117 霊峰黒嶽5
思い付くままに質問をした私だったけれど、答えを聞く前に、ふと新たな選択肢を思い付く。
「……でも、領土を拡大させた黒皇帝自身が割譲してくれた、とは限らないわよね。もしかしたら、帝国領土を分けてくれたのは別の皇帝なのかしら?」
けれど、カーティス団長が静かな口調で、私の最初の考えを肯定する。
「いえ、わが国にガザード地域を割譲してくれたのは、間違いなく『黒皇帝』です。同様に、我が国の隣に『ディタール聖国』を作られたのも、『黒皇帝』です」
「まあ」
ということは、現在のナーヴ王国や周辺国家の基礎を作ったのは黒皇帝ということだ。
よっぽど力のある皇帝だったのねと考えていると、肯定するかのようにグリーンが言葉を続けた。
「黒皇帝は帝国最強の騎士であったと同時に、破竹の勢いで大陸の半分を掌中に収めた類を見ないほどの戦上手だった。だからこそ、他国に無条件で土地の一部を割譲したり、別の国を興したりする自由があった。……そもそも、黒皇帝はナーヴ王国の生まれだったから、思うところがあって、領土の一部を王国に供与したのだろう」
「ナーヴ王国の生まれ……」
そう聞いた瞬間、どきりと心臓が高鳴った。
……そうだ、なぜ気付かなかったのだろう。
帝国皇帝の椅子に座れる可能性があった人物を、300年前の私は知っていたではないか。
図らずも、頭の中には無意識のうちに、前世の近衛騎士団長の姿が浮かび上がる。
「……そ、……く、黒皇帝の呼称は、どこから付いたのかしら?」
彼の名前の通り、夜空に輝く星のように美しい銀髪白銀眼の騎士を思い浮かべながら、何気ない風を装って質問する。
けれど、落ち着こうとする気持ちとは裏腹に、心臓はどきどきと早鐘のように打っていた。
高鳴る鼓動をうるさく思いながら、瞬きもせずに答えを待っていると、私の緊張状態を知らないグリーンはあっさりと、私の想定を裏切る言葉を口にした。
「ああ、黒皇帝の呼称はその見た目から付けられた。黒髪黒瞳の外見のうえ、常に黒い着衣を身にまとっていたらしい」
「へ? えっ! 黒髪黒瞳……!?」
違う色を答えられるものだと思い込んでいたため、一瞬、言われた意味が分からず、同じ言葉を繰り返す。
黒髪黒瞳……
そのことが意味する内容を理解した途端、ふーっと大きく溜息を吐いた。
私の頭の中には、前世の近衛騎士団長だったシリウスが現れ、黒皇帝はシリウスだと勝手に思い込んでいた私に向かって、呆れたように片方の眉を上げていた。
そ、そうよね!
思えばシリウスは王国で生まれたばかりか、王国でずっと育っていたから、今さら帝国に呼ばれたはずはないわよね。
シリウス本人もずっと王国で暮らすと言っていたし、彼は自分の望みを叶えることができる人物だから、心配することはなかったのだわ。
まあ、いやだわ。冷静になってみると、私はどうして勘違いしたのかしらと不思議になる。
……ああ、黒皇帝が最強の騎士だったと聞いたからだわ。
300年前の最強騎士は間違いなくシリウスだったから、勘違いしてしまったけれど。
でも、皇帝ともあろう者ならば、事実がどうであれ、『最強だった』と後世に言い伝えられることはよくあることじゃあないの。
私はそう思ってほっと胸をなでおろすとともに、興味本位に尋ねてしまったことを反省した。
だめよ。生まれ変わりなんて、本来はあり得ないことなのだから。
そうして、私が亡くなった後のシリウスを知っても、今さらどうにもできないのだし、正確に伝わっているかどうかもわからない事実だけを基に、勝手な思いを抱くことは失礼だわ。
だから、過去を掘り起こしてはいけないのよ。
過去を尋ねる時は、あくまで歴史を尋ねるかのように、一般的な話をしないと。
私は両手を握りしめると、改めてそう決心したのだった。
そして、その時の私はただただ強く自分に言い聞かせていたため、……カーティス団長が物言いたげな様子で見つめていた視線に、気付くことはなかった。
◇◇◇
「まあ、素敵! ザビリアが棲んでいる霊峰黒嶽は、とっても素晴らしい山なのね!」
ザビリアの背中から黒嶽を見下ろした私は、そう感想を漏らした。
ザビリアの提案通り、そして、カーティス団長の要望通り、彼と私はザビリアの背中に乗って、一路頂上まで飛行中だ。
空から見下ろす霊峰黒嶽は壮麗で美しく、空気は澄んでいて、ザビリアがこの山を棲み処にと選んだ理由が分かった気がした。
やがて頂上付近に近付くと、地上に色とりどりの塊が見え始める。
うーん、もしかしてもしかしたら、あれらは全て魔物なのかしら?
