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昔話を聞きました


旅立った志貴さんが分けてくれたお米やらで朝ご飯を作ったら、オフだったらしい九条くんが一緒に食べてくれた。まぁ、お椀なんてものはないからお皿に盛るっていうちょっとアンバランスな和食になっちゃったけどね。うん、まだ味噌汁もちゃんと作れる、安心、なんてホッとしていたら九条くんは反対に渋い顔をしていた。


「はぁ…」

「九条くん、その、やっぱり私のご飯なんて美味しくなかったよね?ご、ごめんね?」

「…違う。こっちきてから、フロスとか使えないから口がすごい気になる」


あ、なんだ、ご期待に添えなかったとかではないのか。胸を撫で下ろして口を手で隠してもごもごやっている九条くんをチラッと見る。

九条くんは魔王様みたいに完全に食事を取らなくてもいいってわけじゃないから一日一食は食べるらしい。育ち盛りなんだし、お腹の減る減らないに関係なく三食食べればいいのにって思ってたけど、そういう面でもあんまり食べたくなかったりしたのかな。結構細かいところあるし。


「九条くんってマメだったんだね、私あぁいうのよく血出るから怖くて…」

「そういう奴はなおやった方がいいと思うけど…」

「ん、どうした?2人揃って口押さえて。内側とか噛んだ?」

「違います。えっと…魔王様虫歯とか知ってます?」

「バカにしてんのか?」


食堂の外からひょっこり顔を出した魔王様に首を振る。大体いつもは魔王様に付き合ってもらってたからわざわざ来てくれたんだろうな。ありがとうございます、しかめっつらをさせてしまいましたが。いや、だって魔王様だし。虫歯とか絶対にならなそうでしょ。謝りついでに説明すると納得してくれたみたいで軽く頷いていた。


「大丈夫だと思うぞ。まぁ不安なら、ライム口開けてみろよ」

「は…?なんで」

「いいからいいから」


九条くんはちょっと躊躇ってからほんの少し口を開けた。人に口の中見せるのって嫌だと思うけど、そんな大きさじゃ何も見えないんじゃないかな。そんなことを考えながら見ていると、急に九条くんが口を押さえてその場から飛び退いた。よほどびっくりしたのか、魔王様からかなりの距離を取ってたけど、何もわからない私はただ驚いて瞬きするしかできない。


「いきなり何すんだ!」

「口の中浄化してやったんだよ。虫歯はなかったけど取りきれてない汚れ取ってやったの」

「そういうの先に言えよ!急所だぞ!」

「あー、すまんすまん」


要するに口を開けた瞬間に魔法を使って口の中を綺麗にしてくれたみたい。なるほど、それはびっくりする。九条くんの方に同情の目を向けていると、急に口の中に風が起こった感覚がしてつい椅子から浮いてしまう。恐る恐る魔王様を見るとどう?って感じにこっちを見ていた。いや、ありがたいんですが、たった今前置きしてって九条くんにいわれたばっかりですよね?


「ふーむ、汚れとかは自動で浄化してるから問題ないと思うけど、体内までは確かに魔法効きにくいかもな」

「いや、流石にお城の魔法にそんなことしなくていいです」

「そうか?お前だっていちいち俺に浄化されたくないだろ」

「それはそうですけど…」


そんなに魔法のレベル上げられると、いよいよ魔王城がここで暮らすだけで完全健康体!みたいな感じになっちゃうのでは。実際私風邪知らずだし、体調なんて全然悪くならないのにこれ以上の至れり尽くせりは逆に毒の気も。


「ま、何にせよ自分の身体を大事にするのはいいことだ。ライムは俺とほぼ同じ性能だけど人間なんだから気をつけなきゃな」

「…つーか、普通は魔法をケアに使わないから」

「そうなのか?使えるものは何でも使う方がいいぞ、減るもんじゃねぇし」

「減りますよ、魔法へのなんかこう…憧れみたいなものが」


魔王様を絆創膏代わりにめちゃくちゃすごい治療魔法しそうなんだもんなぁ。才能の無駄遣いとは言わないけども、少しくらい節約してもいいんじゃないだろうか。そういう発想ないんだろうなぁ。だってこの人ちょっと体調悪かったりしたら我慢しよう、じゃなくてさっさと治そうの人だもんね。いや、それが正しいんですけどやり方がパワープレイすぎというか。


「魔王様って昔から雑に魔法で健康体だったんですか?」

「流石に子供の頃は魔力も少なかったしコントロールも今ほどじゃなかったから普通に予防したり治したりだぞ」

「あぁ、後々使い出したんですね…」

「何でそんな発想の転換に…」


病気になるならそもそも持ち込めないようにすればいいじゃん、どうしてもすり抜けるものは直に消しちゃえばいいじゃん、なんてそもそも相当の思い切りと力が無いと出来ないよね。九条くんと揃って半目になって見上げていると、ちょっと考えた後に思い出したように魔王様が声を上げた。


