95 特別休暇1
サザランドから戻ってきて、早2か月が経過した。
季節は夏真っ盛りだ。
じりじりとした日差しに肌を焼かれながら、私は机にかじりついたまま、窓越しにカーティス団長を恨めし気に見つめていた。
サザランドの住民から私の護衛役にと押し出される形で王都に戻ったカーティス団長だったけれど、そのまま第一騎士団の業務に就く形となっていた。
とは言っても、私は第一騎士団に新規配属された騎士用の訓練が続行中だったため、カーティス団長と一緒に業務に就くことはなかった。
今のように訓練を受けながら、サヴィス総長の護衛をしているカーティス団長を羨ましい気持ちで見つめているだけだ。
サヴィス総長の後ろをきびきびと歩くカーティス団長を見ながら、私も早く訓練を終えて業務に就きたいなと心の中で呟く。
けれど、一方では、カーティス団長が立派に仕事をしてくれて良かったなと、ほっと安心していた。
サザランドでのカーティス団長の様子があまりに度を越していたので、王都に戻った後は前世のようにぴたりと私に張り付くのではないかと密かに心配していたのだ。
どうやら私に何かあった時にすぐ駆け付けられるくらいの距離にいれば、カーティス団長は安心していられるようだった。
あるいは、実際に前世のようにぴたりと護衛されたならば、カーティス団長も私も騎士としての業務が成り立たないので、我慢しているだけかもしれないけれど。
とは言え、カーティス団長が何くれとなく私を気に掛けてくれ、出来るだけ私の側にいてくれることは間違いなかった。
おかげで、カーティス団長は「フィーア担当団長」などと意味不明な呼び方をされる時があるらしいけれど……デズモンド団長あたりによる、嫌がらせ混じりのからかいだろうと放置することにする。
「フィーア、カーティス団長がいらっしゃったよ」
無事に一日の訓練が終わり、その日の最大の楽しみでもある夕食を食堂で取っていると、食堂の入り口に立っているカーティス団長に気付いたファビアンが教えてくれた。
ここ数か月は、訓練終わりに訓練者同士で食事を取ることが習慣になっていたので、ファビアンと食事を取ることが増えていた。
どういう訳か、最近はそこにシャーロットが交じることがあり、更にはカーティス団長が加わることもあれば、デズモンド団長だとか、クェンティン団長だとか、ザカリー団長だとかが加わることもあった。
色々と交じり過ぎていて、一言では説明できないような集団よね、と考えながら額に片手を当てる。
……そもそも、以前クェンティン団長とランチをした時には知らなかったけれど、どうやら騎士団長専用の食堂というのが別にあるらしい。
カーティス団長を始めとした団長たちは、そちらで食事をするべきじゃあないかしらと思うのだけれど、その話を促してみても、団長たちは全員曖昧な表情を浮かべるだけだった。
けれど、団長たちは構わなくても、騎士団長の立場の者に一般騎士用の食堂に来られると、他の騎士たちは居心地が悪いのじゃあないかしらと思い至る。
そのため、それとなく周りの騎士たちを観察してみたけれど、少なくともカーティス団長に限ってはそんな心配は無用と思われた。
今日も今日とてカーティス団長は、私たちの元までまっすぐ歩いてくることが出来ず、途中途中で騎士たちから声を掛けられていた。
以前は第一騎士団に所属していたと言っていたし、その前にも10年程はどこかの団に所属していたはずなので、顔見知りが多いのかもしれないが、それ以前にカーティス団長は人に好かれる性格をしているようだった。
見ていると、騎士の誰もが騎士団長だからと一歩引くでもなく、笑顔で気安くカーティス団長に声を掛けている。
皆に好かれるなんて、さすがカーティス団長だわね、と嬉しく思いながら、私の横に立った団長を見上げた。
「お疲れ様、カーティス。何時になるか分からなかったから、ファビアンと先に食事を始めていたけど良かったかしら?」
「もちろんです、フィー様。ご一緒してもよろしいでしょうか?」
生真面目な騎士団長が同席の許可を取った後に自分が食べる料理を取りに行った姿を見て、ファビアンが不思議そうに首をひねる。
「この状態に慣れつつあるというのも恐ろしい話だけれど、騎士団にたった20名しかいない騎士団長のうち、3名もの方がフィーアに敬語を使うなんて、異常だよね」
「まあ、ファビアン。その3名の騎士団長の中にシリル団長を加えるところが、ファビアンの狡猾なところだわ。シリル団長は誰に対しても、丁寧な言葉遣いじゃあないの」
騙されないわよ、とばかりに反論したけれど、ファビアンは口元を緩めると、面白そうに言葉を返してきた。
「物事を正確に表現しただけだよ。それならば言わせてもらうけれど、カーティス団長とクェンティン団長が敬語を使われる相手は、騎士団の中では総長とフィーアのみだよね」
「ぐふっ!」
思わぬ反論を受けた私は、むせてしまう。
「こんなことを申し上げるのは憚られるけれど、お一人ずつの時はいいけれど、カーティス団長とクェンティン団長のお2人が揃うと酷いよね。この間はお2人で、フィーアに似合う花は何かだなんて、お忙しい騎士団長が議題にすべきではないような話を延々としていただろう? その前は、フィーアを天気にたとえたら何だろうという話で、結論はお2人とも揃って『嵐』だった。……お2人は張り合っているようで、気が合っているよね?」
「ファ、ファビアン、見逃して……」
私は両手で顔を覆うと、ファビアンの情けに縋った。
……ええ、もちろん気付いていたわよ。
あの2人が揃うと、私に関するどうでもいいような話を、なぜか真剣にどこまででも話し合っているって。
そのうち飽きるだろうと放置していたけど、2か月たっても飽きないなんて、どれだけ娯楽のない生活を送っているのかしら。
