80 慰問式4
今話で100話です。いつもありがとうございます。
―――何てことだろう。
私は目の前で跪き、涙を流しながら懇願する元護衛騎士を見ながら、ぎゅっと自分の胸元を掴んだ。
カーティス団長がこれほど苦しんでいたなんて、全く気付かなかった。
私は護衛騎士の、―――違う、カノープスの忠義心を簡単に考えすぎていた。
自分が盾になることもできずに私を死なせてしまったことは、カノープスにとって慚愧に堪えない、絶対に看過できない出来事だったのだ。
私の想像以上に、カノープスは繰り返し、繰り返し、後悔したのかもしれない。
何度も、何度も、己を責めたのかもしれない。
もはやどうにもできない事象を「ああすればよかった」と後悔することは、どれほど苦しいのだろう。
―――そのことに、たった今カーティス団長の涙を見るまで、思い至りもしなかった。
カーティス団長は……カノープスは、いつだって自分の感情を押し殺し、平気な顔をしていることなんて、十分知っていたはずなのに。
私はふと、昨日カーティス団長が離島の民について語っていた言葉を思い出した。
『住民たちは大聖女様に恩返しをしたくて、したくてたまらない。もしも、彼らができることを怠ったせいで大聖女様が傷付いたとしたら、彼らはそのことを一生後悔するでしょう。『やらなかったこと』を思い返し、その罪悪感に死ぬまで囚われるのです。そして、つきまとう感情は負の感情だ。ねぇ、フィー様、そんな人生は、彼らにとって大変不幸です』
あれは、自分のことを語っていたのかもしれない。
カノープスとして歩んだ苦しみを、吐露していたのかもしれない。
あんなにはっきりとヒントを出されていたのに、そのことに気付きもしないなんて……
私はカーティス団長の前に膝をつくと、彼の両手を取った。
「ごめんなさい、カノープス。私ったら勝手に死んでしまって。残されたあなたが苦しむことなんて、少し考えれば分かるはずなのに……」
言っている途中で涙がこぼれてきそうになったので、言葉を止めて唇を噛みしめる。
謝罪する時に涙を流すなんて、卑怯だわ。
カーティス団長は私を許すしかなくなるじゃないの。
だけど、涙腺は私の意思を裏切って、目元にぷくりと涙が盛り上がってくる。
それでも、必死になって涙が流れるのを耐えていると、私の鈍感な元護衛騎士は驚いたような声を上げた。
「……フィー様、もしかして、私のために泣いてくださるのですか?」
ええ、ええ、昨日だって、私はあなたに泣かされたんですよ。
私はあれだけ号泣していたというのに、あの涙は何のためだと思っていたのかしら?
私は相変わらず勘の悪い元護衛騎士を呆れた思いで睨みつけたけれど、その仕草で堪えていたはずの涙がぽろりと零れ落ちた。
「こ、この涙はノーカウントよ。あなたがあんまりにも鈍感なのが悪いのだからね」
咄嗟にそう言うと、カーティス団長はしょんぼりとうなだれた。
「はい、分かっております。私のために涙を流すことなど、あってはならないことだということは」
「いや、違うから! 私はあなたに謝罪をしているのだから、泣くのは卑怯だという話よ。そうしたら、あなたは私を許すしかなくなるでしょう?」
けれど、カーティス団長は私の言いたいことが分からないようで、不思議そうに首を傾げた。
「涙の有無に関わらず、私があなた様を否定することはありません。そもそも、私はあなた様に許していただく立場であって、あなた様には許しが必要な罪など何一つございません。……ああ、いえ、失礼しました。もしや今のは、泣きながら謝罪をした私の態度を、婉曲にご注意いただいたということでしょうか?」
「全然違うわよ! 私はあなたを一人残してしまったわ。それは私の……」
私は慌てて言いかけたけれど、最後まで言葉を続けることができなかった。
滅多にないことだけれど、カーティス団長が私の言葉を遮ったからだ。
