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内緒話しました

「九条くんはさ、なんか、変わったよね」

「遅…今かよ」

「だ、だって、2人きりになる機会ってずっとなかったから」


今日は魔王様がいない、厳密に言うと地下室で何かを弄っているので食堂に来てない。毒の改良版は完成したらしいんだけど、久々にそういうことして楽しくなったから他の薬品とか毒も改良の余地があるんじゃないかって一気に弄ってる。まだ朝だからサリィさんも起きてきてないし、結果久々に1人の朝ご飯かなって思ったんだけど九条くんが眠そうな顔で廊下を歩いてたから付き合ってもらうことにした。


そんなわけで、いつかとおなじように代わり映えのしないサンドイッチとコーヒーを置いて席に着いて会話を試みたわけだけど。私、九条くんのこともそんなに知らないんだよね。


「……まぁ、そこは、田中サンのおかげかも」

「わ、私?」

「城から追い出されなかったら、気持ち整理できなかったし」

「追い出してはないよ!?」


リベンジマッチしたら?って言っただけだよ、記憶改竄しないでほしい。まぁ、うん、あんな感じで戻ってくるとは思ってなかったから、後悔したりもしたんだけどね。九条くんは私の反論なんて気にせずにマグカップを持ち上げて、小さく溜息をついた。


「なんていうか、怖かったんだよ」

「え」

「急に死んだと思ったら、知らない奴らにもてはやされて、知りもしないことを勝手に出来る身体になってて、あの時は浮かれてたけど、多分浮かれてないと不安でしょうがなかったんだと思う」


急な話に一瞬何の話かと思ったけど、九条くんがこっちにきた時のことだって分かった。私は何故だか魔法に完全には巻き込まれないで魔王城に落ちてきたけど、九条くんはちゃんとレイテ国に行っちゃったんだよね。私はあんまりにもポンコツなスペックだから門前払いされちゃったのかもしれないけど、ちゃんとしたところに行ったからっていい結果があるわけじゃないんだ。


九条くんが言ってることも尤もだ、死んだと思ったらチートスペックになって、勇者だって丁重にもてなされる。まるで漫画やアニメみたいで一瞬は面白いんだろうけど、自分が確かに死んだことを思い出すとそんなに楽しいことばかり考えてられない。フィクションの主人公になったつもりで浮かれていないと、答えなんて出ないものにずっと悩んでしまうかもしれない。あの日、やさぐれていたように見えたけど実は九条くんは目をそらしていただけでずっと冷静だったのかな。

静かにコーヒーを一口飲んでから、九条くんがちょっとだけ苦しそうに顔をしかめた。


「でも……勇者じゃない俺に価値なんてなかった」

「そんなこと…」

「今だってそう、オレが女から追い回されるのだって強いからってだけ」

「………」


九条くんは、かっこいい方だと思う。日本にいた時は知らないけど、きっとモテたとんだろうなって思えるくらいには顔が整ってる。だけど、それだけじゃないよね。女の敵め、とか勝手に怒ったりしたけど九条くんにとって嬉しかったことがあるのかなんて今更申し訳なくなったりしてる。ダメな大人だな、私、同じ境遇って言っても色々違いすぎてなんて相槌打てばいいのかすら分からないや。

でも、九条くんは私なんてどうでもいいようで、揺れるコーヒーを見つめながらポツポツ独り言みたいに話を続けた。


「だから、許せなかった。勇者じゃなかったらダメなのに、魔王に負けて、馬鹿にされて、この先違う世界でどうやって生きればいいかなんて検討もつかないし」

「…あの、ごめん。えっと変なこととか、嫌なこととか、多分言ってたよね」

「いい、聞いてなかったし」

「そこは聞いてよ」


いや、実際あの時完全に私なんて眼中になかったよね、それは分かるんだけどこうも直接バッサリくるとまあまあ心にくる。うん、ここはそう、気にしてないという変換をしてしまおう。そうすれば若干罪悪感が落ち着いてくれると思う。そう信じる。

九条くんは半分くらい減ったマグカップを机に置いて、今度はサンドイッチに手を出した。面白みもないハムと野菜を挟んだだけの日本でもここでも出来る味。本当は卵が好きなんだけど、マヨネーズってこっちで出来るのかなって、一口齧られるパンを見ながらぼんやり考えた。


