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起きました

「起きたというのにまた寝たのか」

「あぁ、多分血が足りてないんじゃないか?飯でも食わせてやらんとまともに話ができん」

「それはいいが。ないぞ、飯」


気配もなく男の側に現れたのは女と見間違うほどの美貌を備えた男だった。星の光で編んだような金糸がゆったりと揺れるたびに芳香を放ち、怪しく光る赤眼はその一瞥だけで多くの者を惑わすだろう。いかな天才であろうとその姿を再現できるものはいない。その美は至高にして魔性、この者に嫌われる、いや見つめてもらないというだけで命を絶つ者もいるだろうに、しゃがみこみ女の体を支える男は伝えられた言葉の方が大切そうであった。


「……そうだった」

「買うにしても、銅貨がない、最低レートが白銀貨だ」

「うん、だめだなー!経済が壊れるなー。うーん、あ、そうだ武器庫の古いナイフ売ればいいんじゃないか?」

「…今の価値を考えたらミスリル貨が増えるだけだな」


市場価格の変動にがくっと肩を落とす男に、美の化身は呆れたような柔らかな笑みを浮かべた。この景色が最後に出来たらと思うほどの麗しさにも何の反応がないあたり男はこれに慣れきっているらしい。なんと羨ましいことか。


カツン、とロビーの大理石が音を鳴らす。するとそこにいたはずの美男はさっぱりと姿を消し、ドレスに包まれた薔薇が佇んでいた。それは一つの美の喪失をまるで感じさせないような匂い立つような女。白皙の美貌は彼女の桃に染まった頬、紅玉をはめ込んだような瞳、形のいい唇を一層輝かせている。豊かな胸は確かに色香を放っているというのに下卑た気配を微塵も感じないのは完成された美の前にそんな浅ましさなど役目を果たしはしないという証明のようだった。


「仕方がないわ、ちょっと恵んでもらいましょう、服だって必要ではなくて?」

「悪い、なんなら白銀貨をこう…妖精のイタズラ的に置いてってやれ」

「バカね、変わらないじゃない」

「でもほら…罪悪感あるだろ」

「どうして変な所真面目なのよ」


くすくすと笑われてバツが悪そうに男は顔を背ける。白銀貨は非常に高価なものだ、金貨5枚あれば一年は余裕のある生活ができる庶民にとっては一生目にする機会のないものである。そんなものが知らず置かれているとあっては混乱は必須、悪くて人が死ぬかもしれない。

だが魔王城には手近な銅貨、銀貨、あげくに金貨までもが一枚もなかったのである。宝物庫には白銀貨、そして富んだ国の一部上流層しか使わずもはや都市伝説と化すミスリル貨が無数の樽に敷き詰められ、それでもなお溢れたものが山を作っていた。

武器庫も同様。伝説と化した宝剣、魔剣、杖、竜の鱗で作られた鎧だの、国一つ滅ぼしかねないマジックアイテムだのが若干主人に忘れられるくらい雑多に置かれているのである。もしこの城に盗賊が忍び込んだなら目の前の光景に盗むことすら忘れて腰を抜かすだろう。もっとも賊などはこの城に入れるはずがないのだが。


ドレスを町娘風に変え赤い石の嵌められたチョーカーを身につけると女は男と同じようにしゃがみこんで気を失った花子をしげしげと眺めた。実は姿だけを消して男とのやりとりを見ていたのだが出るタイミングを失っていたのである。


「ねぇ、アミュレット作ってあげたら?起きたとき大変でしょ」

「あ、忘れてた。まったくびっくりしたよ。こんなパラメータ初めてみた」

「…そんなに?」


女が訝しげに虚空を見つめ「ステータス」と呟くとそこに表示されたのは花子のパラメータ、所謂ステータス画面であった。一通りを見終えると女はなんとも言えない顔で男を見る、その視線に同情的な乾いた笑いを返し男がため息をついた。先程花子が虚空を見ていたと思ったのはこれである。男は要領を得ない応答に礼を欠くと知りながらもステータスを覗き見たのだ。


【ジョブ】異世界人


その表記につい眉間を揉んでしまったのは誰一人責められまい。


「な。びっくりするだろ」

「えぇ………あと、いくら人間って言ってもこの魔力の低さはないわね。結界を破ってきたのはこの子の力だと思ってたけど」

「ないな、儀式側の力だろ。異世界ってのもいまいち信じられんが…」


眼差しが真剣なものに変わる。それに応えるように立ち上がった女は冷静に尋ねた。


「探っておく?」

「いい、俺がやる、そのかわりお使いはよろしくな」

「畏まりましたわ、魔王様」


優雅なカーテシー、一礼の後には甘い香りのみが残される。その様子に満足そうに頷いた男、そう、花子が不審者呼ばわりした男こそがこの絢爛たる魔王城が主、魔王であったのだった。






おはようございます、田中花子です!なんで私スイートルームも目じゃないクソデカベッドに寝てるのかな!?

