカーティス団長に対して、ザビリアははっきりと言い切った。
「つまり……、アレが『魔王』だろう?」