お騒がせでした
夜のお城は暗い、当たり前のことだけど、暗い。でも魔法の灯りがあるからトイレに行くくらいなら特に怖くはなかったりする、だって今更幽霊とかに会っても、ねえ。城住まいのMさんがこう破ーッて感じで吹き飛ばせそうだし。私も日本にいた頃は心霊番組とか見た後は無駄に電気を付けないと起きたくないくらいにはビビリだったんだけどね。魔法の灯りは昼間は元気がいいけど、夜は眩しくなくて怖いとも感じない絶妙な暖かさでホッとする。私はパジャマ姿で厨房へ飲み物を飲みに向かっている、部屋に水を飲むポットとかそろそろ置きたいかもね。今度市場で探してみよう、ちゃんと自分のものが欲しいし。そんな呑気に目的地に到着すると幽霊よりも怖い光景が待っていた。
ぽたぽた。
ぽたぽた。
洗い場には魔王様が立っている。こっちはパジャマじゃなくていつも通りの魔王服、でもその後ろ姿がやたら不安になる。いつも通りなのに、いつも通りのはずなんだけど。
ぽたぽた。
ぽたぽた。
さっきからしてる雫の音と、魔王様の手に持ってるもの、どう見ても包丁で。
「魔王様!!ダメです!!まずは相談しましょう!!あなたの声を聞かせてってやつですよ!!あ!この世界電話ない!?」
「よくわからんが誤解なのは分かった」
リスカ現場じゃなかった、紛らわしいことしないでください。誤解した私が悪いですけど。そのまま部屋に戻れるはずもなく、談話室に行くことにした。魔王様は別に自殺を考えていたわけではなくガラス瓶に血を入れていただけだそうな、素材として一級とかいってたから道具を作るために溜めておくのかと思ってたけどどうやら違うようです。なんでも魔王様の血をご飯にしている人の為のものらしい。要するに吸血鬼だね、この世界ではヴァンプっていうんだって。その中でもかなり美食家らしく神様が半分入ってる血を飲んで以来それ以外が口に出来なくなって泣いて頼まれているらしい。吸血鬼ってなんかもっとプライド高い生き物だと思ってたんだけど違うのかな。
「あの、魔王様のお友達って変人しかいないんですか?」
「うーん、その言い方だとお前も変人になるが良いのか?」
友達認定されてることは嬉しかったけど発言には気をつけるようにしよう。詳しくヴァンプについて聞いてみたけど、大体はやっぱり伝わってるものと同じ。あ、十字架とか聖水とかは効かないんだって、ニンニクなんて当然だよ。日光に弱く死にやすいけど案外死なない、完全に滅ぼさないとそのうち復活する。日光に当たって即昇天しないようにヒトの生命力を血を通じて貰うんだって。
たまたま仕事で外に出ていた時に、たまたまその美食家ヴァンプに見つかり噛み付かれてそれからの付き合いだとか。なお噛み付かれた時吸われたわけじゃなくて向こうの牙が魔王様の防御力に負けて折れたそうです、可哀想にもほどがあるだろ。もっとも噛まないと吸えないわけじゃないから瓶詰めして渡すことにして凹みまくったその人を宥めたらしい。ぶっちゃけた話ヴァンプが噛み付くのはカッコいいからっていう一族のプライドなんだって、バキバキに折れてますけど。それにしても手首切ってぼたぼたさせるのはどうかと思うんだよね。
「注射器とか使わないんですか?」
「何それ」
「ポンプみたいになってて空気圧で血を吸い上げたり逆に血管に液体を入れる道具です」
「あぁ…便利だな。だけどちょっと問題があって…」
「なんです?」
「事務的に抜かれた血だと美味しくないとか言ってて…」
「レトルトは料理じゃねえとか言い出しそうな人ですね」
「レ…?」
瓶詰め作業も事務的だと思うんだけど、なんだ?耽美的な要素がないとダメなのかヴァンプ。めんどくさいな。机の上に置かれた瓶を見て溜息をつく魔王様の顔もめんどくさそうだ。話聞くところ魔性なんだし倒してもいいと思うんだけどなぁ、ヒト襲う習性だからいちいち目くじら立てられないのかな。
「迷惑かけてるんですよね?退治しないんですか?」
「出来るけど、初対面で半殺しにしちゃったから負い目があるんだよな…」
「過激〜〜」
噛み付かれたら殴りたくもなるよね、牙が折れた上に条件反射で半殺しにされるヴァンプって…もしかしてこの世界では吸血鬼ってめちゃくちゃ弱いのかな。こっちではボスキャラなんだけど、ちょっとガッカリする。
「あら、こんな夜更けに何の話?」
「蚊の話」
「あぁ、アレね…貴方も無視すればいいのよ。ほっとけば土下座してくるんだから」
