神様に会いました
コトリと目の前にガラスのティーカップが置かれた。縁は金色で側面には花の模様が刻まれている。まぁなんていうか高級品だ。勿論中からはカップに負けないようないい匂いが漂ってくる。良い茶葉を使ってるみたいだけど紅茶も高級品じゃないのかな。
うーん。もし私が見初められたヒロインとかそういうポジションだったらちょっと恥ずかしいくらいで済んだのかなぁ。でも無理です。何故なら私は美女でもなくただの花子でただの居候なのですから。勝手に気まずくなりながらティーカップへ手を伸ばすと持ってきてくれたサリバンさんから声が掛かった。
「ハナコは何がいい」
「え?」
「神についてだ」
「そんな夕飯決めるみたいな気軽さで聞かないでください」
そういえばそんな話もしてたなあ。日本にいた私にとってはあまり馴染みのない話題だから忘れてたんだよね。一応お葬式は仏教形式でやるけど結婚式は何を着たいかで決めるわクリスマスもハロウィンも楽しむような国で育つと宗教にあんまり関心って持てない。駅前で勧誘される時は早足で通り過ぎてたしね。あの国風は自由なんかじゃなくて興味がない結果なんだと思う、騒げればいいしワンチャン経済活動に繋がればいい、そんな感じ。そのくせお化けとかは信じてる人が多いから今考えると不思議なところだったな。
と、いけない、いけない。思い出してる場合じゃないよ、まずはここの宗教形態について知らなくちゃ。
「えーと、サリバンさんはどの方を信仰してるんですか?」
「性交の神」
「あっ、はい」
夢魔だもんね、そうだよね。もう触れないぞ。華麗にスルーするのが吉。
短い付き合いで分かったことだけど、サリィさんはそういう話題になると笑って誤魔化したり遠回しに肯定したりするのに対してサリバンさんはストレートなんだよね。あと口数もそこまで多くないし構いにはこない。魔王様はそこまで変わらないって言ってたけど大分違うんじゃないかな、もしかして人を見る目が無いのでは?
「あ、そういえば魔王様が言ってたことですけど、神様がよく働くってどういうことですか?」
「この世界の神は、信仰によって形作られる。信者の数が神格に影響するということだ、だから、怠ける神は滅多にいない」
「へぇ、なんか身近なんですね」
「そして信仰が地の底に落ちた神は降格され、人間として転生するシステムでな。世知辛いと評判だ」
「え、待って?神様ですよね?」
「生きるものはすぐ祈る。神も増えに増えて担当を奪い合う始末。今、神界はノルマ制度だ」
「悲しい!」
元の世界では神様っていつも我々を見守っていますよってイメージだったけどこの世界では積極的に守ってくれるんだそう。もちろん干渉しすぎるのは信者を堕落させるから平等にって制約はあるらしいんだけどね。なんで守ってくれたりするのかっていうと、ほら、ここファンタジー世界だから妖精とか普通にいるらしくて、目に見えなくて特に何をするわけでもないけど見守ってますよ、なんて受け身姿勢でいると誰も信じてくれなくなるんだって、すごくシビア。魔法があると不思議なことを全部神様のおかげって思わなくなるっていうのは意外だな。にしてもノルマ制度って…会社じゃないんだから。おまけに勝手に神様として成立して勝手に人に落とされるって考えると可哀想な存在だよね。
「だから、悪魔なんてものがいたら嬉々として神々が滅ぼすはずだ。世界的な害になるから過干渉でもないし、信者を増やすチャンスにしかならない、逆に天使なんてものがいたら天使信仰が芽生えるから私怨で殺されるぞ」
「神様って優雅なイメージだったんですけど…」
「降格しようもない大神達は優雅だと聞く。教会も多いからな」
そんなバーゲンセールみたいな…とちょっと遠い目。天使と悪魔がいない理由は分かったけどよもや神様がそんなにガツガツしていたとは。
大神様っていうのを聞いてみたらこの世界を作ったと言われる創造神、争いを司る闘争の神、恵みを与える豊穣の神が人気なんだと教えてもらった。ちなみに大神様ほどじゃないけど性交の神も人気なんだって。…くっ、そんなバカなとか言えない自分が嫌だ。
「神様って絶対に決めないといけないんですか?」
「信仰を押し付ける気は無いが、スキル無いくせに加護もいらないのか」
「あ、決めます」
卑しいなぁ、私。
