魔法の勉強しました
私には学ぶことがたくさんある。規格外2人が身近だからスルーした方が心に優しいってことの方が多いけど、あんまりスルーしてると普通の生活を送る、って状況になった時ギャップに苦しむかもだし。教え方は優しいけど世界の常識ってやつを凡人視点で理解してくれてなさそうなんだもん。だから自分で勉強して現実を知っておかなきゃなのです、そう思ってまず日本にはあるはずもない魔法について魔王様に聞こうと思ったんだけど。
「考え直せ」
「ど、どうして…」
「聞く相手が悪い」
サリバンさんに沈痛な表情で首を振られてしまいました、魔王様はそんな様子に呆れて半目になっている。サリバンさんが教えてくれるならそれでもいいんだけど、サリバンさんもサリィさんも魔法とか戦闘とか似合わないっていうかイメージに合わないんだよね。こう優雅に寝そべったり気怠そうに窓の外を見つめたり…そういう感じ?まぁ超美形が戦ったらそれこそため息が出そうですが。
「お前な、さすがにハナコ相手なら加減するぞ」
「お前の加減はあてにならない」
「聞いちゃダメでした?」
「そんなことねえよ、俺の専門は魔法だし」
「そういえば、魔王様が物理的に何かしてるっていうのは見たことないですね」
「めんどくさいからなぁ」
めんどくさいとは。魔王様は転移させてきたであろう剣を握って曲芸のように振り回した、ジャグリングとか出来そうな勢いだけどその剣は宝石とか彫刻など装飾が見事な芸術品といっても問題ない高いやつだから見てるこっちはヒヤヒヤする。魔王様が落とすわけないってわかってるしうっかりこっちに投げるってこともないって分かるんだけど、どうせその剣国宝モノですよね、オモチャにしないで。私の祈りが通じたのか一通り振り回すと魔王様は剣で肩をトントンと叩いた。
「例えばだ、剣を突き出して対象に刺すにはどうしたって体力いるだろ」
「うん…?まぁそりゃそうですけど」
「最初から魔法で内部に剣を作った方が楽」
「理解したか?」
「はい」
「え?なんか俺変なこと言った?」
聞く相手が最悪だったなぁ、でもカロン村に魔法使える人いないからこの人くらいしかいないんだよ。そもそも魔法使える人が少数派なんだもん、エルフとか一部の獣人は得意らしいけどね。体内に剣を作るって相当なレベルの魔法だろうし、普通の人はそんな芸当が出来ないから剣を握るんじゃないでしょうか。しかも魔王様はめんどくさいから、でそれを片付けてしまう。サリバンさんが止めたのも無理はないよね、目を合わせてお互いなんとも言えない顔をしてみる。
「…その体力で何を惜しんでるんですか?」
「雑魚相手に動きたくないだろ。あぁ、ライムの時は動いたけど」
一瞬誰かと聞きそうになったけど九条くんのことだと思い出してぐっと堪えた。名前忘れかけるとか私って薄情だな、あれから少し経ったけど元気でやってるといいな。
そして納得した、この人は自分がある程度楽しめる相手じゃないと効率を重視するってことなんだね。面倒くさがってるのも大きいけど、小物にいちいち労力を割かないと。その通りなら例の国の鎮圧はあんまり血生臭くはなってないんだろうけど、簡単そうに攻略されるっていうのもそれはそれでキツイものがあるだろうね。私には自業自得としか思えないけど、まぁ、ドンマイ。苦笑いを浮かべていると魔王様は剣をしまって近くのソファに腰掛けた。
「安心しろ、初心者向けに解説してやるから」
「サリバンさん、ストッパーお願いします」
「任された」
私もサリバンさんさんも魔王様に向かい合う形でソファに座る。暗に暴走すると言われた魔王様はちょっと不満そうだったけど軽く咳払いをして足を組んだ。
「ざっくりいうと、魔力ってのは大地に満ちているもんでな、それを体内に引き込み制御することで発動するのが魔法」
「待ってください、ステータスの魔力っていうのは?」
「お、いいな、授業って感じ。体内の魔力は大地の魔力を使いこなす為のものだ。大地の魔力ってのは膨大でな…例えると水と容れ物、容れ物が小さいやつは大地の魔力もその分しか制御できないってことだ」
「あ、なるほど」
魔王様は楽しそうに説明してくれて、その中身も堅苦しいものじゃなかった、ちょっと安心。
自分の魔力だけを使って魔法を使うんだと思っていたけど、聞く限り自然の力をヒトにも扱えるようにして使うものなんだろう。そして私の魔力は30ぽっちしかない、平均が分からないからなんとも言えないけど私のはコップなんて大層なものじゃなくてティースプーン一杯くらいなのかもしれない。えっと魔王様は99999だっけ、全然想像付かないんだけどそれはコップじゃなくて貯水タンクレベルですよね。
それで私が常にお世話になってる転移具を例としたマジックアイテムは、目的の魔法が固定されてて制御する必要がない分後は使う側の魔力を道具側が感知するだけで作動してくれるモノ。転移も絶対に一般的じゃないから上級なんだろうなぁ、こそこそ隠れて使ってるからいいものの価値がわかる人に見つかったら大変だよ。電卓とかプロジェクター、あとはパッドみたいなのもあったけど、ああいうのは人よりも早く作業するっていうマジックアイテムで魔法からちょっと外れているから安めで都会なとこだと普及してるんだとか。要するにヒトにはやりにくいことを出来る装置を一纏めにマジックアイテムって言ってるってことだろうね。
