本が届きました
「じゃーん」
「うわー!」
なんということでしょう、だだっ広かった談話室にそこそこ大きな本棚が3本も。中身もきっちり詰まっていて結構壮観、魔王様の内緒の散財はこういうことだったらしい。紙高いし、本は当然高い買い物だよね、良かった、変なものじゃなくて。
魔王様のお金ってマジで掃いて捨てるほどあるし、経済を回さずに貯まっていくよりはこうやって何かで消費したほうがいいよね。問題はこのお城が充実してるから殆ど買うものが少ないってだけ。それにしても宝物庫の中のお金全部使ったら何が帰るんだろう…国とか普通に買えちゃいそうだな。支配欲がない人でよかった、なんとなく。
「魔王様って、お城に手加えるの嫌いじゃなかったんですか?」
「物増やすだけなら全然。城の雰囲気を損なわなきゃいいんだよ」
「だから畑はダメなのかぁ」
だったらお風呂も許可してほしい、空き部屋とか沢山あるんだし、お城にお風呂があるのはそこまで雰囲気損なわないんじゃないかな。こう、猫足バスタブとかサリィさんめっちゃ似合いそう。お城にいるだけで清潔になるからいらないとかではなくてですね、やっぱりお湯に浸かる過程は大事なんですよ、全然良さ伝わってないけども。
夢の実現に想いを馳せつつ本の背表紙を眺めて回る、異世界の文字を読むときはなんだか不思議。なんていうかアルファベットが脳内でひらがなになる感覚、よくわからない文字は目で追うとなんとなく意味がわかる。文字が読めるっていうよりは自動翻訳がかけられてる感じっていうのかな、言葉はそのまま日本語に聞こえるから凄く不思議。目で見ただけで翻訳してもらえるっていうのはありがたいんだよね、これが日本にいた時代もあったらさぞ海外旅行が楽だったろうなぁ、あ、でもTシャツとかの適当な文字列に微妙な顔しちゃうかもだからやっぱ却下。
気になったのを引き出して装丁を見たりなんかしてたんだけど冒険物の多いこと、こういうのがこの世界のメジャージャンルなのかな。冒険者っていうのがいるくらいだから意外と実話も混じってたりするかも、それはそれで気になる。いっぱいあることだしちまちま読んでいこう、面白い話なら文体とか気にしない人間だしね、私。そして数冊小脇に抱えてみてふと、あることに気がついてしまう。
「あの、恋愛系が一切ないんですけど」
「えぇー、お前ああいうの好きだったの?」
「ここまで露骨に避けられると気になるでしょうが」
「何が気に入らなかったんだ」
「全容」
「ひっどい…」
「なんかこう…読んでてイライラするんだよな、向いてない」
向き不向きはあるね、それは仕方ないね。読みたいのが出来たら自分で買うしかないかぁ、魔王様恋愛小説読むと雑巾絞ったみたいな顔するもん。
何がそこまで魔王様を苦しめるんだろう、あれか、お互いの葛藤とか駆け引きとか立場の違いとか諸々のハプニングとかか、全容っていうくらいだから。なんていうか魔王様って良くも悪くもストレートだもんね、好きだって思ったら秒で行動に移りそうだし、責任ある立場で下手なことはしなさそう。あとついでに、他人が自分より先に死んじゃうことも辛くないらしいから一切響かないんだろうな。
「あ、推理小説、こういうのも読むんですね」
「試しに買ってみた、実際気にいるか分かんないけど」
「…なるほど、これが犯人か」
「はっ、えっ、サリバンさんなんで後ろから読むんですか!?」
「最初から分かっていた方が楽しめるだろう」
「えー、うわぁ、本当にいるんだ…」
本を最後に読むってしたことないからどんな感覚か分かんない、やってみる勇気もないんだよね、ネタバレとか苦手なタイプ。犯人が分かってからの楽しみって二週目に持ち越すべきだと思ってるんだけど、二度読むのが疲れるとか、あんまりのめり込めないとかそういう感じなのかな。
サリバンさんは私の引いた視線にも構わずそうやって後ろから見て戻してを繰り返して一冊をやっと選んだ。動機が好みのやつだったんだろうか、もしくは主人公よりも敵役を重視するタイプだったり。なんとなくサリバンさんが推理モノを選んだのが不思議だな、官能……あの…大人っぽいやつとか読みそうなものだけど趣味と性質は別とか?まぁ、私も推理小説好きな方だしいい本だったら感想聞かせてもらおう。
「おぉ…これはドロドロなやつ…?」
「こういう物騒なのも結構人気あるんだとさ」
「俗な祈りだな。悪に裁きあれということだろう」
「…ちなみに、魔王様って復讐ってどう思います?」
「え?なんで俺?まぁ、言い方だけ綺麗にしてるけどロクなことにならないと思う」
「流石前科持ちは説得力があるな」
「てめぇ」
