ダンジョンに行きました
気温が下がったからか、若干残念そうに魔王様がマントを羽織り始めた。そんなに嫌なら着なくてもいいのに律儀だよなぁ、もっとも普通の服着たら全く魔王の威厳がないんだけど。でも今日の魔王様は上着だけの状態で首元にもいつもはあるヒラヒラ飾りが無くて、中途半端に軽装になっている。
「ちょっと出てくる」
「あら、どうしたの?」
「ガルムから連絡入ってさ、ダンジョンモンスターが溢れてるらしい」
この世界ダンジョンあるんだなぁ、というか敵って勝手に魔獣だけだと思ってたからちょっと驚く。スライムはどっちかというと災害らしいからね。ダンジョンは色んなところにあるらしくて、冒険者はそこでレベルを上げたりするんだそう。ダンジョンはそれ自体が生き物で、内部でモンスターを作って、入ってきたヒトが死ねばそれを栄養にしてどんどん広がっていくらしい。つまり広いところほどヒトが死んだってことだよね、怖い。で、冒険者は世界にたくさんいるし普通ならそれだけで抑えられるものなんだけど、たまに内部でモンスターが異常発生して外に出てきちゃうことがあるんだとか、今回はそれを魔王様が止めに行くみたい。
なるほど、出掛けに行くから軽装なのか、普通出かけるときこそマントとかヒラヒラを身に付けるべきなんじゃないかな。邪魔なのか、ヒラヒラはともかくマントは防御に使うとか聞いたことあるけど、いや、魔王様にはいらないね。
「働き者ですね」
「ガルムが動くと目立つし、あいつヒトの擬態ヘタクソだから」
「貴方も大概よ」
ガルム様って人に変身できるのか、まぁ、出来るよね、億単位で生きてて出来なかったら逆にビックリする。ちなみにこの件は始祖のお仕事じゃなくてただの面倒ごと、放っておいても構わないけどいつも暇でだらけている魔王様を見かねてガルム様がちょっとした厄介ごとを教えてくれるんだそうな。ちょっと体良く使われてないかなって思うんだけど、善意なんですよね?実際いつもより魔王様の顔は明るくて、かっちりした服のまま屈伸なんかをしている。
「鍛錬ついでに良いかなって。たまには1階層ずつ潰して回っても楽しいじゃん」
「それは物理的なものではないんですよね?」
「あー、しないしない。ダンジョンってその土地の資金源にもなったりするから消滅させんのはちょっとね」
ダンジョンの存在って周辺住民的に脅威かと思ったけど、そんなこともないのかな、まぁ冒険者って命のやり取りするの当たり前だし覚悟は決まってるよね。それ考えたら人が入るってことでダンジョン囲ってアトラクションにしちゃったりもするのか。それで魔王様もそれに参加したいと。暇つぶしに壁とか天井歩かれるよりは良いよね。
「せっかくだし来るか?」
「具合によるわ、何処のダンジョン?」
「ルブリナラ、100まであるとこ」
「やぁね、半日はかかるじゃないの」
「適度に本気出すからその半分くらいで済むぞ」
「あ、あのーそれ私行っても無事に帰ってこられるんですか」
「あ、大丈夫大丈夫。ちゃんと結界張ってやるから」
魔王様の張る結界なら安心かな、台風の中外に出てもノーダメージで済みそう、出ないけど。そんな感じで最強のセコムを得て安心しきっていた私を後で殴り抜けたくなった。
「巣を壊したものがこちらになります」
「レギュレーション違反ですよ」
「なんでわざわざ上から行かなきゃならねーんだよ、最下層からスタートして人の気配がしたら後は任せる。これが一番」
「いや礼儀ってものが…」
この人に推理小説とか与えたら最後のページから読むんだろうなぁって思う。良さを完全に殺しに来てるよね、普通こういう攻略ってスタートからゴールを苦しみながら楽しむモノなのでは。なんでゴールから始めちゃうんだろう、あ、いちいち雑魚に構ってられないっていういつものやつか。
かなりのズルをして入り込んだ先、これまた巨大な塊があって、今では私達の足元で煙を出して転がっている。これがダンジョンのモンスターの巣らしくて、これを壊せば一階層分のモンスターがこれ以上増えることは無くなるみたい。あ、ちなみに一個だけじゃないよ、直径10mくらいなのが6個くらいあった。普通は1つか2つなんだって。真っ先に破壊する魔王様にはおよそ躊躇ってものがないね、はは。
「さて、じゃあ蹴散らして行きますかぁ、サリィ、大丈夫だと思うけど守ってやって」
「え?」
「人使いが荒いわね」
ぐっと背伸びをしたと思うと魔王様が上空に飛び上がった。最終フロアってことで狭いらしいんだけど、それでも某ドームくらいはある。魔法だからなんでもありなんだろうけど、すっと一番上まで飛べるのはやっぱり凄いんだろうな、羽根もないのに。
それにしても守るとは、ダンジョンに入った時に結界は張ってもらってるし全然危険はないと思うんだけど。
ぼんやりと魔王様を見上げていると、弓を撃つみたいに腕を引いた。そしてその動きに応じるみたいに指先に眩しい光の矢みたいなものが出来て、その先端には二つの大きな円が現れる。凄く神秘的だと思う、今まで雑な魔法だったりやたらと生活感のある魔法しか見てこなかったから本当にファンタジーな光景につい目を奪われてしまう。
