88 慰問式12
……あ、あれ? シリル団長のためにと思ってした行動が、非難されている?
私はシリル団長の寒々しい微笑みを見ながら、こてりと首を傾げた。
だいたいにおいて、シリル団長は笑顔でいることが多い。
けれど、笑顔でいることとご機嫌なことが、必ずしもイコールでないことは学習済みだ。
そして、怨嗟のこもった声をはっきりと聞いてしまったので、これはまずいと思う。
「シ、シリル団長? ええと、この間団長は、『腹をくくる。私の演技を全力で助力する』と言っていましたよね? 大聖女様の護衛騎士役ならば、まさに助力役としてぴったりかなと思ったんですが。な、何がご不満なんですかね?」
私はシリル団長にだけ聞こえるような小さな声で、団長に質問した。
とはいっても、周りは「公爵様が護衛騎士様だ!」と騒ぎ立てていたので、少しくらいの声の大きさでは、誰にも聞き取られないようではあったけれど。
シリル団長は整った笑顔を保ったまま、静かな声で返してきた。
遠目には、シリル団長がにこやかに話をしているように見えるだろう。
本当は恨み節を聞かされているというのに、誰にも気付かれないなんて。くっ、シリル団長ってば、器用だわね。
「何もかもが不満ですよ、フィーア。『青騎士』は大聖女様の護衛騎士であることを貫いた、大変立派な騎士でした。私などがその生まれ変わりを名乗るのは、分不相応です。生まれ変わりだと思われることで、この地の方々は私の行動に『青騎士』を見るでしょう。私を見て、『青騎士はこれほどのものでしかなかったのか』と錯覚を覚えてしまうかもしれません。それでは、『青騎士』に申し訳が立ちません」
「へ? シ、シリル団長は大変立派な騎士ですよ。確かに、『青騎士』は素晴らしい騎士でしたけど……」
と言いかけたところで、カーティス団長の視線を感じ、慌てて言い直す。
「……と言い伝えられていますが、団長も同じくらい立派な騎士ですよ!」
私の言葉を聞いたシリル団長は、ふわりと微笑んだ。
「ありがとうございます。けれど、フィーア、それは同じ団にいるがための身びいきですよ。騎士団長を拝命していますので、経験を積んだ騎士であるとは思いますが、大聖女様の護衛騎士としてたった一人に選定されるほどの騎士と並び立てるとは思えません。大聖女様の護衛騎士は、私などよりももっと高みにいらっしゃったはずです」
……ええと、シリル団長は筆頭騎士団長なので、騎士団の中でナンバーワンだよね?
それなのにまだ分不相応だと思うなんて、どれだけ謙虚なのかしら。
というか、シリル団長ってちょっと、大聖女に夢を見ているところがあるわよね。
だからこそ、大聖女の護衛騎士は素晴らしい騎士で、常に冷静で有能な、克己心の塊みたいな騎士を想像しているのかもしれないけれど。
けれど、カノープスは勿論強かったし、有能ではあったけれど、結構子どもっぽかったわよ。
前世の兄さんたちが私に文句を言うたびに、悔しそうにしたり、言い返そうとしていたりしたんだから。
そう考えたところで、大聖女の護衛騎士にすら夢を見ているシリル団長の前で、私が大聖女を演じたことは大丈夫だったのかしらと、今さらながら心配になる。
「シ、シリル団長はもちろん、『青騎士』と並び立てる立派な騎士ですよ! け、けれど、この期に及んで何ですが、私が大聖女様の生まれ変わり役をしたことは、団長的には大丈夫だったんですかね? シリル団長の中にあった大聖女様像を壊したりはしていませんか?」
この調子じゃあ、シリル団長の中には元々、ものすごく素晴らしい大聖女像があったのじゃあないだろうか。
そして、私はそれを粉々に打ち砕いているのじゃあないかしら。
とは言っても、前世の私も今世の私と似たようなものだったので、シリル団長が夢を見すぎだという話ではあるのだけれど。
シリル団長は私の言葉を聞くと、僅かに顔をしかめた。