「…あ、そうそう。俺村の中だと結構ちびたちにも懐かれてて、村の母親に代わって世話を焼くことも多かったわけだ」

「あ、はい。前言ってましたね」

「………想像付かない」

「何でだ、今もお前らの世話焼いてんだろ」


焼かれてるけど、そう言われるとなんとなく否定したくなるなぁ。実際のとこめちゃくちゃ支援してもらってる自覚あるけど、世話を焼かれているっていうか雑に色々もらってるみたいな感覚なんだよね。これを世話焼かれてるっていうんだろうけど、あんまり甲斐甲斐しさみたいなものはないというか。まぁ、魔王様の感覚なら仕方ないか。


「えっと…でさ、当時身綺麗にしろ、はともかく歯を大切に〜なんて言うの俺くらいのもんだったわけで、口綺麗にしろって言っても誰も聞かないわけ」

「まぁ…7000年前ですしね」

「下手したら怪我も手当てしない時代かもな…原始時代みたいなものだろ」

「まぁな。人間の歴史としては黎明期、俺は神の子だから色々知ってたし、出来るところから何とかしてやりたかった。とはいえ、大人に今更指図したところで聞かないからな。自然子供からみていくことになったわけだが…」

「ちょっとしたお医者さんですね」


ひょっとしたら、魔王じゃなかった頃の魔王様の話をしっかり聞くのは初めてかもしれない。


元々豊富すぎる知識もあって自然と子供達のリーダーみたいになっていった魔王様は、子供たちが怪我したら薬で直してあげてたし、汚いままでいたら湖まで運んで洗ってあげたり、さっきみたいに口の中を見て磨いてあげたりとかなり手厚くお世話をしてたんだそう。勿論隙間時間には、大人達の畑仕事とかも手伝ってたり。聞いてるだけで大変そうだし今の魔王様見てると、あんまり想像しにくいな。


「で…なんか…毎日やるの段々めんどくさくなってきて…」

「雲行きが一気にダメになりましたね」

「うん。そこからだな、効率的に魔法使うようになったの」

「いい話なんだか悪い話なんだか…」

「い、いや!まぁまぁいい話だよ九条くん!一応魔王様は皆のこと思ってやってくれてたんだし!で、ですよね?!」

「うん。身の回りで非効率なことされてるとイラッとするし」


やめて九条くん、ほらな、みたいな顔でこっち見ないで。私も精一杯フォローしたんだからね。ぎぎぎ、と首をぎこちなく動かして必死に追及の視線から逃げる。そんな私たちのことなんて知らずに、魔王様はぽつりと懐かしそうに溢した。


「それに、口酸っぱく母親から言われてたしなぁ、誰よりも色々なことができるんだから力になってあげなさいって」

「あ…」


魔王様は悲しんでなんていなかった。村の子達を思い出すみたいなそんな軽さで昔を振り返っただけだったのに、そのからっとした言い方が逆に居心地を悪くする。なんて言ったらいいか分からなくて俯いてしまうと、その場に微妙な空気が漂った。


「…お前に落ち込まれてもな」

「す…すみません…お門違いってわかってるんですけど」

「いらんこと言った俺も悪いか。まぁ気にするな」


がしがしと頭をかいて、魔王様はゆるゆる頭を振る。全然、要らないことなんかじゃない。私が勝手に話を振って、勝手に落ち込んでるだけの話なのに気を遣わせてしまってる。本人は気にしてないなんてこと、もうとっくに分かってるけど、でもやりきれなくてちょっと逃げ出したい気持ち。


そんな私の心を見透かしたみたいに、魔王様は仕事に遅れるなよ、なんて言い残してあっさり食堂を出て行ってしまった。こういうとき、どうすれば正解だったのかな。そう思い悩んでいると、九条くんがおもむろに席を立った。それはどこかに出かけようって雰囲気じゃなくて、自然と私は首を傾げていた。