加護は神様ごとに違う恩恵で、その恩恵から宗派を決める人が多いんだって、なんか保険みたい。勿論スキルみたいに自分が自由に使えるものでもないんだけど、どうにもならない事態を考えてそこはやっぱり神頼みってわけ。俗だなぁ、神聖なものってイメージがだいぶ崩れてきてるんだけど大丈夫だろうか。ファンタジー世界に夢持ちすぎてたりするのかな。
さて、私が神様にお願いしたいことといえば…うん、たくさんある。
チートじゃなくてもいいから何かしらの能力欲しいし…いやいや、上位互換どころの話じゃない魔王様が近くにいるのに下手に力を得ても惨めだよ。ここは堅実なことを祈ってみよう。
「安全に健康に生きていけますように、って神様はいらっしゃるんですか?」
「多い」
「えっ」
「もっと具体的に。今の条件だと少なくとも5柱くらい引っかかってしまう」
「えぇっ」
嘘でしょ、これでもマイナス検索には充分じゃない?どんだけ細分化してるんだ神様。本当に願いの数だけいらっしゃるんだろうか。なら次はと頭を捻っているとサリバンさんが机の上に小さな色とりどりの宝石を並べ始めた。
「ここは、運に任せて占いで決めてもいいだろう」
「えっそんな簡単な…というかそれ、運とか占いの神様になったりしないんですか?」
「大丈夫だ。臨む加護を与えられない信徒を迎え入れたところで、向こうが困る」
「結構しっかりしてるんですね」
この占いは優柔不断な人じゃないと使わないらしいけど、自分が願う通りの神様が選べるんだそう。この世界の神様のことよく知らないしいいかも。一番綺麗だと思った宝石を掴みとればいいって言われたけど並べられた宝石は20程度。聞いてた話を考えても絶対足りないんじゃないかな?どんな仕組みで選ぶんだろう。それにいくら小さいって言ってもどれもいい石だなと思うくらい綺麗。少し困惑する私を横目にサリバンは爪の先まで綺麗な手を宝石の上に翳した。
「大いなる神々よ」
雰囲気まで神聖に見えた。この一瞬、談話室が特別な場所みたいに錯覚してしまう。つい見惚れていたら視線で机を見ろと促されてはっと我に返る。
驚きに声を上げそうになった。さっきまでただの宝石だったはずなのにその1つ1つが別物のように美しく光り輝いている。1秒1秒、その輝きは表情を変えていく。どの宝石も綺麗すぎて遠い星のようだった、手を伸ばすことがなんだか畏れ多いようなそんな感じ。そっか、これが釣り合わないってことなんだろう。無理にあれを手にしたところできっと私には過ぎた守りなんだ。
小さく息を吐いて、自分が本当に望むものを思い浮かべた。私が信じてみたい神様の形を。決して高望みはしません、わがままなお願いかもしれないけど恙無くこの世界で生きさせてください。ふと、薄い緑の宝石が一番綺麗に見えて、無意識のうちに指でつまんでいた。これが私の神様なんだろうか。不安になって視線を上げるとサリバンさんは満足気に頷いていて、気が付けば机の上の宝石達は光る事をやめて静かに佇んでいた。
「…これ」
「普遍の神、ノル」
おずおずと一粒をサリバンさんに預けるとそう答えを返してくれた。ノル様か…普遍の神ってどういうタイプなんだろ。
「どんな神様なんですか?」
「知らない」
「ええー!?」
「新興宗教には疎い。ご降誕なされて100年くらいではないのか」
「十分長いと思…いや神様的にはダメなのか…」
「人間には長くても、獣人はもう少し生きる」
まさかの新入りだった。まぁ、ぽこじゃか神様が生まれていたらこういう事もあるか。割と雑に納得してみたり。サリバンさんが石を片付けながら一日に一度でも祈りはしておくようにと伝えてくれた。取り敢えず寝る前にでもお祈りしよう。祈る事ってあんまりなかったからどんな事考えればいいか分からないけど、一回は自己流でやってみて間違ってそうなら直せばいいよね。
そうだな。うーん。最初は怖かったけど人間的な生活が送れる魔王城にいられて幸せです、これからもよろしくお願いします…とかで。
「お、おやすみのところ、失礼します…!」
「うわっ、えっ、誰ですか!?」
「ノ、ノルです、うぅ…ひっく……」
「な、泣いてる!なんで!?」
「ひ、久々の信徒さんですもの!もうひと月過ぎていたら降格されていました!ありがとうございます!もうしばらくは死神様の足音に震える必要はありません!」
