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マリエラ王国の話

「怖いよ〜〜!!どうして私の国がこんなことになるの!?」

「陛下、落ち着いてください、せめて口調を整えてください」

「落ち着きようがなかろう!閣下よりの御下賜品知らぬとは言わせぬぞ、ナイジェル!」

「毒無効のアミュレットですね」

「お、恐ろしい…!我が国一の魔具職人でさえ耐性の強いものがやっとだというのに無効だなどと…これはマリエラの技術など取るに足らぬ、いつでも潰せるというメッセージに違いない…!」

「何故そうなるのです」


マリエラ王国はストバイト大陸の東に位置する。娯楽文化の発展に力を入れているため文化のマリエラと呼ばれており、軍部は国防の為にのみ存在するという珍しい国であった。

国王曰く、国家は民の安寧の為にあるものである、領土拡張のみに目を向けて民に奉仕せぬのは愚策である。国是として挙げられているだけあり大きな国ではないながらもマリエラには活気があり、貴族と平民間の仲もおおむね良好であった。戦などなくても平和に生きていける、その上娯楽の発展により生活に彩も持てると国民だけでなく旅人にも人気の高い国だ。今回属州国となったレイテもマリエラであれば、と胸を撫で下ろしていた。


よもや、その政策が反乱とか起こされたら怖い、平民に恨みを持たれたくない、魅力的な他国に目移りされたら嫌だ、などという子供のような国王の想いから生まれたなどとは誰も思いはすまい。国王のそばに控えていた宰相は心の中でため息をついた、本当にため息をついてしまうと国王の心配の種になるからだ。

玉座の上で哀れなほど震える国王は魔王という存在を非常に恐れていた。先の舞踏会、ペガサスの引く馬車で絶世の美女と共に現れた時は宰相も腰を抜かしたものの、その後の様子を見ていてすぐに察した。魔王という男は規格外の力で周りを振り回すだけの普通の男であると。ロクサーナ王女にダンスの誘いをした時には肝を冷やしたが、過度の好意というものはなく、悪意もなく、いう通りに友人と踊っているという調子であった。恐ろしくはあるが、下手なことをしない限り決して害にはならないだろう、と納得したのだがその考えは極々一部のようで国王を中心にマリエラでは虎視眈々とマリエラを狙う悪鬼の如くに恐れられていた。

馬鹿馬鹿しい、アイスを食べて連れの女に呆れられている男のどこにそんな影を見出したのか。まぁ、無理矢理に呼び出されたルナール公爵が声高に主張するのを責められはしないが。


「あのお方は純粋に陛下を慮ってお与えくださったはずです。穿った見方をなさいますな」

「そ、そう?本当にそう思う?じゃあもう一個妃の分もくれたり…あああ、いや!罠だ!きっと欲深いのを見せたら襲ってくるんだ!こ、怖い!!ちゃんと政治しなきゃ…」

「………心配性ですなぁ、それが陛下の長所ですが」


その無駄な心配性がいくつもの危機を知らずに救っていたなどこの卑屈で有能な王は分からないのだろう、と宰相は苦笑した。




…そわ。

そわそわ。

そわそわそわそわ。


「…ロクサーナ様」

「なんです」

「先程から落ち着きが足りません」

「そ、そんなことはありません」

「そうでしょうか、3秒に一度はマジックアイテムを気にしてらっしゃいますが」

「あなたの見間違いですマリア!」


王女の私室では、部屋の主人であるロクサーナが卓上の小物入れに似たマジックアイテムを頻りに気にしていた。小物入れといっても収納がしっかりと出来るタイプで半円状の蓋に取っ手が付いていて、それを押し上げることで開けられるデザインになっている。蓋はガラス製で中に何かが入っていればすぐに分かるようになっているのだが、王女は何も無いことを知りながらもそこを確かめることをやめられないようだった。中に物を入れれば対になるマジックアイテムに中身が送られる仕様になっていてこちらも国王に贈られたアミュレットと同じく気軽に作れるような代物では無い。使いようによっては戦にも有効に利用できるだろうにまさか交流の道具としてしか使われていないとは、事実を知ったものは勿体無いと項垂れてしまうかもしれない。

ロクサーナは否定こそしたが、侍女の目から見なくとも明白な程彼女は浮ついていた。朝からではなく昨夜の頃から中身を気にしては自分の落ち着きのなさを責めるように美しい指先を握りしめて、また中身を見て…という具合にずっと繰り返しているのだ。

あえて口にするのも馬鹿馬鹿しいが、どう見ても恋の病である。ロクサーナはまだ16歳という若さでありながら、高潔さ、公平さ、そして民に対する慈愛と国に対する忠誠を兼ね備えた王女の立場に相応しい淑女であったが、魔王と呼ばれる少し前までその存在も信じられていなかったヒトならざるものに出会い少女のようになってしまった。侍女は溜息をつき、どうしようもない様子の主人をそっと諌めた。


「そう気になさらなくても。あの方は時間通りに手紙を送ってくださるのでしょう」

「しっ、知りません!そわそわなんてしてないわ!」


本人も分かっているだろうに。王女という立場上恋心を無理に隠そうとして、その結果生来の素直さと喧嘩しかえって目立つような態度しか取れていない。口に出せば不敬罪で牢屋行きだが、今の彼女はポンコツだ。それでも抑えることのできない何度目かの視線が小物入れを捉えた時、小さな音を立て中に封筒とアクセサリーが現れた。