「フィー様、護衛の役を完遂できなかったことは完全なる護衛騎士の罪ですが、逆は成り立ちません。自分の職分を果たせなかったために、私が後悔しても、苦しんでも、それは私の問題です。……300年前、あなた様をお一人で死なせてしまった後、私はいつかまた、あなた様にお仕えすることができたならば二度と同じ失敗はおかさないと、体を鍛え直しておりました。残念ながら、今世のこの肉体は軟弱すぎますが、数か月もすればましになるでしょう」
そう言うと、カーティス団長は痛みを耐えるかのように唇を噛みしめ、目を眇めた。
「昨日、洞窟において、私は前世での職分を果たせなかった失態の謝罪すらすることなく、あなた様へお仕えしたいと、自分の希望のみを申し上げました。全く身勝手な振る舞いでした。申し訳ありません。まずは謝罪の上、あなた様に仕える許可をいただくべきであったというのに。……フィー様、本当に申し訳ありませんでした。そして、どうぞ、……どうぞ、もう一度、あなた様を守らせてください」
そう言いながら、カーティス団長は懇願するかのように深く頭を下げた。
私はそんなカーティス団長をじっと見つめると、できるだけ優しい声を出す。
「カーティス、……あなたに謝罪すべき罪など、何一つないわ。過去を振り返ってならば、何だって言えるものよ。だから、選択したその時に正しいと思っていたならば、それは間違いではないのじゃないかしら? 結果をもって間違いだったと断じる方が、おかしいと思うの」
「しかし、フィー様……!!」
「ねぇ、カーティス、……私はセラフィーナとして死んだ瞬間も、今に至るまでも、あなたのせいだと思ったことも、恨んだことも、一度もないわ」
「…………………………………………………………………存じ上げて、おります」
私の説得が功を奏したのか、元護衛騎士は苦し気ではあるものの、やっと私の言葉を肯定した。
私はここぞとばかりに、勢い込んで説得にかかる。
「カーティス、あなたは生まれ変わったのよ。新しい人生があるの。そして、私ももう王女ではないのだから、あなたが私に縛られる必要はないのよ」
私はカーティス団長をじっと見つめると、言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡いだ。
カノープスはカーティスとして新しく生まれ変わったのだ。
彼の人生は、彼のものだ。
カノープスとしての人生をなぞるのではなく、カーティスとして新たに生きていくべきなのだ。
そんな思いを込めて話をしたのだけれど、私の元護衛騎士はどこまでも前世のお役目に囚われているようで、結局、同じ内容を繰り返してきた。
「慈悲深き大聖女様にお仕えしていることが、私の誇りであり喜びでした。もう一度、その誇りを取り戻すことを許していただけませんか?」
カーティス団長から真剣な目でひたりと見つめられた私は、ごくりと唾を飲み込んだ。
「……カ、カーティス、世の中には楽しいことがたくさんあるのよ。あなたは生真面目だから、どうしても前世のお役目に囚われているのでしょうけど、もう解放されても良い時期よ」
私はカーティス団長のためを思って言っているのに、どういう訳かカーティス団長はちっともありがたそうな顔をせず、むしろ困ったような表情で返された。
「……僭越ながら、フィー様はなぜ聖女の力を持ちながら、そのことを隠されているのでしょうか?」
「へっ?」
突然の話題の転換に思わず聞き返すと、真面目な顔で見返された。
「あなた様の行動を拝見していますと、隠そうとしながらも聖女の力を使用されています。つまり、あなた様は聖女でありたいとは思っているけれども、不都合があって聖女であることを公言することができない。あるいは、何かから隠れているということですね?」
す、鋭い! カーティス団長って、とてつもなく鋭いわ!
……どうして私の周りの騎士たちって、誰もかれもがこうも鋭いのかしら!?
恐ろしいのは、普段は何一つ口に出してこないから、気づいていないわねと油断しきっていると、実際は、ちゃんと見ていて、聞いていて、気付いていて、必要な時にはそのことを目の前に並べてくることよね!
