魔獣の子供を見ました
マリエラ国御一行様とはあれ以来大規模な交流はしないことになって、マジックアイテムによる文通とプレゼント交換がメインになっていた。うん、そっちの方が私達がハラハラしなくてありがたい。国の向こうでは魔王様の手紙で一喜一憂してるロクサーナさんが見える気はするけどそれはそれ、1ヶ月に一回の交換はお城でのご褒美イベントになっていた。魔王様はこっちから送るものに苦労していたみたいだけど、物価を壊さず向こうにも恐縮させずって考えると色々難しいんだろうね。
「んむぁ」
「変な声出さないでください」
「出てくるクリームが悪い」
「もー、ベタなことしないでください。このタイプは裏返して食べればちょっとはマシですよ」
「やだ、ベトベトじゃないの、いつもの魔法は?」
「バカ、クリームが消えるだろ」
「みみっちい男ねえ」
本日のプレゼントはシュークリーム、クリームを挟んでいるタイプじゃなくて中に入ってるタイプ。私はこっちの方が好きだから嬉しかったな、味もそんなに悪くはないしグッジョブ。そして珍しい事にいつも器用な魔王様はシュークリームの洗礼にあっていて、指先にくっ付いたクリームを舌で舐めとったり、シューの穴をやたらと気にしている。なんかこの人にも失敗があるんだってことがわかってちょっと嬉しい。いつもなら浄化魔法でパパッと綺麗にしちゃうところを手間を惜しんで行儀悪く舐めてるのは気に入ったからなのか、ロクサーナさんからの贈り物だからなのか分からないけどホッとする。嗜めるサリィさんも口では厳しいけど表情は優しい。
せっかくだしシュークリームに合う紅茶でも入れてあげようとソファから立ち上がって談話室の一角の食器棚を物色する。どれも高いんだろうけど少しでも持ってて気にならないのがいいな。白無地のシンプルなティーカップを探し出して取り出そうとしたら、背後から若干申し訳無さげな魔王様の声が掛かる。
「…あー、ハナコ、悪い、ナプキン取って」
「え、またですか?何でそんなに相性悪いんですか」
「いや、今度はクリームじゃないから」
呆れつつ振り返ると魔王様はもうシュークリームを食べ終わっていて、指先にはクリームも無い。ただしそれよりも凄いもので手が汚れていた。
血だ、口からドス黒い血をぼたぼた流して魔王様がこっちを見ている。なんとか手で抑えてるけど指の隙間から零れ落ちる血はソファに次々とシミを作っては消えていく。わぁ、浄化って便利……じゃないよ!
「うわあああああ!?ま、魔王様っ!?死な、死なないでください!」
「死なないからナプ、ゴフッ」
「え?!えっ!?胃癌!?結核!?どっ、毒とか!?ど、どうしよう…!」
「あー落ち着け落ち着け、これは…なんていうか……あぁ…うん、そう、えーと…言っちゃうと…悪阻…?みたいなもんだから……」
「血ですけど!?」
咳込むと血はドバドバ流れてくる。私はナプキンを取るのも忘れて魔王様に駆け寄っていた、なんで普通にしてるのか意味がわからない。吐血って相当身体に異常がないと出ないはずでしょ、なんでこの人は九条くんの時も血塗れで笑ってたんだろう。意味がわからない、心配と恐怖と苛立ちで、なんだか泣きそう。狼狽える私の代わりにサリィさんが困ったような顔で魔王様の口元を拭った。
結論を言うと本当に何でもなかった。というかサリィさん曰く、いくら魔王様でも自分がやばい時には笑ったりしないらしい。安心したけどいきなり血吐かれてうろたえないわけないでしょ、こっちは普通の女なんですからね。で、何で血を吐いてたかっていうと生理現象に近いものらしい。普通は血って体内に留めるものだよ、なまこなのかな、いや内臓吐き出したら私はもう2度とこの城に住めないかもしれない。
「えーと、魔王様の身体って人間ですよね?」
「大体はな。定期的に血が淀むからデトックスついでに魔獣産んで有効活用しようと」
「ついでがおかしすぎません?」
今は3人でお城の外に出てきて、魔王様は吐いた血で魔法陣らしきものを描いているよ。なに?いちいち慌てる私がおかしいのかな。でも血吐いてる人見て平静でいたくないなぁ。
魔王様の神様の血は一定周期で死んでいくんだそうだ、もちろん死んだそばから新しい血が作られるから問題はないんだけど、いや吐血って手段はどうだろう、え、毛穴から出すよりマシ?さいですか。で、具体的に血はどうなっているのかっていうと魔力が通りにくくなるんだそうで。そんなことで、って感じなんだけど多分大変なことなんだろうな、魔法の使えない私には分からないや。でも素材としてはまだ超絶一級品、それを利用して魔獣を作る…ってことらしい。うーん分かんない。生きてる血で作らないのかって聞いたらサリィさんに曖昧に微笑まれた、なんか聞いちゃいけなかったかな。
