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昔の話を聞きました

「建国神話ですか?」

「そう、そろそろ知っておいてもいいと思うの」


仕事にも慣れてきた日の夜、サリィさんが楽しそうにそう言った。

神話かー、常識的なことはあらかた教えてもらったんだけど、そういうご老人が好きそうな話も地域によっては常識かもしれないね、いいかも。それにしっかり覚えなくても問題ないものだしふんわり聞ける。お願いしますと頭を下げて座り直したら、ドアが開く大きな音と一緒に魔王様が乱入してきた。


「俺はそうは思わないがな!」

「あらぁ、今更?ハナコに知恵を与えようと言い出したのはあなたじゃなくて?」

「じゃあ言い方を変える。カビ臭いだけの言い伝えなんてクソの役にも立たねえよ!」

「そう?じゃあハナコに無関係だと言えて?」

「…い、言えるだろ」

「見苦しい。知る人間が1人増えたからなんだと言うの、神話なのよ」

「うるっせー、知らないなら知らないまんまでいいだろが!」


なんかサリィさんの笑顔がやたら輝いていらっしゃる。この2人は大人で、とっても綺麗なのにたまにやたら子供っぽくなるんだよね。見てて微笑ましいからいいけど。それにしても魔王様が急いで乱入するなんて余程私に聞かせたくないんだろうな。サリィさんが切り出すってことは別にショッキングって内容でもないはずだし、どっちかっていうとその反応見て逆に気になってきてしまってるんですよね。

私が教えてほしいと伝えると魔王様は5秒ほど梅干しをたくさん食べた様な物凄い顔をしたけど、がっくり肩を落として手近なソファへ座った。サリィさんは満足そうに頷いてその隣に腰を下ろす。


「その成り立ちは7000年も昔に遡るわ」


サリィさんの桃色の唇が朗々と物語を紡ぎ始める。


今は昔、ストバイトの地に国という国がなく村と村が小さく点在していた頃の話。ある小さな村で不思議なことが起こった。恋人もいない未婚の女が子を身ごもったのだ。村人達は山賊にでも犯されたのだろうと憐れんだが女は夢で神出会ったと言った、しかし女には身寄りもなかったので誰にも信じてもらえず遂には気が狂ったのだと勘違いされて村を追い出されてしまった。

女はひどく悲しんだ。決して嘘を言ったわけでも妖なるものに惑わされたわけでもないからだ。そして涙の末に考えついた、真にこの肚の命が神の胤裔たるならばきっと世の為となろう、そうすれば自分の汚名は晴れるだろうと。そして、生まれた子の黄金に輝く瞳を見た時女は大いに喜んだ。夢に見た神の眼そっくりであったからだ。


その子供は真実神の子であった。赤子のうちから言葉を解し、少年となった頃には賢者すら唸らせ、剣を使わせれば天下無双、魔を操れば足りぬものなど1つもなかった。南に北に、あらゆる場所へ赴いて賊を滅ぼし一時は英雄とも言われた。

けれども強すぎる力はやがて人々に恐怖を抱かせ幽閉されるまでに至った。少年は息を吹きかけるだけで破れそうな脆い結界に甘んじて閉じ込められた、賢い少年はそれが最善だと分かっていたからだ。

しかしここで誰も望んでいないことが起こった。彼の母が死んだのだ、病でも寿命でもなく心のない愚かな民によって。お前の産んだのは悪魔の子だ、お前の身は穢れていると罵詈雑言を浴びせ滅多打ちにしたのだ。愚かな民は臆病でありながら傲慢だったので年端もいかぬ男がこの世の誰より優れていると認められなかった。けれども少年に手を上げる事は出来ずただの女である母へと矛先を向けたのだ。無論このことは多くの人間が秘そうとした、女を殺した人々は切り刻まれ家畜の餌となった。しかし人々は1人として1つの可能性に気が付いていなかった。少年が全てを見通す神が如き眼を持っていたことに。


少年は人を好んではいなかった、しかし嫌ってもいなかった、どうでもいい羽虫に見えていた。

それでもたった1人自分を信じ慈しんでくれた母だけを愛していた。

父たる神などどうでもよかった、むしろ一度は母を不幸に陥れたことを憎く思ってさえいた。


なので母が羽虫によって嬲り殺されたこと、そしてそれを伝えもせず今日はいつもと変わらぬ1日であったと伝えた封印の番を許せるはずもなかった。


謀るか!人間ども!