そう思って目を凝らしていると、近付くほどに、魔物どころか全てが竜であることに気付く。
まあまあ、100頭ほどの竜なんて!
Sランクの魔物がこれほど大量に集まっているところなんて初めて見たわよ。
ちょっと空恐ろしい光景ね。
そう驚いて目を丸くしている間に、ザビリアはゆっくりと降下していった。
興味深いことに、ザビリアが上空に現れた途端、全ての竜はぴしりと背筋を伸ばして直立すると、顔を上げ一心に見つめてきた。
その光景を見て、あらあら、私の可愛らしいザビリアは大人気のようね、と嬉しくなる。
ザビリアは竜たちから少し離れた場所に私たちを降ろすと、もの問いたげに見つめてきた。
……ああ、私の心の中が読めるザビリアは、私が頭の中で色々と考えるのを止めて、落ち着くのを待ってくれているのね。
そう気付いた私は、竜たちに視線を合わせたまま、感謝の気持ちでザビリアの体に片手をあてる。
前世に従魔という仕組みがなかったせいか、対峙する相手が従魔だろうが、ザビリアの仲間だろうが、魔物を見た途端に戦力を頭の中で計算してしまうところが私にはある。
『今いるこちらの戦力で対峙する魔物に勝てるのか』と、無意識に計算してしまうのだ。
そんな私の目の前にいるのは、およそ100頭の竜だ。
対するこちらの戦力は、カーティス団長にグリーン、ブルー、ザビリア、……そして、聖女としての私で……
「……うん、それで勝てると結論を出せるフィーアは凄いよね」
いつの間にか私の考えを共有していたザビリアが、感心したように呟いた。
「フィーアは本当に、戦闘に関しては物凄いよね。『勝てる』と結論が出た後も、更に最善の手はないかと、頭の中で幾つも幾つもパターンを組み立てているなんてね。……前々から思っていたんだけど、従魔の契約って、魔物側の利益が大きいよね。フィーアの戦闘思考を共有できるって、すごいことだもの」
一通りの結論が出たこともあり、ザビリアの言葉でふっと集中が途切れた私は、ザビリアを仰ぎ見る。
「ええ、そうかしら? 前世で私と一緒に戦った騎士たちは、勿論、私と戦いに関する考え方を共有していたけれど、そんなに大したものとも思われていなかったわよ?」
隣で大きく溜息を吐いたカーティス団長をちらりと見たザビリアが、「……違う意見もあるようだけれど」と思わせぶりに呟いたけれど、いやいや、本人の発言を信用してちょうだい。
カーティス団長が何を言いたいのかは分からないけれど、そして、前世でカノープスも私と一緒に戦ったりはしたけれど、でも、本人以上に信用できるコメントはありませんよ!
そう考えていると、ザビリアは可愛らしく首を傾げて私を見つめてきた。
「まあ、いいや。僕がお願いしたいのは一つだけだよ。フィーアは従魔の契約を簡単に考えすぎているきらいがあるけれど、これは結構大変なものだからね。むやみに契約を結んではだめだよ」
「へ? 私は既にザビリアと契約しているじゃない」
突然何を言い出すのかしらと、ザビリアの意図を測りかねてぱちりと瞬きする。
すると、ザビリアは説明するかのように言葉を続けた。
「うん、だけど、契約する魔物を1頭に限る必要はないから。フィーアくらいの能力があったら、自分を守るために何頭もの魔物と契約すべきなのだろうけれど、……僕が何頭分もの力になるから、出来るだけ僕以外とは簡単に契約しないでね」
そう言って一心に私を見つめてくるザビリアは、巨大な体躯にもかかわらず、物凄く可愛かった。
まあ、ザビリアったら!
『王になる』と言って離れて行った割には、まだまだ甘えん坊じゃないの。
そう思った私は、ぎゅっとザビリアに抱き着いた。
「もちろんよ、ザビリア! 私の従魔はザビリアだけでいいわ!」
後ろでは、カーティス団長が再び、呆れたような溜息を吐いていた。
「事柄の是非は抜きにしても、フィー様は簡単に約束をしすぎる……」
ええ、その通りかもしれないけれど。
でも、私にはザビリア以外の従魔は必要ないもの。
そう考え、嬉しそうに破顔したザビリアに、私も笑い返したのだった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
12/16(水)発売のノベル4巻に店舗特典SSをつけていただけることになりましたので、お知らせします。
くまざわ書店 様、WonderGOO様、とらのあな様、ゲーマーズ様、メロンブックス様、TSUTAYA様、BOOKWALKER様、Kindle様、書店共通特典(全国300以上の店舗様&特定店舗の電子書籍)となっています。
詳細は活動報告の方に載せていますので、よかったら覗いてみてください。
それから、初版特典SSですが、電子書籍には全て付いてくるとのことです。
また、いつもいつも、店舗特典SSのご連絡が遅くなり申し訳ありません(出版社の方々もぎりぎりまでお仕事をされているようで、毎回これくらいのタイミングになるようです)。
どうぞよろしくお願いします。