19 開発部工房へ
19 開発部工房へ
マネキンの試作をするためにどこか作業できる工房を紹介してくれないか聞いてみた。今までは爺ちゃんの伝手で工房を一部借りたりしていたから必要なかった。
「それでしたら、わが開発部の工房をご紹介できます」
「開発部ですか」
「ちょうどここから見えますが、商業ギルドの裏手にあります。試作のために金属加工、木工、陶芸、ガラス、織物、魔道具など一通り作業ができるようになっております」
「へえ~」
促されて窓に顔を近づけると、大通りとは反対側に、かなり大掛かりな工場のような雰囲気の建物が建っている。大きな煙突が何本か立っており、灰色の煙がモクモクと立ち上っている。
特許登録のために提出する書類が完成すると、ほかの職員の人が確認してくれ、そのまま不備もなく受理された。工房を案内してくれるのはレバノンさんで、ギルド自慢の工房らしくどこか張り切って見える。ギルドの職員用の裏口から出ると、おそらく職員が休憩場所として利用している広場を通り過ぎ、工場の入り口に向かう。入り口では職員と警備の冒険者が配備されているがレバノンさんが何かしら説明と記名をしてそのまま通してもらう。警備の冒険者の男の人が一瞬胡散臭そうな目でこちらを見てきた。まあ、こんな子供が、偉い人に連れられているのだからさもありなん。にこりと笑顔を返しておくが、余計に怪訝な目で見られるが、まあいいか。
工場の中は中央の通路から各工房への出入り口があり、工房の天井は吹き抜けになっている。通路にはところどころガラス窓があり、工房内部を見学できるようになっている。中ではドワーフや小人族、人族が働いているようで、大きなトロッコのようなものを作っているのが見える。
そのまま通路を進むと、「第1木工室」と彫られた木製の札が取り付けられている部屋の中に一緒に入っていく。中に入ると、さまざまな木材の匂いがしている。部屋の奥には材料となる木材置き場があり未加工の多様な原木がごろごろと置いておるのが見える。部屋の右側が工具置き場と、加工のための魔道具が設置されて作業用のテーブルが並んでいる。左側には大きい棚が壁一面に取り付けられていて、本や作りかけのイスが所狭しと並んでいる。
部屋の中をきょろきょろと観察していると、作業場にいた若い男の人がこちらに気付いて、作業を一時中断して向かってくる。粉塵防止のゴーグルとマスク、頭の手ぬぐいを外すと、後ろでひとまとめにして縛っている金色の長い髪がキラキラと輝き、耳がひょろりと細長いことに気付く。
「メルクリウスさま、こちら木工室主任のアディーナです」
「はじめまして、メルクリウスです」
「はじめまして、木工室主任をさせていただいていますアディーナです」
歌劇の主人公のようにものすごい美形で細身の優男のエルフ族だ。ただし木屑で汚れた作業着というなんとも残念な格好だ。
エルフ族は長命で、種族特性として魔力が多く、魔法技術に優れている種族と言われている。そのほかに木工や陶芸などの工芸作品をつくる美的センスが高いという話なので、エルフ族が主任というのは納得する話だ。
レバノンさんが「メルクリウス様はこの若さで」とか「ぜひその技術や発想でデメーテルの商業ギルドにも革命を起こしてくれるはずです」とか恥ずかしい紹介をしてくれている。アディーナさんは「はい」「へえ」と相槌をうちつつ聞いている。
「で、今回は何を作られる予定ですか?」
アディーナさんが若い女性ならば一発ノックアウトな微笑みで聞いてくる。
さっき書き上げたハンガーと、マネキンの設計図を取り出し説明することにする。ハンガーは作りもシンプルなので理解しやすかったらしく、端材ですぐに作れるだろうとのことだ。
マネキンに関しては、男女はもちろんだが、種族により体型も異なるのでその種類ごとに取り揃えると、制作するパターンが多くなり、コストがかかりそうとのことだ。なるほど、確かに。
ならばと全身ではなく、半身像のトルソー型を提案する。最終的には関節が稼動するようにしたり、ポーズをとった全身像タイプができればいいと思う。ただ、それにはFRPのような軽く、型をとってから鋳造で作れるような素材がないと難しいな。いいアイデアが浮かぶまで先送りかな。半身像のトルソー型ならば、木の骨組みに布を張ればいいので、構造としてはシンプルに作れるだろう。
いくつかスケッチを描いていると、じっと手元に視線を感じる。
「えーと、なんでしょうか」
「それ、なんですか、木炭でもないですし」
「ん?鉛筆ですか?」
どうぞと何本か渡すと、アディーナさんは驚いた表情のあと紙に楽しそうに描き心地を確認している。レバノンさんは中の芯の素材が気になるらしいく、指で芯を触って確かめている。前世で、小学校のときに体験学習として鉛筆工場に行った事があり、作ってみたのだ。通常は黒鉛と粘土を混ぜ焼成することで芯を作るが、この世界では『スライム』を材料に作る事ができた。
スライムという魔物は攻撃力がなく、どこにでもいる魔物だ。スライムは魔核と呼ばれる弱点を攻撃することで倒すことができ、その周りのゲル状の物体はそのまま残ることになる。どういう原理なのかは謎だが、そのまま放置して置くといつの間にか消えてしまう。それを専用の容器や袋に入れて置くとそのまま素材として残り活用できる不思議な性質を持つ。小さいながらも魔核が採取できるのと、ゲルの素材も応用が効くので、冒険ギルドでも常時依頼となっているもののひとつだ。
そのなかでも『黒スライム』のゲルは不透明で黒くプルプルとしているだけだが、それを『マテ草』という薬草から抽出した薬液を添加し、ある一定の温度で加熱処理をすると、墨汁のようになる。これがこの世界ではインクとして使用されている。そこで自分は黒いゲルと薬液、粘土を混ぜ、そのまま型に入れてから焼成し、鉛筆の芯のようになることを発見した。ちなみにほかの色が違うスライムでも似たような作業工程で赤青黄の色鉛筆を作る事もできた。
スライムのゲル物質は接着剤のような特性と、細かい鉱物か色素が交じり合っているようなものだと思うが、そのまま絵の具のように使うことはできない。例えば色つきのゲルをそのまま紙に塗って乾かしても、紙には何も残らないのだ。なので、蒸発しているわけではないようだ。ただし、陶芸の色付けのための釉薬として使用されているので、おそらく高温で処理することで鉱物が固定されるのだろう。原理は良く分からないが。
あ、レバノンさんの目線が怖い。目が笑っていない笑顔だ。無言の圧力が怖い。
ため息をはきながら、あとでまた特許申請することを約束する。
アディーナさんは、渡した色鉛筆で楽しそうに落書きをしているが精密な風景画を描き始めていてちょっとびびった。