「まぁねー義理なんて全くないけど、泣かれると鬱陶しいっつーか」
「嫌われてるなぁ…」
談話室の光に誘われたようにドアからサリィさんがひょっこり姿を見せた。夜だからかいつもよりも更に綺麗というか輝いている、うん、深く考えたらダメだね。そんな綺麗なサリィさんもヴァンプの話とわかった途端表情を曇らせる、どんだけ厄介なのか。どんよりした2人の視線が一瞬離れてまた交差する、さっきよりも目の光が淀んでいるのは気のせいではないようです。
「…噂をすれば」
「影なんてささなきゃいいのにね」
「おーっほっほっほ!来てあげたわ!相変わらず隠居生活をしているのねっ!陰気な森に隠れ住む臆病者にこのラヴィニア様に粗末な血を献上する至上の栄誉をむぎゃふっ!!!!」
「サリィ」
「ごめんなさい、耳障りだったの」
突然談話室のドアがババーンと開かれた、え、玄関からの登場じゃないの?魔王様がいる位置に即座に来たの?凄いな。もしかしてちゃんと強いのでは、と思いかけたところサリィさんの鮮やかなニードロップが侵入者に突き刺さる。戦闘するとこ初めて見るけど武闘派なのか、ちょっと意外。余程イラッとしたのかな。
情けない悲鳴をあげ一撃で沈んだ侵入者は、ゴスロリに身を包んだいかにもな外見だった。ヴァンプ、期待を裏切らないな。真っ白な肌、赤い瞳、青紫の髪は毛先に近づくにつれて橙色になっている。ツートンカラーってやつかな、夕焼けから夜になる空みたいで綺麗、なんだけど…なんかさっきの悲鳴といいセリフといい、魔王様の話してくれた過去といいなんか既に残念臭がプンプンする。結構いい感じに入ったと思うんだけど、ちょっと呻いた後にラヴィニアさん?はガバッと顔を上げて怒り出した。
「なによぅ!わらわがわざわざ遊びに来てあげたんじゃないっ!ちょっとはもてなしなさいよ!喜びなさいよ!浮かれなさいよ!優しくしなさいよ!」
「ほい」
「ああーっ!!だめぇぇ!そんな雑に投げないでぇぇぇぇ!!」
「よし受け取ったな、帰れ」
テーブルにあった血の瓶を魔王様は落として割れてもいいと言いたい具合に放り投げた。残念美少女はわがままな態度から一変、胸を張っていた体勢からスライディングしてスレスレのところで瓶をキャッチ。うーん、この切り替えの速さ恐れ入るな。魔王様の言葉には取り付く島もなくさっさと帰ってほしいオーラが前面に出ている、本人は気付いていないのか手の中の瓶に頬ずりしているけども。いざ瓶の蓋を開けようとする様子をぼんやり観察しているとうっかり目があった、なんかヤバそう。
「………なんで人間がいるのよ!」
「居候。帰れ」
「なんでなんでなんでなんで!!わかんない!!わらわがここに住みたいって駄々こねても突っぱねたじゃない!!なんで人間はいいのよ!!わけわかんない意味不明しんじらんないふざけないで!!」
「ウザくないから。帰れ」
「やだぁー!!やだやだやだやだやだやだ!!!!帰らないもんん!!私を住ませてくれるまで帰ら……」
私を指差し夜ってことを全く気にしていない声量で駄々こねるラヴィニアさん。あんまりさん付けしたくないなこの人、ザコの私と比べたらそりゃあお強いんでしょうけどなんか中身が…中身が…。ふかふか絨毯の上でゴロゴロ転がる姿はまるで子供だ、幾つなんだろう、というか親御さんはどんな情緒教育をしているのだろう。ちょっと体裁も何もない暴れっぷりに遠い目になっているとソファからのっそり立ち上がった魔王様がずんずん近づいて行く、あの、なんか私の隣を横切った瞬間気温が信じられないくらい下がった気がしますが。ごねるラヴィニアさんにアイアンクローをかまして持ち上げる魔王様の姿に一つ確信したことがある、あ、この人男女平等に殴る。この後の惨劇を予想して私は固く目を瞑った。
「魔王の顔も3度までって言ったよな?」
にこ。と魔王様が笑った気がした。
「ひぎぃぃいあぁァァァアァアぁ!!!!!!!!!ゆっ、ぴぎぃ、ゆ、ゆるじでぇぇぇぇエェッッッッッ!!!」
サリィさんがそっと耳を塞いでくれたけど、絶対人体から出ちゃいけない様な音がバリバリに聞こえました。あとなんか凄い鉄の匂いがしましたが、私のパジャマにはシミひとつなかったので何も無かったんでしょう。きっとそうに違いありません。ラヴィニアさんは夜明け前にしっかり自分のお家に帰れた様です、めでたしめでたし。
…あ、ちなみに。疲れた魔王様の情報によるとラヴィニアさんはヴァンプの長の娘なんですって。