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「ごちそうさまでした…おいしかったです…」

「それはよかったわ」


本当に美味しかった、なんとなくファンタジー世界ってご飯美味しくないイメージがあったけど、ちょっと塩が薄いくらいで普通に食べられて安心。これから私はこの世界で生きることを余儀なくされるんだからご飯は美味しいほうがいい。ただ、日本のご飯は食べられないんだと思うとかなり落ち込む。食文化が豊かな国にずっと甘やかされていたんだなぁ、調味料の物価も高いだろうし甘いものとか滅多に食べれなくなるかもしれない。

いまいち手放しで喜べないまま空になったお皿をサリィさんに渡して、ベッドから起き上がる。うん、大丈夫、ちゃんと歩けそう。身体のどこも痛いところがなくてほっとした、異世界の病院には極力かかりたくないしね。

毛布で見えなかったワンピースの全体を確認、足首までのロングスカートで安心した。もう若くはないから膝丈とかだったらどうしようかと思ってた。ご丁寧なことに靴まで揃えてくれたらしくサリィさんが持ってきてくれた。何から何までありがたすぎて怖い。


「あの…いいんですか?」

「元の服の方がいいなら持ってくるけど?」

「い、いやいや、その、お金とか…」

「あぁ。いいのよ、歩いてるだけで貰えるから」


頭を殴られたような衝撃、そうか、価値観の違いって暴力だ。っていうか得だなー!美人って!特に嫌みっぽくもなく自然に言われるものだから私の口からは「はぁ」という間抜けな返事だけこぼれた。ただというのならば頂こう。ありがとう、顔も知らぬお店の方々、心の中でそっと手を合わせる。

靴を履くために下を見たら首元からするりとネックレスが姿を見せた。麻紐に似合わない赤い綺麗な宝石が吊られている。


…いや、これはいかんでしょ。タダでもらえるっていっても宝石ですよ。小さい粒だけどなんとなくイミテーションじゃない気がするもん。震える指で麻紐を摘んでサリィさんにも見えるようにする。彼女といえば私のおかしな様子に気が付いたのか小さく首を傾げていた。


「…あの、これ?」

「あぁ、魅了殺しのお守りよ。外してもいいけど、多分私に恋しちゃうと思うからお勧めしないわ」

「え!?いや、私ノーマルなので…」

「ふふ、試す?」

「え、遠慮します……」


サリィさんの微笑みに未だにドキドキするというのにこれを外すのは危険な気がする。勿論恋っていうのが冗談の可能性は高いけど、そういうのがシャレにならない高鳴りがたしかにこの胸にあるのです。魅了殺し、っていうのはなんだか胡散臭いけどここは異世界なんだからそういうアイテムもあるよね、で受け入れるのが吉のはず、多分。


…いやまて?洗脳アイテムって可能性もあるのでは?悪意は全く感じないんだけど、それでも私の不安が拭えないのは決して性格が悪いとかじゃなくて都会の生活で擦り切れた末の何かだと取っていただきたい。外す事も出来ず、かといって手放しに感謝も出来ないまま悩んで宝石を見る。


「あと、それを傀儡化の呪具と思うのは勝手だけど、さっき言った通りメリットはどこにもないわ」


うん、まぁ分かるよね。こんなの心読むまでもないもん。

よし信じよう。ネックレスから手を外すとサリィさんは満足そうに笑ってくれた。咳払いで罪悪感を誤魔化してしっかり向き直る、…顔は、あんまり見られないけど。


「あの、私をえっと、介抱?してくれた男の人は…」

「魔王のこと?」

「魔王!?」


あのイケメン魔王だったんだ…!?そう言われてみれば気が付いた部屋は謁見の間?みたいな感じだった、玉座もあったし!聞くところによるとお守りも魔王のお手製らしい。いい人かよ。

ふ、不審者呼ばわりしてしまった…怒られないかな。いや怒ってなかったよね、うん、大丈夫だよね…?あまりにも普通に話してたから思い当たらなかった、ツノとか悪魔の羽とか生えてなかったし仕方ないよ。驚きと不安で変な顔をする私に悪戯っぽい笑みを浮かべたサリィさんが肩を竦めた。


「そんなに驚くかしら。魔王城に魔王がいるのは当然でしょう」

「フランク過ぎません?もっと王様って…こう…偉い感じでは?」

「魔王といっても形骸化して久しいし、何処を統治してるでもないからあれでいいのよ」


え?国治めてないのに王になれるの?でもゲームの魔王とかって四天王に指示するだけで特に内政やってたイメージないな…そう考えるとおかしくないのか。強いぞ!って意味で王を名乗ってるのかなぁ。それに形骸化してるってなんだろ、もしかしてこの世界には勇者がいないって事?

