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勇者は去りました

九条くんがお城に来て数日、魔王様は謁見の間で深く長い溜息をついていた。手元には封蝋っていうのかな、洋画でしかみたことのないアレがついた封筒がある。まぁ絶対悩みの種はそれですよね、若干棒読みに聞いてみたら勇者騒動で滅ぼした国のお世話をしてくれるところからの手紙だそう。


「え、舞踏会ですか?」

「ほんっとめんどくさい」

「えーっと…魔王様ってお呼ばれするほど人気なんですか?」

「だって魔王だもの。上手いこと取り入りたいものじゃない?」

「わ、わぁ〜」


舞踏会、なんてファンタジー。そして楽しくなさそう。舞踏会なぁ、魔王様まぁまぁかっこいい方…いや、めちゃくちゃイケメンだし出たらモテるんだろうなぁ。魔王だから多分遠巻きに見られるだけだろうけど。やれやれという調子で首を振ると魔王様は招待状を一瞬で消した、空間操作って魔法らしくて時空の狭間に荷物を預けてるんだって。なんか凄そうなことを平然と言われても困るんだけど最早慣れた。


「とりあえず義理があるから向かうしかないけど、金も女も有り余ってますアピールしないとな」

「となると、馬車とかに乗って行くんですか?」

「うん、ペガサスに引かせる」

「無駄遣いでは?」

「御者要らずだぞ」


ペガサスって…というかそれも魔王様の魔獣なんだね。ファンタジー的な生き物は全部この人のって考えたほうがいいかも。それにしてもいくら馬を飼ってないからってそれを呼ぶのかぁ、馬車本体も見たことないからどうするのか聞いてみたんだけど魔法でちゃっちゃか作っちゃうつもりなんだって。うん、シンデレラの魔女かな?


「そういうわけだから、サリィはパートナー役よろしくな」

「任せて、気合い入れるわ」

「……あの、サリィさんが気合い入れると魔王様霞むんじゃないですか?」

「……ほどほどに頼む」


サリィさんのドレス姿かぁ…お城にいる時もドレス着てるけど舞踏会用っていうと違うだろうし凄く綺麗なんだろうな、魅了なんか無くても見とれちゃうくらいに。想像だけでうっとりしていると非情な魔王様の声が私を現実に引き戻した。


「というわけで、ハナコは留守番」

「え!?連れてってくれないんですか!?」

「あら、行きたいの?多分ろくなパーティじゃないわよ」

「やめとけやめとけ、俺はお前が人質取られても助けないぞ」

「酷くないですか!?」


そりゃ私どう考えても足手纏いですし、規格外な魔王様の弱点として取っ捕まる可能性もありますけど、助けないってあんまりじゃない!?それになんか仲間外れにされた気分。不満な顔をすると2人に苦笑いされてしまった、26にもなって駄々をこねている気分。実際そうなんだろうけど、いくら悪意が渦巻いていようと舞踏会というロマンチックな響きに心惹かれるものはあるのです。


