93 大聖女への贈り物5
カーティス団長が一緒に王都に戻る?
けれど、そのことについて考える間もないほど素早く、シリル団長が待ったをかけた。
「お待ちなさい、カーティス! そう簡単な問題ではありません。サザランドが『聖石』の採取場所として確立すれば、この地は今後ますます重要になってきます。それなのに、あなたがこの地を去れば、サザランドを守護する騎士団長が不在になってしまいます」
「副団長のコーディを昇格させればいい。(私が前世の記憶を取り戻す前までは)剣の腕は私より上だ(った)」
そんなシリル団長に対して、カーティス団長は至極冷静な声で返事をする。
シリル団長はぴくりと眉を動かすと、頑なな表情のカーティス団長を見つめ、説得するかのように言葉を重ねた。
「……それだけではありません。あなたの立場だってそうです。王都に騎士団長の空きはありませんので、騎士団長の職位を保つのは難しくなります」
暗に降格を匂わされた発言だったにもかかわらず、カーティス団長は動揺することなく、冷静な表情で返事をした。
「そのことだが、私は一旦、騎士団長職を辞そうと思う。元々、サザランドに赴任した際の特例で、団長職を拝命したようなものだ。王都では一介の騎士からやり直す。フィー様と同じ団でな」
カーティス団長の言葉を聞いたシリル団長は僅かに目を眇めると、用心するような表情をした。
「……あなたもですか、カーティス」
「どういう意味だ?」
「私はついこの間、同じ会話をどこぞの騎士団長としましたよ。フィーアと同じ団になるために、騎士団長位を降りると申し出てきた者が他にもいましたからね」
シリル団長は目元を押さえながら、疲れたような声を出した。
私はえ? と、思いながらシリル団長を仰ぎ見る。
そんなカーティス団長みたいな人が、騎士団長の中にいるんですか?
……はい、読めました! それはきっと、シリル団長をからかおうとした、デズモンド団長の話ですね。
そう考える私の前で、シリル団長は小さくため息をつくと、委ねるように総長を見つめた。
総長が小さく頷いたので、シリル団長は諦めたような声で返事をする。
「……カーティス、この地の一族の長であるラデク族長からの申し出であるため、特例にてあなたがこの地を外れることを了承します」
その言葉を聞いたカーティス団長がにやりと笑ったのを引き締めるかのように、シリル団長は大きめの声で続ける。
「ただし! 正式な叙任や新たな職位については後日整理します。今回は、一時的にコーディへ騎士団長職の権限を代理で委譲する形にして、あなたの職位はそのままに王都へ戻ります。よろしいですね?」
カーティス団長は真面目な表情で頷くと、サヴィス総長及びシリル団長に対して騎士の礼を取った。
「要望を聞き入れていただき、感謝いたします。引き続き騎士団の一員として、身命を賭してお仕えします」
シリル団長は軽く頷くと、ラデク族長へ向き直った。
「ラデク族長を含めた一族の方々のご要望であり、カーティス本人が承諾したので、彼は王都へ戻します。カーティスは出来るだけフィーアと同様の業務が出来るよう取り計らいますし、カーティスが抜けたこの地も、これまで以上に堅固に守護します」
話を聞き終わったラデク族長は感謝するかのように、深く頭を下げた。
「我々の我儘をお聞き届けいただきまして、ありがとうございます。……それから、カーティス団長、フィーア様をよろしくお願いします」
周りで話を見守っていた住民たちもカーティス団長に声を掛ける。
「カーティス団長、私たちの大聖女様をよろしくお願いします!」
「どうぞ、大聖女様をお守りください!」
騒ぎ立てる住民たちと、満足そうに頷いているカーティス団長を見て、私はぱちぱちと瞬きをした。
……ええと?
よく分からないうちに、カーティス団長が王都勤めになることが決まってしまったわよ。
怒涛の展開で、あれよあれよという間に話が進んでしまった。
何がどうなったのかはよく分からなかったけど、カーティス団長がすごい手腕を発揮したというのは分かる。
住民たちに押し出される形でシリル団長を説得するなんて、大したものだわ。
そうしみじみと感心していると、ふと先日の約束事を思い出した。
……あれ? そういえば、私はカーティス団長と約束をしたわよね。
カーティス団長が皆の違和感なく第一騎士団に所属できたら、彼が私に仕えることを認めるって。
あれ、これはまずくないかしら? サザランドの民の要望に応える形だから、違和感ないわよね?
というか、カーティス団長がラデク族長に手を回していたのじゃあないかしら?
あるいは、カーティス団長は前世で離島の民だったから、熟知している一族の特質を上手く利用したかのどちらかよね?
そうでなきゃ、こんなにカーティス団長に都合よく、話が進むわけないもの。
あああああ、そうよ、離島の民を相手にするんだったら、私がカーティス団長に勝てる訳がないのだわ。
それなのに、さり気なく平等性があるような顔をして、約束をさせるなんて。
全く、カーティス団長は策士だわね!