「一番答えにくい質問をしてきましたね。難しい質問ですが、……結果だけを見るとあなたは完璧です。住民たちは大聖女様であるあなたを心から歓迎しており、結果、公爵家をはじめ騎士たちを受け入れてくれましたから」
意外なことに、シリル団長は私の大聖女としての言動を肯定する答えを返してきた。
「へ? い、いえ、そ、それほど大したことでは……」
突然の褒め言葉に驚き、しどろもどろに言葉を返す。
すると、シリル団長はそんな私を見て、可笑しそうに微笑んだ。
「勿論それほど大したことですよ、フィーア。あなたはこの10年間、誰も成しえなかったことを成し遂げたのですから。住民たちと手を取り合うことが出来るなど、5年前の私に言っても、10年前の私に言っても、決して信じはしなかったでしょう。そして、あなた以外であれば、決して成し遂げられなかったことです」
「い、いや、それは言い過ぎです! 勿論シリル団長だって、カーティス団長だって出来たことですよ!」
ぶんぶんと手を振りながら、至極当然のことを返すと、カーティス団長は恐ろしそうな表情でこちらを見てきた。
「フィー様、さらりと恐ろしいオーダーを出さないでください! 勿論、無理ですから! これだけこじれてしまった関係を正すなんて、私には出来ません。例えば私が毎晩、住民たちの家を一軒ずつ訪ねて行ったとしても、それだけで何百年もかかりますし、そもそも1度で説得に応じない家については何度も訪問の必要がありますので、およそ私が生きているうちに彼らの全てを説得することは不可能です」
カーティス団長の解決方法を聞いた私は、えっ! と驚いて振り返った。
す、すごいわね。カーティス団長ったら、住民たちの家を個別に訪問するだなんて、そんな丁寧で面倒な方法を、よく考えつくものだわ。本当に実直な騎士なのね。
そう感心してうんうんと頷いていたところ、カーティス団長は突然、何かを思い出したかのようにジロリと睨んできた。
「フィー様、私は昔から申し上げていましたよね? ご自分が簡単に出来ることだからといって、誰もが同じように簡単に出来るとは限らないと。そもそも……」
私の前まで歩を進め、腰に片手を当ててきたカーティス団長を見て、これはまずいわと心の中で警鐘が鳴る。
ま、まずいわ! カーティス団長の何かのスイッチが入ってしまったわよ。
どうやら、前世の話を思い出して、前世のことについて説教しようとしているわ。
さ、300年前の説教なんて聞きたくない―――!!
私は慌てて、救いを求めるかのようにシリル団長を見た。
すると、シリル団長は至極真面目な顔で頷いてきた。
「今の会話については、カーティスに理があります。勿論私にだって、この地の民と和解するきっかけを作ることなんて不可能です。……絶対的な尊敬と敬愛を集める者の仲立ちがあったからこそ、この和解は実現したのですから」
「そ、そうですか……」
私はもう下手なことは言うまいと、どうとでも取れる曖昧な返事を口にした。
何を言ったら説教に繋がるかが良く分からなかったので、これ以上何も言わずにやり過ごそうと思ったのだ。
「フィーア、あなたはすごいですね。あなたが大聖女様の生まれ変わりだなんて荒唐無稽な話を、住民全員に心から信じさせてしまうなんて。そして、そのおかげで住民の方々と騎士の……公爵家の和解が成立するなんて」
シリル団長は何かに吹っ切れた様な顔で微笑むと、私に向かって片手を伸ばしてきた。
「憎しみと悲しみを抱えて生きていくのは辛いことです。分かってはいても、許すことは難しい。それなのに、いとも簡単にあなたは住民たちの許しを勝ち取った。そして、誰もが笑顔になった。あなたは、解明されていない優しい魔法の使い手なのかもしれませんね。かかわる人間を笑顔にする」
シリル団長は私の片手を取ると、少しだけ力を入れて握りしめてきた。
