102 特別休暇8
カーティス団長が選択したレストランは、メインストリートから1本外れた通りにある落ち着いた雰囲気のお店だった。
出迎えてくれた店の給仕に名前を告げると、4人で座るには十分広い個室に通される。
初めから広めの部屋を取っていたのか、グリーンたちが参加することが分かってから部屋を変えたのかは不明だけれど、やっぱり気が利いているなと思う。
カーティスったら全てにおいて有能ねー、と思いながら冷やされたグラスを手に取り、しゅわしゅわと綺麗な泡が湧き出てくるピンク色の液体を注いでもらう。
「訓練修了、おめでとうございます。フィー様の未来に幸多からんことをお祈りします」
そんなカーティス団長の声とともに、皆でグラスを合わせる。
注いでもらったお酒を口に含むと、喉の奥で美味しさが弾けた。
「ああ、美味しい! このお酒、とっても美味しい」
こんなに美味しいお酒を飲めるなんて、何て幸せなのかしらと思いながら、隣に座るカーティス団長に笑いかけた後、目の前に座るグリーンとブルーに目をやる。
すると、彼らは既にグラスを空にしており、じっと私を見つめていた。
「あら、失礼しました。お酒のお代わりですね」
1杯目のお酒をついでくれた給仕は、お客だけでゆっくりしてもらおうという配慮のためか、既に部屋を出て行ってしまっていたので、慌ててお酒の瓶に手を伸ばす。
けれど、先にグリーンに瓶を取られ、私の手の届かない場所に移動されてしまった。
くっ、こういう時には手が短い方が不利ですよね。
そう思いながら、不満気にグリーンを見つめると、真顔で見返される。
「フィーア、まずはお礼を言わせてくれ」
「お礼? 今日、夕食を一緒にすることですか?」
「もちろんそれもだが、そもそもの始まりからだ。前回の双頭亀討伐の際、俺たちを救ってくれたことに対して、改めて礼を言う」
そう言って頭を下げた後、グリーンはちらりとカーティス団長を見つめた。
グリーンと視線が合ったカーティス団長は、面白くもなさそうに肩を竦める。
「私のことは気にせず、好きなことを話されるとよかろう。……貴殿らは気付いているだろうが、恐らく私は、貴殿らの事情の大半を推察出来ている。そのため、貴殿らが何を告白しても、そう驚くことはあるまい。加えて、私には職位に見合った責任が課せられてはいるが、確証がないことを報告するのは、私のスタイルではない」
カーティス団長の言葉を聞いたグリーンは軽く頭を下げた。
「お心遣い感謝する。実際はその言葉通り実行できるほど軽々しい立場でも、浅慮な行動をするタイプでもあるまい。勿論、貴殿が融通を利かせてくれるのは、オレらのためなどではなく、果たすべき職分よりも大事な……被護衛者の希望を叶えるためだということは理解している」
目の前で難しそうな話を始めたカーティス団長とグリーンを見て、私は首を傾けた。
……あれ、この2人は初対面だというのに、共通の話題についての会話が成立しているわね? もう仲良くなったのかしら?
そう考えて嬉しくなった私の前で、片手を瓶にかけた緑髪の大男がこてりと首を傾げてきた。
「フィーア、1つ頼みごとを聞いてもらえるか?」
まあまあ、大男の仕草にしては可愛いらしいわね、と思いながら返事をする。
「もちろんです」
「オレとブルー、それからレッドへの丁寧な言葉遣いを止めてもらえねぇか?」
「へ?」
「年齢はオレらの方が上だが、お前は成人しているとのことだし、一緒に冒険した仲間として対等なはずだろう?」
「そう言われれば、そんな気もしますね」
グリーンの言うことにも一理あるなと思いながら、小首を傾げる。
冒険者のルールは騎士団のルールとは異なるはずだ。パーティを組んで一緒に冒険したから、仲間……でいいのかしら?