「え、どうしたの?」

「オレ、あいつに聞きたいことあるから」

「えっ…九条くん!わかってる?デリケートな話なんだよ?」

「だからだよ。あんたみたいに凹まないから安心して」

「う…」


もうちょっと強く止めればよかったのかな、なんて私は九条くんの止まらないだろう背中を見てまた俯いてしまうのでした。





何度歩こうと、何度走ろうと新品同然の絨毯を駆けていくと重苦しいマントを揺らすその姿が目に入る。魔王は視線だけで後ろを振り返り、来夢の姿を何の気無しに見た。


「あ、ライムか。どうした?」

「単刀直入に聞くけど、お前昔のことどう思ってんの」

「本当に直截だな…んー、この際だしはっきり言っとくか。俺は、母親を殺された怒りから動いたわけじゃない。思うところがなかったわけでもないがな」

「それは…話違うだろ。お前親を殺されたからって…」

「あー知らん知らん!脚色した奴らに言え!俺としてもどうせ伝えるなら真実を伝えてほしかったっての!いや伝えてほしくはないが!」


多少予想していたとはいえあまりにもあっさりとした返答に来夢は面くらい肩をすくませる。次いで、伝承のことを口に出せばぶんぶんと大袈裟に男は首を振った、真実でない話を吹聴されるのも、居た堪れない事実を含まれる話を喧伝されるのも本意ではないのだ。そのままがっくりと肩を落とし、大きな溜息をつく、その様子は遥か昔から恐れられた邪悪なる王というイメージからかけ離れていて、少年は昨日の至貴の微かな落胆ぶりに心の隅で納得する。

尤も、勝手にイメージを作られ失望される、ということの不愉快さの方が納得しやすいけれど。かつて本来の世界で生きていた頃の様々を思い出して一人、静かに首を振る。


そうして回想に使っていた意識は急激に冷えた空気によって引き戻された。比喩などではない寒気にはっと顔を上げると、いつのまにか身体ごと振り返っていた魔王の黄金の眼差しが鋭利に光っていた。


「許せなかったのは、その程度のことで俺を傷付けられるという思い上がりと、黙っておけば隠し通せると考えた浅慮さだ。度を過ぎた侮りは血をもって贖うに相応しい」


恐らくは、殆どのものが知らぬ真実。

母を失ったから。嘘をつかれたから。人間という種に絶望したから。


あぁ、そのような凡庸で、愛のある理由でこの命を縛れようものか。小さな村でルキウスと慕われていた青年の頃も、もはや名を呼ぶ者が殆ど消え失せ魔王と成り果てた今でも。この男の核は変わらないのだ。侮りには、死を。この魔王を誕生させるにはそれだけで充分だったのだ。


来夢はほぼ無意識に唾を飲んだ。かつて城で倒された時にも、再戦を申し込んだ時にも、その男の隙間に確かにある苛烈で冷徹な表情は何度見ても恐ろしいと思うに足るものだったからだ。


その内心を知ってか知らずか、魔王は即座に表情を崩し呆れたように首を傾けた。


「ま、母親も母親でなー。俺が幽閉されるってきな臭い状況だったんだから逃げ出せば何も起こらなかったかもしれないんだけど、今さら過ぎたこと言ってもしかたないよな」

「…仲良い奴がいただろ。殺して何とも思わなかったのか」

「そ、そりゃまぁ…あいつらからしたら完全なとばっちりだし普通に悪いとは思ってるぞ。…でも人間だし、惜しむほどじゃないかなって」


そもそも自分以外の生命などどうでもいい、魔王はあっけらかんと、それでいて撤回の意思もなくそう言ってのける。どれだけ友好関係を築いても、その関係の中で起こる変化があっても、この男はあらゆるものを対等に見ていない。

おそらく、母も、三大始祖も、世界を司る父神でさえ別の何かという認識でしかないのだ。真実、己と同一のものはこの世界に存在しない。半神という最初で最後のイリーガルな存在は、その意識ごと全てから断絶していたのだ。


それを思い知って来夢は思わず吹き出した、笑うしかなかったというのが正解かもしれないがどうしても笑いがでてしまった。それを魔王はいかにも怪訝な顔で見る。


「…どうした?なんか面白かったか?」

「ふっ、別に。安心したってだけ。お前が悲劇のヒーローとかだったらどうしようかと思ってたから」

「はぁ?何だそれ」

「お前が第一印象通りのろくでなしで良かった、殴りやすい」

「ふぅん?殴り合いしたいのか。いいぞ」

「…やっぱパス、また変な飛び入りとか来ても嫌だから」

「えー!ガルムとかに怒られないようにするからさぁ、ちょっとくらい!な?いいじゃん」

「また今度な………力強っ」


たちまち瞳を輝かせて肩を回す魔王をなんとか引き剥がそうと力を込める。実力が拮抗しているとこういうところが面倒くさい。来夢は思わずため息をついてうんざりと目を閉じた。本当に、この男の事が嫌になる、と思いながら。


魔王の口調がわりとぶれぶれなのは素のムーブと魔王ムーブをシームレスにやれるからです。

口調が硬い時は魔王ムーブですが、特にどっちの口調だからどういう感じということもなく実際どっちも素顔だったりします。

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