【SIDE】第十三騎士団長カーティス
……全く、何と言う拾い物をされたのだろう。
宝石のようにきらきらと輝く髪色をした2人の男性が、フィー様から一時も目を離せない様子を見て、私は心の中で盛大なため息をついた。
現場に居合わせた時、フィー様は第五騎士団長のクラリッサに加えて、2人の男性とともにいた。
この2人組が、そこらの市井の者でないことは一目で見て取れた。
雰囲気や所作が、見て分かるほどに一般の者とは異なっていたからだ。
加えて、私たちを取り巻いている王都民の中に、百人単位の護衛騎士が紛れていることを、見回すまでもなく感じ取ることができた。
一見しただけでは分からないほど綺麗に気配を消し、外見も変装をしたうえで誰にも気付かれないよう、大勢の騎士たちがこの2人を護衛していたのだ。
よほどの上位貴族でも、優秀な護衛をこれほどの大人数揃えることは難しいだろう。
そして、国内の要人全てを覚えている私が彼らを識別できないということは、この2人は国外の者なのだろう。
そう思い観察してみると、2人には紛れもなく、従わせる者特有の雰囲気があった。
……これは厄介だな。
もう既に、嫌な予感しかしない。
けれど、見て見ぬふりをしたくても、陽の光に照らされてきらきらと宝石のように輝く、美しい緑と青の髪が目に入る。
その髪を見た瞬間、アルテアガ帝国皇家の話を思い出した。
宝石のように美しい髪色を持つ、アルテアガ帝国で最も尊い3名と言われている兄弟の話を。
……なぜ私は、このタイミングで思い出してしまうのか。
絶妙なタイミングで、関連性があると思われる情報を引き出してくる己の記憶力に、今日ばかりは文句を言いたい気持ちが湧き上がってくる。
―――アルテアガ帝国は、我がナーヴ王国と小国を一つ挟んで向かい合う大国だ。
隣に接している国ではないため、帝国の頂点に位置する皇帝の話と言えども、我が国では滅多に耳にすることはない。
……だというのに、彼らの髪色を見た途端、私は突然思い出したのだ。
『アルテアガ帝国の皇帝は最近、代替わりをしたな』と。
『皇帝とその弟2人は、髪色にちなんだ宝石の名前を冠していたな』と。
そんな風に、アルテアガ帝国皇家についての情報が、思い出すべきではないという感情とは裏腹に、次々と思い出されてくる―――私自身に頭痛を覚えさせる情報だと、分かっているにもかかわらず。
真っ先に頭に浮かんだ情報によると、―――あの国の皇帝と皇弟たちは、今から半年程前に「女神と邂逅した」と国民の前で宣言していた。
更に、皇帝たち3名は女神に対して偽名を名乗ったため、その不手際を是正する目的で、偽名を本名に加える形で改名したと聞いている。
皇帝の髪色は宝石の赤だと言い、その髪色にちなんだ宝石名に偽名を加えたのだったか。
そして、皇弟2人は……
緑の髪色を持つ第一皇弟は、エメラルドという名前をグリーン=エメラルドに改名し、青の髪色を持つ第2皇弟は、サファイアという名前をブルー=サファイアに改名したとのことだった。
つまり、元々あった宝石の名前に、「グリーン」「ブルー」という女神に名乗った偽名を加えたということらしいのだが……
次々に思い出されてくる情報を頭の中で整理しながら、フィー様を食い入るように見つめている、緑と青の髪色をした目の前の男性2人に視線を移す。
……全く、嫌な偶然だ。
アルテアガ帝国の皇弟2人と同じように、宝石のように美しい緑の髪色と青の髪色を持つ、明らかに出自の良い国外の要人たちだなんて。
その上、先ほどフィー様から説明された話によると、フィー様が彼らに出会った時期は、皇弟たちが女神に出会ったとされる時期と同じ半年前だ。
更に、フィー様が2人を呼ぶ呼び名は、皇弟たちが女神に名乗ったとされている『グリーン』『ブルー』という偽名と一致している。