そう思いながらも、本当にこれでいいのかしらと心配になって、カーティス団長を見つめる。
すると、私の視線に気付いたカーティス団長が、気遣うように尋ねてきた。
「どうされました、フィー様? 何か心配事でもおありですか?」
「……カーティス、本当に職位を失ってまで、私の側にきてもいいの?」
私の返事を聞いたカーティス団長は、考えるかのように少し首を傾けた。
「そうですね。……シリル団長に護衛騎士の役割を取られた時は、心底切ない思いをしましたが。しかし、あなた様よりも上の職位というのは非常に居心地が悪いので、騎士団長職から外れられるというのはいい話ですね」
私はカーティス団長の表情に陰りはないかと、じっと見つめる。
すると、私の視線を受け止めた団長が、眩しいものを目にしたかのように目を細めた。
「フィー様、私の役割など、本当はどうでもいいのです。あなた様の護衛騎士であろうがなかろうが、あなた様の側にいてあなた様を守ることができさえすれば。……ああ、フィー様、私は今度こそ、誰からも、何からも、この世の全てから、あなた様をお守りいたします」
「カーティス……」
感極まったように言葉を続けるカーティス団長を見て、私は困ったように眉を下げると、彼の片手を両手で握りしめた。
「カーティス、いつも、いつもありがとう。でも、あなたはそうやってすぐにお役目に囚われてしまうから、……護衛騎士という役割からいったん離れて、自由な考えのもとで行動してほしかったのに」
そう言って、残念な気持ちとともにため息をつくと、カーティス団長は何かに気付いたかのように目を見開いた。
「ああ、フィー様! あなた様はもしかして、私を自由にしようと思って、敢えてシリル団長を『青騎士』の生まれ変わりと称したのですか?」
驚くカーティス団長を見て、私は困ったように口を開く。
「理由の半分は都合がいいと思ったからだけど、残りの半分は……そうね、あなたを自由にしたかったわ。1度自由になって、何でも好きなことをして、それでも私の側がいいなと思ったら、戻ってきてくれればと思ったのよ。サザランドはあなたにとって大事な場所だから、ここでしばらく好きに過ごしてほしかったのに」
「フィー様」
私の言葉を聞いたカーティス団長が嬉しそうに微笑むのを見て、そのあまりにも私を優先しようとする姿勢に申し訳ない気持ちが湧き上がってくる。
「もう、……知らないからね! 私は一介の騎士で、色々と隠していることがあるから行動は制限されているし、昔とは出来ることが異なるんだから。あなたが想像しているような、以前のような生活にはならないわよ。それなのに……。カーティス、あなた、言いたくはないけれど、少しだけおばかさんだわ。立派な大人なのに、自分の利益を考えていないし、全然、計算が出来ないもの!」
私はここぞとばかりに、思っていることをぶちまけた。
すると、私の言葉を聞いたカーティス団長は一瞬、虚を衝かれたような表情になったけれど、次の瞬間、破顔した。
「ははははは」
そして、何が可笑しいのか笑い続け、片手で目元を押さえたかと思ったら、笑い過ぎて涙まで流している。
「はは……は……、フィー様。私は案外、計算が出来るんですよ。そして、考える時間は、十分ありました。自由をいただいたとしても、あなた様の側にいられない全ての時間を、私はただ浪費していると感じるでしょう。はは……あなた様にそこまで考えていただけるなんて、これが前世で徳を積んだおかげだというのなら……私は十分報われました」
「…………」
多分、今の言い回しにおける、「前世で徳を積んだ」というのは、「前世での行為」を意味しているのだろう。
ええ、もちろん、カノープスには十分以上に色々としてもらったわ。
私はじとりとカーティス団長を見つめると、口を開いた。
「ええ、あなたは前世でこれ以上はないくらい徳を積んだと思うわよ。そのせいで、今、苦労しなきゃならないかもしれないなんて……全然、報われてないからね!」
「……フィー様、私がどれほどあなた様のお側にいたいと思っているかを、いつかご理解いただければと思いますよ。はっきりと自信を持って言えます。私は間違いなく、私が1番心地よい場所にいて、1番やりたいことをやっています」
「……そう」
カーティス団長の表情が心から満足そうだったので、私はもうそれ以上何も言えなくなった。
どのみち、サヴィス総長とシリル団長が了承した案件だ。今更どうしようもないのだ。
私は気持ちを切り替えるかのように小さく息を吐き出すと、呆れたようにカーティス団長を見た。
「……そうね。きっとあなたはあなたがやりたいことを分かっているんでしょうよ。そう願うわ。けれど、私は一つ間違っていたわ。あなたは計算が出来ないおばかさんだと言ったけれど、王都に戻るためにあなたの背中を押すよう、サザランドの民に仕向けたわね? 案外、策士じゃないの!」
私の言葉を聞いたカーティス団長は、気付かれたか、というような表情をしたけれどそれだけで、その表情には少しも申し訳なさそうな色は浮かんでいなかった。
「ああ、気付かれましたか。少しだけ族長を揺さぶって、住民たちの特質を利用したのです。……ほら、ね、フィー様。私はあなた様が思うよりも、私の欲望に忠実ですよ?」
得意げに微笑むカーティス団長を見て、私は顔をしかめた。
「ぜんっぜん、違うから! 欲望に忠実ってのは、自分のために何かをすることだから! あなた、私のためにしようとしているだけだから、そういうのは違うからね!」
カーティス団長はもう何も言わなかったけれど、顔に浮かんでいた表情は、ただ満足そうで、幸せそうだった。
そのため、私はもうそれ以上言葉を重ねることができず、嬉しいような、申し訳ないような気持ちでカーティス団長を見つめたのだった。
【補足】
本文中に、どこぞの騎士団長も降格を願い出てきました、というシリル団長の台詞がありますが、これは書籍2巻の中の話になります。









