100 特別休暇6
目の前にある広い背中を見つめながら、私はぱちぱちと瞬きをした。
カーティス団長ったら、どうしたのかしら?
そう疑問に思ったところで、ああ、そうだわ、カーティス団長にとってグリーンとブルーは初対面だったわと思い当たる。
基本的にカーティス団長は、私に関してすごく心配性なのだ。
知らない人から見たら、グリーンは柄が悪く見えなくもないので、心配されたのかもしれない。
カーティス団長の行動の理由が分かった私は、ひょいと団長の後ろから姿を現すと横に並び、彼の腕を安心させるようにぽんぽんと叩いた。
「カーティス、この2人は私の知り合いなのよ。緑髪の男性がグリーンで、青髪の男性がブルー。半年ほど前に、ルード領の近くにある魔物の森を一緒に冒険したことがあったの」
「……へえ、帝国からわざわざ我が国まで冒険にくるのですか? まるで、王侯貴族の遊びのようですね」
「ひゃっ!?」
何のヒントもなく、2人の出所を帝国と言い当てたカーティス団長を驚いて見上げる。
グリーンとブルーも用心深い表情をして、黙ってカーティス団長を見つめていた。
……ちょ、カーティス団長ったら、こんな時まで有能さを発揮しなくてもいいのじゃないかしら?
ノーヒントで答えを言い当てるなんて、普通の人には出来ない芸当ですからね。
それをさらりと言い当てて、間違っているなんて微塵も思ってもいないような態度はどうなのかしら。いえ、実際に当たっているのだけれど。
けれど、当たっているからこそ問題よね。
味方としては頼もしいけれど、今回のような場合は、有能すぎるのも考えものだわ。
そう考え、顔をしかめていると、騎士の一人がクラリッサ団長の下に慌てた様子で走ってきた。
「クラリッサ団長! 中央地区のレストランでガッター子爵のご子息が暴れております。我々では手が付けられませんので、ご対応いただいてもよろしいでしょうか!」
「まああ、丁度面白くなってきたところだったのに! ……仕方がないわね、お給金をもらっている以上は働かないと。はあ、またね、フィーアちゃん。それから、カーティス、後はよろしく」
クラリッサ団長は非常に残念そうにため息をつくと、呼びにきた騎士とともに去って行った。
ムードメーカーであるクラリッサ団長がいなくなってしまうと、その場はしんとした静かな雰囲気に塗り替えられた。
あれれ、これはよくないわと思った私は、剣呑な雰囲気に気付かない振りをすると、努めて明るい声を作り、紹介の続きに戻る。
「……それから、こちらがカーティス団長です。カーティス団長は王国の最南端であるサザランドの地を守護する騎士団長ですが、今はちょっとサザランドを離れて王都勤務をしているんです」
にこにこと、必要以上に笑顔を作って紹介するけれど、私以外の3人は無表情を貫いていた。
それどころか、それぞれが無言のまま、睨み合うかのように鋭い視線を交わしている。
私は我慢できなくなって、大声で問いかけるとともに、3人をぐるりと見回した。
「ちょっ! 3人とも、どうしたんですか! 友達の友達は友達のはずでしょう?」
「フィー様、必ずしもそうとは限りません。それよりも、半年前にご一緒に冒険されたという話は初耳です。差し支えなければ、ご同行されたメンバーを教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「え?」
カーティス団長の声に不穏なものを感じ、咄嗟に仰ぎ見ると、ぎらりとした強い視線で睨まれた。
……ま、まずい、まずい、まずい。
カーティス団長が前世の護衛騎士モードになっている。
『半年前に同行したパーティメンバーは、初対面だったレッド、グリーン、ブルーの3兄弟と私でーす☆』
……なんて、とても言えるような雰囲気じゃあないんだけど。
言ったら、10割の確率で怒られる予感がする。明るく言っても、申し訳なさそうに言っても、どちらでも怒られる気がする。
ま、まずいわ……
進退窮まった私はにへらと笑うと、誤魔化してみようと試みる。
「うふふふふ、カーティスったら。既に終わってしまった話なんて、どうでもいいじゃない。彼らは紳士だったわよ。それよりも、どうしてグリーンたちが帝国出身だと思ったの?」
けれど、カーティス団長に誤魔化されるつもりはないらしく、ギロリと睨みつけられただけだった。
「つまり、初対面の男性方とフィー様だけで冒険に出掛けられたというわけですね。いいでしょう、人前でする話ではないので、続きは2人きりになった時に行いましょう。では、この2人の出身についてですが……」
話を続けるカーティス団長を見て、あれ、私は間違ったのかしら、と自分の行いを後悔する。
このまま怒られた方が、どうみたって短時間で済んだわよね。
それなのに、改めて2人きりの時間を設定されるなんて、がみがみと長時間お説教をされること間違いないわ。あああ、失敗したああああ!
