97 特別休暇3
シリル団長、カーティス団長と別れた後、私は一旦寮に戻った。
結局、カーティス団長が企画した「訓練修了祝賀会」とやらの参加者は、カーティス団長と私の2人きりになるようだった。
えっ、私って人気ない!? と思ったけれど、シリル団長は別件があるとのことだったし、ファビアンは今日の午後から領地に向かって出発してしまうし、シャーロットは子どもなので夜の外出に声を掛けなかっただけだし……と全員にちゃんとした理由があるので、私の人気とは関係ないわよねと自分を納得させる。
時間は、まだお昼を少し過ぎた頃だったので、カーティス団長とは夜に待ち合わせる約束をして、午後は1人でショッピングに出かけることにした。
3週間以上の旅路に明日から出発するのならば、今日のうちに色々と買い足しておかなければいけないことに気付いたからだ。
私は手早く外出用の服に着替えると、街に向かった。
大陸でも1、2を争う大国ナーヴ王国の王都だけあって、そこにはあらゆる物が揃っていた。
目に映るものを物珍しく感じながら、端からお店を見て回ることにする。
旅路で使うために持っていけるものは限られるのだから、買い過ぎてはいけないと心に決めていたにもかかわらず、次から次に無用なものが増えていく。
私は腕に抱えた可愛らしいペンや日記帳、ふわふわのぬいぐるみを見ながら、どうしてこれらの物を買ってしまったのかしらと首を傾げた。
間違いなく今回の旅路に持っていくものじゃあないというのに。
困ったわ、今度こそタオルだとか下着だとか、ちゃんと必要なものを買わないと、と思っていると、可愛らしい声が後ろから掛けられた。
「あら、フィーアちゃんじゃないの。お買い物?」
振り返ると、桃色の髪に琥珀色の瞳をした美少女が立っていた。
その可愛らしいお人形のような容貌を見間違うはずがない。
「クラリッサ団長、お久しぶりです!」
「ええ、お久しぶりね、フィーアちゃん」
にこやかな表情で挨拶を返してくれたのは、王都警護を司る第五騎士団のクラリッサ団長だった。
どうやらクラリッサ団長は勤務中のようで、ピシリと……と言うには胸元が開きすぎているようにも思われたが、騎士服を着用していた。
桃色の髪と白い騎士服は絶妙に似合うわね、と思いながら惚れ惚れとクラリッサ団長を見つめる。
すると、クラリッサ団長は興味深そうに私が抱えている幾つもの紙袋に視線を落としてきたので、疑問に答えるために口を開く。
「明日から王国最北端に向かう予定ですので、必要なものを買いにきました」
実際に抱えている荷物の中には、明日持って行く物は何一つなかったけれど、その部分の説明は割愛する。
「王国最北端というと、霊峰黒嶽があるガザード辺境伯領かしら? まあ、あそこは大変な地よ?」
心配そうに教えてくれるクラリッサ団長に、私はにこやかに返事をした。
「教えていただいて、ありがとうございます。姉が北方警護の第十一騎士団に所属しておりますので、会いに行こうと思いまして」
「あらまあ、それは何かおめでたい報告でもあるのかしら?」
私の言葉を聞いたクラリッサ団長は、ワクワクとした様子で質問を重ねてきた。
「へ?」
「私は1度、フィーアちゃんの本命は誰なのかを聞いてみたいと思っていたのよ?」
「本命ですか?」
本命というのは、競走馬の優勝第一候補ってことだよね? クラリッサ団長は競走馬に興味があるということ?
「ええ、そう、騎士団の中の本命はだれなのかしら?」
……騎士団の中の優勝第一候補? 一番強い騎士は誰かってことでいいのかしら?
クラリッサ団長は立派な騎士団長だから、一番強い騎士が誰かだなんて既に知っているのだろうけれど、新人騎士の意見も聞いてみたいということなのだろうか。
そう考え、頭の中に強いと思われる騎士を思い浮かべながら答える。
「そうですね、ついこの間まではシリル団長でしたが、最近ではカーティス団長が侮れないと思っています……」
そう言いかけたところで、突然大事なことを思い出す。
ああ、そうだった! 私は以前、シリル団長が総長よりも強いことは黙っているって、シリル団長と約束したんだったわ!
