海に行きました
魔王城は当然のようにホラー映画にありそうな見た目で、周りを鬱蒼とした森に囲まれている。そのせいで終末の森なんて呼ばれちゃったりして夏の今は子供達に人気なスポットで肝試しがあちこちで行われていた。この時期は恒例行事なようで魔王様も片手間に鬼火だしてるけど、いいのか、止めろよ。バイトしに村に下りて子供達が「前に進んでも城につかないんだぜ!」とか言ってるの聞いてて住んでる人間としていたたまれないよ。たまに迷ってガチ泣きしてる子供がいた時は家に送ってあげてるらしいけど来るなっておまじないをした方がいいんじゃないかな。
それにしてもちょっと子供達が羨ましい、城内は涼しいとはいえヒヤッとしたいし、何より夏っぽいこと全然してないんだよね。そんなことを考えて過ごしていると魔王様とサリィさんから海へのお誘いを受けました。
「…え?海ですか?」
「なんだ、嫌いだったのか?だったら留守番してていいぞ」
「いやそういうわけじゃなくて、水着とかあるんですか?」
「水着?サリィ知ってるか?」
「知らないわねぇ」
「あ、やっぱりないんだ」
露出がダメな世界観で水着があるとは思えなかったんだよね。ダイバースーツならもしかして、と説明してみたけどそこもノー。まず伸縮性の布っていうのが存在しないっぽい、水着に使う布ってどうやって作ってるんだろう、化学繊維なんて自作出来ないよ。誘ってくれたのは嬉しいけど、海で泳ぐわけでもないのに何をするのかな。まさか波打ち際で鬼ごっことか言わないだろうし。
「水着もないのに海に行ってどうするんですか?」
「…お前は本当に悪意なくこの世界を見下すな。水着がなくても海は遊べるんだぞ」
「ちょっとした、お宅訪問に行くのよ」
え!?み、見下すってそんなつもりなかったんだけど…あ、水着も作れないこんな文明で海ですって?フン!みたいに聞こえたってことかな。全然そんなこと、いや、うん、まぁ、ちょっとは、あったかも。反省。
あんまり元いた世界と比較しないようにってしても無意識にやっちゃうんだなぁ。魔王様は怒ってなさそうだからいいけど呆れた視線が痛い、釘を刺してくれてるのはありがたいんだけど。思わぬ失態に項垂れる私にサリィさんが励ますようにウインクをしてくれた。
海に行くってなった時は電車なり車なりの窓の外で徐々に青が広がっていく景色にワクワクするっていうのが醍醐味だと思うんだけど、瞬間移動が通常の移動手段の私達には無縁の事で。それでも青い空、白い雲、透き通ったエメラルドブルーの景色を見せられたらテンションが上がらなきゃ失礼ってものですよ。白い砂浜には人があふれていてここはどこの世界でも同じなんだなと実感する。
「わーー!うみーーー!キレイ!」
「なんだ、そっちの世界は太陽が出ないのか?」
「出ますよ!ただその…なんか黒ずんでるというか、どこでも澄んだ海が見られるってわけじゃなかったんですよね、私旅行もそんなにしなかったし」
「川の水が流れ込んでるとかじゃないの?」
「そ…その辺は詳しくわからないですけど…」
東京の海ってなんであんなに青黒いんだろう、沖縄に比べると雲泥の差だよね。油か、油がいけないのか。でも小旅行で東京以外のオーシャンビューの部屋とってもなんか晴れやかって感じしなくてどっしりした青みなんだよね。テレビとか雑誌で見る海は水色だったり、海底が見えたりで素敵だったけど現実に打ちのめされたものです。
晴れやかなこっちの海に相応しく魔王様は白いシャツに踝の見える綿のズボン姿。こういったらなんだけど、魔王様って実は黒い衣装似合わないんだよね、イケメンだから違和感ひどくないけど元々顔が悪者っぽくないっていうか。魔王ってどっかしら憂いを帯びた顔だったり、憎しみに淀んだ目だったりするものだけど魔王様って憂いってよりはダラけてるだけで全体的なイメージとしてゆるい。カロン村のお忍びの時の革鎧の方がよほど似合ってたし、今の村人の服の方がしっくり来る。元村人だからか。かっちりゴテゴテじゃなくてシンプルでカジュアルなのを着ればいいのに、いや人の趣味に口出すのは良くないか。サリィさんもサリバンさんも似合う服を着てるのになぁ。
