平和的解決でした
「ん」
「何これ」
「家賃」
どさっとそこそこ重い音を立てて小さな麻袋が談話室の机の上に置かれた、九条くんが首を傾げている魔王様を見て不思議そうな顔をする。そして私は家賃って言葉に冷や汗をかいていた。
何故なら私は払ってないから。
いや、踏み倒してるとかじゃなくてお金とか必要ですかねってかなり最初に聞いてはいたんだよ。でもいらないって言われてからそのままご厚意にダラダラ甘えてたっていうか、うっ、年下の方がしっかりしてる。情けなさすぎる、大人なのに。もっとも九条くんは私と違って資金があるからお高めの家賃払っても懐が寒くならないんだろうけどさ。
どうしたものかなってちょっと肩をすくませていると、同じ居候だからなのか私の方に九条くんが顔を向けてきた。
「あんただって払ってるんじゃねえの」
「…え、えっと」
「うわ、払ってないんだ…」
「俺がいらないって言ったからな」
あからさまに引いた顔をされて心にグサッと来てしまった、大家の魔王様にいらないよって言われてても常識はずれなことをしてるのは私の方なんだよね。普段言葉遣いとかで口うるさく言ってる分、とても居たたまれなくなる。魔王様は麻袋を持ち上げてぷらぷら揺らしてから九条くんの手に握らせて、やれやれって感じに首を振った。
「別にお前らに何かしてもらいたくて住まわしてんじゃねえって。金なら掃いて捨てるほどあるんだし」
「文字通りね。単に部屋が空いているのが勿体無いだけなのよ」
「はぁ?部屋重視かよ」
私も言われたなぁ、それ。まぁ家ってすまないとダメになるらしいからね、もっとも魔王様の魔法じかけのお城だからそんなことはないって分かってるけど空部屋ばっかりのお城って寂しさが半端ないし。
あ、でもラヴィニアさんとかグウェンドリンさんのことは絶対住ませる気ないみたいだね、前者は言わずもがなで後者は折角年1に収めてるのにこれ以上衣装増やされたら病む、ってことらしい。うん、グウェンドリンさん的には万々歳だと思うけど、魔王様にストレス詰め込むと爆発したとき勢いで何かが吹き飛びそうなのでやめてもらおう。彼女も住む気ないと思うけどさ。
九条くんは手に握らされた袋を不満気に見て、渋々どこかに…多分アイテムボックスにお金をしまうと腕を組んで顔をしかめた。あ、納得してないな、これ。私も最初は納得いかなかったけど余裕なくて飲み込んじゃったんだよね。
「…でもなんかヤダ。なんかねーの」
「なんかやだって何だよ」
「貸し借りがあるみたいで気にかかっているのでしょう、その坊やは」
「へー。律儀だな」
隣で優雅にお茶を飲んでいたサリィさんがソーサーにカップを下ろしつつ補足すると、魔王様はあんまり分かってない顔で軽く頷いた。
時たまおもってたんだけど、この人もしかして貸し借りって概念をよく理解してないのでは。恩人だって言った時も全然ピンときてなかったみたいだし、人に貸しを作っているって感覚がなさそう。なんか、人に何かして当たり前、みたいな、お人好しとは違う気がするんだけど雑にサービス精神があるって感じ。そこだけなら嬉しいんだけど返されるってことは覚えてほしいなぁ、ただより高いものってないし、たまにはそれなりの見返り求めてもらった方が気が楽なんだけど。
「あ!じゃあさ!じゃあさ!俺と月一で戦おうぜ!」
「………はっ?」
「…あなたねぇ」
「え?」
「い、いや、魔王様この前怪我したばっかりじゃないですか!」
「治ったぞ」
「…そんなの、治ったにされてたまるか」
何かを考えてたらしい魔王様がいきなりいい笑顔でとんでもないことを言う、そういえばこの人サリィさん曰く戦闘狂なんだっけ。いや、ダメでしょ、目が無くなってから一週間ちょっとしか経ってないよ、喉元の熱さ過ぎ去るの早すぎ。3人から流石にどうかと思うって視線を浴びせられても、当人は一切気にしていなかった。気にして。
「俺二回同じ手食うほど頭悪くないぞ」
「疑わしいわね」
「なんでだよ!」
「貴方は油断さえしなければ誰にも遅れを取らないわ、勇者の時と同じでその坊やに油断をしていたのでしょう」
「う…」
あぁ、魔王様って当たり前に強いから当たり前に力抜くんだよね。この間やられたのはまた気と力を抜いて遊んでたからなのか。九条くんと前戦った時も血みどろで帰ってきたのに、学ばないなぁ。図星を突かれたらしい魔王様は一瞬呻いて、さっと目をそらしながら前髪をくるくる指に巻き付けている。
