01 生命の濁流
1章 ボーイミーツバード
01 生命の濁流
子供のころは宇宙飛行士になりたいなんて妄想していたが、自分の頭の出来は自分が一番わかっている。身の程知らずの夢はあきらめて、適度な勉強と遊びが人生を楽しむコツだと悟ったのはいつのことだろう。
自分で言うのもなんだが、そこそこ要領はいいほうだと思う。
そこそこの高校生活と、自堕落な大学生活を経て、ブラック企業とは言えないが、そこそこの中堅企業に就職し、そこそこに忙しい毎日。
可も無く不可も無く、成功者というわけではないが落伍者というわけでもない、まあ簡単にいうと普通の人生ってやつだ。
趣味としてはゲームや山登り、キャンプ、料理なんだけど、どれも一人でプレイしたり食べたりすることが多い。人付き合いが苦手ってわけではないんだけどね。会社で同僚と呑みにいったりもするしね。
なんていうのかな。
キャンプ場で、タバコや酒をたしなみながらゆっくり小説を読むとか、黙々とゲームでレベル上げをするとか、そういう一人での時間が性に合っているんだろうな。
大学時代に付き合った彼女とは会社に入ってから自然消滅したが、会社の事務員の同僚とは、最近では週1でランチを食べる関係となっている。
もう少しで彼女の誕生日なので、ここで一発決めて、恋人という関係性に移行したいなんて考えている。
彼女も料理好きらしいので、一緒に料理したりなんて楽しいかもな。
激動も、サクセスストーリーもない、平々凡々な人生で、このまま順調に歳をとっていくんだと思っていた。
おれの人生の最後の記憶は、猛スピードのトラックのフロントと、衝撃。仕事帰りで牛丼屋で夕飯を食い終わって、交差点の青信号を渡っているときだったか。
全身の痛み、真っ赤な視界。
息ができないので何かをしゃべることもできない。
力が入らず、指先を動かすこともできない。
体からさまざまなものが急速に失われていくことだけ理解できた。そしてその意識も途切れ、俺の平凡な人生は35年で唐突に終わりを告げた。
気がついたら、意識だけ濁流のなかに流されていた。
いつからこうなっているかわからないが、一瞬のようにも、一生のようにも感じる。さまざまな生命エネルギー、魂、意識のなかで翻弄され、流されていく。身体が無いので、その大きな流れではもがくこともできない。きっとこのまま流れて、今こうやって考えている意識も無くなっていき、自分の魂は大いなる生命の、大河の一滴となるのだろうと思った。
贖うことができない力に身を任せていると、唐突に、そこから掬い上げられるような感覚があった。
大きな光のようなものがあるのがわかった。
もちろん意識のみなので、近くに寄り添っていてくれるということだけ理解できる。
安堵?安心?信頼?
感覚あるいは本能で感じるのは、それは救いであり、管理者であり、神と呼ばれるものだろうということだ。
その大きな光が、さらに強く、慈悲に満ち溢れたやさしい光で自分を包み込む。
眠りがやってきて、温かい多幸感、陶酔のなかに運ばれていく。
消失していく意識の中で「汝の人生に祝福あれ」という言葉を聞いた気がした。
本日5話投稿します。これは2話目です。