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四月一日

「どう思った?」

「いやもう…ロクサーナがただ哀れでな…」


劇場は多くの人々でごった返していた、興奮した様子で語り合う者、頬を赤らめうっとりとポスターを見つめる者、涙ぐむ者など、姿は様々であれど皆満足のいくものを見ることが出来たのであろうことは伺える。

しかし色付きの眼鏡で目を隠した青年は素直に感動することは出来なかったらしく、しきりに首を捻っている。帽子を目深に被った女はその様子に軽く微笑んでいる、この反応があると分かっていながらあえて話を振ったらしい。


「300年て…人間的に見たら長いけど獣人の寿命だぞ、マリエラは移民も多いんだからもうちょっとさぁ…」

「あら、彼女の人気からしたら結構堪えた方だと思うわよ」

「そうかぁ?」


劇場で放映された映画は300年前のマリエラ国の王女、ロクサーナの一生を描いたものであった。彼女は聡明で愛国心に満ち、民への慈愛に溢れた女性であり、政略結婚であったはずの夫とも仲睦まじく数々の微笑ましいエピソードを遺していた。彼女の創作は死後その喪失を惜しまれるように作られ、その存在を語り継ぐ事になった。中には馬鹿げた作り話も混ざっていたのだが、それも愛されていた証といえよう。


今回公開された映画はというと、ロクサーナ姫の持つ逸話の中でもとびきりのもの。かつて世界を暗黒に陥れた魔王にその清廉さを見出され、友として絆を結んだというエピソードだ。もっとも、その話はその衝撃的な内容ゆえに何度も描かれてきたものではあったのだが、全ては推測の域を出ていなかったのだ。だが今回はその真実が語られることとなり、劇場は満席になったのである。


「やっぱさぁ、可哀想だろ。俺との手紙後世に公開されてあげく映画にされるとか」

「博物館は満員御礼らしいわよ、滅多に見られるものじゃないから」

「…え、もしかして俺って字汚い?」

「そうじゃないわよ」

「あっ、マナーなってなさすぎ?」

「それは…そうだけど。いいんじゃないかしら、魔王だし」


ロクサーナ姫は多くのものを持たない無欲な女性で、死期を悟った折にはその王族としては多くはない財の全てを手放したという。しかしそれでも唯一手放さなかったのは、友人であった魔王からの手紙だった。この映画は監督が王宮に粘り強く交渉をし続けてその手紙の存在を聞き出し、それを元に作り上げた作品なのだ。没後300年を記念して博物館にはその手紙が展示されているというし、今マリエラでは新た

に明かされた事実に湧いているのだった。


顔色を悪くする青年に、女は少し呆れた調子で肩を竦めてぞろぞろとまた劇場へ入っていく人々を横目に見た。


「ねぇ、映画の感想とかはないの?」

「いや、女優がなぁ、ロクサーナはもうちょい可愛い感じだったと思うからそこが」

「内容よ」

「え、それ聞く?」


青年は壁に貼られているポスターを眺めて小さく首をすくめた。この女優も厳正なるオーディションのもと選ばれた美女であるのだが、どうやら青年は不満があるらしい。そして女の方はというとその逸れた答えに青年以上に不満を示した。


「…わ、分かるわけないだろ、俺のこと、好きだった、とか」

「貴方以外は分かっていたのよ」

「マジで?」


女にずいっと顔を近づけられ、青年はたじろいだ。サングラスの奥の目を大きく見開きうろうろ彷徨わせて、最終的に諦めたように瞼を閉じ情けのない答えを出す。その拗ねたような声に女は笑って、その鼻先を軽く人差し指で押した。

自分の鈍さにも、周りが隠していた事にも驚いて青年はぱちくりと瞬きをする。そして押された鼻先を軽くさすると、ポスターから目を逸らして1つため息をついた。


「んー…だけど、気が付かなくてよかったかな。俺のことだから絶対最低な振り方したと思うし」

「成長したわね、ハナコも喜ぶんじゃない?」

「えぇ?呆れた顔すんじゃね?」

「遅くありませんか、みたいに?」

「そうそう」


女の物真似に青年はやや幼さの残る表情を見せる、女もそれを見て柔らかく口角を上げた。思い出話というのは存外盛り上がるもの、例えその存在がもう会えない相手でも楽しかった思い出までは死にはしないのだ。


「案外懐かしく思うもんだな、さして経ってないのに」

「それなりの時間よ、人間からしたらね」

「はぁ、ライムと喧嘩するのいい暇つぶしだったんだけどなぁ、あいつあんだけ強いのになんで死んだんだろ」

「あなた寿命って知ってる?」

「チートとやらで伸びないかなぁってちょっと期待してた」


ぐっと青年が背伸びして劇場から一歩ずつ足を進めた、もうこの国に来た用事は終わったということらしい。もう少しくらい思い出に浸ったところで呆れたりしないのにと女はつい苦笑を零した。ここばかりは変わりそうにない、歯痒い思いがないといえばきっと嘘だ。


「寂しくは、ないの?」

「あぁ。やっぱヒトは死ぬもんだからさ。それにお前はいなくならないんだろ」

「…まぁ」

「なんだよその顔は」

「なんでもないわよ、ふふ」


先を歩いていた青年が少しサングラスをずらして女に振り向いた。琥珀の瞳は悪戯に弧を描く、彼は後ろに女がいることを当然のように考えて振り向いたのだ。その愚かしいまでの傲慢さに思わず女は目を見張って、そして吹き出してしまう。おかしな話だが、そんな子供のような思い込みこそを嬉しく思っているのだ、出会った当初からでは考えられないことだったから。


少し早足でその青年の隣に追い付くとやや上にある横顔を見上げて、はにかんでみた。


「久しぶりにケーキでも食べましょうか」

「お前って結構感傷的だよな」

「貴方が冷血なだけよ、ルカ」


呆れたような口振りだが、青年に否やはなかった。女はそのままその手に指を絡めてじゃれ付くように肩に頭を凭せかける。歩きにくい、なんて苦情には聞こえなかったふりをして。







だだだだだだっ。

静かな魔王城に、不釣り合いな足音が早朝に響いていた。続けて大きな音と共に扉の開く音がする。


「やばいっ!魔王様!私予知夢見たかもしれないです!おはようございます!」

「いや、だからそういうのねえから。おはよ」


ハッピーエイプリルフール

予知夢なのかそうでないかはご想像にお任せ

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