「い、いや、そんな、あの時ほどは舐めてなかっ、たし…全然っ、な…」
「…は、何?舐めプしてたってことかよ?」
「え、待てって、なんで?なんでライムまで怒ってんだ?」
「上等だよ、月一と言わず今すぐにでもぶん殴ってやる、表でろ」
「く、九条くん、落ち着いて」
「落ち着けるか!」
何かしらの逆鱗に触れたのか、九条くんがこの前みたいな殺気丸出しの顔で魔王様に掴みかかった。魔王様がそれに戸惑うように瞬きをして、更に目付きが鋭くなる。どうみても一触即発って感じで、怒鳴られたこともあって私はすっかり黙ってしまった。こういう時じゃ、何も言えない。だって私は2人がどんな戦いをしたとか何も知らないんだから、立ち入る権利さえないんだ。
「…オレは本気だったのに!」
「ハナコの言う通りだ、落ち着け。俺が本気じゃなかったわけじゃない」
「手抜いといて、どの口でっ」
「剣を抜いたのは久しぶりだった、普通は魔法だけで片がつく」
九条くんの言葉に魔王様は少しだけ声を低くして、胸元の手をゆっくり剥がした。傍目には簡単に見えるけど九条くんが怒ってるんだから、結構力入ってたんじゃないのかな。だけど腕を外されても、勢いは止まりそうもなくて魔王様にまた食ってかかっている。続けて吐き捨てるように言われた言葉に今度こそうんざりしたように目を細めて、魔王様が九条くんのおでこをぐっと人差し指で押した。
つまりは剣を使った、らしい。あの「剣で切るより体内に剣作った方が早くね?」とか天才的思考で世界の魔法使いの方々に喧嘩を売る魔王様が。それって相当なことなんじゃないのかな、いや、ムカついたって言ってたから単純にキレて奥の手を使っただけかもしれないけど。
その言葉に九条くんは一瞬唖然としておでこをぐりぐりされっぱなしになっていた。男同士のことってよくわかんないけど、要するにスポ根ドラマで見るライバルが手抜いてたのが許せない、みたいなものだったのかな。殺気とか凄かったけど、そうだと信じよう。
「お前は片が付かなかったってこと。大体格下相手に喧嘩しようなんて誘うわけないだろうが。正直死ぬほど自惚れてほしいくらいなんですけど!」
「……そ、りゃ…そう、だけど」
「…あなたってそういうところよね」
「どういうとこだ?」
「いいわ、言ってもわからないでしょうし」
サリィさんが静かに重い溜息をついて、2人から目をそらすように首を振った。あぁー、男って馬鹿よねって顔してる。でも実際私もこのノリについていけてません、次元が違いすぎるからね。うん。まぁ穏便に解決したっぽいのでよしとしよう。
「…えっと、結局するんですか?手合わせ…?みたいなこと」
「俺はしたい」
「ま…まぁ、別に、いいけど」
「なら、せめて迷惑をかけないでちょうだい」
「一回もかけてないだろ」
「心配かけるのは立派な迷惑よ、ハナコのことはその都度鎮静化させるつもりかしら」
「あっ、あ、あー…」
置いてけぼりだった私に急に視線が寄越されて戸惑ってしまう。確かに、いくらお互いに合意の上って言ってもボロボロの身体で帰ってきてほしくないし、それを日常にしてほしくもない。日々奇行して暇を潰してる魔王様にとっては、きっとそれが楽しいことなんだろうし私はやめてほしいなんて言えないし、言いたくないけどやっぱり危ない事をしてほしいわけじゃない。うん、わがままだな、私。
見ないふりをすればいいんだけど、どうしようかなって両手を組んで考えていたら、視界の隅で腕を組んで、頭を揺らしてあーうーとか唸っている魔王様が見えてちょっと面食らった。サリィさんに言われからっていうのがあるんだろうけど、魔王様が悩んでるのがおかしく感じる。だって、満面の笑みになるくらいやりたいことのはずなのに私なんかを気にしてるんだもん。
「…ライム!木の枝でやりあおうぜ!」
「バカなんだな?」
「馬鹿よね」
苦肉の策って感じに捻り出した結論に、吹き出すこともできなくて微妙な顔をしてしまう。笑いたいけど、それなりに真剣に考えてくれてたことなんだし、きっと失礼だよね。でもやっぱり口元が緩んでしまうのはそのバカっぽい提案が嬉しかったからだと思うんだ。恥ずかしいので、言ったりしないけどさ。




