118 霊峰黒嶽6
そうこうしているうちに、ゾイルに乗ったグリーンとブルーが到着したので、全員で色とりどりの竜たちに近付いて行った。
火口付近に棲む赤竜、水辺を好む青竜、砂漠地帯にいるはずの黄竜と、生活圏が異なる竜たちが一堂に会している光景を目にするのは不思議な気分だった。
一時的だとしても、これらの竜を集結させることは並大抵ではないはずで、それを実現させたザビリアの凄さを、改めて目の当たりにした気持ちにさせられる。
……ああ、ザビリアは真に王になろうとしているのだわ。
そのことが現実の重みを伴って、胸に落ちてくる。
竜は仲間とともにいることを心地よく感じるという。もしかしたらザビリアは、このまま仲間たちとこの山に棲みついてしまうのかもしれない。
そう考えて一抹の寂しさを覚えていると、「いや、ないから」とザビリア自身から明確に否定された。
「僕が竜王になろうと思ったのは、フィーアを守るために数の強さを手に入れるためだから。僕の目的はあくまでもフィーアの守護で、そのためにはフィーアの隣にいることが最善だからね」
当然のような口調で話すザビリアを見て嬉しくなった私は、ばふんとそのお腹に抱き着いた。
「ザビリア!」
けれど、その瞬間、驚いたようなざわめきが立ち並ぶ竜たちの間に広がる。
「えっ?」
あ、あれ、もしかして竜は人前で抱き着いたりしないのかしら?
私の行動は竜の礼儀的に外れている?
そう思って慌てて離れると、ザビリアから可笑しそうな表情で見つめられた。
「フィーアは好きなように行動したらいいんじゃないかな。竜たちは初めて僕の名を呼ぶ存在が現れたことに戸惑っているだけだから、すぐに慣れるよ」
「そ、そういうことね!」
従魔が契約主以外から名前を呼ばれるのを嫌がるように、魔物同士でも名前を呼ぶのは同等の者までとのルールがあるのかもしれない。
どの魔物もザビリアの名前を呼ばないのは、そういうことだろう。
ザビリアの答えに納得すると、私はザビリアの仲間たちにいい印象を与えようと、頭に着けていたリボンの曲がりをちょいちょいと手で直した。
ガザード地域に入ってからこっち、ずっとグリフォンの羽根を使用したリボンを使用していたので、勿論今日も使っている。
そして、ザビリアと共に上空から降りてきたので、風に乱されていないかしらと触ってみたところ、案の定リボンが曲がっていたのだけれど、……ちょうど竜たちの視線が、リボンの曲がりを直そうとしている私の手元に集まったのを見て、しめた! と思う。
私が花でも宝石でもなく、魔物の羽根を使う魔物好きだと認定してもらい、受け入れてもらえるといいのだけれど。
そう考えながら、出来るだけにこやかな笑顔を作り、居並ぶ竜たちに挨拶をする。
「初めまして、皆さん。フィーア・ルードです。今日はお友達のザビリアに会いに来ました。皆さんの邪魔はしないので、少しこの場所を見せてくださいね」
私の邪気のない笑顔が功を奏したようで、竜たちから不満の声は上がらなかった。
あるいは、私の斜め後ろに位置したザビリアの存在が、不満の声を発せさせなかったのかもしれないけれど。
その後、ザビリアの案内のもと、私たちはザビリアたちの生活地帯を一通り見て回った。
赤竜のために火口に似せた大きな窪みを作り、常に火を焚いているところとか、青竜のためにため池を作っているところとか、黄竜のためにサラサラの砂を撒いた一帯を用意しているところとかを見て、すごいなと感心する。
どうやら、ここでは異なる種類の竜たちが快適に暮らせるよう、色々と工夫がしてあるようだ。
それらの全てに驚かされながら、棲んでいる竜たちの快適そうな様子を見て回る。
すると、嬉しいことに、すれ違う竜たちの全頭が健康で楽しそうだったため、自然と私も笑顔になった。
うん、ザビリアは善い竜ね!
とっても立派な王になるんじゃないかしら。
そう考えながら、ザビリアがねぐらにしているという洞窟に入る。
そこは天井が高く、入り口が幾つもある、風のよどみがない気持ちのいい場所だった。
ザビリアが普段から寝場所にしている一角に案内されると、広くてひんやりとした素敵な空間が現れる。
「まあ、素敵ね、ザビリア!」
思わずザビリアを振り仰ぐと、ザビリアの後ろに広がる天井部分がきらきらと光っていることに気が付いた。
何かしら、と思って首を傾げていると、私の視線に気付いたザビリアが首を伸ばし、天井の一部をそぎ落としてくれる。
ザビリアから差し出されたのは、黒く光る石だった。
一見魔石のように見えるけれど、魔物の体内から出たわけでもないから魔石であるはずもないし……、と考えていると、食事が出来たと赤竜が呼びに来てくれた。
その夜は、赤竜お気に入りの疑似火口に大きな火を焚き、その周りを囲むようにして食事をした。
竜たちが取ってきてくれた高級魔物のお肉を、冒険者の慣れた手つきでグリーンとブルーが焼いてくれたのだ。
「美味しい、美味しい!」
それ以外の言葉を忘れてしまったかのように呟きながら、一心にお肉に齧りつく私を見て、皆が次々に新しいお肉を差し出してくれる。
「い、いや、ありがたいけれど、私のお腹にはそんなにたくさんの食べ物は入らないから!」
恐らく、全員が自分を基準にしているのだろうけれど、大男たちの胃袋だとか竜の胃袋だとかと、乙女の胃袋の間には、明らかに容量の差があるからね!
