身近な怖さでした
「そろそろ夏だな」
「うわぁ…」
「あら、夏は嫌い?」
「だって暑いじゃないですか」
高くなった空を窓から見上げて魔王様が言うと、目をそらしていた現実が襲ってきた。そう、夏なのです、ストバイトは夏冬が短いと言っても普通に暑い夏。
そもそも日本人は大体夏でうんざりするんじゃないかな、高温多湿って人が生きていい環境じゃないもん。お祭りとかは好きなんだけど、気候は愛せそうにないんだよね。ここは湿気そんなにないけど、露出NGって縛りが辛すぎる。
「あ、そういえば、今年もイ…クラーケンさんに会いに行ったりするんですか?」
「毎年卵産むわけじゃないぞ、動物じゃないし」
「アレだけ大きいのが毎年増えていたらとっくに世界が終わっているわよ」
「そ、それもそうですね」
「魔獣の繁殖は周期的でな、そんなに産まれないけど一応散らしてはあるんだ」
「あ、ちゃんと考えてるんですね」
「お前な」
なんとなく勝手に毎年生まれているんだと思ってたけど、言われてみれば困るね。だって倒すのだって一苦労なわけでしょ魔獣さん達。魔王様は血が死んだらぽんぽん作ってるけど生態系の影響とか大丈夫なんだろうか、本気で。お咎めないからセーフなの?基準わっかんないなぁ。
それにしても、去年はいきなり海に連れていかれたと思ったらあわや入水と思って肝が冷えたけど、海中散策するのは楽しかったなぁ。それがないのは残念でがっくり肩を落としてしまった。
「あー…今年はシーウォーク出来ないのかなぁ、残念だなぁ」
「ふふ、やっぱり目当てはそっちだったのね」
「綺麗だったんですよー、気持ちよかったし」
流石に魔獣さんとはあんまりお会いしたくないですね、怖いし。可愛い種類もいるけど、実際の力はエグかったりするわけでしょ。触らぬ神になんとやらってやつですよ、くわばらくわばら。そんな感じでテンションが下がってしまった私に魔王様が思い出したように顔を上げた。
「お前らの夏の過ごし方ってどうだったんだ?」
「そんなに特別なことはないですよ、お祭りに行ったり、花火見たり、海に行ったり…後は怖い話とか肝試ししたり?」
「あ、そろそろ火飛ばさなきゃな」
「毎年ご苦労な話ね」
恒例なんだっけ、森の火の玉。カロン村の子供達って勇気あるよなぁ、確かにこれ以上ない心霊スポットだけどもうちょっと安全な廃墟とかでいいんじゃないって思わなくもない。あ、でも魔王様がいる分逆に安心なのかな、不審者とかすら寄り付かないだろうから。
サリィさんにからかわれて魔王様はうんざりとした顔でソファに寝そべった、魔力は大して使わないんだろうけど単純に仕掛けるのが面倒なんだろうなぁ。
「だって噂に尾ひれついてんだもん、魔王の世界への怨念が形になった火が襲ってくるだの…本当勘弁してほしいよな」
「ならやらなきゃいいじゃないですか」
「何もなかったら寄ってくるだろ」
「何かあっても寄ってくるかもしれないわよ」
「はぁ、ビビるか、楽しむかどっちかにしてほしい」
でも律儀に期待には応える人なんだよなぁ、そういうところ結構好きだけどよくわかんないよね。正直火の玉なんて飛ばさなくたって魔王様なら色々やりようがあると思うのにな。
「あの、普通の人はお城入れないですよね?」
「おぅ、ある程度近くなったら自動で転移する魔法組んであるから」
「そっちの方がよほど怖いと思うんですけど」
「子供は強いのよ、まだ常識に縛られていないもの」
「ヒエ…」
むしろ俺城近づいたと思ったら家に帰ってたんだぜ!みたいな話のネタになったりするの?若さって怖い、魔王様が魔王らしくなくて本当に良かったよね。ラスボスの城とかに子供が近づこうものなら誘拐イベントとか起きるでしょ、よくは知らないけど。
子供の勇気に半目になっていると、魔王様はクッションを弄りながら不思議そうに首を動かした。
「でも肝試しって何が楽しいんだろうな?俺ヒヤッとしたことないんだけど」
「あなた自体が怪談だものね」
「どういう意味だよコラ」
「あら、そのままの意味のつもりだったのだけど」
「うーん…確かに怖いって思っても鳥肌立ったことってないかも…?」
「だよなー」
「頭が真っ白になる方が先なので」
「あれっ?」
こっちにきて怖かった事、何だかんだガルム様と血塗れの魔王様かなぁ。通り魔に刺されて死んだ時は恐怖よりも驚きとか諦めが早かったんだよね、あれは多分感覚が麻痺してたか、怖すぎて現実逃避してたかのどっちがなんだろう。
ガルム様は食べられちゃうのかなって恐怖があったし、魔王様については、いつもふざけあってる人が急に怖い人に変わるんじゃないかって、誰かを殺したり殺されたりしちゃうんじゃないかってそういう怖さだった。
うーん、こう考えるとヒヤッとしたりモヤモヤすることはあってもゾクゾクしたことってないなぁ。
「サリィは怖かった事ってあるか?」
「あなたに殺されそうになったこと以外にあると思うの?」
「ほら、ゾッとするくらいヤバい趣味のヤツとか」
「あぁ…いなくもなかったけど、すぐにダメになるもの。興味ないわ」
そう言うサリィさんの目があんまり冷たくて、ついビクッとしてしまった。なんていうか、魔王様はたまにおっかないというか物騒なんだけど、サリィさんは基本的に優雅なイメージだから人外なこと忘れて綺麗なお姉様って感覚になりがちなんだよね。この人もあの………食事、とかで色々する人なんだったなぁ。ちょっと目を伏せると、気が付いたサリィさんが苦笑して肩をすくめた。うう、申し訳ない。
「…寒くなってしまったかしら?」
「あ。えっと、と、鳥肌は立ってない…です!」
「真っ白なのね」
「そ、そこまでは」
悪戯っぽく笑われると弱い、こっちが気にしてるの分かって茶化してくれるんだもんね。魔性だから、ヒトと違って色々物騒なのは仕方ないはずなのに、気を遣わせちゃってるのが辛いというか。
「え、えっと、魔王様は怖いものあります?」
「あるぞ」
「ですよね〜……えっ!?」
「私も初耳なのだけど」
「だって言われてねーもん」
うそ、苦し紛れに魔王様に話題を振ってみたけど、あるんだ。あんまりそこ期待してなかった、この人世界で俺が一番強いってタイプの人だし苦手なものはあっても怖いものがあるイメージがなかったんだよ。サリィさんも少し驚いた風に目を丸くして、瞬きをしてる。とことん聞かれなきゃ言わない人なんだなぁ、別にいいけども。
魔王様は一度小さくため息をついてから、目を伏せた。真剣な表情に、つい私とサリィさんが黙って言葉を待つ。
「…グウェンドリンの日が近付いて来るたび部屋から出たくなくなる」
「些細だなぁ…」
「些細なわけあるか!毎年地味に重厚感増してくんだぞ!?」
「期待して損したわ」
「何の期待だよ!」




