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死にました

私の名前は田中花子。

…うん、言いたいことは分かる。え!?それってよくある書類の例の名前じゃないの!?とかでしょ?実名なのだな、これが!


妥協して田中はいいのですよ。でもこのご時世に花子ってどうなのか。自己紹介するたびに恥ずかしかった、周りはさおりとかりかとか、キラキラした可愛い名前なのに私は埃を被った昭和の初期の女の子みたいな名前で。小学生の頃はトイレの花子さんが流行った日には大変だったんだから。まぁ、仲のいい子は気を遣ってはなちゃんとか、なるべく可愛いあだ名をつけてくれてたんだけど。

この名前の利点といえば名前を間違われないことと、画数が少ないことと、私がヨボヨボのおばあちゃんになった時に似合わなくないってところだけ。


でも日を重ねるごとに一種の諦めというか、この名前が自分には相応しいのだなと思い始めた。

特に綺麗なわけでもない枝毛の交じる野暮ったい黒髪、染めるのがめんどくさかった、日本特有の黒髪崇拝の圧に抵抗できなかった、それだけの拘りのない髪。

パッチリと開いてもいない眠そうな一重、化粧とかプチ整形とか頑張る気にもなれない怠惰なまぶた

胸も弄られない程度の大きさで、ウェストは肉が摘めるけれど太い!とか言ってもらえるわけでもない。コメントに困る標準体型。

不細工というわけでもない、けれど決して美人でもない、そんな並でどうしようもなく平々凡々なつまらない人間、それが私、田中花子。

頭がよければ違ったのかもしれないけど、本当に普通の学校を通って、あまり大きくもない会社に勤めている冴えないOLだ。ついでに彼氏もいない、つまり喪女。趣味もなければ向上心も未来の夢もないなんというかいてもいなくても変わらないよね、っていうタイプ。

ね、これで名前が姫宮亜里沙とかだったら自己嫌悪で死にたくなっちゃうでしょ?だから今となっては結構満足しているのです、きわめて後ろ向きな肯定だけどさ。



さてそんな私こと花子、人生に特に盛り上がりもないまま通り魔に刺されて死んだのでございます。

いやほんと死ぬほど痛かった、死んだけど。あぁいうのって誰でもよかったっていうやつだよねー、なら自分でも刺してくださいよって。

あぁ、お葬式の写真いいのあったかな、私写真写り悪いから困らせちゃうかもしれない、安っぽ〜いワイドショーのインタビューで友達の友達の顔見知りが私にコメントしてくれるかな、大人しくていい子だったとか、優しい子だったとかありがちな一言をボイチェン越しに、さ。

真っ赤になる意識とどこか白々しい周囲の悲鳴を聴きながらマイペースにそんなことを考えていた。








「……い」


あれ、なんか声がする?もしかして私生きてたのか?


「……い、…………って」


いや、絶対そんなことない、血たくさん出てたし、野次馬全然通報してくれなかったし!呑気にスマホでムービーは撮ってたけど!じゃあこれあれか!天国?地獄?的な?おじいちゃんとかおばあちゃんの声かな?

…ならいいや、ちょっと寝かせてください。疲れているのです


「おい、起きろ、意識があるのは知ってんだぞ」

「うわっ」


身体を起こされてしまっては起きるしかない。ぼんやりした視界に入ってきたのはまだ若い男だった、年齢にすると20代前半くらい。大学生かそこら。もしかして助けてくれたのかな、なんて思ったけどそれにしては様子が変だ、必死さが全くない。落ち着いた子なのかもしれないけど流石に死に体前にして起きろってどうかと思うもの。

目を擦って改めて男を見ると様子が変どころじゃないことに気が付いた。


真っ黒な髪と赤いメッシュ、それだけならまぁ、若いなぁで見逃すのだけどその目はレモンみたいに真っ黄色だった。カラコンじゃなくて本当の目なんだってなんとなくわかった。顔立ちは外国の人っぽいけどこんな真っ黄色な目って自然にあるのかな。

そして何より服。まるでゲームのラスボスみたいな黒いマントと中世ヨーロッパめいた衣装。なんとなく布地が高そうでクオリティ高いなと慄いた。渋谷ハロウィンもう終わったけど、私服ですか?

