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誰かの話

水晶の床に水晶の壁。空からはエメラルドの光が燦燦と降り注いでいる。傷ひとつない美しいダイアモンドのテーブルを虹の翼を持つ巨大な龍とのっぺらぼうの白い人形のようなものが囲っていた。そこへかつんかつんと水晶に傷を付けることを恐れもしない足音が近づいていく。射干玉のような黒髪に意志の強い琥珀色の魔眼、髪の一房は焔のように赤い。纏う魔力は神に届くのではと思うほど。それは人の世界で魔王と呼ばれる青年だった。


「おう坊主、珍しいではないか」

「子供扱いやめろ!」

「事実。汝は幼い」


その姿を認めた虹の龍は愉快そうに大きな口を歪ませて笑う。名は始祖龍ガルム、この世界の創世より生きる原初の命である。その翼を持って空を守護し果てた魂を見定る役目を担うものだ。

顔の無い異形はというとどこから声を出しているのか、しかしそれを尋ねることなどできるものか。その正体は大聖霊ギアナ、この星に流れる火、水、地、風、その他全ての魔力を管理するものである。


並の人間で相見える機会などまずあり得ない。その存在を知る者は極少数の賢者達のみ。この3人が集うとなれば世界の滅びでも憂いているのかと思われるだろうが流れる空気は張り詰めてなどおらず顔見知り同士の会合といった気安さであった。からかわれた魔王はというと拗ねた様子で手を叩き小気味好い音を鳴らしていた。


「議題わかってんだろ!茶飲みにきたんじゃねーぞ!」

「異界が開かれたという話だろう、ようやるわい」

「不可解な話」


やっと本題に入れる、と青年は大きくため息をつきながら椅子に腰掛ける。

田中花子の存在などこの世界においてノミに等しかったが転移の際に開かれた時空の穴は些細では済まされない異変であった。

この世界は那由多にある世界の1つに過ぎない。世界と世界は互いの存在も知らぬまま歩みを進める事が唯一の秩序である。それが破られたとあっては済んだことだからと置いておくわけにもいかないのだ。複数の世界が交わるというのは神にさえ許されぬ禁忌であるのだから。けれど問題があった、ならば天罰を与えればいいという簡単な解決は出来ないからだ。世界と世界の問題であってもそれが人の世で行われた事であるならば神は手出しをしてはいけないからだ。

ヒトとヒトの争いならば地に住む者が。

ヒトと魔性、妖なるものの争いならば神が。

そう、これは人が神さえも恐れずにしでかした愚行であった。故にその解決は強大な力を持ちながら地に生きる者達、始祖龍、大聖霊、魔王に託されたのである。


「一応1人は俺のところで保護した」

「危険はないのか?」

「レベル1じゃなぁ」

「疑問。それは真の姿か」

「ないない、ステータスハッキングも試したけど素だったわ」

「ふぅむ、一層わからん」


大きく鋭い瞳を細めて龍は唸る、てっきり自分達よりも優れたものが転移してきたのだろうと思っていだからだ。そうでなければ何がしたかったか分からない。


「あー、ったく、世界に穴を開けるような真似までして人間を呼ぶ必要ってあんのかね」

「人間、余りに脆い」

「増えやすいだけの毛なし猿ではなぁ…む、器量はいかほどか?」

「黙秘する。怒られるから」

「かかか、言っておるではないか」


時空の断絶によって扱えないエネルギーを持ち込むにしても術者に扱えず自滅する未来もあるというのに。魔王はこめかみを揉み小さく頭を振る


「ガルム、あの日のあの時間、不自然に星に招かれたものはいたか?」

「戯けぃ、世界で幾つのものが死んでおると思うのだ」


この世界では死んだ者は星に招かれる。天上の星々は神々の宮殿であり、人びとの魂は生前信仰していた神の膝元へと召し上げられる。ガルムはその流れをただただ見守っている、それこそ全ての命が途絶えるまで。か細い生命の灯が無為に消え続けることがあればその地に赴きその悲劇を救っていた。