そう判断に迷っていると、グリーンがおかしなことを言ってきた。
「というかだな、オレらには100万倍くらいの恩があるから、お前が許可してくれるのならば、オレらの方こそあらゆる礼節を以て、最上の扱いをさせてもらいたいのだが?」
グリーンったら真顔で何を言っているのかしら、とすかさず反論する。
「それは無理でしょう! グリーンは丁寧な言葉なんて使えませんよね?」
長男のレッドと三男のブルーならまだ分かるけれど、グリーンがお上品な対応なんて無理でしょ。
一言、二言くらいならば、グリーンの丁寧な言葉遣いを聞いたことがある気もするけれど、あの辺りが限界のはずだわ。
そう考えて、正直な感想を漏らすと、グリーンは目をむいて文句を言ってきた。
「は? おい、お前の中でオレはどんな粗野なイメージなんだ!」
苦情を言うグリーンに対し、ブルーが可笑しそうに茶々を入れる。
「ぷくく、兄さんがいつも自分で言われているじゃあないですか。自分はご令嬢方に粗野だと思われているって。嘘から出たまことですね」
「いや、違げぇだろ! オレは……」
グリーンが反論しそうになったので、駄目だわ、これを許したら長くなるわ! と思った私は、慌てて言葉を差し挟む。
「グリーンはグリーンですよ! 丁寧な言葉遣いが不得手だろうが、女性の手を握ったことがなかろうが、私の素敵な仲間です!」
「フィーア……」
私の言葉を聞いたグリーンは、感動したかのように顔を歪めると、親指と人差し指でぐっと眉根をつまんだ。
その隣ではブルーが、「さすが慈悲深い女神だ……」と頬を赤らめながら、両手で口を覆っている。
よし、今だわ! と思った私は、すかさずグリーンの目の前に、空になったお酒のグラスを差し出した。
「グリーン、お代わりください!!」
「へ?」
感激している風だったグリーンは、私の言葉を聞くと、まるで鳩が豆鉄砲を食ったように目をまん丸くした。
それを見たカーティス団長が、可笑しそうに笑い声を上げる。
「ははははは、フィー様、それはあんまりですよ! 彼らに感激の余韻くらい味わわせてあげたらどうですか?」
カーティス団長の笑い声が響く中、グリーンは片手でお酒の瓶を掴むと、挑むように私を見つめてきた。
「フィーア、お前という奴は……よし、分かった! その丁寧な口調を改めたら、好きなだけ飲ませてやろう!!」
「グリーン、ちょうだい! お酒ちょうだい! 私にたらふくお酒を飲ませてちょうだい!!」
グリーンの言葉に被せ気味に答えると、彼は呆れたように目をむいた。
「簡単だな、おい……」
それから、グリーンはため息を1つ吐くと、なみなみと私のグラスにお酒をついでくれた。
「あ、あ、あ! グリーン、これはそんなグラスぎりぎりまで注ぐようなお酒ではないのに! もう、普段から高いお酒を飲み慣れていないので、価値が分かっていないのね!! まあ、私的には得したけど。ぷふふ、これは2杯分だわ」
言いながら、そんなになみなみとつがれたグラスに口をつけるなんて行儀が悪いとカーティス団長に怒られる前に、急いで飲み始める。
「美味しい! ああ、このお酒は何て美味しいのかしら」
それから、しばらくは私が受けていた訓練の話になった。
シリル団長が詩歌の授業を覗きに来てくれた際、私と連歌をしていた途中で、「あなたにペアがいなかった理由が分かりましたよ!」と言いながら逃げ出した話とか、チェス好きなデズモンド団長が、48時間の徹夜仕事明けにフラフラの状態でさしにきた際、更なる仕事を部下から増やされて激高していた話とか、ダンスの練習で3回連続ファビアンの足を踏んだにもかかわらず、笑顔のまま紳士の礼を取ったきらきら王子っぷりとか、そういう話だ。
けれど、ブルーが羨ましそうな表情で、「王国騎士団の訓練って、楽しそうだね」と言ってきたので、どうやら訓練の辛さを分かってもらおうと始めた話にもかかわらず、その意図は全く伝わっていないようだった。
その後、話題は今後の予定に移った。
明日から王都を離れる予定だと伝えると、グリーンとブルーは目を見張って驚いた。
「だからね、今日のうちに2人に会えて良かったわ。明日から北方地域へ出発するので、今日じゃなければ会えなかったはずよ」
そう出会えた幸運を語っていると、ブルーが焦ったような声を上げた。
「えっ!? 北方地域ってどの辺り? フィーアは訓練が終わったから、正式な騎士として北方地域の警護に当たるの?」
心底驚いたように尋ねてきたので、私は得意げに返事をした。
「それが違うのよ! うふうふうふ、なーんと、私は3週間以上の休暇をもらったのよ! そしてね、私の姉さんは立派な騎士をしていて、王国の最北端を守っているから、会いに行こうと思って」
知らないでしょうけど、私の姉さんは優秀な騎士だからね。
それはもう素敵カッコよく、騎士として働いているんだから!