「今回は何を作るの?」
「ほら、キマイラが200年くらい前に絶滅したろ?寂しいから似てる子が良いな。今度は狩られないように効果を反転したりしておこうかなと」
「容赦ないわね」
「狩り尽くした方が悪い。まぁ前回の反省を生かして司令塔は頭だけってことにして…」
2人が何か計画してるけど私には何がなりやら。そういえば魔獣、魔獣っていってるけど詳しいことあんまり知らないなぁ。知ってることといえば色んな種類がいて魔王様と話ができるってことくらいか。
「あのぅ…」
「何だ?」
「そもそも魔獣って何なんですか?」
「言わなかったか?俺の血から生まれる子供」
「それしか聞いてないんですよ」
「あ、そうだっけ」
言われてみれば、と魔王様は手を打った。多分私が冒険とかするっていってたら詳細に教えてくれてたんだろうけど安全第一ってタイプの私が魔獣に遭遇することもないとフワッと流してたんだよね。この人って本当に必要最低限しか教えないし。それは言葉だけ見たら悪く思えるけど、私はいきなり海外に来たようなものでそこでの情報を全部提供されると頭がパンクしてしまうので逐一聞いてみるのもそんなに悪くないなって思い始めています。まぁビックリすることは事前に伝えてほしいですけど。
「単純に言ってしまえば、魔法が使える獣よ。縮めて魔獣ってこと」
「魔法が使えるんですか?」
「えぇ、親譲りっていうのかしら。一つは魔法が使えるように生まれるわ。ヘルハウンドなら死をもたらす呪いが使えるわね」
「…魔王様も?」
「えぇ。そんなことしなくても殺せるからっていちいち使わないけど」
実は完全オリジナルデザインってわけじゃなくてこの世界に昔からいる動物をアレンジ、リメイクして見た目を考えているんだそう。だから魔獣って名前に似合わず水中に住む魔獣もいるんだって。前に見せてもらったケットシーもクーシーも言われてみれば猫と犬、かわいい。今話題に出てるキマイラだって、ライオンの頭にヤギの身体、そして蛇の尻尾。確かに普通の動物がモンスターになった感じだね、ゲームの敵としか考えたことなかったけどこの世界だとそういう感じなんだ。にしても魔法使えるのか、素の状態でも結構怖いのいるのに。そして全部の魔法を使える魔王様も怖いよ、思わず震えながら見つめる。
「その…新しい魔獣はどんな…」
「そんなに怯えんなって。基本的に、ヒトは襲わないから」
「基本的に?」
「…まぁ、好戦的な奴はいるけど、それで死んだら自業自得だからって言ってあるし……」
「子供に甘すぎません?」
「大丈夫大丈夫、ガルムの縄張りに住んでるから猛者しか狙わねえって」
ガルム様の縄張りって人来るの?!そんな命知らずな。顔に出ていたらしくサリィさんが試練の一つよと注釈を入れてくれた。なるほど、それなら納得。よく知らないけどなんかこうドラゴンに認められてこそ、みたいな儀式とかあるんだろうな。こういうとこ順応しやすいのは日本人、そしてオカルト好きの知り合いがいたおかげである。魔王様は直径10mはある魔法陣を描きおえたところで以前の分厚い魔獣図鑑に何かを書き込み始めた。
「あっ、お前見んなよ」
「えーと…頭は猿で、身体は虎、で尻尾は蛇…芸がないわね」
「ワザとだよ!かっこいいだろ!」
「……鵺?」
「ん?」
サリィさんに続いて私も魔王様の横から本を覗き込む。魔法陣も綺麗だけど絵も上手いなぁこの人、そこに描かれていたのは今までと毛色が違う絵でモンスターというか妖怪。なんか国語か何かの教科書で見たことがあるような既視感、確か鵺って名前だったはず。聞きなれない響きだったのか2人とも同時にこっちを見てきた、ううっ、美形のダブルパンチ。
「あ、いえ、似たものがいて、私の国では鵺っていう名前だったんですよ、神社もあったりするんです」
「ふーん、どんな奴なんだ?」
「あんまり詳しくないですけど…鳥みたいな鳴き声で、聞いた人は病気になる…?とかなんとかだったような。昔の天皇、こっちで言う王様が病に臥せってしまったので退治されたんですが」
「なるほど、ちょうどいいな。じゃあ病魔を振りまく魔法を継承して…ん〜毒草の群生地に送ろうかな」
なんか勝手に方向性を決めてしまったいいのかな。魔獣って基本的に魔王様大好きらしいし人間の私に特徴付けられたこと嫌がらないかな、というかなんでしっくり来た感じなの?
