諸説ありました
アンナさんの店は居酒屋ではないけど昼からエールを出してることもあって普通に酔っ払いもいる半分居酒屋みたいな状態です。旅の人も冒険者も入るものだからちょっと耳をすませてれば噂話なんてどんどん捕まえられるわけ、まぁ真偽はどうでもいいんだけど聞いてるだけで楽しいのは事実。異国風の少年冒険者がものの1日で最低のEランクから最高のSランクに昇格したとか、いつも女の子を侍らせてるとかどっかで聞いたような話ばっかり。くっ、ハーレム野郎め。真偽はどうでもいいとは言ったけどもげてしまえ。黒い思いを抱きながら注文のバケットとベーコンをテーブルに運ぶと赤ら顔の狼人冒険者が人懐っこく話しかけてきた。
「お姉さんは魔王ってのを信じるかい?」
「へ…」
信じるも何も毎日顔合わせしてますが。フリーズした私に冒険者は申し訳なさそうに立派な耳を片方垂れさせた。
「いや、すまんね。急に話すことでもなかったね」
「い、いえ、魔王っていうとこちらの神話の?」
「おう。知ってたのか?」
「…さわりだけなら」
嘘でーす、ガッツリしってます。魔王様の黒歴史ね。とはいえ細部は違うけどそんなこと普通の人は分かりはしないよね、7000年前ってこともあって実在も定かじゃないし。なんでそんな話が出てきたかっていうと私が異国の顔立ちをしていたからだそう、他所から来た人はあんまり神話を信じてない事の方が多いんだって。そりゃそうだ、私は日本にいた時も自国の神話すらそこまで本気で信じてなかったもんね。私の気の抜けた顔を見ると冒険者は軽く肩を竦めた。
「終末の森の近くだけあって怖がりゃしないか」
「村の悪ガキどもの遊び場さね」
「おう、マークスんとこのガキは気味の悪い火にも慣れだしたぜ」
「豪気な子供だ」
アンナさんとヨハンさんも混ざって笑ってるけど全然笑いごとじゃないので勘弁してもらっていいですかね、なんで慣れちゃうのかな。もうそろそろ夏も終わりだけど火の玉に慣れたら肝試しの名目がなくても森に来ようとしちゃうんじゃないかな、結界があるからお城に入ることはないし転移具だって城内で使うし戻ってくるときだって自室だから顔合わせることはないんだけどね。うろつかれるとこっちは気が気じゃないっていうかね。どうしたものかと気まずく目を逸らす私には気付かず冒険者はいたずらっぽく口角を上げて形だけ囁くように口許に手を寄せた。
「ここだけの話だけどよ、魔王ってのは本当にいるらしいぜ」
「あの城は魔獣が住んでんじゃねえのか」
「神話の通りずっと引きこもってんのかい?」
あっなるほど!魔獣が住んでるって説が一般的なんですね!?言われてみれば納得できるかも。主人の跡を継いで城を守る魔獣か、うん、いい。少なくとも玉座でダラけたりしてる本人よりはよっぽどかっこいいんじゃないかな。まぁ今更ラスボスっぽい振る舞いしてよなんて言わないですけど、あの人ってなんか話してて気が抜けるんだよね。そのくせたまに人外めいた価値観出してくるから対応に困ることがあるというか、軽めの幽閉に全然不満持ってないところとか色々掴み所がないんだよね。
「ハナコどうした変な顔して」
「あ、い、いえべつに!魔王ってどんな人なんだろって思って」
「そりゃ冷酷!残忍!ヒトの命なんざなんとも思ってないやつだろ」
「ツノとか生えてんじゃねえの?」
「身体中傷だらけとか?」
全く違うことを考えていた私にヨハンさんは小さく首を傾げたけど、それだけで済ませてくれた。ありがたい。私は物思いに耽李やすい子というイメージを持たれているようで、いや間違いではないんだけどね、ちょっとぼーっとしていてもそこまで強く突っ込んでこない。あ、仕事はちゃんとしてるからね。その辺は社会人としてちゃんと線引きさせていただいておりますのでご安心を。
慌てる私を放ってアンナさんたちはカスリもしない魔王談義に花を咲かせていた。冷酷残忍かは置いておいて、寝るとき羊を抱きしめてる人ですよ、ツノが無いので魔王と言われてもピンとこないし傷は目立つところにはないと思います。心の中で丁寧にツッコミを入れていくたび、なんだかおかしくて緩みそうになる口元を必死に抑えた。冒険者の近くのお客様も混ざってきてあーでもないこうでもないと言いたい放題だ、下らない話はどの世界でも人気がある。愉快に笑ってるおじさんはいつか魔王様、もといマオ様を囲んでいたうちの1人なんだけど覚えているんだろうか。既にあってますよなんて言えるはずもないけど。盛り上がりも緩やかになってきた頃合い、やけに真面目な顔で混ざってきたお客様の1人が新説を切り出す。
「…実は女、とかどうだ?それで実は勇者に惚れて負けたとか」
「ブッ!!!」
「おいおい、笑うのは酷いぜ」
「す、すみませ…はははははっ、やっ、ふふっごめんなさい、ツボ入っちゃって……!」
そんなラノベみたいなこと言われて笑うなって方が拷問です。お客様の話にお腹を抱えて笑うなんて店員として最悪だけど許してほしい。伝説女体化なんて日本だけの伝統だと思ってたのに、こっちでも持ち上がることがあるんだね。親近感をこんな形で覚えることになるとは思いもしなかったよ。
魔王は突然端正な顔を歪めて、顎に手をやった。今の今までサリバンと2人きり話をするでもなく、怠惰に玉座に座していたというのにこの変化はどうしたことか。サリバンはというと普段は平坦な顔に僅かばかりの愉快さをにじませて魔王に視線をやった。性格が悪いのは両方ともだ、でなければこんなモノと1000年も暮らすことなど出来るものか。声だけは変わらず穏やかなのは勿論態と、ご愛嬌とされたし。
「どうしたルカ。凄い顔だ」
「なんかすげー不名誉なこと言われてる気配がする」
「日頃の行いだな」
「…なんで俺の友人は揃って俺に厳しいんだ?」
力なく息を吐く城の主に夢魔は小さく笑った、早くもう1人の同居人が帰ってくればいいのにと思いながら。