そう誇らしい気持ちになり、ふふふんと胸を張る。
「えっ!? ナーヴ王国の最北端は山ばかりじゃないか! 山には凶悪な魔物が棲んでいるから、危険だよ」
そうでしょう、そうでしょう。そんな危険をものともせず、私の姉さんはあの地で騎士をしているのよ。
ブルーの一言、一言が、オリア姉さんを褒めているように聞こえ、私はにやにやと頬を緩め続ける。
「それがね、ここだけの話、私には従魔がいるの。だけど、一時的に棲み処である霊峰黒嶽に帰ってしまったから、姉さんに会いにいくのと同時に、あの子にも会いに行こうと思って。……たとえるなら、夫に愛想をつかして実家に戻ってしまった妻のご機嫌伺いに行くようなものかしら?」
「れ、霊峰黒嶽……」
私が発した単語はインパクトがあったようで、ブルーが呆然とした様子で繰り返す。
一方、カーティス団長は、冷静に私の言い回しを注意してきた。
「フィー様、契約主と従魔は主従関係ですので、夫婦に例えることは適切ではないと思われます」
「あ、あら、そう? ええと、つまり、まだ赤ん坊だった魔物を従魔にしたんだけど、やりたいことがあるからと、自分の棲み処に帰ってしまったの。まだまだ子どもだし、出会った時は大怪我をしていたから心配だし、何よりあの子がいないと寂しいから、この機会に会いに行こうと思って」
「霊峰黒嶽……に、魔物の子ども? その魔物は強くもなさそうだし、生き延びることなんて……」
袖口から覗いている私の手首を確認したブルーは、痛ましそうな表情を作ると何かを言いかけたけれど、べしっとグリーンから頭をはたかれる。
「痛っ! あ、ああ、間違えた! 勿論、その魔物の子どもは元気に、無事でいることは決まっているけど、でも、危険だよ、フィーア!」
「私が常に側についているので、問題ない」
間髪入れずに、カーティス団長がブルーの心配を退ける。
けれど、カーティス団長の言葉を聞いたブルーは、ますます心配そうに顔を歪めた。
「は? その言い方だと、フィーアの同行者はカーティスだけなの? 霊峰だよ? 黒嶽だよ? 凶悪な魔物が数多く巣食っている土地だから、2人だけなんて無謀だよ!!」
そう言われても、魔物を討伐するつもりなんてないし、ザビリアに会いに行くだけだから、危険なんてないと思うけれど。
そう考え、返事をしないでいると、ブルーが意を決したような表情で口を開いた。
「……分かった。フィーア、実は言っていなかったけれど、私は呪いに侵されているんだ」
いつも読んでいただきありがとうございます!
それから、更新期間が空いてしまい、申し訳ありません。
少し疲れていたようで、ちょっと休憩していました。
どうやら疲れていると、思ったような文章が書けないようです。
いつも温かい感想をありがとうございます! おかげ様で癒されました٩( ‘ω’ )و
ただ、大変申し訳ありませんが、この後、少しだけ忙しくなりますので、明日もう1度更新した後、しばらくお休みさせていただきます(本当に申し訳ありません)。
出来るだけ早く戻ってきますので、お待ちいただければありがたいです。
どうぞよろしくお願いします。