9 騎士団試験2
二次試験は、筆記だった。
どうやら、今年の受験生は7,000名程で、二次試験まで残ったのは2割の約1,400名とのことだった。
100名ずつの部屋に分かれて、席につく。
「試験時間は100分だ。はじめ!」
試験官が宣言したとたんに受験生から手が上がる。
「筆記具を忘れました!」
「自分も忘れました!」
「オレも!」
……うん、3分の1くらいが筆記具なしで試験を受けようとしているね。
試験官が、挙手をした受験生に筆記具を配っている。
私は、何だかほっこりしながら、問題用紙に目を落とした。
騎士団の筆記試験って、そう難しくないって聞いたけど……
『第1問:騎士団の制服を絵にかけ』
「…………」
もちろん、試験官をじっくり見つめましたよ!
他の受験生も同じように、試験官を見ながら、制服を書き写している。
……なんだコレ?制服を着た騎士を配置しておいて、制服を書けって問題を出すなんて、サービスか?
「おいおい、何だぁ。オレに見とれるよりも、問題を解いたほうがよくないかぁ」
ニヤケ気味に試験官が注意する。
……あ、これ本気の問題だわ。
(問題を作った人は、制服を着た騎士が試験会場に配置されるって想定しなかったんだろうね……)
『第2問:猪に追いかけられている青年と転がったリンゴを追いかけている娘がいた。どうする?』
「…………」
……せ、正解が分からない。
飛ばすか……
『第3問:先輩騎士が騎士団長の悪口を言っていた。どうする?』
「…………」
……あ、あれー。
試験問題は、簡単って聞いていたけど、難問だー。
このままじゃ、いかん。何か書いていかないと……
ええと……
『第3問答え:「騎士団長が強すぎる、まるで化け物だ」と言っていた先輩騎士に同意する』
あっ、この答え、いける。
悪口を悪口でなくしたし、先輩騎士にも同意したし。
なんか、解き方が分かってきた。第2問も分かった。
『第2問答え:右足で猪を蹴り上げ、左手でリンゴを掴む』
これだ!
すごい、何でも解ける気がするわ。
根拠のない自信にあふれた私は、調子に乗って次々と問題を解いていった。
◇◇◇
三次試験は、剣の実地試験だった。
どうやら、二次試験はよっぽどのことがない限り影響がないようで、ほぼ三次試験の内容で合否が決まるとのことだ。
うん、一次試験と三次試験の内容から考えるに、ほぼほぼ剣の腕のみだね。
一段高くなった試験台に100名程の試験官が立っている。
年齢は20代半ばから30代前半くらいで、中堅騎士ってところだろうか。
真ん中に立つ試験官が、良く通る声で説明を始める。
「三次試験では、試験官と3分間の模擬戦を行う。試験官は3人一組で対応し、一人が戦う相手で、残り2人が判定者だ。勝ち負けにこだわらず、戦った内容が騎士としてふさわしいと判定者2人が認めれば合格だ。剣は自分のものを使用しても、こちらにある騎士団のものを使用しても、どちらでも構わない。試験官は、刃を潰した鉄剣を使用する。以上だ」
私は、自分の剣を使用することにした。
成人の儀をクリアした時に父さんからもらった鉄剣だ。
見た目は普通の剣にしか見えないけど、実は、複数の効果を魔法で付与している。
攻撃力2倍、速度2倍という、結構な優れものだ。
更に、付与効果付きの武器は、エフェクトで発光するものだが、目くらましの魔法をかけて発光を抑え、普通の剣にしか見えないようにしてある。
ふふふ、実は、武器への効果付与ってのは、「失われた技術」だから、この剣は貴重なんだよね。
だって、効果付きの武器がほしかったら、効果付与の魔法を使えた時代に作成された「黄金時代の遺産」と呼ばれる武器を買うか、迷宮等にある宝箱からたまたま発見するかしかない。
だから、発光を抑えたのは、高価なものと分からないように盗難防止も兼ねているのだ。
三次試験も頭文字のアルファベット毎に分けられたので、Fの列に並ぶ。
見ると、女性は列の最後列に固まっていたので、今度はちゃんと後ろに並びましたよ。
ほとんどの受験生が、使い慣れたものがよいようで自分の剣を使用している。
といっても、私と同じような鉄剣が多く、そう高価な材質の剣は見当たらない。
まぁ、そうだよね。今日は、一般枠の試験だし。
貴族や騎士家の子どもは、騎士養成学校卒業枠の試験を受けるだろうから、今日の受験生は、商人の子どもとか、数年腕を磨いた冒険者とかが多いはず。
既に試験が始まっていたので、しばらく見ていたけど、やっぱり試験官は強い。
受験生とは、大人と子どもくらいの差がある。
騎士として、日々、敵兵やら魔物やらと戦ってきているんだから、当然の強さなのかもしれないけど、これは勝つことを考えず、負け方を考えた方がよいかもしれない……
考えにふけっていたら、どうやら、一次試験で声を掛けられた銀のイケメンの順番がきたようだった。
おお、良かった。彼も残ったのね。
そして、模擬戦が始まって……
私は、一瞬でその試合に惹きつけられた。
銀のイケメンは、他の受験生と比べると、圧倒的に強かった。
というか、試験官の動きと変わらない。ベテランの騎士と同じように、立ち回っている。
すごいな!
まさか、試験官に勝ったりしないよね?
……なんて思ったりしたけど。
時間が経つにつれ、剣を振るスピードが遅くなり、切り結んだ時には力負けして、1歩も2歩も後ろに下がり出した。
あれ?
彼の動きが気になり、思わずはっきり見ようと、近づいてしまう。
……ケガをしている?
……右腕を折っているな。
試験官も気づいていないようだけど、私は、前世でずっと大聖女として人々の怪我を治してきたから、怪我の部位と状態を見極めるのは、誰よりも得意なのだ。
腕を動かす度に激痛が走るのだろう。
銀のイケメンの額からは、ぼとぼとと汗がしたたり落ち、剣をふるスピードは目に見えて遅くなっている。
ただ、表情には全く表れないため、試験官も気付かないようだ。
銀のイケメンは、とうとう剣を弾き飛ばされたようで、ざん!と、私の目の前に剣が飛んできた。
慌てたように銀のイケメンが走り寄ってくる。
「申し訳ない! 怪我はしていない?」
近くで見ると、彼の顔は紅潮し、息はぜいぜいと上がっていて呼吸をするのも苦しそうだ。
髪も服も汗でべっとりとはりついている。
……すごいな。
片腕は完全に折れているから、剣を切り結ぶだけで激痛が走るはずだ。
それなのに、声も上げず、表情にも表れないって、どんだけ克己心が養われているのよ!
感服しながら彼の剣を拾い上げると、手渡すふりをして彼の右腕に触れた。
「……右の腕に守りの加護を」
魔法発動時に必要となる『核なる言葉』を発せなかったため、発動した効果は薄いが、それでも、痛みは取れただろう。
5分程度なら、ケガを感じない動きができるはずだ。
「……え?」
痛みが消えたことに気付いたのだろう。
銀のイケメンが驚いたように自分の右腕を見ている。
「試験官が待っているみたいよ」
声を掛けると、彼は慌てたように踵を返した。
「あ、ああ……」
そして、試験台に上ると、試験官との模擬戦を再開した。
その動きは、先程までとは異なり、力強く、スピードがあった。
試験官と互角に切り合っているようにも見える。
「すげーな……」
思わずといったように、判定をしている騎士がつぶやく声が聞こえた。









