居候になりました
落ち着いたところで座っていたソファに戻る。チートっぷりに文句を言ったら個体性能が違うのは当然、とか悪気なく返ってきたので怒るだけ無駄と判断した。なぜ私のゴミステに気まずくなる事はできてそういう気遣いが出来ないのか、サリィさんは困ったように笑っていたからこういう人なんだろうな。
「分かりました。私をわざわざ殺す理由とかないですよねすいません、ゴミが分不相応な警戒して」
「なんでいじけてんだ…まぁいいや。本題に入ろう」
「本題?」
「異世界からなんでこっちに来たか聞きたい」
あ、そうだった。こっちの人からしたら一番気になることだよね。未知なことが多過ぎてすっかり抜け落ちてしまっていた、危ない。居住まいを正して魔王様にしっかり向き合うとさっきまでのモヤモヤが嘘のように引いていった。
私は魔術なんてものがない日本で普通に暮らしていたこと、通り魔に襲われて倒れたこと、気が付いたらここにいたこと。出来る限りの全てを話した。自分に何が起こったか分かっていないせいでぼんやりした説明になっていたと思うけど魔王様はそんな私の話も真剣に聞いていてくれていた。
私が一通り話終えると魔王様は目を瞑って腕を組んだ。まるで何かを思い出しているように見える、反論がなかったあたり間違えてはいないはずだけど。
「死んだはずが起きたらここにか」
「はい…いや、瀕死だったかもしれないんですけど」
「お前には悪いが死んだという線で考えたほうがいいだろうな。異世界から人間を呼び込むなんて離れ業が条件なしにできるとは思わない」
「死んだ人間を呼び出した…ってことですか?」
「推測だけどな。お前の他に刺された奴はいたか?」
「分かりません、けど普通人が刺されたらぼーっとしないと思うんです」
「確かに。ふーむ、一応長老会にかけるか」
そういえば私が知ってる異世界ファンタジーものも、基本的に主人公が死んでるんだよね…あれ、待てよ?私の遺体ってどうなってるんだろう。身体こっちにあるんだから日本では血溜まりしか残っていないのでは?やだ、なにそれ怖い。通り魔に一切の同情はしないけど、消えた死体の謎!とかニュース番組で取り上げられたら申し訳なくなる。でも一回死んでるはずなら今の私はなんなんだろう、ゾンビ?それも嫌だなあ。
自分の身体の不思議について考えを巡らせていると、不安に駆られていると思われたのか魔王様が心配そうにこっちを見ていた。
「…すまんな、自分が死んだ時のことを語らせて」
「あ!い、いえ、いいんです。なんだか落ち着いてるし…」
「それは当然ね、だって鎮静の暗示かけてるもの」
「え?」
「彼に見つめられると落ち着いたでしょ?魔法の一種よ」
ふと、来た時を思い出した。知らない光景と知らない人に出会ってパニックになりかけていたはずなのに魔王様の黄色い目をみたらすっと気持ちが落ち着いたっけ。あれは魔法だったんだ。そして今も私が死ぬ間際の事を思い出して怖くなったりしないように暗示をかけてくれていたらしい。
…優しいなぁ、私が怒ってる時にもかければよかったのに、好きにさせてくれていたんだ。強さも何もない私にまくしたてられたところで腹なんか立たなかっただけかもしれないけど。ちらっと魔王様の方を見てみるとバツが悪そうに頭をかいている、勝手にすまんって軽めの謝罪も聞こえてきたので大丈夫だと返す。それにしても、見ただけでそんな事できるなんて催眠術みたい、もしかして催眠術ってこの世界だと魔法なのかな。
「ここって、魔法って詠唱とかしないんですか?」
「魔法っていうのはイメージを形にして外に出すものなの。そのイメージが完璧な人間は詠唱する必要がないわ」
「なるほど…流石魔王…」
簡単だけどなぁとぼやいているけど私は知っている。天才のそういう言葉だけは信じてはいけないのだと。
「さて、もう一つ大きな問題があるわけだが」
「は、はい?」