「ちょうどいいって…?」
「…キマイラはね、死腫病っていう今は不治の病の治療に使われていたの」
「あ…」
狩り尽くされたって、そういうことなんだ。なんとなく目を伏せたけど魔王様は聞こえないふりをして魔法陣の中心で何かをしはじめた。私が気にするってわかってるからだろう、勝手に気にして、勝手に申し訳なくなっているだけなのに結果気を遣わせてしまってるのは居た堪れないね。
死腫病っていうのは体内で異常な腫瘍が出来てそれが大量に、かなりのスピードで増える事で身体に負担をかけてやがて死ぬという病気らしい、つまるところ、癌だ。キマイラの蛇の毒は猛毒なんだけどそれを基に加工、変質させると腫瘍の成長を止めることが出来たんだそう。蛇の部分である尻尾は頭でもあるんだけど、切られても放っておけばまた生えてくる代物だった、だけどキマイラの鬣や牙、爪は余すことなく素材としては一級だったために丸々1匹殺されることが通例だった。それで絶滅。人間だけじゃなくて獣人もエルフも多くが救われたというけど現在ではその薬ももうなくてまた苦しむ日が続いているとか。
「…あの、魔王様は怒ってますか?」
「いいえ、寧ろ毒素を薬にした学者のことは素直に褒めていたわ。乱獲については呆れていたけど」
怒ってくれてもいいのに、あんなに親バカな魔王様はちっとも不機嫌な顔をしてくれなかった。
「魔獣は、決して飼いならされないわ、心を許す相手は稀にいるかもしれないけど基本的に魔王にしか懐かない。目先の死に囚われるっていうのは愚かなことね」
「………」
「まぁ、ちょっとした忠告よ。きっと憎んでるわけじゃないわ」
「…そうですか」
効果を反転するっていっていた、それはきっと似ているからとまた蛇を使うにヒトに自分の子供が好き勝手されないようになんだと思う。そのくせ毒草の群生地に送るなんてヒントが過ぎる。怒らないのは、もう一生分怒ったからなんだろうか。話を遮らないのは私が聞きたそうにしたからなんだろうか。鬱々と考え込みそうになるとパンパンと態とらしく両手を叩いて魔王様が立ち上がる。
「よし、こんな感じでいいだろ!じゃ何が起こるか分からんわけだし2人は中にいろよ」
「え、見せてくれないんですか?」
「安全を確保した後でな」
気安く微笑まれただけで安心してしまうのは、なんだか悔しかった。
結果、私の足元には6匹の鵺がいた。3ペアの番からスタートするそうだ。そしてその鵺の子供なんだけど…ぬいぐるみをごちゃごちゃに縫い合わせたような趣きがある。
「なんか…ちっちゃいと怖いってより面白いですね」
「コケーッ!」
「鳴き声間違えたんじゃない?」
「えー、夜に鶏の声したら魘されると思うんだけどなぁ」
生きてる血で生き物を作ると神獣(下手すると1匹で国を滅ぼせる)になるのでアイテム限定で使用しています