「来たっ!」

「はしたないですよロクサーナ様」

「あっ…い、いいから、ペーパーナイフを!」


思わず立ち上がって蓋を開けてしまったロクサーナに侍女の制止がかかる。放っておいては手で開けかねない勢いだったからだ、ロクサーナも一瞬バツの悪そうな顔をして掴みかけた封筒から手を離す。命令通り繊細な装飾がなされたペーパーナイフが侍女の手から王女へと渡る、紋のないつるりとした封蝋を一度見つめてから封を開けた。入っているものは格式も何もない日記を引き裂いて手紙がわりにしたようなものだったが、ロクサーナは心から嬉しそうに口元を緩ませた。


" ロクサーナへ

相変わらず礼儀のなっていない手紙で悪い。お前が気にするなと言ってくれたのはありがたい話だが、あまり好意に甘えてばかりの男じゃ縁も切られてしまうかもな。人間のマナーは分からないから、お前が面倒だと思わなければ小さいところから教えてほしい。


そういえば、以前送ってもらったシュークリーム。あれはとても面白かった、初めて食べたもんだからクリームが飛び出てくるってことを知らなくて手を汚してしまったが、これも思い出と考えると悪くないもんだよな。ロクサーナはしっかりしているからこんなヘマはしでかさなかったんだろうな。今度があるなら次こそ綺麗に食べてみせる。

あぁ、そうそう。夏になってきたから海に出る奴も多いだろうが新月が近づくとシーサーペントやらクラーケンやらが興奮するからあまり沖合に出ないように漁師とかに言い含めたほうがいいと思うぞ、気性が荒くなるのは排卵期なんだ。俺に免じて許してやってほしい。どうしても漁がしたいんだったら島とかに近づくとか、とにかく海の真ん中は避けるように航海しろと言ってやってくれ。まぁ、経験則で分かってる奴が多いだろうけど念の為に。


それじゃ、また手紙が届くのを待ってるよ。今回は嘘がつけなくなる指輪を送っておいたから悪用せずに使ってくれ。お前達の善性を信じている。

ルキウスより


追伸

めちゃくちゃ嫌なんだけど恋愛小説みたいなものがあったら貸してくれ、贈らなくていい、手元に置きたいわけじゃないから。俺の趣味とかでは全くないから。無かったら買わなくていいからな、本当に。迷惑かける。 "



「よかった…シュークリームを喜んでくださって。私も美味しいと思ったの」

「店に褒美を取らせますか?」

「えぇ、お願い。これからも期待していると口添えしておいて」

「かしこまりました」


ロクサーナは何度か手紙を読み返しほっと息を吐き出した。嫌われてはいない、むしろ好意的に接してくれていると思える。それだけで気が安らいだ。ルキウスという本人の名前を知った時は何度もその文字を指先でなぞってしまったのはやや恥ずかしい思い出だ。

シュークリームの件に加えて海に出没する魔獣の情報も国として公表する事を指示すると、ロクサーナはまた手紙を読み返す。とはいえ今度は追伸部分を念入りに、だ。


「……それにしても、どういうことなのでしょう」

「何か不自然なことが…?まさか姫様にふしだらなことを?」

「そそそそそんなことをあの方が書くわけないでしょう!」


耳まで赤くなった王女には気が付かないフリをして、侍女はロクサーナが魔王の潔白の証明のために押し付けるように突き出された便箋を受け取って目を走らせる。本当に格式も何もないと呆れたが、逆にこれくらいの方が仕込まれていないと分かって安心するのかもしれない。しかし追伸部分を見てぴくりと片眉を上げた、嫌々ながらに必死という様子だ。


「これは…家人の方に頼まれたと取るのが自然ですね」

「あぁ…あの、ハナコという方ですね。わ、私が魔王様を好きだとか見当違いなことをいった無礼な方です」

「…そうですね、それでどうなさいますか?」

「送ります、もちろんお菓子も添えてね。あなた、書庫から短いものを見繕ってきてください」

「はい」

「マリア、例のものは用意してある?」

「こちらに」


今回はパルフェを用意させていた。夏場ということもありケーキよりも冷菓が良いだろうと考えてのことだ、あまり豪勢にしては向こうが困ることはわかっていたので夏の空を思わせるゼリーの上にアイスが載っているような簡素なものだ、青いクラッシュゼリーとミルクゼリーが層になっていて目に涼しい。

少し待っていると王子と平民の少女の恋を綴った本を侍女が持ってきた。一冊で完結する為杜撰なところはあるのだが所詮物語だ、ありえないと糾弾するのはナンセンスだろう。


「ふふ、喜んでいただければ良いのだけど」

「…えぇ、そうですね」


この恋は決して叶いはしない。それは侍女だけでなく、他ならならぬロクサーナとてわかっている。ロクサーナには婚約者がいて王族という身分で私情を優先してはならないのだ。この物語のように自分を攫ってくれる王子などどこにもいない、所詮は夢物語。

でも、それでも。この一時の夢物語がそうであったらと、思い悩む権利は王女にとてあるのだ。いつかこの恋を、そんなこともあったのだと思い出に出来るように、無理に殺すのではなくて精一杯夢を見させてほしい。たった一度限りの初恋なのだから。それ故、侍女も必要以上に責めることはしなかった、彼女であれば決して愚かなことはしないと分かっていたからだ。




ロクサーナ・ラ・レンフィス・マリエラはマリエラ王国、その王女である。そして、この5年後、ルナール公爵家長男と婚姻した1人の女の名前でもある。


誰かが誰かとくっつくと言うことはないのです。

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