「レイテ王国、流れが乱れた」

「ぬ…レイテ?確かエトランジュがあったあたりだな?暫し待て」

「ギアナ、乱れたってどういう事だ」

「偽りなし。魔力が虚に消えた」


魔力は血の流れのように地中を巡り、土地それぞれにむらはあっても途絶える事はまずない。大規模な魔術が行使されない限りは。

レイテ王国はつい一年ほど前にエトランジュ公国を倒して出来た国である。歴史ある国が敗れた時はストバイト大陸に住まう人々がどよめいたものだ。


「おおぅ!わかったぞ、2人死んでおる」

「…あと1人か」

「疑問。等価と思うか」

「そこまでは術式を見ないとな…しかしうちにいるのが残念なのが気になりすぎる、ちゃんとしたのがいると考えるのが道理じゃないか?」


花子がここにいたら言い返せないものの恨めしげな目付きで魔王を睨んだことだろう。魔王は琥珀の目を伏せるとなんともないような調子でポツリと一言を零した。


「もう一度、俺が死ぬかもしれん」







「いやはや素晴らしいですな、勇者様!」

「そうなのか?」

「えぇ!それはもう!複数の魔法を扱える人間などそうおりませぬ、しかもそれが全て高位のものとなれば片手で足りるでしょう」

「ふーん…」


勇者と呼ばれた少年の後を胡散臭い老人が追った。手を揉み賛辞を繰り返す様はどう見てもゴマをすっているようにしか見えないのだが、練習用の木人は言われなければ原型を察することが出来ないほどに砕けてしまっていた。その数は10を超え、その損傷は全て異なっている。ひとつは焼け焦げ、腐り落ち、切り裂けて、木であるというのに目を逸らしたくなる悲惨さだ。

しかし少年は今ひとつそれが分かっていない様で首をひねるばかりであった。


「で、次は何をやればいいんだ?」

「勇者様には馴染む武器を選んでいただきたく、一通り武器を見繕いましたのでお試しを」

「わかった」


武器と聞いて少年の声が僅かに明るくなる。どうやら魔法よりもそちらの方が嬉しいらしい。その様子に老人が微笑を浮かべその少年、勇者を先導する。


「とはいえ、勇者様であればどれでも使いこなせてしまうかもしれませぬなぁ」

「どうかな、向こうの世界じゃ剣とかすら持ったことないし」

「なんと!勇者様ほどの才に恵まれたお方でもですか!異世界というのは誠に惜しいことをするのですね」

「そ、そんなことないけど…」


あまりにオーバーな誉め言葉にとうとう恥ずかしくなったのか勇者は目を意味もなく空に向けて頬をかく。

この少年はつい先日レイテ王国に招かれた客人であった。少年の住んでいた国では戦争どころか武器の携帯が犯罪となりかねなかった。そもそも魔法なんてものは絵空事であり先程の魔法の練習はいまいちピンと来ていない。


「我が国は魔獣や亜人共に押しのけられてきた人間がようやっとの思いで作り上げたもの。しかしそれをよく思わぬ輩がまだ多くおりまする」


先程までは機嫌よく勇者を褒め倒していた老人の声が暗く沈む。勇者はぼんやりしていた意識を浮上させて弱々しく震えるその背を見た。


「どうか!どうか!貴方様にとってはつまらぬことでありましょうが我が国をお護りくださいませ!」

「な、何度も言わなくていいってば、やってやるからさ」

「おぉ、誠に有難う御座います!」


老人が振り返り勇者の手を枯れ木の指できつく握りしめる。この国の王にも、部屋に控える召使いにも散々聞かされた話に辟易としつつ勇者はしっかりと頷いた。その肯定に老人は満足気に笑ったのだった。






「あれはどうだ」

「はっ、驚異的です。現存する全ての魔法を自在に操っております」

「ほう」


日が沈み勇者の少年がベッドへ入った頃、王城の地下室では王と老人…王国魔導師が言葉を交わしていた。魔導師の報告に王は歪に口元を吊り上げる。


「エトランジュの貴き血は役に立ってくれたようだな」

「はい、召喚されたのが1人のみであったことが残念ですが下手に同胞を持ち此方に気が付いても困りますから」

「ガキで良かったな、煽ててやれば自分の特別さに酔いしれてくれる」


地下室の床にこびり付いた血の跡はまだ新しい。敗戦国となったエトランジュの若き王子とその姉たる王女は無残にもこの地で命を散らしてしまった。異界から人を召喚するといった馬鹿げた儀式の犠牲として。


「もう少しの間は王宮で遊ばせてやれ、使い捨てだと勘付かれてはならぬ。賓客と見なせよ」

「御意に」


浅ましい企てが立てられる中、広い自室でまだ夢の世界に招かれない少年は擽ったそうな笑みを浮かべて自分のステータス画面を見つめていた。剣に、弓に槍に、名前さえ知らない武器でさえ完全に扱えた興奮は中々冷めるものではなかった。


「勇者、勇者なぁ」


馬鹿らしいと思いながら暇つぶしに読んでいた異世界転生のマンガ。まさか自分がその主人公になるとは思いもよらなかった。トラックに轢かれたと思えば目が覚めて勇者様、なのだから笑い出したくなるのも無理はない。


「ま、悪くないんじゃね?」


【名前】九条来夢

【ジョブ】勇者

【種族】人間

【レベル】999

【体力】99999

【魔力】99999

【スキル】鑑定

千里眼

物理攻撃強化(極)

魔法攻撃強化(極)

状態異常無効

ウェポンマスタリー

マジックマスタリー

オートリカバー


ステータス画面を閉じ毛布にくるまると今度こそ勇者は眠りについた。

ちょっとシリアス…なのかな。他の人の話は適宜やりたいと思います

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