「私は以前、あなたに言いましたね。この地の諍いの原因を作った一族出身である私が、この問題を解決しなければいけないと長年努力し続けてきたと。この地の問題を解決することが、私の宿願だったのです」
「え、ええ、そうでしたね……」
私は数日前の出来事を思い出しながら答えた。
確かにシリル団長はサザランドの海を見下ろしながら、そのようなことを言っていた。
あの時の団長は思い詰めた様子だったので、少し心配していたのだけれど、今の団長はすっきりとした表情をしていて、憂いている感じは一切見られなかった。
団長は長年抱えていた悩みからやっと解放されたのだと気付き、嬉しくなってにこりと笑う。
「よかったですね、団長。あの時私が言った通り、団長の優しさが住民たちに伝わったんですよ」
私の言葉を聞いた団長は驚いたように目を丸くしたけれど、次の瞬間には楽しそうに微笑んでいた。
「本当に……あなたの世界は単純で、美しくできている。そして、相変わらず自分の価値を理解していない」
それから、団長は片膝を突き、目を伏せると静かな声で続けた。
「たとえあなたにとって簡単な出来事だったとしても、……だからこそ、あなた自身がその価値を理解していないとしても、私はその重さを理解しています。そして、この恩を決して忘れはしません。フィーア、私はいつか必ず、あなたにこの恩をお返ししましょう。騎士として、あなたに誓います」
そう言うと、シリル団長は握っていた私の手の甲に一瞬だけ唇を押し当てると、騎士の誓いをおこなった。
それを見た住民たちが、感激したように騒ぎ出す。
「やはり、公爵様は『青騎士』だ! 騎士として、再び大聖女様にお仕えされたぞ!!」
「青騎士様、大聖女様をどうぞお守りください!」
「えっ、ちょ……!」
突然のシリル団長の行動に驚き、囃し立てる住民たちをどうしたものかと思わず言葉に詰まると、団長は楽しそうにぱちりと片目を瞑ってきた。
「ふふ、どうされました、大聖女様? あなた様の護衛騎士が、忠誠を誓っているだけですよ?」
シリル団長の綺麗な微笑みの中に、いたずらが成功した後のような楽しさが混じる。
生真面目な団長のことだから、私に恩を返すことを本気で誓ったのだろうけれど。
けれど、その真面目な行為の中にも一部、いたずら心が混じっていて、先ほどの意趣返しをされたことに気付いた私は、「や、やられたー」と思わず呟いた。
してやられた感満載で、がくりと項垂れかけた私の視界の中に、嬉しそうに微笑むサヴィス総長の姿が映った。
その微笑みは、初めて見るほど嬉しそうなものだったので、思わず顔を上げて総長を二度見してしまう。
……へ? な、何がそんなに嬉しかったのかしら?
思い当たることがないため、こてりと首を傾げる。
そんな私に対して、総長は心底楽しそうに口を開いた。
「すごいな、フィーア。サザランドの民を掌握し、サザランドの領主を陥落させるか。カーティスが言った通りだな……サザランドは最早、お前のものだ」
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
今回、これまでで1番長く更新間隔が空いてしまい、申し訳ありませんでした。
おかげさまで、ノベル3巻の加筆は満足いくものが書けました。
お待ちいただいた皆様、本当にありがとうございます!
お待たせした分は頑張ろうと、この大型連休中にサザランド編が終われればと思っています(小声)。
だって、どこにも行きませんからね。時間はあるんです。(←私はきっとこの発言を後悔するでしょう)
そして、ノベル3巻は、5/15(金)発売予定です。こんな状況下ですが、よろしくお願いします!
(すみません。本日はWEBを更新するぎりぎりの時間なので、3巻の詳細は次回以降に紹介させてください)
それから、当サイトでのポイントが20万を超えました。
ぎゃっ!(驚)そして、ありがとうございます (*ᴗˬᴗ)⁾⁾