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お風呂に入りました

勇者の九条くんは旅に出た、魔王様の舞踏会というか暴れた事後処理は終わった…らしい。アンナさんからマリエラ王国って国が凄いことになってるって聞いたけど、まぁ、うん、頑張ってほしい。えっと、なんというか、生活に慣れてくるといつも使ってたものが使えなくて辛いって方面に意識が向かってくるものでして、日本人といったらアレでしょうとお城の外へ駆け出し穴を掘ろうとしたところ確保されて玄関先で正座しているのが今の私の状況です。不審そうな目を向けてくる魔王様を一度見上げ私は見事な土下座を披露したのでした。


「お風呂に入りたいんです!」

「浄化してやってるのに?」


お風呂、それは日本人の命といっても過言ではない。そうじゃなかったら温泉なんてあちこちにないもんね。こっちにきてから身体の汚れや服の汚れは浄化魔法ってもので1秒で解決するようになった。洗濯物が即座に解決するのはありがたいんだけど、身体の汚れはお風呂に浸からないとサッパリしたっていまいち言いにくいしなんかフワッとした風に包まれただけじゃ物足りないというのが本音です。洗濯物だってたまには毛布を干してあーお日様の匂い!とか年甲斐もなくやってみたいものです。考えてみればそれやってダニの死骸の匂いだとかいう下らないガセの横槍を入れられていたのも今では遠い思い出なんだなぁ。あ、いけない脱線しかけた。とにかく私は浄化がどうのとかを置いておいてお風呂に入ってリラックスしたいのです。がばっと頭をあげてピンときていない魔王様に熱を込めて直訴してみる。


「そういうのじゃないんですよっ!いいですか!お風呂は汚れを取るんじゃなくて湯船に浸かるという癒しがメインなんです!」

「はぁ、分からん。なんでわざわざ非効率にするんだか。寿命短いんだからその辺考えて生きろよ」

「はー!?寿命の長さに胡座かいて一日中ぼーっとしてる魔王様に言われたくないんですけど!」

「あー!?上等だコラ!表出ろ、草相撲でギッタンギタンにしてやるからな!」


城の前に作ろうとしたのは私が全面的に悪いけど、人のわりと切実な願いを非効率って弾かれるのはどうも納得がいかない。それに効率効率って言って結局1日ボンヤリするよりは時間を無駄にした方が良いと思うんだよね。実際魔王様の日常って寝る、ぼんやりする、鍛錬するだけで全然つまらないわけだし。2人して火花を散らしているとサリィさんが呆れたように頭を振っていた。


「もう、いい加減にしなさい、子供じゃないんだから」

「サリィさん!だって魔王様すぐ長命マウントするんですよ!」

「こいつの肩持つのかよ!すぐ変な難癖付けるんだぞ!」


お互いほとんど同時に指差しあってまた睨み合う。ちなみに草相撲は私と魔王様の間にありすぎる差を埋める為にやっと思い付いた手段だったりするんだけど見た目の話はしないでほしい。子供と言われてもまったく言い訳ができない私たちに大人なサリィさんが溜息をつく。


「聞き分けがないわね。体験してみればいいじゃない」

「え、お風呂とか温泉ってあるんですか?!」

「いいえ、普及はしていないわ。だけど物好きな人が楽しんでるらしいの」


存在すらないと思っていたから思わずガッツポーズしてしまった。うんうん、分かる人は分かるんだなぁ、お風呂の良さというものが。どこぞの人とは大違いってものです、ドヤ顔で振り返ると魔王様は私の方なんて見ていなくてサリィさんの方を信じられないという顔で見つめていた。あれ、味方がいなくなって心細くなってるって顔じゃないな、むしろ焦ってる感じ。どうしたんだろう。


「お、お前…」

「いいじゃない、私も試してみたいもの」

「いや、流石に刺激が強いと思うんだが…」

「喜ぶと思うわよ、ハナコ」

「本気で言ってんのか?!」


詰め寄る魔王様から露骨に目を逸らしていたサリィさん。刺激が強いってなんだろう、ジャグジーのめちゃくちゃ強い版みたいなのがあるのかなぁとか私は呑気に考えてしまったのでした。





この世界に来て不安なこととか怖いこととかまあまああったけど、死ぬかもしれないって思ったことはなかったんですよ、でもそれはさっきまでの話です。今の私の目の前には爪1つが人間の長さくらいあるめちゃくちゃ大きな龍がいて、やたら鋭い目で睨み付けられているわけで私は腰を抜かしています。先ほどのいざこざから1時間ほど経って魔王様が億劫に外に出たかと思えばこの光景。えっと、喧嘩売ったから?喧嘩売ったからこうなってるのかな私!ごめんなさい許してくださいお風呂なんて高望みしないですから!…なんて風に叫んでみたかったけどすっかり恐怖で麻痺した口からは悲鳴しか出ない。


