82 慰問式6
カーティス団長と別れた後、午後からはお祭りの後片付けを手伝った。
ファビアンと一緒に作業をしたのだけれど、彼は何でも器用にこなす。
ファビアンとシリル団長に加えて、カーティス団長まで揃ったら、第一騎士団は最強になるんじゃないかしら?
……あれ、そういえば、騎士団対抗の模擬戦だか御前試合だかが、そのうち開かれるんじゃなかったかしら?
まぁまぁ、賞品は何だったかしら、と記憶を辿っていると、ファビアンに澄ました顔で声を掛けられた。
「フィーア大聖女様、非常に物欲に満ちた表情をしておられますよ。大聖女様にあるまじき俗物さですね」
「ふぇ?」
「おやおや、そのお返事もいただけないですね。大聖女様らしからぬ、品位に欠けたお言葉です」
わざとらしくファビアンが顔をしかめてくるので、私はむっとして言い返した。
「ファビアン、あなたは大聖女に夢を見すぎだわ。大聖女様だって『ふぇ』とか『ふゎ』とか言うんだからね」
「えええ、そんな切り返しなの? フィーアは相変わらず、面白いね」
ファビアンは可笑しそうに私を見つめてきた。
「あなたこそ、大聖女の魂の生まれ変わり『かもしれない者』に対して、失礼じゃないかしら?」
怒ったふりをして言うと、きらきらとした目で見つめられた。
「本当にフィーアは予想ができないよね。たった4日間滞在するだけで、この地の住民たちから大聖女様だと崇めたてまつられることになるなんて、誰一人予想もできない出来事だよね。5日前の私にこのことを告げたとしても、何て荒唐無稽なことを言い出すんだろうと、相手にもしないこと間違いないよ」
そう心の底から感心したように言われる。
私はファビアンをじとりと睨みつける振りをしながら、心の中ではほっと安心のため息をついた。
ファビアンを始めとした騎士たちは、もちろん私が大聖女の生まれ変わりだという噂を聞いているようだったけれど、誰一人本気にしているようには見えなかった。
というよりも、大半の騎士たちは、シリル団長が仕掛けた住民たちと仲良くなるための策略だと思っているようで、『さすがシリル団長だ』と感心していた。
……ううむ。確かにシリル団長は優秀だけど、こうやってさらに優秀に仕立てられていくのね。
私は世の中の仕組みを理解した気持ちになりながら、その仕組みのひとかけらとなるべく、騎士たちの推測を肯定して回った。
最後の方では、シリル団長大賢者説だとか、シリル団長預言者説が出ていたので、ちょっとやり過ぎた気もしたが、もうやってしまったことだし仕方がないなと、過去は振り返らないことにした。
翌日からの3日間は、慰問式の準備を行った。
驚いたのは、住民たちが「手伝いますよ」と、声を掛けてきてくれたことだ。
いつものように騎士たちと笑いながら作業をしていたところ、突然後ろから声を掛けられたのだ。
振り向くと、エリアルを中心に10名程の住民が、緊張した様子で立っていた。
一緒に作業していた騎士たちも、驚いたように全員が立ち上がる。
互いに緊張した様子で見つめ合っている騎士たちと住人たちは、知らない者が見れば、対立しているように見えるかもしれない。
そう考えると可笑しくなって、思わずぷぷぷ、と笑いが漏れる。
私の笑い声を聞いたエリアルが、恨めしそうな目で見つめてきた。
「ひ、酷いですよ、大聖女様! 笑うなんて……」
「ごめんなさい、エリアル。知らない人が見たら、この組み合わせは完全なる対立関係に見えるだろうなと思ったら、可笑しくなって」
「いや、見えませんよ! オレたちは、明らかに体格負けしていますから! わざわざ、やられるために対立なんかしませんよ!」
「さぁ、それはどうかしらね。ああ、でも、手伝ってもらえるのは、助かるわ! 丁度、ここの建付けが上手くいかなくて、困っていたのよ。誰か、得意な人はいないかしら?」
なんて言いながら、気安い感じで手伝ってもらう。
騎士たちはもちろん友好的だし、離島の民だって元々親切な一族だ。人の役に立つことが好きな気質を持っている。
この組み合わせが、上手くいかない訳はないのだ。
そう思った私の考えは間違っていなかったようで、時間の経過とともに手伝いを申し出てくれる住人たちの数は、どんどんと増えて行った。
準備最終日なんて、住人の数の方が騎士の数よりも多くなってしまい、どちらが手伝っているのか分からなくなったくらいだ。
私は嬉しくなって、隣で作業をしていたカーティス団長を振り仰ぐ。
「よかったわねぇ、カーティス! まさか、騎士たちと住民たちが一緒に作業するほど仲良くなるだなんて、思いもしなかったわ。しかも、住民たちの方から歩み寄ってくれるなんて、ありがたいことよね」
カーティス団長はにこにこしている私をちらりと見ると、至極当然といった風に答えた。
「当然の結果です。騎士団の一員としてあなた様がいらっしゃるのですから、住民たちが友好的にならないはずがありません」
「え? いやいや、カーティス。あなたのその、何でも私を中心に考えようとする癖は、止めてちょうだい。世の中ってのは、色々と複雑に絡み合ってできていてね。私なんて、その中のほんの小さな一端を担っているだけなんだから」
「………………ふっ」
「ちょ! カ、カーティス! あなた今、鼻で笑ったわね! いや、笑いたいのは、私の方だから! どうしても私を至上のものだと考えてしまうあなたに、世の中ってのはそんなものじゃないのよと、ちょっとだけ、ホントにちょっとだけだけど、馬鹿にして笑いたいのは、私の方だからね!」
なんて言い合いながらも、私は少し嬉しくなる。
……よかった。カノープスの人格とは、一致しなくなってきたわ。ふふふ、カーティス団長とカノープスが上手く混じり合ってきたのね。
そんな風に、楽しく作業をしている間に、慰問式の準備は滞りなく終わった。
とはいっても、大半は住民たちのおかげなのだけれど。
式の前日は、お祭りの時と同様に、いつもよりも軽い夕食を取って、早めにベッドに入った。
慰問式も、祭りと同じく、夜明け前に始まるからだ。
……どうして、サザランドでは全てのイベントが夜明け前に始まるのかしら?