「まぁまぁ、城探検でもしてろって。どの部屋入ってもいいからさ」

「子供扱いして…分かりましたよ、留守番します」


青髭よろしく何か禁じられるわけもなく、その特別とか無さがちょっと寂しいけど仕方ないよね、私は田中花子なんだから。







「…………ダメですサリィさん、霞んでます」

「難しいわね、あ、貴方ヒトに害のない魅了使えたわよね?」

「頼むから俺を虚しくさせるな」

「えーっと…あ、魔王様!やっぱ羽とかつけてみませんか!?」

「それも虚しいだろ…はぁ、もういい、魔力を抑えない方向でいく」

「それはやめなさい、何人気絶すると思っているの」

「お前が美しすぎるから困ってんだよなぁ!」

「あらやだ、口説かれたの?」

「違ぇ!事実!!」


舞踏会の日、2人は出かける前に着飾った姿を私に見せてくれた。サリィさんは輝く金髪をアップにして薔薇を飾っている。惜しみなく晒される頸があんまり綺麗で後ろ姿だけで生唾を飲み飲んでしまう。でドレスはといえばいつものぴっちりして太ももまでスリットの入った大胆なものじゃなくて、ふんわり広がったベビーピンクの優しい色合いのもの。何重にもレースとフリルが重なってそれでいて子供っぽすぎない色気がある。そして上半身はコルセットできっちりと締められていてたわわなお胸がよく強調されている。耳と胸元で光る宝玉は高級に違いないのにサリィさんの美しさを前には色が付いた石にしか見えなかった。目が潰れそう、というか霞んだ、霞んだので5分くらい魔王様の存在に気がつかなかった。

魔王様はっていうと軍服っぽい、礼服っていうのかな。普段は真っ黒だけど今回は紺色を基調にした衣装でいつもは若干着崩しているけど今日は首元から足の先まできっちりしてる。長めの前髪はアップにされてるから整った顔が惜しげも無く晒されているんだけど…サリィさんが横にいてサリバンさんに少し慣れ始めた私にとってはまぁ、かっこいいねくらいに見えてしまうのです。本当に申し訳ない、つい目を逸らしてしまった。結局サリィさんが髪をそのままに下ろしてドレスの色を紺に合わせるという形で落ち着いたけどそれでも注意は魔王様に行くわけじゃないんだろうと思う。だってサリィさんはヒトの目を奪うのが仕事だけど、魔王様は偶々イケメンに生まれただけだし。いまいち緊張感のない二人をお城の玄関先まで送って、私は平凡な花子らしく城の探索でもすることにした。







「うわぁぁぁぁぁ!?おばけ!!!」

「何なのあんた」

「あ、く、九条くんか、びっくりした」

「…魔王と住んでて幽霊に驚くわけ?」

「え、だっておばけって物理攻撃効かないし、話通じないじゃない」

「麻痺してるんじゃねーの…」


まずはその前に腹ごしらえでもと向かった厨房には先客がいた。暗闇でよく見えなかったから驚いちゃったけどそこにいたのは九条くんで呆れながら明かりをつけてくれた。九条くんは監禁されてるわけじゃないんだけど部屋から全然出てこないしたまに心配になって部屋の前に行ってもご飯が欲しいとかすら言わないでだんまりなんだよね。私が嫌われてるわけじゃない…と思いたいけど避けられてるのは間違いないよね。気まずさに目を逸らしながサンドイッチでも作ろうかと皿を取り出す。


「えっと、お腹すいてるの?」

「…こっちに来て、腹は減らなくなった」

「え、私は減るんだけど…勇者だからなのかな」

「多分」

「じゃあ何でキッチンまで来たの?」

「アイツら、いなくなったろ」

「あ、お呼ばれしたんだって」

「だから」


お腹は空かなくても食べる習慣は残ってるってこと、かな?きっとそっちの方がいいんだと思う、元は普通の人間なわけだし。でも魔王様のお世話になりたくないから篭ってたって感じか。


「そんな気にしなくても…サリィさんはともかく魔王様は怒んないと思うけど」

「だからムカつくんだよ!!!」

「ひいっ」


急に机を叩かれたものだから震え上がってしまう、九条くんの背後にメラメラ燃える炎が見えるようだった。


「あの野郎、俺がいくら睨んでもニヤニヤしやがって、あーっ!ムカつく!」

「あ、あの魔王様人の心がなくてデリカシーに欠けるから、その辺は諦めたほうがいいよ…」


ぶっきらぼうな言葉ばかりだったのから一変して、九条くんは年相応に腹を立てている。これは相当だ、どっちが素なのか分かんないけど「別に」よりはマシかな。パンに挟むハムを焼きながらどちらにも寄りきれないフォローをしておくとなんとも言えない顔の九条君がこっちを見ていた。


「………」

「え、何?」

「お前、魔王の仲間だろ、そんなこと言う…?」

「あ、うーん、恩人だし居候だけど、ムカつくことがあるのは事実だから」

「はぁ、そう」


いくらか雰囲気が柔らかくなったのは勘違いじゃないと信じたい。手早くパンの上にハムとレタスを乗せて挟む、出来上がったのは二人分のサンドイッチ。一つの皿を九条くんに差し出してみたら若干不思議そうな顔で二度見された。