「で、いざ勇者ってのをやってみたら、ボコボコにされたのがありえないくらいつまんなくて、余計虚しくなった」

「えぇ…それはちょっと、嫌味だよ…」

「っ、ふ」


え、笑った。笑ったとはいってもすごく複雑そうで、なんというか卑屈っぽい笑い方だったけどいつも呆れてるか無表情か、それか怒ってるかの九条くんが初めて笑った。何か変なことを言ったつもりはないんだけど、あ、いや、この話の流れで九条くんに文句言うべきじゃなかったかな。でも、普通に傲慢っていうか、「特別」に苦しんでたとしてもつまんないっていうのは違うんじゃないかな。心の中で汗をかきながら続きの言葉を待っていたら、九条くんは苦笑いのまま私を見た。


「…オレがあんたをさ。何も持ってないあんたが羨ましく感じたなんて言ったら、ムカつく?」

「………びっくりする」

「変な顔してる」

「するよ!そりゃ!」


爆弾を落とされたのかと思った、話しかけたら話してくれるけど九条くんっていつも素っ気なくて私に全然興味なんてないと思ってたから。

羨ましい?羨ましいって、どこが。アラサーで、喪女で、レベルも1で、才能も特技も趣味も何もなくて、見た目だってパッとしない。魔王様じゃないけど言葉を間違えてるんじゃないかって思うくらい変、だけどこの顔を見るに嘘なんかじゃないんだろうな。余計頭がこんがらがって、私は間抜けな顔を直せそうになかった。


「だって、楽でいい。自分にしか出来ないことを見つけなくたっていいから」

「ちょっと、あのねぇ」

「オレは探すしかなかった。勇者ってのすら手放したら何も残らない」


何もない私がいるんだから、何も残らないなんてことあるわけないのに。でもそう言うことはやっぱり出来ない、だって私は生まれてきてからずっと背景にいるような女で、主人公になれそうな九条くんの気持ちなんて分かるはずないんだ。おまけに感銘を与えられるような人生経験だってしてやしない、九条くんは黙った私を一度見てからまた一口分サンドイッチを減らした。


「馬鹿みたいだよな、あんたは普通に暮らしてて、魔王は全然魔王らしくないのに、オレだけが何かになろうとして」

「別に…九条くんは」

「オレはオレとか、今時ドラマでも寒いけど、そんなこと言う気?」

「あ、えっと…」

「…変わんなかったよ、何も。まぁ、あいつとやりあって楽しいっていうのは変化かもしれないけど」


やっぱり下手なこと言おうとするべきじゃなかった、薄っぺらい言葉は吐き出す前に突き返されてしまって情けなく項垂れる。もっとも向こうは気にしてすらなくて、まだまだ話を続けていたんだけど。

…なんか本当に不思議、どうしてこんな大切なこと特別仲良くもない私に話してくれるんだろう。魔王様だと意地はっちゃうからとかなのかな、あの人適当だけど真剣な話なら茶々入れない気がするんだけどな。まぁ、話してるっていっても独り言を会話にしてるってレベルの結構一方的な感じだけど、それでもその内容はちゃんと重たい。


ぬるくなったコーヒーを飲んで頭を傾げていると、いつのまにか食べ終わっていた九条くんが残ったコーヒーを飲み干して小さく息を吐いた。


「本当、あんたのサンドイッチ普通の味しかしない」

「ご、ごめんなさい…」

「何で謝んの、不味いとか言ってないけど」

「え、えぇ…?さっきからわかりにくいよ、九条くんの話」

「変わってほしいものと、そうじゃないものくらい、あんたにもあるだろ」


ふいっと逸らされた顔は若干気まずそうで、なんだかそれがちょっと嬉しかった。もしかしたらわざとわかりにくい喋り方したりしてたのかな、そんな都合のいい勘違いをしたくなるくらいに年相応な仕草だった。


「…言うなよ。今の話、ルキウスにもあの男女にも」

「うん。内緒にする」

「うん」


ほんの少し仲良くなれた気がして少し笑ったら、ちょっと睨まれた。なんだか物凄く理不尽だけど、これは嫌じゃないや。











「あの、魔王様って、誰かを羨ましいとか思ったことあります?」

「一度もねぇな」

「はぁ…」

「おいコラ!急に聞いてきて何なんだおい!」

「はぁ……」

「溜息つくな!」

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