115 霊峰黒嶽3
「まあ、ゾイルはザビリアのことが好きなのね! あなたが怒ったものだから、すっかりしょげ切っているわよ」
ちょっとだけ可哀そうな気持ちになってザビリアに教えると、呆れたような表情で見つめられた。
「え、ゾイルの落ち込みの原因は僕だと思っているんだ? ただの人間だと思っていたフィーアから完全に炎を防がれた上、全く相手にもならないと発言をされたことが原因だと思うけど?」
「まあ、ザビリアったら! それこそただの人間ごときの発言を、偉大なる竜は気にしないわよ」
可笑しそうに言い返すと、ザビリアは相変わらずだなとでもいうかのように首を傾けた。
「ふうん……。フィーアは健康を損なわない、最強の思考回路を持っているんだね。じゃあ、僕は偉大なる竜種だけど、フィーアの言葉が一番気になると言っておくかな」
それから、ザビリアは周囲に立ち尽くしている3人の男性を呆れたように見回した。
「それにしても、面白い面子を揃えたもんだね。滅多にないようなレアものだけを抽出してくるフィーアの手腕は、もう一種の才能だよね。それなのに、彼らの真価に気付いてもいないところが、フィーアの真にすごいところだよね。宝石を石ころのように扱う人物なんて、初めて見たよ」
「宝石?」
……みたいに綺麗な髪色をした男性たちではありますけどね、確かに。
「ふふ、ザビリアの表現は素敵ね! 『宝石のような男性たち』、まあ、確かにこの3人にぴったりだわ」
ザビリアを褒めるつもりで発言したというのに、当のザビリアは冷めた表情で、ちらりと流し目を送ってきた。
「すごいね、そこまで自分で発言しておきながら、まだ気付かないんだ。フィーアの問題は、能力が高すぎることだよね。ちょっとくらいの出来事では全く困らないから、周りに助けてもらおうだとか、周りに何が出来るのだろうとか、思考を深めないことが、あなたを鈍感にしている原因じゃないかな」
「鈍感! まあ、もちろん魔物からしたら、色々と感知能力は落ちるでしょうけど、そこは種族の違いということで勘弁してほしいわ」
そこはかとなく貶された気もしたけれど、ザビリアは0歳だから言葉を知らないのね、と見逃すことにする。
私から見逃されたザビリアは、可笑しそうな笑い声を上げた。
「ふふふっ、そんな発想なんだ! なるほど、種族の違いはどうしようもないよね。うん、フィーアは本当に最強の思考回路を持っているね!」
含みがあるような気もしないでもないけれど、褒められたことに間違いはない。
私はにこりと笑うと、お礼を言った。
「褒めてくれてありがとう、ザビリア! ところで、そろそろ私の仲間たちを紹介させてちょうだい。それから、あなたの灰褐色の仲間も紹介してもらえると嬉しいわ」
けれど、私の言葉を聞いたザビリアは、異議があるとでもいうように口を歪めた。
「ああ、でも、僕はフィーアと共に全てを見てきたからね。あなたの仲間が何者かなんてことは、フィーアよりも分かっていると思うけれど。……こんにちは、カーティス、グリーン、ブルー」
ザビリアがすらすらと紹介されてもいない私の仲間たちの名前を呼び上げるのを聞いて、まあ、そうだったわね! と思い出す。
ザビリアは色々と便利に出来ているんだったわ。
そのため、今度は逆に、3人にザビリアを紹介できることが嬉しくて、にこりと微笑んだ。
「では、3人に紹介するわね。私のお友達の黒竜よ」
記憶力の良い私は、むやみに従魔の名前を公開してはならないというクェンティン団長の教えを守り、ザビリアという名前ではなく、『黒竜』という竜種で紹介する。
ザビリアの場合は1頭きりの黒竜だから、あながち可笑しな紹介ではないはずだわ、と思いながら。
ザビリアに高い位置から見下ろされる中、初めに口を開いたのはカーティス団長だった。
「……これはまた見事な竜だな。最強の守護が付いていると、フィー様が自慢されるはずだ」
惚れ惚れしたようなカーティス団長の声につられてザビリアを仰ぎ見ると、美しくも立派な黒竜が翼を広げて堂々と立っている姿が目に入る。
洗練されたフォルムに漆黒の色を纏った、見上げるほどに大きな大きな竜。
確かに、初めてザビリアを目にしたら、この美しさに感動するわよね、と思っていると、私の心の声が聞こえたのか、カーティス団長が感銘を受けたような声を発した。
「角が生えた竜とは……、初めて見たな! 生物の常識からいくと、肉食動物は決して角を持たない。角を持つのは、鹿や牛といった植物食動物だけだが、これほどの牙や爪を備えた黒竜が植物食ということはないだろう」
カーティス団長は考え込むかのように言いさすと、ザビリアの全身を興味深げに眺め回した。
それから、突然、はっとしたように目を見開く。