「あの、大層なものじゃないけど、一緒に食べない?」


私が寂しいから、と付け足すと呆れたような溜息をつかれたけどしっかり皿の上のサンドイッチは受け取ってもらえた。そのまま口に運ばれたけど、特にパッと顔が明るくなるわけでもなかった。まぁ、レタスとハムだけだもんね。本当ならバターとかマスタードとか他にもチーズ挟んだりしたいけど調味料の作り方なんて分からないんだもん、ググりようないし、そういうちょっとしたものって大体高級品なんだもん。


「ご、ごめんね、普通で…」

「ほんと」

「ごめんなさい…」


気後れしながら私もサンドイッチを一口食べた。うん、普通。不味くないだけ。食事が発展するのは生活のレベルがある程度保証されてからで、この世界はまだその域じゃないんだ。もっとも魔王様みたいなのがいるんだから生活のレベルが高まったら「その出費が無くなる身体作り」に推移する可能性だってあるけど、それは嫌だな。食事が娯楽なんて生活なんか味がなくてつまらなそうだ。

ちらっと九条くんを見るとサンドイッチは半分以上無くなっていた。こうしてみると普通の男の子だけど私と違って役目がある勇者なんだよね、彼は。


「あのさ、九条くん。このままずっとここで住むつもり?」

「……それはやだ、アイツに世話になりたくない」

「そ、そんなに」


でも、その割には部屋から出ていかないんだよね。なんだか迷っている気がする、ここからどうするべきかを見つけられていないような。物に当たるってことはないけどあの部屋にいるだけ九条くんは行き止まりの感情を積もらせていっているようだった。このままずっとっていうのはきっと良くないよね。私は迷いながら口を開く。


「……この世界って不便だけど、きっと楽しい事もあるんだと思う。日本だってそうだったわけだし」

「だから?綺麗事で説教したい?」

「ち、違くて、そのさ。魔王様が嫌いなんでしょ?」

「当たり前じゃん」

「だったら、旅とか訓練とか、そういうことしてリベンジマッチしたほうがここでイライラするよりよっぽどいいんじゃないかなって」


ピクッと九条くんの眉が上がる。さっきから思ってたけどこの子は、魔王様以外の話題に反応しない。だけど魔王様に負けた思い出だけしかないからイライラしてるんだろうな、あの人口喧嘩で負かしたところですごい虚しいし。それに勇者なら戦いで勝つ方がそれっぽいよね。ここで燻っているよりもその方がずっといいと思う。反応を見ても間違いじゃなさそうだしちょっと畳みかけよう。


「魔王様あれで毎日鍛錬してるよ」


聞くや否や残りのサンドイッチを押し込んで九条くんは厨房から出て行こうとした。その動きの機敏さに驚きながら背中に声を掛ける。


「え、ちょっと!?どうしたの!」

「出てく」

「即決!?」

「んでぜってー勝つ」

「わ、悪い人じゃないのに」

「勇者が負けたままでいいわけねえだろ、いいか、絶対伝えろよ!」


振り返って一言、九条くんは捨て台詞と共に廊下へ消えて行った。







「今度はお前の顔を踏んでやる、だそうです」

「へー、まぁよかったじゃん元気になって」


夜更け過ぎに、何故か大量のアイスをお土産に持って帰ってきた魔王様と疲れた様子のサリィさんにお茶を淹れて九条くんが出て行ったことを報告した…あ、サリィさんは何故か帰った瞬間にサリバンさんになってたけど。勿論魔王様は生意気な一言に怒るでもなく多分本心から言ってた。これは九条くんも怒る。思わずジト目になりながらアイスを食べると、若干気分の悪そうなサリバンさんが溜息をついた。


「お前、だからあの子供に嫌われるんだぞ」

「え、なんで?」


この話は花子のスローライフですから

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