がくりと項垂れる私の上に、カーティス団長の言葉が降ってくる。
「この見事な髪色と『グリーン』と『ブルー』という名前では、最近帝国の表舞台に登場したあるご兄弟を連想しますよね。これでもう一人、赤い髪色の『レッド』という者がいれば完璧ですが」
「えっ、よく知っているわね! グリーンとブルーのお兄さんはレッドだわ! あ、いえ、でも、これは偽名なのよ」
グリーンたちの兄の名前を言い当てられ、驚いて顔を上げると、何かを納得したかのような表情のカーティス団長が小さく頷いていた。
「ええ、そういう話でしたね。偽名を女神に名乗ってしまったので、その偽名をそのまま本名にされたという話でした……帝国のある有名なご兄弟の話は」
「ふうん?? 確かに帝国は女神信仰の国だから、実際に女神に会われたという方が帝国にはいるのね? ……ええと、つまり、その女神に会われたことで有名な『レッド・グリーン・ブルー』の3兄弟が帝国の方で、その方々の名前にあやかった偽名を使ったことで、こちらのグリーンたちを帝国の人間だと推測したということ?」
「…………そんなところです」
カーティス団長は私の推測を聞いた後、もの言いたげに私を眺めていたけれど、何かを理解したかのように頷いた。
「ああ、フィー様は彼らが何者かをご存じないのですね」
「え?」
「いえ、知らないものをわざわざ教える必要はないということです。……ええ、お二方、初めまして、カーティスと申します。そして、さようなら。フィー様は私が護衛しますので、安心して母国へ戻られますよう」
カーティス団長は何事かを納得したかのように呟くと、突然雰囲気を冷淡なものに変え、グリーンとブルーに対して切って捨てるかのように短い挨拶をした。
「カーティス! あなたが私を大事に思ってくれて、初対面の相手を警戒したくなる気持ちは分かるけれど、お願いだから話をしてみてちょうだい。きっと、素敵な人たちだって分かるから」
あまりの冷淡な対応に驚き、カーティス団長に親切にするようお願いしてみるけれど、彼は珍しく同意してはくれなかった。
「あなた様以上に素敵な方はいません。私は最上を知っていますので、不要な行為です」
「カーティス!」
もう本当に私贔屓がすぎるわね、と思いながらじとりとカーティス団長を見つめる。
「カーティス、今夜の訓練修了のお祝いだけれど、2人きりじゃあ寂しいって言っていたわよね。グリーンとブルーを誘うのはどうかしら?」
「それは、全く賛同できないアイデアだと言わざるを得ません」
「でもね、グリーンたちに会うのは、半年前に別れたきり初めてなのよ。私は色々と話をしてみたいわ」
「……………………フィー様のお祝いですので、フィー様が望まれるのならば」
カーティス団長とグリーン・ブルーの2人が仲良くしてほしいという私の気持ちを、最後にはやっと理解してくれたようで、カーティス団長は不承不承という感じではあったけれど、私の提案を受け入れてくれた。
……ふふ、カーティス団長は心配性だけれど、すごく優しいからね。
1度受け入れさせれば、こっちのものだわ。きっとグリーンとブルーを気に入って、優しくし始めるわよ。
そう考えながら、グリーンとブルーに向き直る。
「グリーンとブルーはしばらく王都にいるんですか? 今夜はカーティスと私の2人で夕食を取る予定なのですが、よければご一緒しませんか?」
「いいのか?」
「もちろん、行くよ!」
私の問いかけに対して、グリーンとブルーが同時に答える。
まあ、さすがに兄弟ね、息がぴったりだわと思いながら、私はにこりとして答えた。
「じゃあ、お待ちしていますね。ええと、では夕方の6時に、あそこに見える噴水で待ち合わせをしましょう。それではまた後で」
懐かしい2人に会えたことが嬉しくて、一緒に夕食を取れることが楽しみで、私は2人が見えなくなるまでぶんぶんと手を振っていた。