魔王のイメージギャップに頭を捻っていると柔らかな指が肩に触れた。


「ここにいない人の話をするのもマナー違反ね。せっかくだし魔王本人に会いに行きましょう」

「そんな気軽な!?」

「大丈夫よ、それに落ち着いたら話がしたいから呼んでって命令なの」

「は、はぁ…」






「お、顔色は良くなったな。半日寝ればそうなるか」

「す、すみません、そんなに寝てたんですね…」

「構わん構わん、別に用事があるわけでもないからな。適当にかけてくれ」


サリィさんに連れられて通されたのは玉座のある部屋じゃなくて来賓室みたいな場所だった。私が寝ても全然余裕のあるソファと高級感があるテーブルが置かれていてイケメン君…じゃなくて魔王様は特に偉ぶるでもなくリラックスして座っていた。改めてみてもかっこいいけどなんだか魔王ってよりは普通のお兄ちゃんって感じだなぁ、強いて言えば服が悪役っぽいだけで……


は!いかん!

びしっと気を付けをして45度綺麗な角度で礼をすると前方からはなんだか戸惑った気配がする。横からはなんだか面白がってる気配を感じないでもない。


「この度は助けていただきありがとうございます、そして申し訳ありませんでした、魔王様」

「え?どうした?」

「不躾にも不審者呼ばわりしたので…」

「あ、うん。混乱してたみたいだから大目にみるぞ、あとそんな硬くならなくていいから」


入ってきた時から怒ってないのは分かっていたけど謝らないと後々大変かもしれないし何より私は小心者なのでこの謝罪は必要なのです。顔を上げると少し呆れた魔王様がいたけどこの際知らないふりをしよう。

なんでさっきから魔王様呼びしてるかって?魔王、なんて呼び捨て出来ないし魔王さんも気が抜けるからです。


促されたように席に座ったけどソファが柔らかすぎてなんだか落ち着かない。サリィさんも座るんだと思ったけど私の後ろに回るだけだった。メイドだから座っちゃダメとかルールがあるんだろうな。勝手に納得した私が正面の魔王様に向き直ると人好きのする笑顔を向けられた。眩しい。


「魔王をやってるルキウスだ。よろしくな」

「花子です。…えっと、異世界から来ました」

「そこは知ってる、というか俺がステータス見たし。その点は俺も謝らないとな、すまん」

「ステータス?それって私にも見られるんですか?」

「あぁ。ステータスって言ってみろ」


いよいよファンタジーめいてきたなぁ。口に出すって恥ずかしいんだけど…


意を決して小さく「ステータス」と呟くと目の前に画面が浮かび上がった。触ってみようと伸ばした手はすり抜けてしまう。なるほど、映像って感じ。そうしてようやくここが異世界なんだっていう実感が湧いてきた、今まではなんかフワフワとそうかな、って思うばかりで確実に違うって言い切れる強さを感じることが出来なかったから。一つ息を吐いて画面の表示を見る。そこにはたしかに私の名前が記されていた。



【名前】田中花子

【ジョブ】異世界人

【種族】人間

【レベル】1

【体力】68

【魔力】30

【スキル】無し




…うーん。なんか随分とあっさりしてるような……これで本当にあってるのかな?恐る恐る魔王様の様子を伺うと曖昧な表情で視線を外された。えらく怪しい。


「…あの、すみません。基準がわからないのでどんな反応していいか…」

「で、でもほら、異世界人ってでてるだろ?」


まぁ、異世界だなぁって事は分かりましたよ。けど体力とか魔力とか出てるんならその辺も教えてほしい。何故言葉を濁すのだろう。たしかにレベルは1だけど、初めってこんなものじゃないんだろうか。