「あ、そ、それは良かったですね…」
不恰好な祈りを済ませて眠ったと思ったら神様の御対面を果たしてしまった…そんな気軽な。
目の前で泣きながら土下座しているのは小学校3年くらいの小さな女の子だった、100年かそこらってサリバンさんが言ってたけどそのせいで小さいのかな。それにしても幼女の神様にありがたやと手を合わされながら土下座をされるのはすごく心が苦しいのでやめていただきたい。顔を上げてくださいとお願いしてみると今度は正座になった。どうしてここまで腰が低いの、降格がよほど怖かったのかな。
「わたし、あんまり人気ないんです、皆さん基本的に輝いた人生を望まれますので…」
「あぁ…気持ちは痛いほどわかります」
「ちょ!穏やかな日常をお求めのはずでは!?」
「えーと、私異世界から来たので。ここで起伏のある人生送るとどうなるかわからなくて不安で…」
「あ!ぞ、存じ上げておりますですっ!時空の神が頭を悩ませておりました、世界に穴が空いて大変だったとか…」
「そ、そうなんですか…なんだかすみません」
「いえいえ〜!そのおかげでわたしはこうして生きていられますから有難い話です!えへへぇ」
なんだか図太い側面が見えた気がするけどそっちの方が神様っぽいからいいや。
にしても私が異世界から来たのはもう神様達の耳に入ってるんだ。向こうでは死んだはずだから戻してほしいとは言わないけど、どうしてこうなったのかくらいは教えてくれたらいいんだけどそれは過干渉になるのかな。うぬぬ、ルールって分からないなぁ、あ、分からないと言えばお祈りの形式もだよね。
「えっと、失礼ですが祈りってあれで良かったんですか?貢物とか添えた方が良かったのでは」
「と、とんでもないです!そんな、あったらすごく、ほんとにっ!めちゃくちゃ有難いですけどっ!めんどくさく思われて祈りが途絶えたらわ、わたしぃ…」
「は、はぁ…」
「ですのでっ!あんな感じでお願いします。穏やかな感謝をわたしに与えてくだされば嬉しいですから!」
詰め寄られて思わずたじろいでしまう。切羽詰まっていらっしゃる。こくこくと頷き返すとホッとしたように胸をなでおろしていた。表情がコロコロ変わるのは見た目通りに子供っぽくて可愛らしいんだけど、神様って事忘れそうになるからツンと澄ましてくれないかな…。魔王様といいなんで凄い人がフレンドリーなんだろうこの世界。
「わ、わかりました。えっと…いやらしい話、ノル様ってどんな風に助けてくださるんですか?」
「ええとですね、わたしの権能って幅が狭いので…その、ほんとに些細な事しか…」
もじもじするノル様にやっぱりいけない事を聞いてしまったかなと心の中で反省する。でもサリバンさんが知らないって言うんだからしょうがないよね。教会とか団体がどこにあるかも分からないんだし。
いや、答えにくかったらいいですくらいは言っていいかも。声をかけようとしたのと同時に意を決したようにノル様が深呼吸した。
「……やった!ラッキー!ってことがちょっと増えます!」
「なんか可愛らしいですね」
ぐっと拳を握りしめたその姿にこの神様を選んでよかったなと思ったりした。
「あ、魔王様。おはようございます」
「はよー、決めたんだって?」
「ばっちりです、あの、魔王様も信仰してる神様いるんですか?」
「お前なー、俺をなんだと思ってんだ?」
昨日は見かけなかった魔王様に会釈する。たまにふらっとどこかにいなくなることがあるんだよね。いつも一緒にいるわけじゃないから気にしちゃいないけど城の主人がいるとやっぱり安心する。
挨拶ついでに雑談の流れで神様について聞いてみたら意外にも魔王様にも信じる神様がいるらしい。加護は自分の不足分を補うものじゃないけどこの人にも神にも縋りたいって事があるのかって思うと驚いても仕方ないことだと思うんだよ。だってステータスカンストのイケメン君だよ。城にも住んでてお金だってたくさんあって、絶対に足りないところなんてあるはずないのに。…いや、人の心は足りない気がするな。
口に出したら呆れられそうな事を考えていると面倒そうに魔王様は口を開いた。
「創造神」
「うわ、大御所だ…」
確かにいくら魔王様でも世界は作れないよね。はは。曖昧に笑って朝ご飯に付き合ってもらうよう頼んでみたらいつも通り緊張感のない笑顔で了解してくれたのでした。