お爺さんじゃありませんでした
お城の扉を開けたら知らない人がいた。っていっても10割魔王様の知り合いの魔性なんだろうけど変わった外見。
肌の至る所に虹色の鱗みたいなのが付いてて目もなんかギョロギョロ、というかギラギラしてる。手の方は人間の手ってよりはなんか爬虫類っぽい。完全に鱗で覆われてて爪は怖いくらいに鋭い。目付きは怖いんだけど、元から強面ってやつなのか雰囲気は怒ってる感じじゃない。でもなんかオーラは大物感、にこにこしてるけど、不思議なお爺さんだなぁ。首を傾げるとお爺さんが少し嗄れた声を出した。
「坊主はおるか?」
「ど…どちら様でしょう…?」
「ぬ?むぅ、そうか、やはりヒトガタは心地が悪いのぅ」
お爺さんがぽりぽりと尖った爪で頬をかく、よく血が出ないなぁって思って見ているとその顔が一気に鱗で覆われた。背中から服を突き破るようにして大きな羽が生えて足も腕もどんどん太くなって、顔は完全にヒトのものじゃなくなった。そしてお城の周りの木が小さく感じるくらいの大きな龍が現れる、ガルム様だ。厳つすぎる顔がまたニンマリ笑って笑い声と言う名の突風が吹く。
「儂である!」
「はぎゃーーーー!!!!!」
そして私はその圧にあっさり気絶した。
魔王が膨大な魔力に飛んできてみれば、城の前には気絶した花子とそれを不思議そうに見下ろす虹の龍がいた。急に魔力が濃くなった気配を感じたので、恐らくはヒトに擬態した体型から本来の姿に戻ったのだろう。そしてその変貌とその纏う魔力に彼女の身体が耐えきれずに失神した、というところであろう。魔王が側にいさえすれば緩衝させられていたし、混乱も抑えられたのだが一歩遅かったようだ。
ガルムの気配は察知していたので城の外に向かって歩いてはいたのだが、花子が外に出ていたとはなんともタイミングの悪い。少し気まずく首の後ろをさすって息を吐く。
「あー、あー、うん、俺が悪かったな…」
「全くだ、居候の人間に応対なぞさせおって」
「お前その程度で腹立てるほど小さかねぇだろ、ハナコの話してんだよ」
場所を移動してすっかり定位置になりかけている談話室へ、勿論ガルムをヒトの身体になるように伝えてから案内したので愛しの城が壊されたりはされていない。気絶したままの花子は横のソファでサリィに膝枕をされている、起こすこともできるが特に必要ないだろう。
軽く咳払いをして正面のソファで腕を組んで踏ん反り返るガルムへ目を向けた。正直言って魔王でさえ苦手な相手なのだが、出向かれた手前追い返すわけにもいくまい。なんといっても自分と同格の存在であるのだから。
「で?連絡なしで来るなんて珍しいな。何かあったのか」
「大有りだ!おぬし二代目を引き取っておるようではないか!」
「あー、ライム?なんか悪かったか?」
ついこの間からの新たな同居人の顔を思い浮かべる魔王にガルムは大きく頷き、口の端から鋭い牙を覗かせながら話し出す。
どうやら簡単な話で、強者が共に暮らしているのは危う過ぎるとのことらしかった。始祖達もどこにでも在れるギアナは別として互いに距離を取り過度な干渉はしないことにしているのだ、もっとも構いたがりなこの龍は細かに理由を付けてちょっかいをかけにくるのだが。
確かに正論ではある、今は魔王自体の存在があまり信じられていないこと、そして来夢が周りへ言って回ってもいないことから特別な危険性は感じないが、もしこれが明るみに出てしまうとヒトは不安でたまらなくなるだろう。自然に近いガルムとギアナはまだいいが、魔王はあまりにヒトに近く、来夢はヒトの社会では有名過ぎる。おまけに互いは魔王と勇者、これでヒトの不安を煽るなという方が無理な話だ。
「でもあいつ俺の城住んでるから今更なぁ」
「うむ、何も追い出せという話ではないぞ」
「紛らわしいな、つまり?」
てっきり外に出せ、という話を持ってきたのかと思っていた魔王は数度瞬いた。ガルムはその視線を受けて座り直し、そしてくわっと大口を開けた。
「………喧嘩はするな!」
「絶ッッッ対無理!!!!」
同じ人間の身体で同じレベル、そしてスキルまでが殆ど同じなのだからこれと打ち合わない理由があるのだろうか。趣味というものを持たない彼にとっておよそ譲れるものではない、それならば戦いと引き換えに追い出すくらいはするが本題は勇者と戦うなというところなのだろう。強い口調で否定し、踏ん反りかえった魔王に対してガルムはテーブルを叩いて応じる。