さてそんなイケメンハロウィン君はじーっと私のお腹の傷を見ているわけでして、じわじわと意識がはっきりしてきた私は急に怖くなってきたのだった。


「血が凄いわりに身体の傷は癒えているな…なんでだ?」

「ちょ……………誰ですか!?不審者!?」

「不審者!?」

「あっ、イケメンの不審者!?」

「イケ…何て!?言っとくが不審なのお前の方だからな!?」

「いや!貴方そんなコスプレなんかして絶対変ですよ!!メッシュなんて入れて!バンドマンの方!?」

「何言ってるかサッパリ分からん!!あー!落ち着けちょっと!!」


黄色い目に見つめられた途端すっと思考がおとなしくなった。なんでだろうと考えることも出来ないくらいに、周りをちゃんと見なくちゃと思った。イケメンに見つめられてるんだからときめくくらいしてもいいのに、自分の喪女っぷりが憎らしかった。


そうして周りを見回してみたらそこは人がごった返した交差点でも、病院でもなかった。奥の方には王様でも座るのかしらという立派な玉座があって、時代錯誤な燭台では青い炎が揺らめいていた。私が倒れている場所には真っ赤でふかふかな絨毯が敷かれていて頭上にはこれまた大きなシャンデリア。まるでお城だ。しかもかなり年数が経っている。古いとかじゃなくて立派な歴史がある、遊園地の為に建てたとかじゃなくて本当に王様のお城、みたいな。

ぐるりと一頻り見て、ため息をつく。うん、ここおかしい、覚悟を決めてこっちを真剣に覗き込むイケメン君を見た。


「……ここ、どこですか?」

「は?………いや、待て、なるほど」

「えっ、ちょっと…一人で納得しないでください」


一瞬細められた目があんまり鋭かったから少し身動いでしまう。狼にでも睨まれたみたいだ。敵意は無いようだけどなんかこう、圧があるんだよね。

イケメン君はなんだか面倒くさいものでもみたような嫌な顔をした後に眉間を揉んだ。どこを見たんだろう?虚空を眺めていた気がするけど。


「…えーと、信じられないかもしれないがしっかり聞けよ」

「は、はい」

「ここは魔王城、お前は飛ばされてきたんだよ、異世界ってやつからな」



無。


人間ってわけわからなくなると何も感じなくなるのね、初めてだわこんなの。あはは。

ぎこちなく先ほど見た周囲をまた見回した。今度は集中して角の方とかしっかり見た。

何かきっとあるはずなの、そう、これはドッキリ!だって異世界とか頭おかしいもん!ここが王城っぽくて、目の前の人がなんかゲームキャラっぽくてもそりゃないでしょ!いや知ってますよ異世界。よくネット広告に出てたもの。美男美女の若者が別の世界で特別な能力に目覚めて無双するってやつでしょ。なんか恥ずかしくなっちゃうやつ。

きょろきょろしてたら首を無理やり正面に向かされる。あの、イケメン君。いくら私が喪女だからって顔掴んでガッとするのはどうなんでしょう?


「何してる」

「いや、カメラとか何処かなって」

「よく分からんが信じてないな…」


イケメン君は私の顔から手を離すとちょっと考えるような顔をして、手のひらにふっと息を吹きかけた。


すると、男らしい骨ばった手の上に炎の花が咲く。炎で作られた蓮の花弁は一枚、一枚と剥がれていってやがて燃える羽を持つ鳥になった。その姿はまるで神話の鳳凰。賢そうな瞳が私に微笑んだように見えたのは錯覚だろうか。美しい羽を大きく広げて鳥は天井へと羽ばたく。先ほど見上げたシャンデリアに止まり見た目の通りに美しい声で鳴いて見せると蝋燭の火を一際輝かせて、ふっと跡形もなく消えた。


何が何だか分からない。いつの間にか開いていた口を慌てて手で抑え鳥を出した男の方を見る。見事だったけど、なんだか顔が得意げなのが悔しい。


「どうだ?」

「…………て、手品…?」

「種も仕掛けもないぞ」


ですよね。だっていくら手品でもあんなことできるわけないもん。


「…ここ、異世界ですか?」

「おう」


諦めて口にした言葉をあっさり肯定されて、田中花子はキャパオーバーのあまり、また気を失ったのでした。


文短めに淡々と更新できたらなと思います。

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