ぼやけた思考を元に戻したのは、日本では日常的で、こっちに来てから体験していなかった地震の揺れだった。それでやっと魔王様から目を離して、辺りを見ればずっと遠い向こうの方からこっちへ向かって走ってくるモンスターの群れが迫っていた。遠いはずなのに殺気っていうのかピリピリした空気が伝わってきて思わずサリィさんに抱きついてしまう。地震なんかじゃなくて、モンスターが集まってくる群れの足音だったんだ、結界があるはずなのに怖くて怖くて泣きそうになった瞬間、上空から光が降り注いできた。
たった一本だけだったはずの矢がバラバラに散らばってモンスターの身体を貫いて、一撃で倒していく。綺麗な光と暴力が混ざって、何がなんだか分からない。そんな光景を30秒くらい見つめるしかなく、気が付いたら周りは血の海で。軽い足音と共に降りてきた魔王様になんて声をかけるべきか分からなくて、有り体に言うと私は硬直した。
「多過ぎ」
「あら、腰が引けたの?」
「厳しいな」
「……………」
「あれ?どうした?撃ち漏らしたっけ」
「あぁ…あの光景なかなかにショックよね。目を塞いであげなくてごめんなさい」
サリィさんが労わるように頭を撫でてくれたけど、私の頭はまだ真っ白なまま。久々に魔王様の視線で緊張を解いてもらってやっとの思いで息を吸うと、血の香りが鼻に届いてどうしようもない気持ちになる。今までも凄さは分かってたつもりだけど、全然何も分かってなかったんだなぁ。
「魔王様が魔王様だ………」
「そういや戦うの見るって初めてだっけ」
「見せるために連れてきたのではないの?」
「ハナコがダンジョンに興味あるかなって思ったんだけど…んー、失敗だったか」
気軽についてきた私の馬鹿。モンスターが外に出る方が問題だから可哀想とかは考えないけど、魔王様の実力が怖い。ケロっとしてるところ含めて怖い。そして気を遣わせてしまってるのが申し訳ない、私がここまで怖がると思わなかったんだろうね。申し訳なさそうに後頭部を掻いて、魔王様は死体の山を一瞬で消した。
「遊びたかったけど、大人気なく一気に殲滅するわ。帰りケーキ買って帰ろ」
「あっ…あ、あの…私、大丈夫、なので」
「無理しないの、こいつが後先考えないのがいけないのよ」
「すみません…」
「謝んなよ、今回はサリィが正論」
「いつもでしょう」
いつもと変わらない2人の会話が有難い。魔王様がどこからか取り出したナイフで手首を切って、魔法陣を描き始めた。血足りなくなったりしないのかな、とかもう思わない程度には慣れたけどこれもラヴィニアさんの襲来の時あってことなんだよね。複雑な模様をそこそこの時間をかけて描き終えて、手首をなぞれば傷跡なんて残りもしない。魔王様がふと上を見上げて困ったように眉を下げた。
「うっわー……」
「え、どうしたんですか?」
「いや、マジの意味で一気に殲滅すべきだなって。ちょっとかち合うとめんどくさいのがいる」
「え?え?」
多分魔眼を使ったんだろうけど、魔王様が言う面倒な人が思い浮かばなくて私は首をかしげる。この人が嫌がるなんてお父さんくらいのものじゃないのかな。魔王様が赤い魔法陣に手をつくとあたりの風が一瞬止まったみたいだった。
「イグラジェラス」
詠唱なんていらないとか常々言ってた魔王様がなんかそれっぽい言葉を呟くと、魔法陣から突風が吹いて天井の方まで立ち上っていく。風圧で崩れるんじゃないかと思って恐々みていたらスレスレのところで風が雷に変わった気がした。
それから数分、地面に手を付けたままでいた魔王様がゆっくりと少しだけダルそうに立ち上がって長い溜息をつく。よくわからないけど終わったらしい。
「…よし、手前まで焼き払えた。気が付いてもないみたいだし帰るぞー」
「相変わらずデタラメね…」
「まぁな、けど流石に枯れた。なぁハナコ、せっかくだし温泉でも浸かる?」
「…うえっ、えっ!?良いんですか!?」
「俺のせいで魘されても困るからな、今日はサービスです」
魔王様は少しだけバツの悪そうな顔で舌を出して笑う、こうやって普通に優しいところがあるから怖がるに怖がらないんだよなぁ。でも今は甘えてしまおう、こういうのがないと温泉に連れてってくれないだろうし、そもそも私もガルム様の見た目が怖くて通えない。申し訳なさそうな笑顔の魔王様に私もちょっとだけ申し訳ない笑顔で返して、来たところからダンジョンを出る。見学ってことは出来なかったけど、また一つこの人が知れたからそれでいいよね。温泉に浸かって、帰ったらケーキを食べる。それでさっきのショッキングな映像が薄れたらいいんだけど。
一方、76階層では1人の少年が取り巻きの少女達を上層階に置き去りにして降りてきたところであった。50階以降探索が行われていなかったこのダンジョンをありえないスピードで攻略するその姿はその他の冒険者を震え上がらせるほどである。けれど、降りてきた先、足元に転がるモンスターの死骸とドロップした品々を睥睨して忌々しげに舌打ちを鳴らした。
「…絶対あいつだ」