その憎しみの叫びは万雷となりてその村を焼き払い、少年の流した血の涙からは魔獣と呼ばれる悍ましきものが生まれた。憎しみは村の人間全てを殺しても枯れず魔獣達による蹂躙はストバイトの地すら飛び越え世界の半分を血の海にした。やがて少年は神の子とは呼ばれず魔獣の王、魔王と呼ばれるに至った。


魔の暴虐が続いて幾年か、ある時とある村の少年が魔王を倒すと山を越え、海を越え、魔王の住む城へと辿り着いた。もはや人を殺すことでしか生きられなくなっていた魔王は少年の姿を認めるやいなや斬りかかったが、少年は見事それを避けてみせ魔王の懐へ一撃を食らわせた。倒れ伏した魔王に少年は優しく語りかけた。辛い戦いはもうやめましょう、貴方の敵はもういないのですから。その一言に魔王は久方ぶりに憎しみを忘れ一筋の涙を流した。その涙からは美しい鳳が生まれ魔王の深い傷を癒した。負けを認めた魔王は少年に頭を垂れ、許しを乞いこの城に留まりもう二度と人間を殺さないと誓いを立てた。少年は魔王を許し城を後にしてストバイトの復興に努め、人を招き国を作り王となった。その国こそがストバイト大陸一の大国アルカディアであり、初代国王は民に慕われこう呼ばれたという、偉大なる勇ある者、勇者と。



物語を締め、サリィさんはちょっと芝居めいたお辞儀をした。魔王様はというと………体育座りで膝に顔を埋めている。えっ、なんか耳が赤いんですけど照れるようなところかな。むしろ沈痛な顔をするべきところじゃないかな?めちゃくちゃ壮絶な過去なんですけど。え、私はどういう顔をしたら。サリィさんを伺うと涼しい顔、気にすることでもないという感じだ。いや気にしますよ?恐る恐る魔王様へと声をかける。


「…あの、質問は受け付けていますか?」

「いませぇ〜〜ん、部屋に帰って寝てください〜〜」

「うふふ、絶賛受付中よ」

「……どこまでが本当なんですか?」

「ほぼ全部よね」

「……いや、泣いてねぇから。あいつの一撃がマジで痛すぎてフェニックス産んじゃっただけだから」


ノリ軽くないかな。シリアスになってる私がおかしいのかな、とっても気まずいんですが。

…それに、目の前で盛大に照れている魔王様が人間を嫌って虐殺をしてたなんてあんまりピンと来ない。私みたいなのを迎え入れてくれて衣食住まで提供してくれて、気さくでいい人なのに。聞いてみたところエンディング以外そんなに変わらないっていうので理解が追いつかない。唯一の味方だったお母さんを殺されて、ずっと一人ぼっちで生きてきて、ずっと憎んで…あれ?


「7000歳………?」

「あはは、すごい顔してるわよ」

「し、しますよ。7000年って想像できないじゃないですか」

「ふふ、じゃあ私が3000年生きてるって言ったら想像してくれるの?」

「さっ………!?」


嘘でしょ、長生きしてるとは聞いたけど1000年越えが普通なの!?それとも2人とも魔性だから!?

そうなると、長生きしてるうちに憎しみが薄らいできたりもして性格も変わってくるのかな。私は全く理解できないけど本人が気にしてなさそうなのに部外者でただの居候が同情するのは返って失礼な気がする。私は要領が悪いから直ぐに意識を切り替えるのは出来ないけど、あまりそう思わないようにしよう。小さく首を振って無理やり明るい声を作った。


「なんていうか、魔王様も昔はヤンチャしてたんですね」

「やめろ…思い出したくない過去なんだ…」

「誰にも黒歴史ってあるんだなぁ…」


普通思い出したくないの、怒った時のことじゃないのかなぁ。あ、そういえば私が世界征服って言うたびに気まずそうな顔してたのそれか。裏を返せば村を滅ぼしたところは全く後悔してないってことだけど…いや、まぁ、それは当然っちゃ当然だね。勝手に納得していると魔王様は突然顔を上げだと思ったらほぼ自棄になって叫んだ。


