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112 ガザード辺境伯領8

「お前は何を言っているんだ!?」


ガイ団長は心底理解できないといった表情で、カーティス団長を見つめた。


「オレの話を聞いていなかったのか? 霊峰黒嶽には『黒き王』が戻ってきている! 生まれ変わったため、更に狡猾に、強力になってだ! その上、王はどういった理由でか、他の竜たちを招集し始めた! そのため、強い魔物も弱い魔物も等しく山から弾き出されている! あの山は現在、完全なる危険地帯だ!!」


「ふむ、だが、考えても見ろ。シリルがガキの使いごときで私をこの地に送り込むか? シリルは大事な情報伝達を任せると言っていたが、内容についてはお前も昨日確認しただろう? あの程度の伝達、私が対応するレベルではない。しかも、お前を手伝えと言いながら、指揮系統は私に残してある。これでシリルの言葉通り、ただの増員部隊としての役割のみを果たして帰還したら、私はとんだ間抜け者扱いだろうよ」


カーティス団長がすらすらと、まるで真実であるかのように仮定の話を展開していると、ガイ団長は納得いかないといった様子で腕を組んだ。

「いや、そうでもないだろう? シリルは決して、無茶なことを命じるようなやつではない。今の黒嶽に向かうのは自殺行為のようなものだし、シリルは絶対にそのようなことを命じないと思うぞ!」


カーティス団長はちらりとガイ団長に視線を送った。

「ガイ、お前は考えが不足している割に、人を見る目があるから厄介だな……」

「あ、何だって?」


「いや、こちらの話だ。お前の意見は拝聴した。が、私には独立指揮権があるので、好きに行動させてもらう。お前の団員を借りるわけでもないので迷惑はかけない」


カーティス団長の言葉を聞いたガイ団長は、カーティス団長をじろじろと眺め回すと、言い聞かせるかのような声を出した。

「あのな、カーティス、確かにお前は以前見た時と比べると、だいぶ体が作り込まれているが、相手は『黒き王』だぞ? 半年ほど前にクェンティンが王探索のためにこの地を訪れ、黒嶽に踏み入ったことがあったが、従魔付きの騎士たち100名から成る大部隊だった。しかも、現地の魔物には不慣れだからと、第十一騎士団からも多くの騎士を同行させたため、人数はさらに膨れ上がっていた」


ガイ団長は一旦言葉を切ると、ギロリとカーティス団長を睨みつけた。

「結局王には遭えなかったが、あの山に入るにはそれくらいの準備が必要だ。しかも、その時と比較すると、王は戻ってきているし、竜は集結しているし、状況は悪化しているんだぞ!」


ガイ団長は興奮してきたのか、最後には怒鳴るような大声になっていた。

その声に呼応するかのように髪は逆立ち、元々の目つきの悪さとも相まって、まるで怒っているかのような様子だったけれど、ガイ団長が心配していることを正確に感じとったカーティス団長は、安心させるかのように片手を上げた。

「お前の心配はもっともだが、私の目的はクェンティンと異なり、王を捕えようというものではない。もっと友好的だ」


「いや、お前がそのつもりでも、相手がそうとは限らねぇだろ。老獪で百戦錬磨な『黒き王』だぞ? 問答無用で攻撃されても不思議はねぇ」

物分かりの悪い子どもに言い聞かせるかのように言葉を紡ぐガイ団長を見て、私はこてりと首を傾げた。


……ええと、ガイ団長は一体、誰のことを言っているのかしら?

『黒き王』というのはザビリアのことだろうけれど、それにしては話がおかしい。

確かにクェンティン団長やギディオン副団長への対応を見るに、ザビリアが少々無礼な態度になることはあるけれど、基本的には優しい良い子だ。

だというのに、まるで言うことを聞かない狂暴な魔物のように表現されているなんて。


どうやら、だいぶ脚色されて話が伝わっているようだ。


考えてみれば、私だって「魅惑の赤魔女」なんてガイ団長に呼ばれたくらいだから、噂話なんてものが全く当てにならないことは、身をもって体験済みだ。


ザビリアったら、かわいそうに!

凶悪で狂暴な魔物に仕立て上げられているわよ。


そう思い、私は気を取り直すように小さく首を振った。

「大丈夫ですよ、ガイ団長。危険だと思ったら、すぐに引き返しますから。私は自分の目で、姉さんが勤務している場所を見てみたいんです。もしも姉さんに付いてきてもらったら、強くて優しい姉さんから過度に保護され、実際の霊峰黒嶽がどんなものかを体験できないままでしょうから、現地の騎士の助力なしに登山したいんです」


「いやいやいや、お前もか、フィーア! どうして王都勤務の連中は、誰もかれもが救いようがないほど無鉄砲なんだ? あるいは、ものすげぇ自信家なのか? オリア、頼むからお前の妹を説得してくれ!」


助けを求められたオリア姉さんは、朗らかに微笑んだ。

「『黒き王』とフィーア……。そうですね、案外相性がいいと思いますよ。王はフィーアに敵対的ではないでしょうし、あの山全体は王が管理していますから、フィーアに危険はありません」

