23 夕暮れの帰り道
23 夕暮れの帰り道
元日本人としては米に対して望郷の念もあるが、いまのところこの世界で米らしき植物は見たことが無い。この世界では神様の祝福や魔法、魔素があるので、植生や動物の進化がかなりランダムというかツギハギだらけのパッチワークのような印象がある。なので、どこか思ってもいない想定外の場所から食材が見つかる可能性もあるので、今後に期待はしている。
日本米とはいわないが、タイ米でもいいので手に入れることができれば、チャーハンやピラフ、パエリアを作ることができるのだが。
例えば米俵モンスターなんて見つけたら乱獲してしまうかもしれない。いや養殖して米俵モンスター牧場のオーナーになるだろう。
馬鹿な想像はさておき。
米と言う農作物はその収穫量から、日本では重要視されてきたが、アジア圏以外では小麦の栽培が主体だったのは、気候の面もあるが、手のかから無さと保存性というメリットも大きいと思う。この世界でも麦科の穀物はいくつかあり、都市では自家製の酵母で発酵させたパンが多く食べられている。外皮の比率が多く、製粉が荒い小麦粉は固い黒パンとして安く販売しているが、保存がきき、栄養もあり、食べ応えもあるのでそちらを好む人も多い。
農村や小さな街では水で練り丸く伸ばして焼くチャパティとして食べられたり、団子のようにしてスープに入れて、すいとんにして食べられることも多いという。都市の屋台でも、同じような作り方で炒めた肉や野菜を挟んで販売していることが多い。ピタパンだっけ? あれに近いと思う。もちろんホットドックやハンバーガーのような、パンの間に肉や野菜を挟んでいるものも多い。
そのあたりの屋台メニューは都市ごと、屋台ごとに特徴もあって面白いし、安いので簡単に朝飯や昼飯を済ませたいときには重宝されている。
実際に、そういう所の屋台料理はB級グルメというか、ジャンキーな味わいで侮れないし、面白い材料や組み合わせがあったりして楽しいものだ。
時間も遅くなったので、キャドラングルさんとの打ち合わせは後日にまわしてもらい、クベラさんの家に帰ることにする。夕食に誘われたが、クベラさんが昨日食べたレシピを再現したり、応用して作ってみるのでそれを試食して欲しいと言われていたので断った。また、助けてもらって、そのお礼も兼ねて泊まってもらったのに、レシピを教えてもらうことに対してあまりにも不義理なので、ぜひ今日の夕食はお世話させてくださいと言われていたのもある。
また後日、打ち合わせも兼ねてお邪魔しますと挨拶し、裏通りからトコトコと歩いて帰ることにする。空が少し赤く染まりだし、夕暮れのなかでお店は店じまいをし始めている。逆に飲み屋では店を開き、すでに何人かの客がお酒を楽しんでいる。
裏通りから表通りでて、夕暮れのなかでまた様子が違う街中を楽しみつつ歩いていると、ふと気配を感じ空を見上げる。色づき始めた空に、見覚えのある黒いシルエットが見え、カイトのような輪郭が自分にめがけて飛んできた。
「大丈夫です! あれは私の術魔なので!」
ほかの人がぎょっとして、ざわざわとし始めたので、急ぎ大きな声で叫ぶ。徐々に近くに寄ってくると、足に術魔用の黄色い布が見えたのでほっとしたようで、なーんだという雰囲気になってくれた。
高度が下がり、ふわりとメルの肩に飛び乗ってきた。風魔術をつかっているのか重くはないが、肩の一方に乗られるとバランスが悪い気がするが、まあいいか。
<戻ったぞ>
<ルフ、おかえりなさい。魔素溜まりはどうだった?>
<うむ。特に大きな問題は無かった>
<そっかー、あとで詳しく教えてね>
<ああ。>
周りから何となく柔らかい、生暖かい視線を感じる。まあ見た目少年の肩に大きな鳥が乗っているわけで、変なバランスで、自分で言うのも何だが可愛らしく、或いは可笑しく見えるのだろう。
悪い視線ではないので気にしないでおく。
<これからまたクベラさんの家に戻るけど、何か買うものとか用事ある?>
<いや、特にないな>
<了解。今日はクベラさんの奥さんのサリーさんが夕食を用意してくれているって言っていたので楽しみだね~>
念話をしながら歩いて行くと、クベラさんの家に着く。すぐにエヴァンさんが玄関から出迎えてくれる。
「おかえりなさいませ、夕飯の準備は出来ておりますよ」
「ありがとうございます、これお土産です。良かったら皆さんでどうぞ」
豆乳クッキーとパウンドケーキが入った籠を渡す。エヴァンさんはわざわざありがとうございますと言いつつ、ちょっと赤い顔をしているので嬉しいんだろう。意外と甘いもの好きなのだ。そのまま一度部屋に戻り少しラフな格好に着替えることにする。
ルフは今日は報告もあるだろうから、家に入れてもいいか聞いたところ快諾される。
考えてみればルフもクベラさんの商隊の恩人(恩鳥?)なのだ。勿論、家に入る前に浄化の魔法をかけている。
あとは黒く、ふさふさでキリッとしていて見栄えする見た目だし、聖獣だけあって高貴な佇まいなので、自然と好かれている気がする。中身は食いしん坊だけど。
<おい、変なこと考えてないか>
不遜な思考が漏れ出たのか、ジト目なルフを笑顔でスルーする。
夕飯前に忘れないうちに、冊子取り出して明日からの予定をメモしておくことにする。
特に今日は色々あり過ぎた気がする。もうちょっとスローライフがいいなと思うが自業自得なので諦める。
前世では、元々勤勉な仕事人間でもあったが、趣味や遊びの時間も全力で準備したり楽しんでいるような生活だった。それに比べると、今は仕事と趣味が同じようなものなので、ずっと何かしらやることがあるような感じだ。会社員というより、自営業みたいな感じかな。
あとは魔法が使えるのと、爺ちゃんにスパルタで教えられたので、大抵のことが自分で出来てしまう。そのためにやるべきことが自然と増えてしまっている気がする。
特許の申請するもののリストアップ、その資料作り、レシピ、材料の確認、買い出しなどやることを書き出しておく。ある程度まとまった所で、ルフと一緒にリビングの広間に向かうことにする。
というのも、薄っすらといい匂いが部屋の中にも漂ってきて、食欲を刺激してくる。今日はキャドラングルさんの家でおやつを食べたけれど、色々なひとと会ったり、いろんな場所に移動して忙しく動いていたせいか、いつもより空腹度が強い気がする。ほかの人が作った料理も久しぶりなので、少しわくわくしながらリビングに向かった。