働きました
戦場!
戦場!
生きるというのは戦うこと、生きるというのは働くこと!つまり!
「次、これ運んでくれ!」
「はい!」
「おーい!こっちにエール3つ!」
「はい!ただいま!」
昼時の飲食店は戦場である!ついに念願、仕事にありつけましたが地獄です!機械化もされてない、テーブル番号すらない、伝票さえもない!記憶だけが頼りになるというこの不自由さ。飲食店ってだけで結構激務なのにこれは酷い。厨房にはほとんど叫ぶ形でオーダーを伝えているので喉もカラカラ。余計な事を考えてる暇なんてない、オーダーを受けると同時に計算してお会計の時に誤魔化してないかも気にしないと。厄介なのがツケ。この世界だと通っちゃうんだよね、勿論店長には伝えるけど紙がないから記憶に残しておかないといけない。汗を拭うのも何度目かわからない、私は嗄れた声で用意された料理をテーブルに運んでいった。
「ふぅ」
「お疲れ様、よく働くねえ」
「いえいえ、お金貰うんですからちゃんとしないと」
「まぁ、良いこと言うじゃない!うちのバカ亭主にも聞かせてやりたいわ」
「なんだとぉ!」
「あら、いたのかい!聞かす手間が省けてよかった」
勝気な笑顔が眩しいこの人は店長の奥さんのアンナさん、私がバイトの申し込みをしたら即時に採用してくれた恩人。この村で言えば外国人って感じの顔なのに嫌な顔ひとつせずに迎えてくれたんだよ。感謝しかない。なむ。奥から出てきたのは店長のヨハンさんで、厨房は彼が1人で切り盛りしてる。料理は絶品とは言えないけどなんだか落ち着く美味しさでこのカロン村ではなかなか人気のご飯屋さんなの。2人とも言葉遣いは雑だけどいい人でその人柄もあってお昼時だけじゃなくてもぽろぽろ人がいるんだよね。
「じゃあこれ、お給料ね」
「ありがとうございます!」
「いやぁ、ハナコが来てくれてから会計が楽でね!こっちこそ礼が言いたいよ!」
「そ、そんな事ないです」
ありがとう、日本の現代教育。そしてごめんなさい、小さい頃算数やりたくないとかいって困らせた先生。勉強やっててよかった、ほんとそう思います。知恵isパワーですね。私がやってる事足し算と掛け算くらいのものだけど、労働力として魅力になったなら万事オッケーでしょ。
渡されたお給料は銀貨2枚、カロン村は週休制をとってるみたい。月給だと控えめに消費してたお城の食料も切れちゃってただろうから有難いね。月給に慣れてる身としてはなんだか不思議な感じで、サクッと使い切っちゃわないか不安になる。何はともあれここに来ての初任給、震える手で受け取って店から出る前にもう一度アンナさんたちに頭を下げてカロン村の市場へ向かった。
「何買おうかなぁ…」
夕方になって市場には夕飯の買い物をするお母様方がちらほら見え出した。どの人も目付きが真剣だ、うんうんわかるよ。私も日本のスーパーではレタスとかキャベツの重さをめちゃくちゃ気にしたからね。まぁこの世界では質はあまり求めず新鮮なものを選ぶようにしよう。
ちなみにこの世界の硬貨についてなんだけど庶民が使うなら銅貨と銀貨で足りるんだって。銅貨100枚と銀貨1枚が
等価値で銀貨100枚が金貨1枚分。うーん、お城の宝物庫にある白銀貨とかミスリル貨とかの価値は考えたくないなぁ。ちなみに金貨5枚あると一家族でもかなり生活にゆとりがあるらしい。私がこのままバイトで働くとなると銀貨96枚だから結構キツキツに思えるけど1人ってこととお城に住めるってこと考えたら全然問題なし。あの部屋現代なら一泊10万くらいするよね…恵まれていてよかった…
と、暗くなる前に食材探しだ。夜になると並んでるものも減ってくるしね。