……嫌なくらい、全てがぴたりぴたりと符合する。
私は心の中で大きなため息をつくと、口を開いた。
「この見事な髪色と『グリーン』と『ブルー』という名前では、最近帝国の表舞台に登場したあるご兄弟を連想しますよね。これでもう一人、赤い髪色の『レッド』という者がいれば完璧ですが」
言葉を発する前から答えは分かっていたものの、最後のあがきとばかりに、アルテアガ帝国の皇帝が女神に名乗ったという偽名をフィー様に示す。
残念なことに、状況証拠が示す事実というのは得てして外れないもので、予想通りフィー様は驚いたように目を丸くした。
「えっ、よく知っているわね! グリーンとブルーのお兄さんはレッドだわ! あ、いえ、でも、これは偽名なのよ」
……フィー様、偽名であることまで説明をして、私にとどめを刺す必要はありませんのに。
心の中で再び深いため息をつきながら、私は観念してフィー様の言葉に同意した。
「ええ、そういう話でしたね。偽名を女神に名乗ってしまったので、その偽名をそのまま本名にされたという話でした……帝国のある有名なご兄弟の話は」
大勢の耳目がある中、帝国皇家の者であるとずばりと言うこともできず、ぼかした言い方をした私の前で、フィー様は首を傾けた。
「ふうん?? 確かに帝国は女神信仰の国だから、実際に女神に会われたという方が帝国にはいるのね? ……ええと、つまり、その女神に会われたことで有名な『レッド・グリーン・ブルー』の3兄弟が帝国の方で、その方々の名前にあやかった偽名を使ったことで、こちらのグリーンたちを帝国の人間だと推測したということ?」
「…………そんなところです」
不思議そうな表情で、思ってもみない発言をするフィー様を目にして、1つのことに思い当たる。
「ああ、フィー様は彼らが何者かをご存じないのですね」
……そうだった。この方は昔から、人物を身分ではかろうとする発想が一切ない方だった。
立場上必要な時は、物凄い洞察力を発揮して相手の身分を当てることが出来るので、本来ならば鋭い方なのだけれど、必要がない時には興味の薄さが先に出て、相手の立場を見逃してしまう場面が多々あったことを思い出す。
そして、今回もその多々ある場面の一つとなるのだろう。
それならば、わざわざトラブルを呼び込むこともあるまい。
私はそう結論付けると、目の前に姿勢よく立っている「グリーン」と「ブルー」と呼ばれている2人組に目を向けた。
この輝く髪を持つ2人組は、アルテアガ帝国皇位継承権第一位のグリーン=エメラルド皇弟と、同じく皇位継承権第二位のブルー=サファイア皇弟と考えて間違いないだろう。
我がナーヴ王国と大陸の勢力を二分するアルテアガ帝国の皇弟2人が、秘密裏に王国へ潜入しているなど、剣呑なことこの上ない。
これほどの高位者が自国を離れることはまずないし、あったとしても外国である我が国に入国する際には、正式な手続きを踏むだろう―――普通ならば。
にもかかわらず、私を含めた騎士団長の誰もが、アルテアガ帝国皇家の訪問について一切知らされていない現状を鑑みると、この2人は間違いなく身分を隠して我が国に入国しているのだろう。
つまり、今のこの状況は、これ以上はないというほどの異常事態ということだ。
そう思ったけれど、私は焦る気持ちに全くならなかった。
―――フィー様絡みの案件か。
そう気付いてしまったのだから。
この流れでいくと、帝国皇帝と皇弟2人が出会ったという「女神」は、間違いなくフィー様のことだろう。
わずか数日間一緒にいただけで、これほどはっきりと女神に認定されてしまうなんて、一体何をやらかしてくれたのだろう、この方は。
そして、実際に大聖女の能力を持つフィー様にまとわりつく外国の皇族など、トラブル以外の何物でもない。さっさと切り捨ててしまうに限る。