そう考えながらも、美味しいに負けてしまい、限界を超えて食べてしまったことは、乙女として失敗だったと反省せざるを得ない……
そして、お腹が落ち着いた、……あるいは、食べ過ぎで苦しくなった私は、ぱちぱちと爆ぜる火を見ながらゆったりと隣のザビリアにもたれかかった。
はふりと満足のため息を吐く。
「ザビリアに会えてよかったわ。それから、竜たちとの生活を覗けて安心したわ。というか……、今日は朝から山を登ってきたし、美味しいご飯を食べてお腹がいっぱいだし、火は暖かいし、すごく気持ちがいいわね。もうほとんど眠ってしまいそうなくらいよ」
「だったら、眠っちゃう?」
全てに満足して、ゆったりとしている私に対し、ザビリアがちらりと流し目を送りながら、誘惑するように囁いてきた。
まあまあ、とっても魅力的なお誘いではあるのだけれど、私は私の可愛いザビリアに久しぶりに会えたところだからねえ!
「もちろんこのまま眠ったら、とっても気持ちがいいのでしょうけれど、それよりもザビリアの話が聞きたいわ。この山でどんなことをしているのだとかね。あるいは、グリーンやブルーの話もいいわね。グリーンたちがこの半年間何をしていたのかは、ほとんど聞けてないもの。ああ、いえ、それを言うなら、カーティスのこれまでの話なんて全く知らないから、聞いてみたいわよね」
けれど、私の言葉を聞いた3人と一頭は、訝し気な表情で顔を見合わせた。
「オレらの話なんて、全く面白くねぇぞ」
皆の答えを代弁したかのようにグリーンが答えたけれど、……まあ、何を言っているのかしら!
そもそもグリーンなんて、初対面の時から『顔面流血』という奇天烈な存在だったじゃあないの。
にもかかわらず、だらだらと血を流しながら、当たり前の顔をして行動していたのだから、きっとグリーンにとって「顔面流血」は「当たり前」のことなのだわ。
こんな感覚のグリーンの「面白くない」が、実際に面白くないわけないじゃないの!
そう考えた私は、にまにましながら提案する。
「いいことを考えたわ! だったら、一人一つずつ、とっておきの話をするってのはどうかしら? どんな話でもいいけれど、前の人を超えるようなとっておきの話をするってことで、ね?」
私はいいことを考えたとばかりに手を打ち合わせたのだけれど、3人と一頭は微妙な表情をした。
「とっておきというのは、感覚に頼り過ぎた基準だな」
そうグリーンが呟けば、ブルーも困ったように口を開く。
「もちろんフィーアが望むなら何だって話をするけれど、私の話なんかよりも、フィーアの話を聞いた方が有用だと思うけれど」
「有・用! どうして食後の楽しい話の時間に、有用だとか、有用じゃないとか、小難しいことを考えなければいけないのかしら? それを言うなら、楽しいか、楽しくないかでしょう!」
ブルーは兄弟の中で一番丁寧で、賢そうなのだけれど、時々、難しいことを言い出すのが玉に瑕よね。
そう考えながら、呆れたように主張すると、カーティス団長が賛同するような表情で頷いた。
「フィー様、ごもっともです。では、よろしければ私から始めてもよろしいでしょうか」
すかさず、カーティス団長の横から、「あ、汚っ!」「おま、自分ばっかりいい格好をしやがって!」などと聞こえたけれど、私は完全に無視すると、満面の笑みでカーティス団長を見つめた。
「もちろんよ、カーティス!」
まあまあ、私がさり気なく『前の人を超えるようなとっておきの話をする』って条件を付けたから、早めに話す方が正解だってことを見抜いての行動ね、さすがだわ!
そう感心する私の目の前で、カーティス団長は口を開いたのだった。
読んでいただき、ありがとうございます!
本日、無事にノベル4巻が発売されました。ありがとうございます&どうぞよろしくお願いします。
WEB版を書く時にはWEB版が、書籍化する時には書籍版が、一番楽しんでもらえる形になるよう努めています。
4巻にたくさんの「楽しさ」を詰め込みましたので、お手に取っていただき、楽しんでいただければ幸いですo(^▽^)o