サリバンさんの茶々に凄い勢いで反応する魔王様、ごめんなさい、私もそういう発想で話振ってました。気まずくなりつつ血の色みたいな背表紙を指でなぞる。
内容としてはさっぱりした勧善懲悪ではなくて、悪い人が悲惨な末路を遂げる感じのものっぽい。私としても悪い人はちゃんとバチが当たってほしいけど、過剰だとちょっとね、さっきまで苦しめとか考えてた自分に罪悪感を感じることだってある。フィクションの世界で気にしすぎって言われるかもしれないけど、何年も道徳的な教えを受けてきたわけでさ、そこで人が悲惨な感じで死ぬのを見て喜ぶのってなんか嫌じゃん。映画とかでも悪役が死ぬときは一撃で死んでパッタリ倒れてくれる方が好き。
「ヒトの価値観はわからんし、俺の意見が正しいわけでもないんだけどさ。復讐を肯定するんだったら、殺人も肯定したほうがいい」
「え、それは…」
「だって態々言い換えるってことは、正道だって言い張りたいんだろ。そのみみっちい意地は所詮一個人の考えでしかないわけでさ、自分が許せなかった殺しが理由あれば許されるって思ってるところ甘ったれだよ、矛盾してる」
続けて「そもそもそういう考えって部外者特有だよな」という冷たいお言葉を頂く。仰る通りです、よく出てくる復讐アリナシ論ってあくまで部外者だから話せるものなんだよね。本当に大切なものを失った人じゃないと、話すべきじゃないってことは分かってるんだよ。言い方悪いけど悲劇を幸せな人達が勝手にコンテンツ化して楽しんでるだけだし、そんな人達にやめてって言われても頑張ってって言われても腹立つよね。
平和な世界で生きてたからろくに考えたこともなかったけど、目の前には魔王様っていうお母さんを殺されて怒った本物の被害者がいるわけで。気軽に話を振ってしまったのを今更項垂れる。
「後悔はあるのか?」
「え、そこは無いぞ。人間殺して何が悪いよ、同族でもないのに」
「………え?」
「殺人罪ってヒトが決めた法だろ?なんで魔性が守る必要がある」
「もっともだな」
「えっ、えっ、あっ、ええ?!世界半分事件に罪悪感とかは!?」
「あー…あれはな…本当は1大陸分全滅させるだけでよかったんだけど、暴走しちゃって、なんか…思い出すとムカつきそうだから人間皆殺しでもいいかなって思い始めて……」
「なんで0か100かなんですか!?」
「だ、だから、ほら、ロクなことにならない、よな?」
「魔王様だけですよ!?」
お母さんを袋叩きにした人間は勿論死刑。
自分を騙そうとして嘘をついた人間も死刑。
その事件の存在を知ってる人はいつか話を振ってくるかもしれないから死刑。
そもそも強い力を持ってれば怯えて歯向かってくるんだし村の人間はとりあえず全員死刑、似てる人間がいたら思い出しそう、遠いところで暮らしてる親類もいそう、なんかもうめんどくさいからこの大陸は皆殺しでいいや。
そんなこんなでやってたら神の血が魔王様の怒りに反応して暴走、しっかり魔力溜まってる血で生まれた魔獣達もやたらと人間に攻撃的になって世界の半分はさくっと占領できちゃいました、ちゃんちゃん。
…いや、感情コントロール下手!!
思わずスケールの大きさに頭を抱えてしまう。例の話振る度にすまなそうな顔するから関係なかった人に罪悪感あるんだろうなとか思ってたけど完全に自分の過去にやっちまったって辛くなってただけじゃん!
あ、ちなみに今は古い血と術式で縛ってるから基本安全だそうです、だから何だよ。
「なんていうか俺って根に持つタイプだからさ…うん…」
「根深すぎでしょ…樹齢100年どころじゃありませんよ…」
「それなら勇者には何をされたんだ」
「え、今それ聞く?」
確かに、勇者の話は勿論アルカディアの話ちらっとするときとかも顰めっ面。魔王様の怒りが規格外ってことは分かったけど、勇者は何をしたんだろう。実は神話では脚色されてるだけでかなりクズだったとか、ヤバイ人だったとか。普段使いもしないマントにいたたまれない感じで包まってる魔王様は、サリバンさんの視線から逃げるように露骨に目を逸らしている。
「いつも躱されていたからな、まさか舐めてかかったら一撃で斬り捨てられたのが悔しいから…なんてそのままの事情じゃ」
「………………」
「……冗談だろ」
「ほ、他にも、ぽっと出の分際で気持ち分かるよみたいな態度してたところとかも、死ぬほどムカついたし…」
違うときは違うってちゃんという魔王様が若干縮こまりながら言うってことはつまりそういうことで。私とサリバンさんは何とも言えない顔で思わず見つめあった。
「…魔王様の沸点て、どうなってるんですか?」
「だあーーっ!うるさいうるさいうるさいうるっさい!!だから言いたくなかったんだよ!!」