「……魔王様のって見られないんですか?」

「はっきり言うが参考にならんぞ」

「うわ!?」


知らない声に後ろを見るとそこにいたはずのサリィさんは消えていて魔王様が霞む超絶美形が立っていらっしゃいました。声が低かったからきっと男の人なんだろうけど言われないと一瞬女の人と間違えそう。睫毛は私よりずっと長くて絡まらないのか心配になるくらい。身体つきも中性的だけど少し骨ばっていてなんだか妙な色気がある、というか色気しかない。ほどよく焼けた肌が余計に………



って、何を考えているんだ私は!?ソファから飛び上がって逃げるように魔王様の後ろに回る。二人ともぽかんとしているけどドアの開閉もなく人がいなくなってるんですよ!?しかも私にとっては初顔合わせの人もいるんですよ!?これが異世界のスタンダードですか!?


「だだっ、誰ですかっ!?サリィさんは!?」

「それは俺だが」

「はっ!?」

「サリバン。女一人は心細いだろうからサリィに変われ」

「すまない、気が抜けた」


サリバンと呼ばれた人が軽く頭を下げると光の粒子が集まって一瞬のうちに姿が変わる。サリィさんだ、サリィさんが戻ってきた。男の人が消えた場所から。私と魔王様が話していた時に立っていた場所に。呆然とする私にサリィさんは眉を下げてぺろりと小さく舌を出した。


「ごめんなさい、ハナコ。クセで変身しちゃったの」

「は、は、へっ、はい!?」

「サーリィ、自己紹介適当に済ませたろ」

「あら、知らない女に過剰な自己紹介されたらうざったいじゃない?」

「そこは丁寧にしてやれよ、初心者なんだからさぁ」


魔王様の声はいたずらっ子を窘める親みたいだった。その軽さを飲み込めずにサリィさんと魔王様を忙しなく眺める私が凄く滑稽だ。サリィさんはまだ混乱する私の近くまで歩いてきて優雅にスカートの裾を摘んで頭を下げた。


「じゃああらためて。サリィ・アニムス、夢魔よ」

「さっきの奴はサリバン・アニマ、同じ夢魔だ」

「…………へ」

「夢魔ってのは特殊でな。人格も性別に合わせて2つある種族なんだ。付き合ってみたらそんな変わらんから安心しろ」


つまり、さっきの美男子と目の前の美女は同一人物…ということらしい。たしかに目の色も髪の色も同じだったしなんとなく似た雰囲気はあったから頭の片隅では納得できているんだけど、無理、混乱がすごい。

雌雄同体とかじゃなくて一つの存在に二人の人がいるってことだよね?二重人格者が自分の身体を獲得してるってことだよね?そんなことある?頭から水を被ったら女の子になる…みたいな漫画でも性格は一つだけだったのに。

聞いてみたら、生まれる時にうまく分かれない夢魔は人格が一つだったり身体が一つだったりするんだとか。いや、分かれるっていうのがまずわからない。精神が分裂するの怖くないのかな、ダメだ、異文化の原液を浴びせられると受け入れるのに時間がかかる。


曰く、性格というものは知性だけで育まれるものではないのだそう。自分の身体に持つ誇り、あるいはコンプレックス、それに付随した好悪などに揺り動かされて生まれてくるものなのだとか。

…言われてみれば、私も超絶美少女だったらちょっと自信のある子になったかもしれないな、性別ごとガラッと変わるのはよくわからないけど。ただ、女同士でさえどきどきするのに男のサリィさん、じゃなくてサリバンさんは心臓に悪すぎる。当面は距離を置いて話をしたい。


というか、じわじわと気になっているのですが、夢魔って?


「夢魔って、もしかして…あ、あの、インキュバスとか、サキュバスとか…?」

「あら、古い言い方するのね。異世界ではそう伝わったのかしら」

「あ、あの………」

「なぁに?」

「そっ、その…………エッチな…やつですよね?」


静寂が訪れた。なんてことを聞いてしまったんだろうと熱い頬を抑える。失礼にも程があるでしょ。サリィさんはというとぽかんと目を丸くしていた。そうですよねー、いきなりこんなこと言われても困りますよね。謝ろうとしたその時にサリィさんは今まで見せたような笑顔じゃなくて、なんだか、獲物を見たようなギラついた笑顔を浮かべてぺろりと綺麗な唇を舐めた。