この地の住人は、誰もが早起きなのかしらね。
そう不思議に思いながらも、考えは先日のカーティス団長の様子に移っていく。
前世で大聖女が亡くなった時の話をした際、泣き濡れていたカーティス団長の様子に。
……思うに、あの時のカーティス団長がおかしかった原因は、前世の兄さんたちにあるのではないかしら?
私と違って前世の兄さんたちは3人とも城に戻ったはずだから、色々と吹聴したのじゃあないだろうか。
たとえば、私が思ったよりも弱くて役に立たず、助けることもできなかったとか。
あるいは、私のダメージが大きくて、とても連れて帰れない状態だったとか。
つまり、自分たちが去った時は生きていたけど、虫の息だった。
……なんて話をしたとしたら、カーティス団長のことだ。
もしかしたら、私が長く苦しんだかもしれないなんて最悪の状況を想像して、悶々としたんじゃないだろうか。
前世で私が死んだ後もカノープスは長く生きただろうから、何年も最悪の想像をしている間に、カノープスの中ではそれが真実になったのじゃあないかしら?
―――だとしたら、私は苦しまずに死んだのだと、カーティス団長に話をしたことは正しかったわね。
うんうん、新しい刷り込みによって、カーティス団長の心は平和になるはずよ。
よしよし、私はいいことをしたわ……
そんな風に色々と考えていたはずだったけれど、気付いたら翌朝だった。
相変わらず眠っている時間って一瞬で過ぎるわねーと思いながら、服を着替える。
今日は水色のワンピースを着るとラデク族長と約束していたので着用してみたのだけれど、朝食を取りに行った食堂で、騎士たちに不思議そうに見つめられた。
「フィーア、今日は慰問式だぞ。自由行動日ではないから、騎士服を着とけ?」
「おっしゃる通りですが、今日はラデク族長のご要望でこちらの服を着ることになったんですよ」
「そうなのか?」
説明を聞いても不思議そうにしている騎士たちを見て、私も不思議だなと思い始める。
……そういえば、どうしてラデク族長は私にワンピースを着てほしいと言ったのかしら?
私のワンピース姿を殊の外可愛らしいと思ってリクエストしてくれた、ってことなのかしら?
答えが出ないまま時間になったので、慰問式の会場に行く。
場所は、シリル団長のお母様が転落したという岬の崖の上だった。
夜明け前のため真っ暗だったけれど、崖の両端には既に多くの騎士が配置されており、それぞれ手に松明を持っていた。その明かりを頼りに、崖を登って行く。
通常であれば、儀式出席者の中の最上位者であるサザランド公爵は、全員が集合した後に名前を呼ばれておもむろに登場するものだけれど、シリル団長は既に到着していた。
いかにもシリル団長らしいと、思わず笑みがこぼれる。
……この誠実さが、住民たちに届けばいいのに。
そう思いながら、シリル団長を見つめる。
夜明け前のため、その場は松明の明かりだけしかない薄暗さだったけれど、皆の中にあっても指導者然としているシリル団長は目立っていた。
他の騎士たちと同じように儀礼用の騎士服を着用しており、控えめに表現しても見栄えが良い。
暗闇のせいか、松明の明かりに照らし出されたシリル団長の顔立ちの彫りの深さが強調されているように思われ、思わず首をひねる。
……どうみても美形よねぇ?
どうして、こんな素敵な騎士団長が独身なのかしら?
改めて、シリル団長が独身でいることを不思議に思う。
公爵という立場があるから、色々なしがらみがあって自由に結婚できないのかしら?
それとも、実はどこかに全ての長所をゼロにしてしまう程の欠点があるのかしら?
そう思いながらじっと見つめていると、私が到着したことに気付いたシリル団長から手招きされた。
急ぎの用事かもしれないと慌てて駆け寄ると、団長の隣を指し示される。
「フィーア、あなたはこちらにいてください」
「はい?」
「私は腹をくくりました。大聖女様の生まれ変わり役として、あなたがこれ程尽力されているというのに、勝手に罪悪感を覚えてしり込みしている場合ではないと、遅まきながら気が付いたのです。私も全力で、あなたの演技を助力します」
「………………」
吹っ切れた様な笑顔を見せるシリル団長を前に、私は胡乱気な視線を向けた。
……ええと、団長。そのような助けは無用です。
どういう訳か、何を言っても、何をやっても、住民たちは私が大聖女だと信じているんです。
このまま放っておいてくれたとしてもその作戦は成功ですので、これ以上の助力は無用です。
けれど、勿論そんなことを言えるはずもなく、私はただ無言でこくりと頷いた。