禁忌を教わりました
「実際、禁忌ってなんなんですか?」
「お、気になるのか?でもハナコには関係ないと思うぞ」
「そうね、大それたことはしないでしょうし」
「わかってますけど!」
どうせ無力ですよーだ、もっとも禁忌なんてものに触れたら魔王様から犯罪者扱いだし、私も死にたくないから全然いいんだけどさ。ただ、この世界ではどんなことやっちゃいけないのかっていうのは、やっぱり気になるわけで。魔王様が本を閉じたついでに、少し離れて座ってた九条くんに手招きした。
「折角だしライムも聞いとけ、お前ふとやらかすかもしれないから」
「は?お前じゃないんだけど」
「まあまあ」
たしかにふとやらかしそうの度合いが凄いのは魔王様だけど、九条くん意外とこっちのことよく知らないらしいしなぁ。冒険者生活で培った知恵とか常識はあるんだろうけど、そうやって戦いに明け暮れてたりすると世間的なものが抜けちゃったりするよね。
とはいっても、私もこっちの常識備わってるとは言いにくいけど。渋々って感じで近くのソファに座った九条くんを確認して、魔王様が軽く咳払いする。
「時代とともに加わってくものがあるから今から言うことが全部ってわけじゃない、そこは念頭に置いとけよ」
「え、禁忌ってガチガチじゃないんですか?」
「技術の進歩と共に、出来ることも、想像出来ることも変わっていくもの。都度創造神様の教会に神託が降りるから、知らなかったになることもないのよ」
「しっかりしてるんですね」
なんていうか神様のお告げとか、罰ってゆるゆるで気まぐれってイメージあるんだけど、この世界って一々細かいっていうかきっちりしてるんだよね。後からはいそれ反則って天罰くらうよりいいんだけど、管理職とかそういう立ち位置に感じてくるよ。
「大まかに言えば、神を揺るがさないもの。これに尽きるな」
「神様第一って?なんかそれ不平等じゃね」
「世界の運営側だぞ。私利私欲で色々やることもないし、ヒトや魔性よりはよほど公正だ」
「……んな、こと」
「せめてヒト同士共存出来てから言え。毎日戦争起こすような種族に世界の決定なんぞ委ねられん、闘争は得難いものではあるんだが、自滅する率高いだろ、お前ら」
「魔性はそもそも他者に関心がないものね、統治者は神しかいないのよ」
バッサリ言われちゃった、反論しかけた九条くんも結局目を逸らして黙ってしまった。なんていうか、いっそヒトが嫌いだからって言われた方が堪えないな。こうやって状況判断で私達じゃ無理って言われるのはやっぱり悲しいや、いくら異世界だっていっても人間としては、ね。
魔性とヒトの共存なんかじゃなくて、ヒトの共存を目指せって言われるのはキツイなぁ。私は身近じゃなかったけど、向こうではいまだに人種差別が根強い国だってあるわけで、そういうのは世界が違っても変わらないのか。確かに神様から見て同族のはずのヒト達が争ってたら不安にもなるよね。しかも、戦うのが野蛮だからだめ、じゃなくて自滅しやすいからって返す言葉もないな。
揃って肩を落とした私たちに魔王様はやれやれって感じで頭を振って、ちょっと肩を竦めた。
「神サイドにも制約はあるんだし、文句は言いっこなしだぜ」
「あ、えーと、信者を依怙贔屓しない、でしたっけ」
「あとは地上の者と交わらない、よ」
「あっ」
「いやそこに関しては俺悪くないから、父上だから、やらかしたの」
つい視線を向けたら真顔で首振られたけど、魔王様がはちゃめちゃなことしなかったらそんな制約も生まれなかったんじゃないでしょうか。言わないけどね。
「まずお前らに関係のあることとして、別の世界に手を出さない、だな。世界ごとに管理者がいるんだと思うし、そこを横から失礼しますってのはマナーがなってないだろ」
「え、そんな理由ですか?」
「真っ当だろ、自分の世界のことは自分の世界でやりましょうってことだ」
魔王様が指を一本立てて話し出す、まぁその禁忌があったから私達こうしているわけなんだけどね。うん、そして説明されたことも当たり前だなぁ、自分達の為に他人を利用するっていうのもうわーって感じなのに他の世界まで手を伸ばしたらダメだね。
「第二に、不死。一番やる奴が多い。不老ならお咎めなしなのにバカだよな」
「死にたくないという原始的な思考は馬鹿に出来ないでしょう」
「まぁな、でも鏖殺権が効かなくなるからダメ」
「…やっぱ神第一じゃん」
「自然淘汰から外れた奴に、居場所があると思ってんの?生きて死ぬまでがお前達生命体の仕事なんだ、きっちりしなさい」
「え、ど、どういうことですか」
「単純な計算の話だ。生命体っていうのは何かを奪うことで成り立っている、そんな中にマイナスだけで永遠に生きるものが生まれてそれが広がったらどうなると思う?」
「え、えっと…資源問題、でしょうか」
「正解。星の寿命を食いつぶしておいてその補填もできないようなものを、許せはしないのよ」
「借りたものは返しましょう、返せないならせめて死にましょう、だ」
言い方よ。いや、理屈はわかる、わかるんだけど。九条くんと顔を見合わせて微妙な顔をしてしまう。そんな借金踏み倒しみたいな例え使わないでほしいんだけど。
でも、そっか、ヒトも魔性も食物連鎖ピラミッドの生産者側にはなれないよね。上の方がやたら数増えたら困るだろうしそういうことなの、かなぁ。カニのハサミよろしく魔王様が2本指を動かしてから3本目を立てる。