「お前これからどうするんだ」
「…あっ」
こうして服も食事も与えられているけど私は無一文で才能もなく世界に放り出されている。玉の輿に乗れる顔でもないし、どうやってもミラクルは起きそうにない。魔王様は優しいけどほとんど行き倒れだったから助けてくれるわけで、何の見返りもなく置き続けてくれるなんていい話はまずありえないだろう。
何はなくともまずお金を稼ぐしかない。将来のことも世界のこともわからないけどお金が無くては生き残れないんだし。
「と、とりあえず、近くの町で働いてみようかなって思います…」
「家は?住み込みってのは少ないぞ」
「うっ……後払いできるとか、格安の宿とかってありますか…?」
「ない。それに泊まるにしてもなぁ。女なんだし、銀貨は10枚くらい持ってたほうがいいぞ」
「えっと、銀貨ってどれくらいの価値ですか?」
「え?あー…一枚で塩が買えるくらいか?」
わからない。なんとなく塩とか調味料は高級品に当たるんだろうなということはわかるけども、何円とかで言ってもらえないと本当にわからない。経済だって国によって違うんだろうし、ちゃんと定まった物価が分かっていないと…それに平均年収っていくらなんだろう。ゆくゆくは家に住みたいものだけど家を建てたり買ったりするのに何年かかるか。その前に死んだらどうしよう。脳内に道半ばで倒れる自分の姿がスムーズに思い描けてしまって嫌だ。いっそここで借金して後で返しにこようかな、既にもらいすぎなのに厚かましすぎるけどお金が無いのは本当にどうしようもない。唸っているとサリィさんが大したことじゃないみたいな様子で口を開いた。
「さっきから何を話しているの。行くあてがないならここに居ればいいじゃない」
「え!?悪いですよ!私何も出来てないのに!」
「やれることが見つかるまでここでのんびりしててもいいと思うわ、そうでしょ?」
「でもお前…こいつは人間なんだぞ?」
「いいじゃないそのくらい。空き部屋だってたくさんあるのよ。使わないのは城に失礼だわ」
「ぐ…」
そんな簡単な理由で、と思ったけど詰まってるところをみると城の方が大切っぽい。会ったばかりの私に重きを置いてもらっても困るけど無機物と比べられるのって中々複雑だな。
「…分かった。城のために泊まってくれ」
「そんな気軽でいいんですか?」
「サリィの言う通りだからな。実際城に住んでるの俺達だけだし」
「2人だけ?!あっ!じゃあ掃除手伝います!!」
「魔法で浄化してるから埃探すほうが大変だと思うが」
「ば、万能野郎…」
「何て?」
仕事にありつけると思った私の希望は3秒しか保たなかった。ちょっとしか歩いてないけどこの城広いよ。それを魔法で掃除ってどういう…魔力枯れないのかな?枯れないからやってるんだろうな。おのれ999レベル、もはや使用人がいらないとは。
察するに2人しか住んでないんじゃなくて2人「も」住んでるのが正しいんじゃないだろうか、きっとこの人1人で何でもやれちゃうタイプでしょ。
「…考えてもみれば、いくら旅人ですって言い張ってもそのうち知識的な無理が出る、そういう面でも留まった方がいいな」
「そうそう!たまにはいいこと言うじゃない」
「どうしてそんなに軽いんですかぁ…」
「お前を警戒する理由があるのか?」
「そうでした」
そんなわけで存在から舐めきられているという情けない理由で私は魔王城に当分住むことになった。うん、そういう異世界生活があってもいいということだろう。釈然としない気持ちのまま2人に頭を下げる。頑張って仕事を見つけよう、そしてせめて立派になったなくらいに思ってもらえるように生活しよう。私はどんなに弱くても人間で、ガラスにあたって気絶した雀とかじゃないんだから。
顔を上げる。いまいち緊張感のない魔王様はご飯は何が良いかなんて聞いてきた。私のことだっていうのにサリィさんはなんだか楽しそうだった。