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お祭りに行けそうでした

夏の暑さが引いて秋になった、夏の間酷暑ってわけじゃないから日本と比べれば楽なんだけどそれでも秋の訪れっていうのは開放感を感じて嬉しいものです。そんなわけでタオルを使わず配膳出来るようになった頃、なんだか街がソワソワしはじめていた。


「え、お祭りあるんですか?」

「そうさ、秋になるとどこでもやるもんだよ」

「へー、カロン村ではどんなことを?」

「収穫祭…とは名ばかりかね。食って飲んで騒いで踊って、良い月を見て冬を越せますようにって各々神に祈ってお開きさ」


どうやら浮ついた空気の理由はお祭りだったらしい、なるほどねぇ。言われてみるとヨハンさんもなんかお肉の仕入れに力入ってたし新メニューの味見も頼まれたな、あれお祭り用なのか。でも聞いた内容的に普通のどんちゃん騒ぎなような気もする。


「失礼だと思いますけど…なんか、いつもと変わらない気がします」

「はは!そうかもねぇ!でも秋は祭りの季節なんだよ、収穫で余裕もできるからね。夏は暑さでだらけちまうし、冬は寒いし備蓄を考えたら贅沢もできやしないだろ」

「そういうものなんですかね」


日本はオールシーズンお祭りだったからなぁ、余裕がある季節にって考え方が逆に新鮮。いや贅沢っていうのは分かってるんですけどね、イベントに事欠かない感じだったからなぁ、何もない月ってほとんどなかったんじゃないかな。ギャップに首を捻っているとテーブル席のお客さんが注文ついでに声を掛けてきた。


「ハナコんとこは違うんかい」

「はい、うちの故郷お祭りがとにかく大好きでしたので…どこでもいつでも何かにかこつけてお祭りが」

「いいねえ、酒が飲み放題じゃねえの」

「お酒はいつでも飲んでるでしょ!」


このお客さんエール頼むの三杯目なんだよね、突っ込んでみると照れたように笑って頭をかいていた。自覚はあるみたいだけど、それでもお酒を飲みたくなるのが飲兵衛の性なのかなぁ。私元々お酒強くないし、こっちのお酒がそもそもそこまで美味しくないから気持ちわかんないけど。缶チューハイみたいなのあるわけないしなぁ、別に酔いたい気分ってのになったこともないから考えても無駄かな。

でもこの村の空気は嫌いじゃない、文化祭の準備とか準備期間はクラスメイトと揉めたりするから自分が関わるのは苦手なんだけど、何かを作ろうとして頑張ってる人達を見るのは楽しい。特別なお祭りじゃないけどなんだかあったかい雰囲気があっていいなと思う。


「…お祭り行きたかったなぁ」

「来ればいいじゃねえか?」

「え?」


溢した独り言にヨハンさんがさも当然のように返してきた、それってどうなんだろう。カロン村は辺境の町で観光地ってわけでもなくて、村の住民のためのお祭りって感じなのにそこに私が参加しちゃマズいんじゃないかな。準備とか一切手伝ってないし、たかがバイトの身。気持ちはありがたいけどちょっと腰が引けてしまう、小さく首を振って苦笑した。


「私、ここの住民じゃないですし」

「何言ってんだい!ハナコはうちで働いてる、しっかりしたうちの人間だよ」


なんだか凄くベタな台詞、なのに返事ができない、言葉が喉に引っかかって出てこない。嬉しいに決まってるのに笑うことも出来なくてぽかんと間抜けに口を開けてしまった。私は正直、この世界でずっと余所者のまま生きていくんだろうと思ってた。だって偶々魔王様の城に送られてそのままふわふわ居候を続けて、本当の事を言わずにこの村の人の優しさにつけ込んでバイトなんてしてる。そんなどっちつかずの私が村の一員として受け入れてもらえるなんて思いもしなくて。居場所がないって心細かったわけじゃない、それでもここにいる人に認められたことが信じられなくて、どうしようもないくらい嬉しくて。気が付けば私は年甲斐もなくみっともなく泣き出していて、この優しい人達を困らせてしまって。私を慰める声の暖かさにまた泣いて、やっと笑ったけれどきっと見るに耐えない顔だったんだと思う。






「というわけでお祭り行くので遅くなります」

「いんじゃね?」

「楽しんでいらっしゃいな」

「ありがとうございます!」


反対されるとは思ってなかったけど、一応言っておかないとね。なんか高校生みたいな真似してるな。この2人は私の保護者ってわけじゃないし帰りが遅くなるくらいで心配はしないんだろうけど、いつもご飯の時に一緒にいてってわがまま言ってる身分としてはお祭りの日は自由にしててくださいね、くらいは伝えておきたい。自然と笑ってしまう頬を抑えているとサリィさんが少し首を傾げて心配そうに眉を寄せていた。予想しなかった反応に少しだけ戸惑ってしまう。


「でもハナコ、いいこと?変なのに襲われそうになったら転移具で逃げるのよ」

「も〜、それ嫌味ですか?サリィさんじゃないんですから私が人目を引くなんてこと…」

「臓器っていつでも人気あるんだよなぁ」

「あっはい気を付けます」


魔王様の補足が物騒すぎて震えたし、平和な暮らししかしてこなかった私には受け入れがたい。性犯罪とか誘拐、人身売買とかじゃなくて臓器かぁ、そっかぁ。たしかに見た目関係ないし需要は信じられないくらいありそうですね、怖いな世界。人気のない路地裏に入ったり暗いところ1人で歩かないようにしよう、そうしよう。あとはテンパって転移具使えなくなるとかならないようになろう、防犯ブザー並みに活用していこう。2人に重々しく頷いて肝に銘じた。


「でも祭りっていいよな、俺も一度は参加したい」

「やめてくださいマジで、来るなら変装してください」

「なら私が行こうかしら」

「もっとやめてください!」

「ひどいわね、冗談よ」


前回のお忍び凄い目立ってたんだし、それにサリィさんなんて混ざったら大変なことになるでしょ。魔王様はとにかくサリィさんはだめ、絶対変装したところで美しすぎるもん。私の食い気味の拒否に2人は笑っていたけど、若干私1人が楽しんでしまうことへの罪悪感がある。拒否しておいてなんだって話なんだけどね。だから、気にしてもいないだろうにボソッとついでのようなフォローをしてしまった。心からっていうのに、どうにも取ってつけた感じだったけれど。


「…いつか2人とお祭りは行きたいですよ」

「ふふ、嬉しいこと言ってくれるのね」

「はは、いつか行けたらいいな」


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