「それじゃ潜るか」
「ええぇ!?ちょっと!!服ビチャビチャになりますよ!!」
「安心しろ、騙されたと思って」
「魔王様って本気で騙しそうでこわ…サリィさん!!押さないで!!」
「まあまあまあまあまあ」
「ちょっ、うわーーー!」
考え込んでいた私の手を魔王様が握って海にずんずん引っ張っていく、はっとしたところで遅い。片手で力も入れてないのに私の体は無抵抗に引っ張られてしまって踏ん張りようもなかった、まぁカンストしてる人に抵抗したところで無駄でしょうけど。それでも嫌がるくらいはさせてほしい、濡れた服の不快さって半端じゃないんだから。制止の声も虚しく味方だと思っていたサリィさんさえ私の強張る肩を押すお仕事をしている。そんな、サリィさんは信じていたのに。あっという間に私の体は首まで水に浸かってあとは頭だけになってしまった。入水自殺!やめて、魔性の貴方がたと違って私はチートも何もない人間なんですよ。というかなんであたりの人も助けに入ってくれないのかな、うわ、うわ、水。
「え……あれ…?苦しくない?」
「身体の表面に膜を張ってある、呼吸も会話もできるし、水圧でぺちゃんこになることもないぞ」
「至れり尽くせり…ありがとうございます…」
「ね、ハナコ。見てみて」
「…わぁー!」
思っていたことにはならず、私の服も髪も乾いているままで海水が目にしみることもなかった。説明してくれればよかったのに、ちょっと拗ねてみる。いつもの魔王様の魔法が私を守ってくれていました。詠唱とかしないから魔法かけられたって自覚もできないんだよね。
サリィさんに肩を叩かれ指で指された方向を見てみると、そこには見たこともない魚が群を作って泳いでいる。色とりどりの鱗に水面越しの光が反射してとても綺麗。揺れる海藻らしきものもカラフルで良く出来たCGみたい。魔王様に身を任せて海底へ降りると足元にはこれまた綺麗な貝殻が転がっている、中にはガラスみたいに透き通ってるものもあった。ファンタジーだなぁ、思わずうっとりする。
「きれい…シーウォークってやったことなかったから嬉しいです」
「泳ぐ奴もいるけど、こっちの方がこの世界では人気でな。ほら、あそこ団体がいるだろ」
「え!?この魔法って簡単なんですか?!」
「そんなことないわ、施術者はちゃんとしたところの魔導師よ。夏期は派遣されてくるの」
「へー、なんかお堅いわけじゃないんですね」
「魔法って金食い虫だから、細々としたチャンスは逃さないのよ。イメージアップにもなるでしょう?」
世知辛いな。魔法って魔力使うだけじゃないのか、あ、研究のために素材とか宝石とか薬草とか本が必要なんですか。そっか、そりゃそうだよね。魔法使うだけじゃないよね。腕を引っ張ってるこの人と一緒にしちゃいけない。でも魔法使いってゲームとかでも研究で部屋にこもってたり洞窟の奥で怪しい実験してたりなイメージあるもんね、それよりはこうやって身近に感じられた方がいいかもしれない。
改めて周囲を見てみるとなかなかの盛況ぶり。これならいい臨時収入にはなるのかも、私も魔王様に連れてきてもらってよかったって思う。今度個人で申し込んでみようかな。綺麗な景色だし、水中だから涼しい。服は濡れてないのに感覚的には涼しいなんていうのも不思議だよね。と、目的はこれじゃないんだった。確かサリィさんはお宅訪問とか言ってたよね、これはそのついでにやってくれてることだろうし聞いておこう。
「このままどこに行くんですか?」
「沖合まで。クラーケン達がそろそろ排卵期だから結界を張ってやろうと思ってな」
「…私は食べられたりします?」
「安心しなさい。私達といるって事で察してくれるわ」