「次に、未来を弄ること。これは前説明したっけ、ライムもいるから一応言っとくな」
「え、過去じゃねーの?」
「共通なんだな、その認識。過去なんていじったとこで未来はそこまで変わらないって」
魔王様は呆れ顔で九条くんを見てから、空間に文字を書き出した。
3+5=8
逆からでも書けるって改めて器用だなぁなんてちょっと間抜けなことを考えていると3が2へ、5が6に変わった。
「ほい、計算で考えよう。過去を左辺、現在をイコール、未来は右辺として見ろ。過去の1つをいじったところで他の過去がそれに合わせて修正されるから、右辺の結果は同じなわけだ」
「そんなの左辺丸ごと変えればいいだろ」
「バッカかお前、海に石投げてそれが世界中に広がるまでの手直しが同時に出来るわけねぇだろ」
「…は?」
「要するに、過去に…そうね、オーバーテクノロジーを伝えたとしましょう。じゃあそれを広めるための整備は?それを大量に生産するための技術は?知恵は?人材は?結局なにもかもが足りなくて、その場、その時だけのロストテクノロジーとして後年発見されるだけになるわ」
「…でも、誰かが事故で死んだのを助けたりしたら未来は変わるだろ」
「たった1人の誰かで変わる世界なら、他の誰かでも変わっていたわ」
「改めて言っとく、誰にだって替えはいるんだ」
前も思ったけど、その理屈には絶対納得したくないんだよね。向こうではあなたの代わりなんていない、っていう思想が当たり前だったし代わりがいるって言われるとそもそも心折れちゃうから。ただでさえ私なんて何か優れてるわけでもないんだから、代わりなんていないんだよって気休めでも言ってもらわないと悲しくなるもん。それに、友達とか、家族とかもそんな風に言われたらなんていうかとても悔しく感じる。
サリィさん曰く、たった1人で滅ぼせる世界も、救える世界も、世界に問題があるってことになるらしい。そんな弱い世界ならいつかあっさり無くなっちゃうし、いっそ無くした方がいいみたい。うーん、それもどうかと思うな。
私が首を捻って、九条くんが渋い顔をしていると魔王様の前に浮かぶ数字がまた変わった。8が10に変わって、左辺も2と8になる。
「だが、未来は別だ。ここの答えを固定すると、左辺はそれに合わせて動くしか無くなる。未来を作るってことはそれまでを一本道にするってこと、それは可能性の否定だ、ひいては種全体の衰退に繋がる。なので禁忌」
「気にくわないかしら、この世界の思考はこの世界のものよ」
「…っ、わかったよ」
理解できなくても納得できなくてもいいから、事実として受け止めてほしい。そんなサリィさんの声と表情に九条くんが気まずく顔を逸らして、私も俯いた。
分かってるんだ、これを否定したいのは私だけのエゴで、それは私が本当にいた世界で染み付いた考えだからって。それをこっちの人に押し付けるような真似したらダメなんだよね、怒られないからつい反抗しちゃうけど、それはこの2人が優しいからってだけなんだよ。
魔王様が数式をつついて消す。この話はもうおしまい、私達に出来ることっていうのはこの世界の決まりとして頭に入れることだけだった。
「あとは…あ、そうそう、死者蘇生だな」
「あ…えっと、それってやっぱり道徳面ですか?」
「あっはは、ないない。道徳とか。ネクロマンサーとか探せば結構いるし」
「禁忌じゃん」
「ネクロマンサーは死体動かしてるだけだから、別に蘇生はさせないぞ?」
「えっ、そうなんですか」
「別に死体程度…あっ、でもあれ衛生的に最悪なんだよな、数十年に何回かネクロマンサーが原因の疫病流行るし、やるなら管理徹底してほしい…」
「ファンタジーなのかリアルなのかどっちかにしてくれません?」
スライムの時も似たような話してなかった?いや公衆衛生って大切だけどね、清潔っていうのは万病予防に効果的だから。
それと笑顔で道徳心否定しないでほしい、禁忌って聞いた感じ全部理屈で決めてるんだろうけどちょっとくらい心のある理由とか用意されないのかな。そこそこ真面目な話の後に半目でツッコミ入れるの、私空気読めてない人みたいだし。
あ、ちなみに疫病を流行らせたネクロマンサーは国際法で厳罰に処されるそうです、知らんがな。
「問題は、社に納められている魂を呼び戻そうとすることだ。これ扱いは窃盗罪な」
「…は?」
「せ、窃盗罪?」
「信者の魂って神のものだぞ?それ奪ったら出るとこ出ないとだろ」
「やっぱ都合いい話じゃねーか!」
「えぇー…神のものになりたくないなら信仰なんて捨てりゃいいじゃん…つーか生前加護与えてもらったのになにも返さない気なのか」
「え、えっと…信者の魂って神様の力になるんです、よね?」
「そうそう、分かりやすく言えば給金みたいなもんだぞ」
「きゅっ…」
「いいか?ハナコにライム」
祈りの力がパワーになるとかじゃなくて、給料。
絶句する私達に魔王様がきりっと眉をつりあげて指先を突きつけた。これはトドメが来る予感、つい唾をのんでしまう。
「この世界は善意とかボランティアで成り立ってるわけじゃない。なので!人間主観的に世の中を見ないこと!」
「……ぐ」
「うわぁ…魔王様にすごくまともな説教されちゃった…」
「失礼だな」
「…いつもこうなら多少は始祖らしいのにね」
「おい」