「……なるほど、フィー様が言われていたな! 王となる竜か! 獲物を狩るためではなく、仲間を、そして、フィー様を守るために角を獲得したというのか。ははは、黒き竜ともあろうものが、フィー様のために生態を変えるか!! ああ、フィー様、あなた様は相変わらず何ということを成し遂げられるのか」
最後はかすれたように呟くと、カーティス団長はザビリアに対して丁寧に頭を下げた。
「お初にお目にかかる、王国騎士団に所属しているカーティス・バニスターだ。これまでフィー様を守護いただいたことについて、感謝申し上げる。私も誠心誠意、フィー様にお仕えし、お守りするつもりだが、千年を生きるという黒竜殿からすれば、若輩者ゆえ行き届かないところも多かろう。そんな私にとって、貴殿の存在は何よりも心強い。以後、見知り置きいただきたい」
カーティス団長の丁寧な言動を見ていたザビリアは、意外そうな表情で口を開いた。
「思ったより謙虚だね。フィーアの守護の優先権を主張されるのかと思っていたよ」
カーティス団長は驚いたように伏せていた顔を上げると、苦笑した。
「まさか! 私にとって最も優先すべき事項は、フィー様をお守りすることだ。守護する者が増えることを否定することはあり得ない」
「ふうん、悪くない考え方だね……」
ザビリアは満更でもなさそうな表情で呟いたけれど、その様子を見て、あれれ、と思う。
どうやらザビリアは、カーティス団長を気に入ったようだ。
お友達がお友達を気に入るというのは、とってもいい気分だわと思っていると、今度はグリーンが一歩前に踏み出し、胸に手を当てて頭を下げた。
「グリーンとしか名乗らない無礼をお許しいただきたい。半年前にフィーアに救ってもらい、今回は、無理を言って同行させてもらった。オレには何が出来るのかを見極めているところだが、……浅学菲才の身ゆえ、魔物が人語を話すことすら今まで知らなかった。オレが黒竜殿に対して不躾な対応をしたとしても、無知ゆえと理解いただき、指摘いただけるとありがたい」
「ええっ、グリーンが難しい言葉を話している!?」
驚きのあまり、思わず声を上げたけれど、なぜだか私以外の誰も驚いていない。
えええ、ちょ、グリーンってば、こんなに頭がよさそうな話し方なんて、していなかったわよね?
そう一人で首を傾けている私に構うことなく、ザビリアは僅かに顎を上げると、試すかのような口調で続けた。
「ふうん、あんたの立場でそんなことが言えるんだ? そもそも、『唯一人』以外には頭を下げないよう、教育されているんじゃないの?」
ザビリアの言葉を聞いたグリーンは、はっとしたように顔を上げた。
「黒竜殿は……、物事を見通せるのか……」
……ああ、そう誤解するわよね。
ザビリアは私が体験していることを把握できるし、感情も共有できるってことを、グリーンは知らないのよね。
だとしたら、ザビリアが世界の全てを見通せるように思えるのかもしれないわね。
そう考えている私の前で、グリーンは軽く頭を振った。
「いや、失礼した。黒竜殿の能力について詮索するつもりはない。……そうだな、そのような教育を受けはしたが、それを実践するかどうかはオレの裁量の範囲だ。オレが『唯一人』を敬うのは、その立場ゆえではなく、彼の者が敬うべき人間性を備えているからだ。つまり、オレの行動基準は、その相手が『唯一人』同様に敬うべき相手かどうかだけなのだが、……オレらが国で動けずにいた時期から、既にフィーアを守護していた黒竜殿を、称賛しないはずはない」
グリーンの言葉を聞き終わったザビリアは、諦めたようなため息を吐いた。
「……フィーアが集める人物って、癖があり過ぎて大変なんだけど、全員が全員とも悪くないよね。というか、物凄いよね。ホント、どうやったらこんなのだけ集められるんだろう」
「ふふふ、ザビリアったらグリーンも気に入ったのね!」
ザビリアの発言から、グリーンを気に入ったことを感じ取った私は、にまにましながらザビリアのお腹を撫でる。
すると、最後にブルーが緊張した面持ちで一歩踏み出し、口を開いた。
「初めまして、ブルーです。兄同様、家名を名乗らない無礼をお許しください。私ごとき、黒竜殿に語るべき言葉を持ち合わせてはいませんが、誠心誠意フィーアをお守りすることをお約束します!!」
「……うん、あんたたちは言葉の重みを知る立場にあるからね。その発言を疑いはしないよ」
ザビリアはそう言うと、ふうとため息を吐いた。
「あああ、もうフィーアったら、僕がいない間に何人もの人間を簡単に付き添わせているから、彼らを見極めてやろうと思ったのに、……全員が、嫌になるくらい文句の付けようがないなんてね!」
それから、ちらりとゾイルに目を向ける。
「片や僕の仲間とやらはどうだろうね? ……じゃあ、紹介するよ。こちらは灰褐色の竜だ。生まれた時からこの色らしいから、変異体だね。僕と他の竜たちの間に位置する上位種になる」