「そんなビビんなって、この時期ピリピリしてるけど視界に入るうちは守ってやるから」
「それ遠回しに離れたら見捨てるって言ってますね?」
随分進むと、景色も変わってきた。ちなみに魔王様に引っ張られてるから1時間程度で済んでるけど無重力感はしっかりあるよ、それで普段以上の進みっぷりできるって何なの。なのに全然疲れない、イメージとしては車に乗ってる感じ。引っ張られてるのに腕も痛くないんだよね、不思議だけどありがたい。
「ここら辺、人が少ないですね。船も無いみたいだし」
「あーロクサーナに教えたから周知されたのかもだな。持つべきものは仕事が早い友人だ」
「そうね、今までは稼ぎの為にって感じでチラホラいたけど今日はほぼ皆無、沿岸でやってくれてるみたいね」
なんでも今から会いに行くクラーケン、夏の新月の時期に卵を産むんだそうです。ちなみにクラーケンはすごく大きいイカ。あーイカ刺し食べたい。いや現実逃避してる場合じゃないね、それで沖合に卵を産み付けるらしくて魔王様はそれが流されたり狩られたりしないように結界を張りに行くということらしい。イカって確か海藻に卵産むんだよね、クラーケンだから違うのかな。
漁師の人達は夏の時期クラーケンが暴れやすいからってベテランは近付かないんだけど、漁獲量って生活に響くし無理して出てくる人も居たんだとか。でも魔王様がロクサーナさんに手紙で気紛れに教えたら無理をしない方向になったんだそう。いのちはだいじだよね。ちなみにこっちまで来るまでは光学迷彩的な魔法をかけていたらしく呼び止められることもありませんでしたよ。
「えっと、魔獣の研究者っていないんですか?」
「いることはいる。だが基本的に仕留められたやつじゃないと調べられないのが普通だ」
「魔獣に手を出すべからず、報復の牙に貫かれることなかれ。親がこんなんだから子も真似しちゃうのよね」
「こんなんゆーな」
あぁ、なんかヘルハウンドの時もそんなこと言ってたなぁ。因果応報ってやつ。魔王様が「イラついたら殺していいと思う」とか普通に言ってるけどそんなキレやすい若者みたいなことをラスボスが言わないでください。言葉の重さが違うんですよ。ていうか魔王様、ラスボス覚醒の時の衝動をイラついたで片そうとしてませんか。
なんでも魔獣は同族以外にあったら逃げるってのが基本的な習性で、それを追って狩るんだったら狩られる覚悟を決めたと見做されるんだそう。出産の時期で気が立ってるとかなら近付くべきじゃない。そんな感じなら研究も進みにくいね、中には友好的で死期を悟ったら身を差し出してくれるのもいるって話だけど極少数なんだって。そんなことを習っていたら目の前に突然白い壁が出現した。わぁ、ツヤツヤー…どうみてもイカですね。魔王様の手を密かに逃れてサリィさんの背後に回る。
「やっほー」
「シァァァァァ」
「はっはっはっ、じゃれるなじゃれるな」
「捕食一歩手前にしか見えないんですが」
「大型の魔獣はみんなこうよ」
「えぇ…」
魔王様が気安く片手を上げた瞬間イカもといクラーケンさんは長い触腕で魔王様を雁字搦めにした。魔王様180cmくらいあるけど、クラーケンさん20mくらいあるからね、サイズが凄いっていうかそんな搦めとる必要ある?サリィさん曰く愛情表現っていうから末恐ろしい。テンションが上がっているのかぶんぶん振り回されている間にお仲間とみられるクラーケンさんも寄ってきていた。解放された魔王様はその群れの1匹に先導され結界を張りに泳いでいく。私はサリィさんと2人残されて今までクラーケンさんがいた空間をぼんやり眺めた。
「…人気ですよねー、魔王様のこと嫌いな魔獣っているんですか?」
「構いに行くと鬱陶しがる子ならいるわ、ふふふ、おかしいわよ。無下にされた時は何ともなかったのに城に帰ったら凹んで3日は部屋から出てこなかったの」
「血だなぁ…」
帰ってきた魔王様を生温い目で見てしまった私を責めないでほしい。
冬に夏の話書くのも案外面白いです