「ひ、ひぃ……………」

「──、──?」

「や、ガルム、こいつ龍語わからんから」

「む、おお、そうなのか?おぬしと暮らしているというからてっきりなぁ」

「必要のないことは教えない。時間の無駄だからな」


唸り声が普通の言葉に変わった。なんだから陽気なお爺さんという感じの声だけどまだ私の恐怖は消えそうになかった。だって目がすごく怖いし、威圧感凄いし、魔王様にだけ気さくなのかもしれないし。九条くんを連れ帰った時の魔王様を見た時でもここまで怖くなかった。逃げ出したくても無理そうなので魔王様のズボンの裾を引っ張って泣きそうになりながら聞いてみた。


「え、えっと、あの、わ、私は、食べられるんですか…?」

「…なんと?」

「あー、食わない食わない。ガルムは500年に一回しか腹減らないから」

「ね、燃費がよろしいのですね……」


いつも通り落ち着かせてもらって、説明を聞くとこの龍は魔王様のお友達のガルム様って言うらしくて、普段はストバイト大陸じゃなくて北のジェナ大陸の霊峰に住んでるんだそう。ちなみに主食は岩とか宝石とかでお腹が減ってても私を食べたりしないらしい、凄い安心した。睨まれていると思ったけど元から目付きが悪かっただけで、本人…的には普通にみてたつもりだったんだって。異常に怯えたことを謝ったら人間はそうなるから気にしてないって笑って許してくれたよ、笑った時の風圧で吹き飛びそうになったけどね、はは。えっと、それでその凄いガルム様が何のようなんだろう、首をかしげるとサリィさんが近付いてそっと耳打ちしてくれた。


「お風呂に入りたいと言っていたでしょう?」

「は、はい」

「ガルム様は湯浴みが趣味でね、温泉を持っていらっしゃるの」

「りゅっ…龍の温泉!?い、いや!いやいや!いやいやいやいや!おっ、恐れ多いのでっ!」


声がひっくり返るくらい驚いてしまった。龍の温泉って、私猿くらいならまだギリギリ抵抗ないけど龍はダメなんじゃないかな、うん、全然浄化の魔法でいいです。本当気を遣っていただかなくてもいいんですよ。なんかガルム様が有効的でもそこはかとなく生死の危険を感じるんで。青ざめる私にまた突風のような笑い声が突き刺さる。今笑う要素なかったと思うんですけど。


「構わん構わん!寧ろ同好の士はいくらおっても良い!人間だろうが夢魔だろうが坊主だろうがだ!」

「なんで俺も入る前提なんですかねぇ…というか子供扱いやめろって言ってるだろ」

「まぁ物は試しというではないか!おぬしはいつも何で誘っても無駄無駄無駄と…生とは無駄を愉しむもの!余分を切り捨てるなど言語道断よ!」


不満げな魔王様にガルム様はクワッと口を大きく広げた、綺麗な歯の並びが凄い怖い。人間100人は楽に飲み干せてしまいそうなくらいで食べられないとは分かっていても震え上がってしまった。思うんだけどこの龍が岩を食べるってもしかして山ごと丸呑みにする感じなんじゃないかな、もし少食だったとしても一口でクレーターくらい出来そうなんですがジェナ大陸って穴ぼこだらけだったりやたら平坦だったりしない?知らない国をかなり気の毒に思ってしまう。

でも、言ってることは賛成かな。魔王様、7000年も生きてる癖に趣味の1つもないっていうのはなんか凄い勿体無いと思う。もしかして昔はあって長生きの末に極めたり飽きちゃったりしたのかなとも薄っすら考えていたんだけどガルム様の言い様からしてこの人は昔からこうなんだろう。さて、これから温泉に行くのは決定らしいしその前に大切なことを聞いておかなくちゃね。