調味料はまだ残ってた。驚くべきことに家庭の塩の容器1つ分くらいで銀貨1枚必要なんだよね、しかも味はそんなに良くないし色だってなんか濁った白なの、技術の進歩って素晴らしいってしみじみ思わされるよね。来た時は味付けが物足りないって思ってたんだけど週給の半分持ってかれるって考えるなら全然我慢できます。元々日本人って塩分取りすぎなとこあるし健康に生きるにもいいよね、うん。だから果物を見ても見なかったふりをするのです、ケーキは無理でもジャムとかで甘いもの取りたい、うぅ。
健康志向、健康志向、欲を出すのはお金に余裕が出てから。まずはパン屋さんで安いパンを買う、お米はないからね。硬いけど味は悪くないから文句は言わない。牛乳とかあれば浸して柔らかくできるけど、日持ちしないからなぁ。スープ作ってやりくりしよう。あとはお肉、店先に吊り下げてあるハムを頼むと切ってくれた。ちょっとテンション上がるね、こういうの。勿論パック売りの方が衛生的だけどヤバそうなら魔王様に綺麗にしてもらえるからオッケー。そして野菜、レタス、トマト、人参に玉ねぎを買って終了。結構旬の野菜じゃないのもあるんだけど、あっためる魔法を使って小屋の中で栽培したりしてるんだって、つまりはハウスだね。物凄くありがたいことです。うん…卵はちょっと高いからまた今度で。よし、ちょっと手元に残る感じでミッションコンプリート、1人用なら1週間保つんじゃないですかね?ふふ。
村から出る為に市場をどんどん進むといい匂いが鼻をくすぐった、そっちの方へ頭を向けると出店で串焼きを持ったおじさんがにっこりこっちを見ている。いや、ダメダメ。…あっ、お腹鳴った、おじさんのにやにや顔が凄いことに。くっ。夕食の時間だからお腹減ってるだけで全然興味ないです、日本では焼き鳥とか大好きだったけど全く心揺さぶられません!え、あれ、なんか気が付いたら足が店の前にある。そ、そんな、無意識のうちに…?健康志向と言い聞かせたばかりだというのに?
「…そうだ」
「あれだけ食糧の事にしてて俺達の分を買うバカがいるか」
「初任給って特別ですから。言われなくたって今回だけですよ」
「律儀ねえ」
お世話になった人に向けて買えば無駄遣いにはならないのだ!賢い!…嘘です、ごめんなさい。言い訳にしました。串焼きはハーブの香りが付いててお肉は豚肉っぽい。中々塩味が効いてるけどちょっと物足りないかな。
うん、この世界のごはん水準考えるに私的には及第点なんですが普段ご飯食べないのに押し付けられた2人的にはどうなんだろう…いけない、急に申し訳なくなってきた…だって、だって茶葉とかは買えなかったんだもん…
「すみません、美味しいかどうかわからなくて…」
「そうね、彼が作ったものの方が美味しいでしょう、でもこれだって気分の問題じゃないかしら?」
綺麗になった串の先をくるくる回しながらサリィさんが微笑みかける。魔王様の方を見てみると軽く頷いてるあたり、嫌ではなかった、っぽい?いや、どうだろう?俺がやった方が上手いなってサインかな。魔王様そういうとこある。
「ね、ハナコ。仕事は楽しかった?」
サリィさんの優しい声にはっと息を飲む。ほとんどわがままのように働きたいと言って、今でさえ面倒をたくさん見てもらってるのに勉強を手伝ってもらった1週間前。私はまだまだこの世界ではひよっこだ。それでも初めて自分の持ち物でこの人達に感謝を返すことが出来た、そう、初めて。そしてそれを嫌がらずに受け取ってくれた。考えるだけでなんだか胸がじわっとする。
うん、今度は言い訳じゃなくてちゃんと自分が渡したいと思えるものを買いに行こう、そう思いながら私はサリィさんに笑ってみせた。
「はい、とっても」
短めに。あくまでスローライフがメインですから。
金銭価値については現代と比較するものがない為に花子はいくらである、という目星がつけられていません。設定としては以下の通りです。
銅貨1枚=10円
銀貨1枚=1000円
金貨1枚=100000円
白銀貨1枚=10000000円
ミスリル貨1枚=1000000000円