あ、危ない! すっかり忘れていて、思わずぺらぺらと話してはいけないことまで話すところだった。
「……なんて思ったりもしましたが、総長です! 本命はぶっちぎりでサヴィス総長です!!」
私の言葉を聞いたクラリッサ団長は、キラキラと瞳を輝かせた。
「まあ! フィーアちゃんの本命はサヴィス総長だったの!? まあああ、それは本当に想定外だわ! サヴィス総長だなんて……意外ねぇ。フィーアちゃんはもっと、初心者向けの相手が好みかと思っていたのに」
弾んだ声でよく理解できないことを言われたけれど、クラリッサ団長は非常に楽しそうで嬉しそうに見えた。
やはり騎士団トップのサヴィス総長が一番強いというのは、嬉しいことなのだろう。
答えを間違えなくてよかった、とクラリッサ団長の浮かれたような態度を見た私は改めて確信し、ほっと胸を撫でおろしたのだった。
それから、クラリッサ団長と別れようとしたところで、ふいに辺りが騒がしくなったことに気付いた。
「まあ、何事かしら?」
そう言いながら、クラリッサ団長が困った風もなく、騒ぎに向かってすたすたと歩いて行く。
慌てて付いて行くと、一人の女性が見るからに柄の悪い男性3人に囲まれているところだった。
女性は遠目に見ても可愛らしく、ぶるぶると震えており、思わず声をかけたくなるような小動物タイプだった。
対する男性3人組は縦も横も大きいタイプで、にやついた表情を見るに、一緒に食事をしたいとか、一緒に買い物をしたいとか、強引に女性に誘いかけているところのようだった。
「あらあら、困ったこと。もちろん強引に誘い掛ける男性が一番悪いのだけれど、見ているだけの観客と化している男性たちもどうなのかしら……」
クラリッサ団長は不満気に呟きながら、すたすたと騒ぎの中心に向かって歩いて行く。
……クラリッサ団長の言いたいことは分かります。
けれど、あの柄の悪い3人組は体格がいい上に、着ている服は上等で、全員が腰に剣を佩いています。
もしも3人組に一定の身分があれば、歯向かうと後で酷い目に遭わされるかもしれませんし、そもそも、注意をした相手に突然剣を抜くような短気さを持ち合わせているかもしれません。
剣の力量が全く分からない相手というのは恐ろしく、よっぽど腕に覚えがない限り、とても助けに入れないと思われます。
ですが、それらの全てを関係ないとばかりに、躊躇することなく助けに向かうクラリッサ団長は、最高にカッコいいです!
そう考えながらも、クラリッサ団長の腕前が分からない以上、さすがに1対3というのは無謀だろうと、(騎士服を着用していなかったので、私が所持していたのは短剣だけではあったのだけれど、)団長を助力すべく速足で後に続く。
けれど、私たちが騒ぎの中心に辿り着く前に、取り囲まれている女性に対してのんびりとした声が掛けられた。
「ははぁー、蝶の形の髪留めか。なるほど、こういうのが今の流行りだな? お嬢ちゃん、取り込んでいるところ悪りぃが、その髪留めはどこで買い求めたものか教えてくれねぇか?」
えっ、緊迫している場面に何事? と驚いて見ると、女性を取り囲んでいた3人を押しのける形で、一人の男性が囲まれていた女性に話しかけていた。
新たに現れたその男性は、大柄だと思っていた柄の悪い3人組よりも更に頭一つ分ほど大きく、こちらに背を向けていたため後ろ姿しか見えなかったけれど、その姿からでも十分に体格の良さが見て取れた。
「あら……」
ひたすら急いで現場に駆け付けようとしていたクラリッサ団長だったけれど、新たな男性の出現を目にした途端、面白そうな声を上げ、歩みがゆるやかになる。
けれど、私はクラリッサ団長と同じように面白がる気持ちにはなれず、はらはらとした気持ちで大柄な男性と3人組に視線を定めたまま、速足で近付いて行った。
私の悪い予想通り、押しのけられる形となった3人組は不機嫌で、腹立たし気に割って入った男性の腕に手を掛けていた。
「おい、髪留めだか何だか知らねぇが、こっちは取込み中だ。他を当たんな!」
けれど、大柄な男性は空気を読めないタイプなのか、ぴりぴりとした一触即発の状況にもかかわらず、のんびりとした声で続ける。
「そうは言われても、妹から王都で流行りの髪留めを買ってくるように頼まれたんでな。この蝶の髪留めは妹に似合いそうだから、同じものを買って帰ったら、オレの兄株が爆上がりすると思うんだがなぁ」