「ところで、龍の温泉ってマグマだったりしません?」

「その辺は安心しろ、温度調整はしてやるから」

「やっぱ熱いんだ…」

「戯け、溶岩などではないわ!岩盤浴というのもいいがやはり湯が一番よ」


火山でのんびりするのを岩盤浴とは絶対言わないんじゃないですかね。意外と拘りがあるガルム様に曖昧に微笑んで私はタオルを持っていくことにしました。







「はぁ……」

「浮かない顔ね、ぬるい?」

「違います…サリィさんと一緒に入るべきではなかった……」

「あら、ごめんなさい。気が利かなかったわね」


温度は最高、私はぬるめのお湯が好きなので温度調節係の魔王様にはグッジョブと言わざるを得ない。いや、まぁ正直予想してたんだけどガルム様のお風呂煮立ってたんだよね、間欠泉かな。100℃は無理です、紅茶とかコーヒーとかは飲用だから熱くてもいいのであって、浴びるためのものじゃないし、それでもたまには舌を火傷して1日憂鬱になるし。あと何よりめっちゃ深かった、ダンジョンならトラップエリアを疑うべき深さ、こう落とし穴に落ちてドボンしてギャーみたいなそんな趣きがあったよね。この際立ち湯でもいいからもっと浅いものをと頼んでみたら、魔王様が地面を掘って固めて適温にするって工程までを10分でやってくれました。一瞬心の中で便利グッズと言いかけてしまったけどあまりに失礼なので自分の頬を殴っておいたよ。

それで素敵なお風呂が出来上がったから男湯と女湯に当然分かれる、というか分かれていただきました。結果サリィさんと入ってるんだけどまぁー凄いわ、美女の裸体、すっごい。黄金比ってこういうこと言うんだろうなって美術3でも理解できるくらい美しい。そして私の身体のみすぼらしさよ…同じ人体かなってくらい違うね、いやあちら様は夢魔だけどね。勝手に凹みつつリラックスしてるらしいサリィさんにちょっと聞いてみた。


「なんとなく魔王様と入るのかと思ってました」

「悪くないんだけど、私の裸なんて見たところでぴくりとも反応しないし、そんなの見てもイライラしちゃうだけでしょ」

「そ、そうですか…」


これにくらっとしないってどうなんだろう。魅了無効らしいけど魅了なんかなくたってサリィさんは綺麗なのにな。ふと考えたんだけど魔王じゃなかった時代もそんな感じだったら相当な数の女の子を泣かせて怒らせたんだろうなぁとちょっと遠い目をしてみる。


「あと、私ちょっとガルム様苦手なのよね」

「え!?そうなんですか?!」

「だって怖いもの、彼と並んで世界のトップだし」

「はぇ〜〜やっぱりガルム様もカンストしてるんですかね」

「聞く分には多分そうね。何度か負けたらしいわ」

「魔王様が!?」


サリィさんに苦手な人がいるってことに驚き、あの最強魔人が負けたと言うことにも驚いてしまった。私の中の絶対的だと思っていたパワーバランスが一気に崩れて愕然としてしまう。ていうかカンストって意外といるものなのかな、聞いてみたらそんなことないって笑われちゃった。そりゃそうだよね、魔境だよねそんなの。

この世界、一般的に50レベルまで行ったらヒトとしては中々の強さらしい。武術を鍛える騎士学校とか、魔法を究めるアカデミーとかあって、そこで筋のいい人達は15レベルまで行けちゃうらしい。100を超えたらその道の達人って言っても良くてどこでも引く手数多なんだそう。魔性はレベルが上がりやすい傾向にあるけどその分総個体が少ないから数で押されたらヒトに負けやすいんだって。そういうのを聞いてやっぱり規格外なんだなって安心した。でもそれだとサリィさんも相当強いんだよね、あんまり戦うイメージないけど。ちらっと伺うようにサリィさんを見ると涼しい顔で受け流されてしまった、うんいつものパターン。


「いい機会だから話しておくけどもう1人を加えて彼らは三大始祖って言われているの」

「始祖…えっと、ガルム様はおいくつなんですか?」

「そうねぇ…星が生まれた頃からだから2億は生きていらっしゃるはずだけど」

「えっ」


2億って…2億?あ、いや、地球も46億年前に出来たっていうしそんな不思議じゃないのかな。無理だ、想像できない。一世紀がちっぽけに思えてきちゃう、てっきり7000年が最長だと思ってたから寿命の意味でもショックを受けてしまった、坊主って呼ばれてたけどそりゃ2億歳からしたら坊主だよなぁ。そしたら私は生まれたての赤ちゃんみたいなものだよね。


「なんか…目眩がしてきました」

「ふふ、いつかもう1人に会うときが来るかもしれないわね」


それは遠慮したい、なんか絶対ヤバい気配するもん。そして私は話が通じる魔王様に拾われて本当に良かったとノル様に今日は懸命に祈ろうと思ったのでした。うん、優しくしよう。たまに怒っちゃうけどやっぱりあの人は大恩人だわ。


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