おまけに絵本でしか見たことがないみたいな天蓋付きベッドです。布団もふかふかだし出来るなら寝てたいけど、見知らぬ光景ってお布団の中でも全然心休まらないのだなー!大発見!


…さて現実逃避はここまでにして起き上がろう。私は今、異世界にいるのだから。上体を起こして身体を見ると血塗れのスーツは落ち着いた色のワンピースに変わっていた。地味すぎず若作りし過ぎず、結構好みなデザインだ。少しヨーロッパめいた作りなのは恥ずかしいけど。でもこれ着てるってことはわざわざ変えてくれた人がいたってことだよね。


「……なんで」

「おはよう」

「わっ!?」


つい漏れた一言がキャッチされて思わず慌てた。人がいることに全く気が付いていなかったとかどれだけ私は間抜けなのか。声がした方を恐る恐る見るとそこにはミス・ユニヴァースも裸足で逃げ出しそうな美女がメイド服を着てにこにこ微笑んでいた。

すごい。美女に微笑まれると同性でもドキドキするんだ。頬が赤くなっていたのに気が付いたのはたっぷりメイドさんに見惚れた後だった。顔は勿論、ゆるいウェーブのブロンドはツヤツヤ輝いてて、かっちり着こなしたメイド服の上でもわかるグラマラスっぷりに目眩がした。何処を見ても綺麗すぎる。声だってそれこそ鈴を転がすようだったし、天は二物を与え過ぎです。

そんな相手に話しかけるのは一生分の勇気を出すみたいだった。カラカラの喉で必死に音を作り、出来る限り身体をメイドさんに向ける。



「………ど、どなたさまですか」

「あら、ごめんなさい、警戒するのも当然よね。私はサリィ。サリィ・アニムス」

「あっえっと…田中花子、です。花子が名前です」


名前〜!いや、ゴージャスじゃなくていいとは言ったけど!いや、ダメだ、この人の前だったら何来ても負ける。今私に必要なのはメイドさん…サリィさんと話し続けるメンタルのみ!

自分に喝を入れて唾を飲み込む。こっちの戦いなど知りもしないでサリィさんはお皿がいくつか並んだワゴンを押して近づいてきた。うわ、いい匂いする。


「ハナコ、でいいのね?お腹減ってないかしら」

「あっ…えっと、でも…」

「安心して、毒は入ってないわ」


金銭的な心配をしたんだけど…だって多分、服も用意してもらったやつだよね。

いや、冷静になれ。罠かもしれないじゃないか。深呼吸をすると舞い上がってい心がだんだん冷えていく。私の警戒した目にサリィさんは少し考えた顔をするとスープをひと匙すくって口に入れた。毒味ってやつだろうか、ウィンクまでしてみせるから手を伸ばしそうになったけどぶんぶん首を振って拒絶する。


「…あ、あなたには、効かない毒かもしれないじゃないですか」

「あはは!」


心底可笑しそうに笑うサリィさんに無理やり抱いた警戒心が逃げ出した。こっちは真剣で、うっすら涙を浮かべてお腹を抱えてまで笑われても怒りがわかないのはやっぱり美人だからなんだろうか。


「はーー…笑ってごめんなさい、じゃあ質問させてくれないかしら」

「え?」


思ってもみなかった返しに目を丸くしてしまう。私が寝ているベッドに浅く腰掛けてにっこり微笑むサリィさんに小悪魔めいた影が見えたのは気のせいかな?


「私達があなたを殺すメリットはあるの?」

「あ…い、生贄とか」

「だったらあなたが寝ているうちに殺しているわ」

「えっと…人間に恨みがある、とか?」

「それなら大国の王に毒を盛るわね」


国家転覆ものでもあっさり言うんだ!?私の驚愕は予想内のようで涼しく受け流される。


あぁ、そうだ。異世界に来たばっかりで早速魔王城とかいうラスダンに入ってしまった私はスライム並みの存在。もしやられたとしてもまたつまらぬものを…って感じだよ。異世界だろうと私はいてもいなくても変わらない無害キャラなんですね…いかん、ちょっと泣きそうだ。 返す言葉もなくなった私を満足げに見るとサリィさんはスープを差し出した。


「冷めないうちにどうぞ?」

「い、いただきます」


そうして口にしたスープは少し緩くなっていたけど、体に染みるようでとってもおいしかったのでした。


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