そう困った気持ちになっていると、料理を手に戻って来たカーティス団長と目が合った。
「フィー様、いよいよ明日で訓練が終了ですね」
カーティス団長はファビアンの横の椅子に座ると、誇らしげに口を開いた。
「これでやっと、フィー様とご一緒に警護業務に就くことができます」
カーティス団長の口調が喜びに満ちたものだったので、私の訓練終了を指折り数えて待っていてくれたように思えて嬉しくなる。
「そうね。私もやっと、騎士としてお役に立てるのだわ」
そう口にしながら、私が配属された第一騎士団というのは、実はすごく私に向いているのではないかと思い至る。
なぜなら、前世の私は王女だったので、常に騎士たちが護衛として付いていた。
つまり、警護される側の気持ちが理解できるということで、これはすごいアドバンテージじゃないだろうか。
誰よりも国王とサヴィス総長の気持ちが分かるなんて、すごいことに違いない。
「……フィー様、300年前の大聖女様の護衛と現在の護衛は大きく異なるところがあるかと思われます。あまり参考にされない方がよろしいかもしれません」
「え?」
心の中で思っていたことを読み取られたような発言をされ、思わず聞き返すと、カーティス団長はにこりと微笑んだ。
「何にせよ、まずは休暇の過ごし方を考えられるのが先かと思われます。いえ、さらにそれよりも、何を食したいのかが先ですね。明日の夜は、訓練終了をお祝いする祝宴をしましょう」
「わあ!」
そうだったわ、明日から3週間の休暇なのよねと思ったけれど、それよりもお祝いというワードに気を取られてしまう。
カーティス団長、お祝いの気持ちをありがとう! ええ、この4か月、私は十分頑張ったわ。
詩歌をいくつもいくつも作ったし、色んな騎士の足を踏みつけながらダンスを練習したし、大陸共通語だって寝言で言えるくらいにまで上達したわ。お祝いしても、いいわよね!
そうウキウキとした気持ちで臨んだ翌日の午前中、―――全ての訓練が無事に終了した。
訓練終了後、全ての訓練受講者が集められ、修了式が執り行われた。
私の場合、訓練の途中で第四魔物騎士団に出向したり、サザランドを訪問したりして、一部の訓練は未受講のような気がしたけれど、まあそれはそれとしてと神妙な顔をして、同じく新規配属の騎士たちと一緒に並んでいた。
シリル団長が労いの言葉とともに小難しい話をして修了式は終了となった。
「フィーア」
午後から暫くは長期休暇に入るので、一旦寮に戻ろうとしていると、シリル団長から呼び止められる。
「はい、何でしょうか?」
振り返ると、シリル団長がちょいちょいと手招きをしていたので、小走りで走って行く。
「訓練の修了、おめでとうございます。今夜は訓練修了のお祝いで、カーティスと食事に行くと聞いています。私も誘われたのですが、どうしても外せない用がありまして、残念ながらご一緒できませんので、ここでお祝いを述べておこうと思いまして」
「まあ、それはご丁寧にありがとうございます」
シリル団長を誘っていたのは知らなかったけれど、所属の騎士団長を誘うってどうなのかしらと、カーティス団長の人選に問題があるように思いながら返事をする。
「ところで、本日の午後から3週間の休暇になりますけれど、どうやって過ごすか決めましたか?」
「ああ、それですけれど……」
この4か月、ほとんど休みなく訓練を行ってきた第一騎士団の新規配属者の全員は、午後から3週間の特別休暇を与えられることになっていた。
この後はいよいよ、国王陛下もしくはサヴィス総長の警護にあたるので、その前に実家などに戻ってリフレッシュしてこいという心遣いらしい。
ただ、私の場合は、ルード領に戻っても家族全員が不在の状態だ。
父と兄姉3人の全員が騎士になっていて、それぞれの勤務地に散らばっているからだ。
「私の場合、家族の全員が騎士で、それぞれの任地にいて家には誰もいませんので、ルード領には戻らないつもりです。代わりに、姉を訪ねようと思いまして」
「あなたの姉と言えば、北方警備の第十一騎士団に所属していましたよね? 王都から見るとルード領よりもさらに北の地になる、国の最北端ですね?」
シリル団長は質問の形を取っていたけれど、私は騙されずに返事をしなかった。
シリル団長にしろデズモンド団長にしろ、恐ろしく記憶力がいい。
時に確認するかのように質問の形を取るけれど、いつだって10割の確率で全てを記憶しているし、情報を整理している。
だから、この会話だって全てを理解した上のもので、質問の形を取っているけれど実質的には質問ではないのだ。
そして、シリル団長が分かっていることを質問形式で尋ねてくる場合は、ほとんどが何らかの含みがある場合なのだ。
私の推測を裏付けるかのように、私が沈黙を守っているにもかかわらず、シリル団長は既知の情報とばかりにすらすらと話を続けてきた。
「北方地域と言えば、……我が国の最北端には霊峰黒嶽がありましたね?」
「へあっ!? そ、そう言えばそうですね! そんな山がありますね。ですが、あの山は凶悪なモンスターがたくさんいるらしいですから。わっ、私は姉に会いに行くだけですから」
ポーカーフェイスを装おうと身構えていたにもかかわらず、あまりにストレートに聞かれたため、思わず変な声が出てしまう。
心配性のシリル団長のことだ。
霊峰黒嶽に行くつもりだなどと言おうものならば、折角の休暇すら取り消されかねない。
そう考えた私は、純真さを装うと、にこりと微笑みながらシリル団長を見つめてみたのだった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
ノベル3巻も、多くの方に読んでいただきありがとうございました。
楽しんでいただけたようで嬉しいです(*゜▽゜)ノ