「戯け!儂とやり合った時ちょおっと大地割けたではないか!」
「あれ俺悪くないもーん!ガルムがデカすぎただけだもーん!!」
「何おぅ!おぬしがちょろちょろ飛び回るのが悪いのではないか!」
「ハァ〜〜年寄りはそうやってすーぐ人のせいにするぅ〜〜」
「…フゥ、小童はいつの世も目が曇っておるものさなぁ。愚かさも幼さでは償えぬわい」
「あッんだとコラァ!!!!表出ろやデカブツ!!あぁっ!!?今日こそ三枚に下ろしてやるわクソトカゲが!!!」
「………うぅっ」
「あら、もう起き上がって大丈夫なの?」
「いやなんか…ひどい子供の喧嘩の夢を見たので…」
「現実よ、無情なことに」
正直運ばれてソファに寝かされたところから薄ぼんやりした意識で話聞いてました。まぁ、聞かせるとまずい話なら私を部屋に持っていくと思うし大丈夫なやつだよね。ガルム様も怖かったし狸寝入り決め込んでたけど、サリィさんの爽やかな笑顔を見るに起きてたのはバレてたのかな、やや乱れている前髪を直しながら起き上がって2人がいなくなった空間に溜息をついた。
「…魔王様やっぱり沸点低いですよね?」
「力を振るう相手は選ぶわ」
「その理性をどうにか喧嘩しない方向に使ってほしいんですけど…」
絶対ヤダって圧が凄かったもん、いや、九条くんのこと気に入ってるのはいいんですけどもっと普通なお友達な感じで気に入ってほしいっていいますか。悪い捉え方かもしれないけど良さげな動くサンドバッグ見つけたラッキー!って感じじゃない、あれ。
ガルム様へのキレ方もキレ方で、なんかチンピラ感というか、こう…子供か。魔王なのにそれでいいのか、完全に大人に怒る反抗期の少年だったけど。尤も、大陸がどうにかなりそうな喧嘩してるらしいガルム様もどっこいだなぁ。
「うーん、九条くんの時もあんなんだったんですかね」
「あの坊やの態度を見てもそれはないと思うわよ」
「デスヨネー」
もっと品格あるキレ方だったんだろうか、もしかして今のガルム様へのアレってじゃれつきなの?品格あるキレ方っていうのもわからないな。まぁ、今みたいなのじゃないだろうね、そしたら九条くんもうちょっと魔王様に塩対応してると思うもん。よかった、よくないけど。
サリィさんは少し苦笑いをして顔に垂れた髪をすっと耳にかける。落ち着いてるなぁ、慣れっこって感じ。まさか、もしかしてガルム様との過去の戦いが全部こんなノリで始まってるとかじゃないよね。ハハ、怖くて聞けない。
「自分が舐められるのが我慢ならないのよ、自分は見下して回ってるくせして始末が悪いわ」
「まぁ…同レベル期待されても困るんですけどね」
「そう、だから同格だと更に大変なの」
すっと目を伏せたままサリィさんが窓の外を見る、つられるようにその先を見た私の目にはガルム様がブレスで城の森を焼きながら空中で飛び回る魔王様を追い回す光景が入ってきた。防音効果が付いてるらしい窓の隙間からドゴォとかボォーとか、ガキンガキンとか物凄い現実ばなれした音が聞こえる。しかもその音が休むこともないしガルム様も大きな身体なのに素早く飛び回って目で残像を捉えるのがやっと。魔王様なんてドラゴンに比べたら小さいから豆みたいだしこっちも早くて早くて見えにくいこと、え、これ現実ですか。
「サリィさん?聞き間違いでなければ凄い音がするんですけど」
「現実よ、頭が痛いわね」
額を軽く抑えて溜息をついていらっしゃるけど、そんなちょっと疲れたみたいな顔だけで流せる問題ではないのでは。あの人達一体何してるの、ヒトじゃないけど!ガルム様なんて均衡が乱れるから目立つことするなって風なこと言いに来たんでしょ!
驚きと恐怖と呆れで開いた口が塞がらない私の耳に、今度はばたばたと忙しい足音が届いた。うわぁ、なんて素敵で素晴らしい生活音、普段はちょっとびっくりする音に入るのに今はやたらと安心感あるわ。ドアがバンとこれまた大きな音を立てて開いて、珍しく焦った顔の九条くんが窓を懸命に指差した。
「…おいっ!ちょっと!外の止めてこいよ!」
「止められるのは貴方くらいのものよ、頑張ってね、坊や」
「はぁ!?」
「…九条くん!ファイト!」