「てめぇ、ふざけるなよ!」
「妹の土産なんぞ、道端の花でも摘んどけ!」
「そうだ、そうだ。兄貴の言う通りだ」
大柄な男性の言葉を聞いた途端、3人組は簡単に激昂し、そのうちの1人は腰の剣に手を掛けた―――と思った瞬間、その男性は地面にひっくり返っていた。
「「へ?」」
ひっくり返った男性と私の声は、揃ったと思う。
何が起こったか分からないうちに、大柄な男性は両手で残った2人の片腕をそれぞれ握りしめていた。
「お前ら、妹がいないだろう? 妹ってのはなあ、信じられないほど大変なんだぞ。長年妹を持っているオレですら、扱いが全く分からねぇくらいだからな。そして、扱いを間違えると、はっきりと文句を言われる訳でもなくめそめそと湿っぽい対応をされるから、ますますどうしていいか分からなくなる」
大柄な男性は腕を握りしめたままの2人組に対して、妹についてのうんちくを傾けていたけれど、彼らには当然話を聞くつもりなどなく、激昂していくばかりだった。
「うっるせぇよ! いいから手を放せ!」
「そうだ、そうだ。兄貴の手を放せ」
自分の話に一切耳を貸そうとしない2人組を見て、大柄な男性はやれやれと言う風に肩を竦めると―――どういう訳か、残りの2人も地面にひっくり返っていた。
「まあ、今は分からないかもしれないが、いつかお前たちに妹ができた時……」
大柄な男性はため息を一つつくと、倒れ込んだ3人組の顔を覗き込みながら言葉を続けていたけれど、突然驚いたように言いさした。
それから、無言のまま3人の顔をまじまじと眺めた後、言いにくそうに言葉を続ける。
「常識知らずなことをしていたから、発育のいい、体の大きな子どもかと思っていたが、結構な年だな。……あー、お前たちの年で妹というのは難しいかもしれねぇな。つまり、義理の妹だとか、娘だとかが出来た時の心得だな」
大柄な男性はこてりと首を傾げると、言い聞かせるように締めくくった。
体格のよい男性が小首を傾げる姿は、後ろ姿としては可愛らしくあったけれど、上から覗き込まれている3人組には恐怖だったようで、一瞬にして顔を青ざめさせると、こくこくと地面に倒れたまま、大きく首を縦に振って同意していた。
それを見た大柄な男性は満足したように一つ頷くと、がくがくと震え続けていた女性に対して声を掛けた。
「邪魔をして悪かったな。これ以上迷惑をかけるわけにもいかねぇから、髪飾りは自分で探すことにするよ」
その言葉を聞いた途端、クラリッサ団長が感心したような声を上げた。
「まああ、滅多にお目にかかれないほどの上物ね! 騎士道精神に溢れている上に、喧嘩が強く、恩着せがましくもないなんて。こんな振る舞いをされたら、コロリと落とされてしまうわね」
そう言いながら、興味津々な様子で大柄な男性を見つめ続けていたクラリッサ団長だったけれど、男性が振り返った瞬間、驚いたようにぽかんと口を開ける。
「……は? 何これ、顔まで美形……」
クラリッサ団長の心底驚いたような声が聞こえたけれど、私も同じようにぽかんと口を開けていたので、相槌を打つことはできなかった。
……へ? どうして彼がこんなところにいるのかしら?
あれ、彼は母国へ戻ったはずよね?
そう思いながら、茫然と目の前に見える、知り合いの名前を呟く。
「……グリーン?」
呟いたのは小さな声だったし、距離があるのでとても聞こえないだろうとは思ったのだけれど、どういう訳か呼ばれた男性ははっとしたように顔を上げ、クラリッサ団長や私以上に驚愕した様子で私を見つめてきた。
「フィーア!」
驚いたように発せられたその声は、間違いなく聞きなれた「グリーン」の声だった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
おかげさまで、ノベル2巻と3巻が重版になりました。
お手に取っていただいた方、ありがとうございました!
また、書店でもネットでも売り切れているとコメントをいただいた方、ご迷惑をお掛けしました。そろそろ色々なところに並び始めるのではないかと思いますので…… ヾ(^-^)
ちなみに、今回登場した「グリーン」は、ノベル1~3巻掲載のサイドストーリーの主人公の1人です。ご興味がありましたら、お手に取って楽しんでいいただけると嬉しいです。