そう結論付けると、フィー様への執着度を測る意味も含めて、帝国皇族に対して粗雑な口をきいてみたけれど、2人は私を咎めることなく、それどころか敵対する様子を見せることもなく、ただただ冷静に沈黙を保っていた。
……何ということだろう。
身分は人となりをつくる。
帝国において至尊の位置に立つ皇帝と、その皇帝に並び立つことを許されたたった2人の皇弟たちは、帝国の頂点に位置する存在だ。
つまり、この2人は敬われ、かしずかれ、至上の存在として扱われることが常態であるはずだ。
そんな2人が、明らかに不躾な私の行動を不敬だと咎めもせず、ただ黙して受け入れるだなんて。
……状況は、思ったよりも遥かにまずい段階まできているようだった。
大陸でも1、2を争う大帝国の皇位継承権1位と2位を持つ皇弟2人が、その身分に合わない不敬な態度を取られても、黙して受け入れる程にフィー様に傾倒しているのだから。
そして、噂で伝え聞く皇弟2人の人となりと、目の前の2人のそれが、明らかに一致していない。
皇弟2人はご令嬢方に一切興味がなく、常に無表情で無関心なため、陰で「氷柱皇弟」と呼ばれていると聞いている。ところがどうだろう。
フィー様の前では、控えめに表現してもでろでろだ。これはもう、氷柱が解けているどころではない。
……さて、どうしてくれようか。
いや、色々と思うところはあるけれど、かかわらないのが一番だろう。
そう考え、早々に別れを告げるも、肝心のフィー様が彼らと話をしたいと言う。
……そうだった、この方は人が好きなのだった。
私はあきらめの気持ちとともに、前世でも同様だったことを思い出す。
以前は特に顕著だったことだが、この方の周りに集まることが出来る者は限られている。
―――人間は誰だって、1つや2つのトラブルを抱えているものだ。
そして、残念なことに、上位者のトラブルほど規模が大きい傾向にある。
だからこそ、セラフィーナ様は軽い気持ちで話を聞きたいとか、かかわりたいとか言っていたけれど、そのことによって無用な、そして重大なトラブルに巻き込まれていたではないか。
それなのに、フィー様はどうして未だに懲りることなく、同じことを繰り返そうとしているのか。
それとも………そうだ、多分、きっと、この方はあれらがトラブルだったと思っていないのだろう。
私は今度こそ、心の中ではなく、実際に大きなため息をついた。
―――完全に理解した。
昔も今も、フィー様の周りが苦労するようにできているのだ。
そう諦念の気持ちでフィー様を見つめると、何を思ったのか、にこりと満面の笑みで微笑まれる。
「グリーンとブルーと一緒に夕食だなんて、楽しみね! カーティス、あなたは絶対に彼らと仲良くなれるわよ」
「……それは、楽しみですね」
そう。この方の周りの者たちは、昔も今も、この方の笑顔に勝てはしないのだ。
けれど……
私はフィー様が笑顔でいることに無上の喜びを感じながらも、ぐっと奥歯を噛みしめた。
―――よりにもよって、アルテアガ帝国だとは。
そう胸の奥で呟くと、苦々しいものを感じながら、何とも言えない気持ちでフィー様を見つめる。
私の視線の先では、フィー様がにこにこと嬉しそうに微笑んでいた。
『……ああ、私がお守りしなければ』
改めて、そう心に誓う。
なぜなら、フィー様はご存じないのだから。
あの国で―――アルテアガ帝国で女神が本格的に信仰され始めたのは、大聖女セラフィーナ様が亡くなられた直後だということを。そして……
思考に引きずられ、意図しないままに、私の唇が皮肉気に歪む。
―――ああ、本当に皮肉な偶然だ。アルテアガ帝国の現皇帝が、フィー様を女神だと認定するなんて。
なぜなら実際に、あの国の「女神」は「大聖女」のことを指しているのだから……