神様は大変でした
「ここの神様は本当優しいですよね…」
「そうね、けどハナコ。安売りのお肉を抱いていうことかしら?」
「ささやかな幸せの代表格ですよ!お金ないんですもん…」
「宝物庫の使っていいぞ」
「両替が面倒なので嫌です…」
運良くお肉のタイムセールに出くわして、私は幸せな気持ちで帰ってきた。お肉ってそこそこのお値段するし、節約するに越した事はないんだよね。お金が全然ないってわけじゃないけどそこまで余裕あるってほどじゃないから。九条くんは人生5回やり直したら使い切れるとか言ってたけどね、くぅ、憎い。
こうしてちょっとしたラッキーに巡り会えるのはノル様のおかげらしいので、今日もちゃんとお祈りをしようと思う。肉入りのカバンを抱きしめて決意する。そんな私の様子が逆に新鮮なのか、魔王様は不思議そうな顔で首を傾げていた。
「にしてもお前らの世界って、はっきり神がいるかどうかわかんないんだろ?よく信じられるな」
「あら、素敵じゃない。この世界の住人はあるかもわからないものを信じられるほどロマンチストじゃないもの」
「…ファンタジー世界の住人に言われると妙なダメージがありますね」
大学の心理学の授業で聞いたことあるけど宗教って自分の拠り所って意義もあるらしいし、現実が非情だからこそ確証も何もないものを信じたくなるんじゃないかな。本気で信じてる人の気持ちが分からないから、どうとも言えないんだけどさ。こっちの世界の人は不思議なものがあるってわかってるからこそ、妙に冷めてたりするんだろうな。
「うーん、お前らの世界の神、人間嫌いなんじゃね?」
「縁起でもない話やめてもらえます!?これでも神様がやたらいる国にいたんですからね!」
「事実関係はないのよね?」
「う…はい…」
加護がないことが気になってしょうがないのか、魔王様はひどいことを言う。縋る先に嫌われてたら教徒が哀れでならないでしょうに、もっとも本当にいるかも分からないものだからそんなに私はダメージとかないけど。
ただ、言った通り神話とか多いっていうか、ちょっと探せばお寺も神社もそこらにある国にいたから嫌いって言われると多少の切なさは感じなくもない。
「あ、でも、無垢な娘を引き換えに雨を降らせてやるーみたいなお話はなくもないですね…そう考えると厳しいかも…?」
よく聞くよね、そういう神話。あれって神様じゃなくて妖怪なんだっけ、詳しいところ知らないや。ぼんやりした記憶を呼び起こしていると、サリィさんと魔王様が戸惑った様子で顔を見合わせていた。あれ、私また変なこと言ったかな。
「どうしたんですか?」
「あー…無垢って、なんだ?そういう…その、解釈でいいのか?」
「あ、あ、ええと、は、はい…」
「なんていうか…情けない話ね」
「そ、そうですか?特別なお願いっていうならやっぱ手当的なものじゃ…あ、いや娘さんは可哀想ですけど」
生贄とか供物なしでも加護与えてくれるこっちの神様は優しいけど、現実はそうじゃない方が普通なんじゃないかな。この辺がジェネレーションというかワールドギャップだね、別に生贄制度がいいっていってるわけじゃなくてタダで何かされるなんて虫のいい話があるわけないってことで。でもなんだか納得いっていないらしい魔王様は、少し顔をしかめながら口を開いた。
「だってそれ、神が夜の技に自信ないってことだろ?」
「そうじゃないですよ!?」
「え!?他になんかあんの!?」
「えっ!?いや、わ、わかりませんけど!!」
「ハナコ、何言ってるの、昔の男の方が上手かったとか言われるのが辛いとかじゃないとそんな条件にならないでしょう」
「あたりキツすぎません!?」
引っかかってたのそっちなの!?真面目に考えてた私がバカみたいじゃん!いや、魔王様的に真面目に考えてたんだろうけどさ。何よりあのサリィさんも同意見なのがびっくり、あれか、夢魔だからですか。
こっちでは穢れのない乙女が好まれる傾向にあるんです、って伝えてみると2人は更に信じられないって顔をした。