「属性には火、水、地、風、あとは聖と邪属性があって、組み合わせることで派生属性の魔法を生むことができる、全部混ぜると無属性になるがコストと成果は釣り合わないな」
「そうなんですか?聞いた感じ凄そうですけど」
「無は何もない、ってことだから発動したところで何も起こらん」
「何のためにあるんだろう…」
「そこは趣味だな、全属性混ぜてテンション上がってる魔導師を凹ませるのが楽しいって魔法の神が」
「性格悪っ」
無属性ってゲーム的にはどんな相手にもダメージが通るとかだったと思うんだけどな、確かに無なんだから何かある方がおかしいのか。魔法が効かない相手なら物理でなんとかすればいいわけだし、うん。理性的に考えたら普通だ、でも魔法の神様は性格が相当悪い。
「こっちは魔法使いとか、魔術師って言い方はしないんですね?」
「常々思うが、異世界の伝わり方は不可解だ。その呼称に何の違いがある?」
「え、えっと…分からないですけど…」
「魔を導く者、魔導師。それでいいじゃねえか」
「は、はい…」
些細な疑問だったのにかなり真剣に聞かれちゃった…。うーん、向こうが名前を統一してないのが変なのか、でも魔法なんて存在がお伽話なんだからそれを使う人の解釈がバラけるのは当然のことなんだよね。ちょっと気まずくなりながら魔王様に先を促した。
「さて、次は発動について。イメージを出力するっていうの知ってるよな」
「あ、はい。イメージが不完全だと詠唱がいるんですよね?」
「その通り。俺的には詠唱しないと魔法使えないならさっさと剣とかに持ち変えるべきだと思うが、憧れってあるよなぁ」
「お前は魔導師を敵に回すのが好きだな」
「え、煽りとかじゃないんだけど…あ、上級なら詠唱しててもいいんじゃね?」
魔法が使えるだけでも特殊な種族の人間としては物凄く物申したいです。指先一つで思い通りって人には分かんないだろうけど、もし必死で魔法に食らいついてる人が魔王様の言葉を聞いたら怒るか絶望かするんじゃないだろうか。もっとも、魔王様に悪意がないことなんて分かってる、だからこそやりきれないしタチが悪いと思う。憧れなんてそんな生温い感情じゃない人もいるはずだし、それしかないって人もいるかもしれない。それをまるで時間の無駄みたいに言われたら傷付くのが当然だ。私には最初からハシゴすらなかったけどそれでよかった、そう思ってしまうくらいに残酷。目を伏せた私にサリバンさんは少し心配そうに首を傾げた。
「ハナコ、これが聞きたかったのか?」
「いえ、その…このお城がどれくらい魔法じかけなのか知りたくて」
「なんだ、そんなことか」
住んでいる場所の凄さは知っておきたい、魔法がかかってることは分かってたからついでに使えないからで放っておいてた魔法について教えてもらおうとしたんだよ。
魔王様は拍子抜けした顔でテーブルを指先で突く、そうするとテーブルの上には50cmくらいのお城が生えてきた。最初はテーブルと同じ茶色だったけど段々と城壁が白くぼろっちく変わっていく。そしてものの10秒で私達が住んでいるお城の小さい版が完成した。私は急なことだったからびっくりして少しだけソファから浮いてしまった。
「な、なんですかこれ!?」
「城の全貌、地魔法の応用だ。で、ここが今俺達がいる談話室」
「あ、模型みたいな感じか…えっとこれが何か」
「ちょっと待て、見やすいように拡大して…よし、まずこの部屋、四方と床に聖属性の浄化、風属性の気流、水属性と風属性複合の冷気を掛けてある。この時期だから冷気だが、冬には火属性と風属性で温風になるな。あとは念押しに虫除けの邪属性をかけているから害虫が入り込む心配はない、これを基本として…よし縮小。この城全体に今の術式がかけられていて、食物庫とか宝物庫では…」
「ちょちょちょちょちょ」
「どうした?」
「かけすぎ!かけすぎですよ!魔力枯渇しないんですか!アイテム使えばいいのに!」
「アイテムに溜めた魔力補充して歩くのめんどくさいし…それに俺魔力回復スキル持ってるから平気。これくらいできなきゃ魔王じゃないっての」
どの部屋も過ごしやすいと思っていたけどそんなに過剰なサービスを受けていたとは。部屋だけじゃなくて廊下もってところが凄い、空き部屋もたくさんあるのに。道理でロクサーナさんの時も慌ててなかったはずだよ。ちなみにそのお陰で魔王様は有り余る魔力の半分をお城の維持に使ってるらしい、その状態で九条くん、もとい勇者とやり合ったんですね、流石です。それにしても、いくら掃除が面倒だからってそこまでやるもんなのかなぁ。
「あの、どうしてそんなにするんですか?埃が被っていいなんてことは言わないですけど、なんか過保護です」
「あー…うん、だってそれはしょうがない。この城は俺の子供が作ってくれた家だから、大切にしてやらなきゃ」
私の質問に一瞬驚いて、魔王様は照れたように笑った。過保護な自覚はあったのか、言われて初めて気がついたのが分からないけど本当に恥ずかしそうで。それでも何か誇らしそうで。そんな表情をされてしまったら呆れることしか出来ないわけで。サリバンさんと顔を見合わせて一緒に苦笑した。
うん、魔王様は親バカだ。