「い、言ってなかったけれど! わっ、私には従魔がいるの。それも、大陸でも三本の指に数えられるほど強力な黒竜よ! 黒竜が私を全てから守ってくれるから」
動揺していたにしては素晴らしい答えが、私の口から飛び出した。
……そっ、そうよ。私には最強の魔物であるザビリアがいたんだったわ!
ザビリアは瞬く間に青竜を倒せるくらい強いんだから、守護役としては最高じゃないの!
しかも、ザビリアだって、私を守ってくれるつもりでいるし。
うんうんと頷きながらカーティス団長を見つめていると、団長は不思議そうに周りを見回し始めた。
「その黒竜はどちらに? 見当たりませんが?」
「うぐっ……。う、嘘じゃないわよ! ただ、黒竜は王になりたいと言って、ちょっと今は離れているだけなの。でも、私と繋がっているから、何かあったらすぐに現れるから!」
私の言葉を聞いたカーティス団長は、ふっと皮肉気な表情で嗤った。
「黒竜は若いな。あるいは、別離の意味を知らない。大事なものは、一瞬だって目を離してはいけないのに」
―――その嘲笑するような表情は、ザビリアに向けるというよりも、自分自身に向けているかのようだった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
前回、書籍1巻が再重版されるということでご紹介をさせていただきましたが、補足をさせてください。
書籍の1巻は初版も第2版も第3版も、全て同じ内容となっています。
前回ご紹介した「2.5万字くらい(WEB版の6~7話分)の内容追加」も、『もう一つの始まりの話』も、全ての書籍1巻に追加されています。
『再重版の書籍は加筆されているんですね』と幾つもコメントをいただきまして、……ええ、複数の同じコメントがあるということは、完全に私の書き方が誤解を与えたということです。
文書を読んでもらっているのに、誤解を与える文書を書いてしまって、本当に申し訳ないです。
あるいは、私が今まで一度も書籍の内容に触れていなかったことが原因でしょう。
……思い返してみましたが、1巻の内容をじっくり紹介したことは前回が初めてですね。
素敵な本を作ってもらったのに、何しているんだろう、私(ええ、たった今は反省しています)。
ええと、せっかく後書きを読んでいただいているのに、謝罪だけなのも申し訳ないので、前回ご紹介できなかった1巻の加筆について、もう少しお話してもいいですか。
1巻では、『もう一つの始まりの話』とともに、「ルード家家族会議」を追加しています。
WEB話の中に、フィーアが黒竜を従魔とし、ルード家の家族と騎士領の皆さんがそれを知ってしまう場面があります。
この場面をWEB上で掲載した直後に、読者の皆さまから、『黒竜は王国の守護獣ですよね。こんなすごい魔物を従魔としたのに、父親や兄弟が国に報告をしないというのは、おかしいでしょ!』とたくさんコメントをいただきました。
全くその通りだと思いましたので、納得していただけるような話を追加しました。
結果から見ると、「ルード家の最強は誰なのか」という話になったような気もしますが……
……本当に、私はいつも肝心なものが抜けております。
前回、『担当さん、イラストレーターさん、デザイナーさんなどから、それぞれの素晴らしい才能を持ち寄っていただき、本当に素敵な本になりました』と書いていましたが、『読者の皆さま』を一番に入れるべきでした。
書籍版は、WEB掲載内容を加筆修正しているのですが、その際、読者の皆さまからいただいたコメントを参考にしています。反映に問題がないものは全て取り込み、だからこそ素敵な本になったのでした。
感謝が最後の最後で申し訳ありません。
皆様のおかげで素敵な本ができました。
どうもありがとうございましたヽ(*´□`*)ノ
あと、本屋さんにない場合は、注文していただければ確実なようです。
お問い合わせがありましたので、お答えしておきます。
長文に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。