「穢れ…?じゃあ生まれた子供はみんな汚いってことか?」
「そ、ういうわけじゃないと思いますけど…」
「何にせよ、情けないって印象は変わらないわね」
「営みを愛せない神とかただの魔性くずれだろ、信仰捨てた方が無難だぞ」
めっちゃくちゃに言われてる、ごめんなさい、いるかどうかもわからない我々の神様たち。心の中でそっと頭を下げておくことにしよう、私の妙な罪悪感を無くすためにも。魔王様は溜息をついてから足を組んで、ゆっくり厳しめな顔で首を振った。
「まぁ、実際命っていうのは基本的に汚いけど、命を嫌っていいのは地上の奴らだけだと思うぜ」
「……ま、魔王様は嫌いですか?」
「え?特には?」
この人って本当に価値観が分からないなぁ、深入りする気は無いけど物事の捉え方が独特なんだもの。魔性とヒトって違うものだけど、見た目が人間だからちょっとしたところで気持ちのタイミングが合わなく感じることがあるんだよね。当たり前のように汚いって言われると流石に戸惑うよ、言い方に悪意も感じないしこっちを見返した顔が純粋に不思議そうだったから尚更。
「でもほら、そういう汚い命ってやつが時々眩しく見える時があるもんなんだよ。そういう錯覚を愛して、また見ていたいって思えるやつが神になれるんだ。性格悪い奴もいるんだけどな」
「そうね、でも個人の趣味嗜好は仕方ないものだもの」
「まぁなー、全員が全員同じ性格ってのも気持ち悪いからいいんだけど」
あぁ、なんか魔法の神様って結構捻くれてたんだっけ。折角なので変わった性格のお方について聞いてみたら、純粋に地上の信徒が好きな神様も当然いるんだけど、幸せにしたいって方向じゃなくて苦しんでる様子が見たいとか、困難を乗り越えた先の笑顔が一番とか、個々のこだわりがある方がいらっしゃるそうで。いい迷惑だな、趣味に付き合わせないでほしいんだけど。その点ノル様は所々様子がおかしいけど、普通に優しい方だよね。よかったよかった。
「えっと…それだけ歪んでても嫌いじゃないんですね?こう、勝手に作りやがってー、的なのはないんですか?」
「お前らっていちいち親にそういう不平不満言ってんの?」
「ひ、人によると思います」
「…どちらかといえば、逆恨みされるのは貴方よね」
「勝手に神に縋った方が元凶だろ」
「諸悪の根源がよく言うわ」
うーん、神様と人を子と親に例えるのは逆じゃないかなって思うんだけど、創造神様以外は人の願いで生まれた神様だから妥当なのかなぁ。魔王様クラスの脅威があちこち暴れたらそりゃ縋りたくもなると思うし。なんていうか、加護をくれるって言っても神様が生きてる側に都合良すぎてしっくりこない気持ちになる、首をひねるとなんとなく察した魔王様が小さく首を振る。
「それに神だけが損してるってわけじゃない。お互いに利害関係の一致で成り立ってる信仰だし、変な軋轢は生じねぇよ」
「うーん、ビジネスライク…そういうのもアリなんですね」
「種としては決定的な上下があっても神と信徒は対等だもの。むしろ健全ではなくて?」
「たまに依怙贔屓しろって信徒がいるらしいけどな。そういうのは神も嫌だからまずもって信仰として成り立たん」
「え、そうなんですか?」
「1人を特別に救うってことは、そいつのいいなりになるってことだからな。魔性もいるとはいえ、たった1人の願いで縛られたらそいつが死んだ後は堕ちるだけになる」
へぇ、あ、そういえば信仰が足りなくなったら神様は神様じゃなくなるんだっけ。降格とかなんとか前に聞いた気がするなぁ、魔王様に聞いてみると死神様っていうのがそういう神様を見つけ次第刈り取ってしまうんだそうな。怖っ、処刑人か何かかな。創造神様は独立したシステムの上にいるお方だから手出しはできないそうだけど、神界ってやつで最強なのではないだろうか。
それにしても、誰かが好きだから味方をするものなのに、特別扱いはダメだなんて人間には難しいや、やっぱりそこが神様なんだろうね。
「複雑な社会ですね…神様も」
「神だけがいつも自由なんて思ったら大間違いよ」
「そうそう」