「お、俺だって、俺だってなぁ!当時はただの18歳だったんだぞ!」

「でも世界の半分はやりすぎですよ」

「分かってる!今は!」


魔王様は恥ずかしくてしょうがないという感じで顔を手で覆う。うーん、話題とのギャップ。

そういえば長生きして憎しみが薄れたっていうならいい話だけど、別の問題ってないのかな。


「あの、ちょっとした疑問なんですけど」

「あー、あー!聞かない、絶対聞かない」

「子供かっ!」


耳を塞いで目も閉じて首を振る魔王様にサリィさんも呆れ顔だ。とはいえ絶対声は届いてるので私はちょっと大きめに声を出す、この質問はとっても失礼な話かもしれないけど一度は傷付いた魔王様にならありえるかもしれないと、興味を持たずにはいられないのだ。


「そんなに長く生きてて嫌にならないんですか?」

「…は?なるに決まってんだろ、お前なな、言い伝えがいつのまにか神話に格上げされて知らない人間がいなくなった俺の気持ちが分かるか?お?」

「ほぼ自業自得では?そうじゃなくてですね」


長生きをするということは人を多く見送るということ。いくらこの城に閉じこもっているといっても1人くらいは魔王様に友達がいたはずだし、いなくたって産んだって話の魔獣達が死んでいったかもしれない。その絆の喪失に、長い生に擦りきれずにいられるのかと私はどうしても気になってしまう。そのことを伝えると魔王様は目を丸くした後に首を傾げた。


「よく分からんことを言うな、寿命が短い人間だからそう思うのか?」

「だって、絶対悲しいです。親しい人がいなくなっていくのは」

「…もしかすると友人なり恋人なり心を通わせた存在がいなくなると死を選んだりするのが一般的なのか?愛が重いんだな」

「そ…そういうわけでは」

「じゃあ友人関係が死ぬまで変わらないのか?」

「そんなわけないじゃないですか!」

「だろう?それと同じだ」


人差し指を立てて、魔王様が穏やかに笑う。その顔は全然寂しいとか悲しいとか思っていなさそうだった。


「疎遠になるのと同じだ。二度と会えないっていうのは」

「それは違うと思いますけど」

「はぁ、時間の使い方が下手なんだな、人間は」


ソファからめんどくさそうに立ち上がって魔王様が私の方へと歩いてくる。その目は真剣で誤魔化しているとか嘘を付いているという感じはしなくて聞く私もなんとなく背筋を伸ばしてしまった。そしてなんとなく思う、きっとこの人はいつも素直なんだ、捻くれたりちょっと小馬鹿にしてきても自分に嘘がつけない人なんじゃないかって。7000年も生きている人のことなんてたった26歳の私が分かるわけもないのに。


「友が死んで俺が真っ先に考えることは、死ぬ前に会えてよかったということだけだ。寂しくないわけじゃないがそれが無限に続いたところで心を痛めるわけでもない」


魔王様は一度遠い目をして談話室の窓から星を見た、けどすぐに向き直って私にウィンクする。


「あとな、長生きするだけ楽しいやつと出会える可能性も高いんだぞ、羨ましいだろ」


あぁ、この人は無理なんて絶対してないと理解してしまった。人間が勝手に抱いていたイメージを持っていた自分が恥ずかしくて目を伏せる。私とすれ違う瞬間小さくお休みと呟いて魔王様はゆっくりした足取りで談話室を出て行った。部屋に満ちた一人分の静寂がなんだか気まずくてサリィさんを見ると申し訳なさそうな笑顔でごめんねと、口だけで謝られてしまった。






「ハナコ」

「うわ!さ、サリバンさん」

「すまない、眠る前に、一言だけ言っておきたかった」


なんとなくあれから逃げるように談話室を出て、自分の部屋…正確には使わせてもらってる部屋に戻ろうとした道すがらなんだか焦った様子のサリバンさんに腕を掴まれてしまった。い、イケメンにそうやって詰め寄られるの、喪女に刺激が強すぎる。いくらそういうのじゃないって分かっててもドキドキするのでやめてほしい。なんとなく顔を見られないままサリバンさんの言葉を待った。いつもストレートなサリバンさんにしては迷ってるような気配がして少し戸惑ってしまう。やがて小さく息を吸う音が聞こえてサリバンさんが掴んでいた手を離した。


「俺は、分からなくもない」

「え」

「…それだけだ、お休み」


サリバンさんの綺麗な顔が後悔していたように見えたのは暗い廊下だったからなのか。何について言われたかに思い至ったのはベッドの中で1人で1日の振り返り反省会をしていた時だった。

あー、ダメだ。全然ふんわり聞ける話びゃなかったや。



シリアス…になってしまった……


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