「……は!?」


間違いなく常識人である姉さんの口から、一見無謀な私の提案を肯定する言葉が紡がれたため、ガイ団長はぽかんと大口を開けて姉を見つめた。


……そうだったわ。

成人の儀の際、ザビリアと従魔の契約を交わしたことを、姉さんは知っているんだった。

そして、私の心配をしてくれつつも、挑戦することを適度に認めてくれる姉さんなら、私の行動を肯定してくれることに不思議はない。


ああ、やっぱり私の姉さんは理想の姉さんだわ! と嬉しくなっていると、ガイ団長が信じられないといった声を上げた。

「なんてことだ、そうきたか! オリアはとんでもねぇ妹思いで、妹可愛さに現実が見えなくなるのか! よし、オリア、任せとけ! お前の妹はオレが守ってやる」

「「「え??」」」


ガイ団長を除く、その場にいた全員の声が重なる。

けれど、誰よりも素早く、姉さんが呆れたような声を続けた。

「ガイ団長、何を寝とぼけたことを言っているんですか! 団長は今日も明日もスケジュールがぎっしり詰まっているので、同行する時間的余裕はありませんよ! 私の妹には立派な騎士が3名同行しますから、問題ありません」


「いや、だが、お前の妹のピンチをオレが救ったら、お前はオレをカッコイイと思うだろう!?」

ガイ団長は慌てた様子で立ち上がると、真剣な様子で姉さんに質問をした。


対する姉さんは、考え込むかのように腕を組む。

「難しい質問ですね。そのような場面があれば、間違いなく感謝はするでしょうけれど、団長をカッコイイと思うかと問われると、……分かりません、としか答えようがないですね」

「な……っ! や、やはり顔なのか? オレには男前度が不足しているのか!? オリア、最終的に必要になるのは腕力だ! 顔面偏差値の高さじゃねぇ!!」


「……何というか、ガイ団長を団長候補として推薦した先代騎士団長の懐の広さを、改めて目の当たりにした気分ですよ」

そう言ってため息をつくと、姉さんはそれ以上ガイ団長を相手にすることなく、私に向かって意味あり気に微笑んだ。


「ふふ、フィーア、今回のあんたの訪問目的が分かったわよ。私に会いにも来てくれたんだろうけれど、同時に、可愛い王に会いに来たってところかしら? だけどねえ、フィーアにとっては可愛らしい王かもしれないけれど、ここでは全ての魔物に影響力を持つ絶対君主だから、あまり暴れすぎないよう頼んでくれると助かるわ」


もちろん、私が姉さんの頼みを断るはずがない。

「分かったわ、姉さん!」

元気よく肯定すると、姉さんはにっこりと微笑んだ。


それから、皆で今後の予定について確認し合った。

簡単にまとめると、カーティス団長、グリーン、ブルーと私の4人で霊峰黒嶽を探索するけれど、1週間を過ぎても下山しないようならば、ガイ団長が捜索隊を送るとのことだった。


そこまで決まると話は早く、昼前には砦を出発することができた。

馬に乗り、意気揚々と霊峰黒嶽に向かったのだけれど、―――遠くから眺めるその山は、恐ろしい威容をしていた。


全体的に緑に覆われているのだけれど、ところどころ削り取られたような部分があり、ごつごつとした岩肌が見える。

黒嶽と呼ばれるだけあって、その山の土は周りに位置する他の山と異なり、黒い色をしていた。

緑の木々の間から見える黒色は常にない山の色彩のため、違和感と本能的な恐怖を覚える。


―――自然にある黒は、特別な色だ。


警告色。


『―――圧倒的な強者のため、近寄るな―――』

弱者が自身の安全を確保するためではなく、圧倒的強者が弱者に煩わされたくないがために示す特別な色―――それが黒色だった。


纏うことを許されるのは、ほんの一握りの存在だけ。


この世界に黒い鳥は存在しない。翼持ちの黒い魔物は黒竜だけだ。


では、地上に存在する黒いモノは?

―――1つは魔人。黒髪黒瞳の強きモノ。

そして、定義された存在はそれだけ。


その他に存在する黒い魔物は、何かを獲得して自ら進化した、選ばれた個体のみだ。


そう考えていると、何かがふっと頭をよぎった。

「あれ、そう言えば、……サヴィス総長は完全なる黒髪黒瞳だわ……」


たとえば、クェンティン団長だって黒い髪色をしているけれども、一部は茶色がかっているし、瞳は明るい色をしている。

ガイ団長も金髪の部分がほとんどで、黒い髪色はメッシュになっている部分のみだ……


「んんんん?」

何かが浮かびそうな気がして、大きく首を傾げたけれど……結局、何も浮かばなかったため、私は至極もっともな結論を出した。


「つまり、サヴィス総長は魔人と同じくらい、強いということね!」


ふふふ、強い騎士団総長に仕えられて、私は幸せね!

……独り言を呟きながら、私はそんなことを考えたのだった。


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