自然と唾を飲み込んでしまう、その仕草こそが答えだった。それを理解した私は魔王様の座るソファに向かって自然と土下座していた。


「魔王様っっ!」

「な、何だ!?」

「お守りありがとうございます!!本当にありがとうございます!!靴とか磨きます!!!」

「いらねえよ!!」

「無かったら絶対にサリィさん襲ってましたっ!!ノーマルとか絶対にぶち抜いてたと思います!!」

「あ、あぁ…まぁそうだろうな。お前魅了がどうとかじゃなくて何も耐性ないもん。奴隷レベルに落ちてたと思う」

「えっ待ってください、もしかして私ゴミステってことですか」

「あっ」


しまったという顔で口を抑える魔王様。思うんだけどこの人、色々軽くないだろうか?さっと目を逸らしたその横顔にしっかりと声を届ける。


「魔王様」

「はい」

「この世界の人間の平均をお聞かせください」

「……ま、まぁ、その、人間は大体魔法苦手だから…」

「魔王様」

「魔力最低でも50はあると思いますし、普通は一つくらいスキル持ってますね」


なんとなくわかってはいたけど、改めてショックだ、聞いておきながら自分勝手だけど、凹むものは凹む。異世界に来てチートができるのはきっと選ばれた極少数とか、イケメンとか美少女なのだ。喪女のモブはお呼びではないのである。それにしたって少しも優位性がないというのは痛い。


「異世界だというのに…私は…何も出来ない子のまま……」

「だ、大丈夫だ、大抵の人間の魔法は本当に子供騙しみたいなやつだから…」

「それでも!あるとないとじゃ!大違いでしょうがっ!」

「す、すまん…」


どんなに惨めでもあった方がマシなのです。まぁ、日本にいた頃みたいに抜きん出た才能もないっていう埃かぶった暮らしになりそうだけど、せっかくファンタジー世界まで来てその恩恵に一つも触らないのは、事故にあったのに除け者にされている気持ちだ。

恐る恐る体力について聞いてみたら、平均は70そこそこだというので一安心、種族差も個体差も大きいらしいからさしたる意味もないらしいけどこれで虚弱な体力だったら切なすぎたので良しとする。


「この際魔王様のステータスも教えてくださいよ。参考にならなくてもいいです。ラスボスって気になりますし」

「ラス…?えっと、悪いがそれは無理だと思うぞ。他人のステータスを覗くには鑑定ってスキルが必要だから」

「うぅ」


便利なものがあるんだなぁ!頭を抱えた私を申し訳なさそうに見るあたりサリィさんにも鑑定はあるらしい。とはいえ生物相手の鑑定こそできないけどアイテムに対する鑑定は道具を使えば誰にでもできるのだとか。技術化できるスキルは万人に触れるようになっているのかな、意外と親切な世界だ。



聞こえた軽い咳払いに顔を上げると、魔王様は真面目な顔で私にこう言った。


「なんで、自己申告で我慢してくれ。レベルは999だ」

「……………はい?」

「これ以上は多分上がらん」


鍛錬はするんだけどな、と恥ずかしそうに笑う魔王様の声がひどくぼんやりしている。

レベル、999?99じゃなくて?ていうかそれ上がらないんじゃなくて上げられないの間違いでは?思わず相手が魔王だということも、自分が無力なことも忘れて肩を掴んでしまった。予想外だったのか魔王様は少し目を眉を上げて私を訝しげに見ている。一息吸ってここに来て1番の大声を張り上げた。



「ラスボスがカンストしてどうするんですかー!?体力と魔力は!?」




「……??、ええと、両方99999だな?」

「バカー!!いや、バカ!?そんなに鍛えて何するんですか!?世界征服!?」

「す、するか!そんなの!」

「サリィさんは!?サリィさんは大丈夫ですよね?!化け物じゃないですよね!?」

「か弱い169レベルよ?」

「私はなんだ!?ハエ!?」


わかってない顔の魔王、困り顔ながらも面白がっている美女、遠慮も忘れてがなりたてる私。


平凡な私には持ち得ないチートに囲まれた生活がここから始まろうとしていたのでした。

サリィが付けてたチョーカーは周りの為の魅力殺しです

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